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死者の権利
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死者の権利
浜尾四郎
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 15

三

扠斯様なブルジョアの一人息子とカフェーの女給との恋が、円満に進んで結婚に迄行くという事は、まず一寸考えられない話です。果して春一と小夜子の上にも或る不幸が落ちかかって来ました。しかも普通以上の不幸が彼ら二人を襲ったわけです。

二人は蜜のように甘い恋に酔いながら、七月、八月を過ごしやがて九月に入りました。この月に入ってから小夜子の身体に異常が見え始めたのです。小夜子はむしろ喜んだかも知れませんが、春一にとってはこれは非常な事件だったのでした。

というのは、我が子の身持に対してひどく気を使っていた健吉氏夫妻は、少しも早く嫁を貰おうというので前から方々物色していたのですが、夏休中にとうとう或る法学博士の令嬢に白羽の矢を立てました。少くも健吉氏夫妻には非常に気に入った令嬢が現われて来たのです。

私は、お恥かしい話ですが、女に真剣に恋をしたり、又されたりした経験が無いので、この場合、春一の位置にあるものが如何するものか、又如何にすべきものかよく考えたことはありません。しかしいろいろの事情を見ますと、春一は小夜子を少くも或る時代は、心から愛していたと思われますから、健吉氏夫妻の申出が、簡単に春一に受け入れられたとは、思われません。

必ずやこの場合、親子の間には相当の永い間、争いがあったに違いありません。けれども結果から見ると、子は親に従がったのです。そうして十月ごろには、春一はもう立派に某博士の令嬢と許婚の間柄になってしまったのでした。

問題は春一がほんとうに小夜子を思い切ったか如何かという事と、小夜子が黙って引き下るか如何かという事です。

始めの問題に対しては不思議にも――或いは決して不思議でないかも知れませんが、極めて簡単に、「然り」と答えられるのです。いや、思い切った所か、彼は未来の妻たる令嬢に対して愛をすらももちはじめたのです。此の事は後に春一が私に対して明かにいっております。

ところで、後の問題が容易ならぬ結末を招来したのでした。

はじめ小夜子は春一にくどかれて(不愉快な言葉ですが、判り易いから用います)従ったらしいのです。ところが段々と女の方が恋を感じるようになり、殊に春一のたねを宿してからは彼女は全く春一のものでした。

この小夜子の気持は後に法律問題として、犯罪の情状の問題として、非常に重大になった点ですから、あなたにも一応考えて頂きましょう。

つまり、小夜子が真に春一を思っていたのか、或いは、カフェーの女給という職業意識で、単純にブルジョアの息子と戯れて居たのか、小夜子が死んでしまった以上、可なり真相を知るのが困難なわけです。参考のために申しておきますが、当時検事だった私は、前説を支持し法廷においても情状論としてこれを述べ、春一の弁護人は法廷において極力後説を主張してこれに反対したのでありました。尤も私だとて、必ずしも春一がはじめから小夜子を弄ぶ気であったとは主張しません。成程彼の供述の通り一時夢中になったのでしょう。けれども、小夜子の方が春一を引っかけたらしい所は全く見えなかったのです。反之春一の弁護人は全く小夜子が凄腕の女で、妊娠したといっても誰の子だか分ったものではない、という意見を述べました。

Chapter 3 of 15
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