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親子の愛の完成
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親子の愛の完成
羽仁もと子
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 2 of 3

二

むかしは親の養育の恩義に対して、子供に至らざるところなき孝養の義務を負わせてあったので、子の幼いときは親は子のために働き、子供がおとなになると、今度は子が親のために働くので、親子の愛が一生涯あたたかにつづくことができたのでした。父母いまさば遠く遊ばずといってある通り、女はもとより男でも、一日の役目を終えて家に帰ると、まず父母の安きを問い、四方山の話相手にもなり、とくに親孝行といわれるほどの人は、二十四孝の芝居でみるように、肩をもみ腰をなで、洗足の湯をとり、寒中の筍でも親の好みとあればさがしにゆくというように、老いて心のおとろえた親の無理を、一つもそむかずにつかえました。それが父母恩愛の一端をせめてむくいる所以であると考えているのでした。それに配する妻はなお、夫の親として一入にかしずきつかえ、幼いときに手塩にかかった子供が、こんどは親を手塩にかけるので、人は生まれるから死ぬまで、親子という結びつきのために働くようなわけになっていました。そのためにとにもかくにも親子の結びつきは、おのずから堅かったように思われます。一つの家でも一つの社会でも、親子の結びつきの堅いところには、おのずから堅固な生活の基礎がすえられるように思われます。家長がまずその老親にかしずき、その妻がこれにならい、その子はまたその父母にしたがい、またしぜんに老人を尊敬して、一家は一団になるからです。

今日の親子はどうでしょうか。親はむかしとおなじように骨折って子供をやしない育てておりますけれど、その骨を折る状態がだいぶ以前とちがっています。いまの母親は手織布子を自分の子に着せてはおりません。父親の搗いた米を食べて、子供が成長するのではありません。きものは呉服屋にあり、米も味噌も醤油もみな店から配ってきます。その米塩の資はもとより親の額の汗から出ているのですけれど、それはみな父親の職業を通してされることで、直接に親のつくった米味噌にやしなわれるのでなく、その織ったきものに寒さ暑さをふせぐのではありません。むかしの父母は直接に子供の衣食をつくり、いまの父母はそれを間接にしています。世の中の事情がちがって、むかしよりも生活が面倒になっただけそれだけ、子供をやしなうのにもかえって多くの力がいるにもかかわらず、親が子供の目の前で機を織ったり米を搗いたりして、それがすぐと自分たちをやしなっているのと、間接に供給されるのとでは、情味においてはだいぶちがってくるのです。

子供が大きくなって、学問武芸の教育を受けるようになっても、学問の先生、武芸の先生とむかしはそこに一人の先生があるのでした。いまの学校は、受持ちの先生は一人でも、それは学校に属し、校長に属し、学年によってかわり、または学科によってかわるというようなわけで、師弟のあいだの個人的情味もまたむかしのようにはゆかないのです。

父親は職業に忙しくて、一日一度の晩の食事も、子供らと一緒にすることができないこともたびたびであり、中学校女学校時代の子供になると、学校から帰るとそれぞれに勉強があって、母の仕事を手伝うようなひまも少なく、母の方でもその身のまわりに手がかからなくなった子供に、別に世話をやいてやるすべもなくて、ついはなればなれになっているうちに、息子や娘が母を時代おくれだと思い、父を俗物だと考えるようになり、友だちとは楽しそうに興ありげに熱心に話をする息子が、両親にはむっつりして、いうことがない。そういう例がいまの社会にどんなにたくさんあるでしょう。

子供が結婚して家をもち、親がますます老いてゆくときに、しぜんにそなわる親と子の情愛は、いうまでもなく心のうちに燃えていても、それを通ずる道がないような悶えをおたがいに経験して、そこにいろいろの悲しい誤解も生じるようなわけになります。社会の上からこれをみても、まず人倫の大道である親と子のあいだに堅い結びつきのない社会は、その大道を本としなくてはならない枝葉の道の、どうしてとどこおりなく通ってゆくことができましょう。てんでんばらばらで、あちらでもこちらでもゆきづまり、万事に薄弱な、熱と感興にとぼしいものにならなければならないのです。わが国の現在の人の心のもっとも大きな欠陥は、どうしてもここからきていると思います。

Chapter 2 of 3
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