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展望
福士幸次郎
A elle,
Tu es mon guide…
Dante(Enfers, , 140)
著者の序
この集は私の既刊の二詩集『太陽の子』の十數篇と『惠まれない善』の全部とに、その後隨時に世に出して、未だ集として纒めてない作全部とを集めたもので、この未だ集にならない部分はその前半を凡そのところ『惠まれない善』と作風を同じくし、その後半はこれらと又變つて一種クラシツクの調を帶びて來つたものである。今この『太陽の子』初期の甘やかな感傷と『惠まれない善』の荒い激情とを、抒情詩主義時代と現實主義時代との二段に變遷し來つた私の詩的閲歴の二期とすれば、最後のクラシツクの調を帶び來つた現在は、その第三段の變化たる古典主義時代とも稱すべきもので、この詩集は即ちこの私の作風上の變遷に應じて、三部に分けたものである。
古典主義に關してはこのイズムに關し日本在來の既定の解釋があつて、その點國典に素養薄い私なぞは斯く聲言してしまふのを自らおそれるが、現在私の作風が敢てその特色あることを指摘して置いて、それと前の時期二つのそれ/″\特色ある作とをならべて置いて、私の詩的閲歴をこゝに全部展開する。この一目のもとに私の作の諸特徴を讀者の前に供へること、これがこの集の體裁を採らしめるに到つた主意である。私の作、不人氣なる詩人、私の初めて世に出した『太陽の子』は七百の部數のうち百部も賣れなかつた。第二の詩集『惠まれない善』の公刊は、最も賣行き惡い私刊の雜誌特別號を以て宛て、之も讀者の手二三十に渡つたに過ぎない。私はこの自己の逆運を嘆くために敢てこれをいふか。否、私は自白する。私は自己の作には常に自信を持たない。また其れと同じ程度にこれを世に出す熱心を持たない。公衆? 公衆とは何? 藝術は公衆相手の仕事であらうか。私はセザンヌがわが描きをはれる畫を家の藪に常に棄てた心事をよく了解する。私にとつて制作はその瞬間出來る限りたのしまれたる生の活動の氣高い一片である。私は此歡ばしい活動のため少年の如く熱心にその制作に沒頭する。それは悲哀の絶頂すらこの活動によつて慰められる。この生の活動より來る自然にして完全なねぎらひ、それは私等藝術に從ふものゝ行ふと共に常に報いらるゝ合理の報償である。私は人氣を願はない。私は生の報いは常に受けてゐる。そして私は常に快活である。
もし私が自己の作を世に敢て出すとすれば、それは吾が悲しむごときことに悲しみ、また怒るごときことに怒り、たのしむごときことに樂しみ、悦ぶごときことに悦ぶ私のそれと心情をともにする世の隱れたる未知の兄弟姉妹を思ふからであつて、それ等の人は恐らく私の拙劣なる作の部分をも、その類似する心理からして、巧みに私の訥辯中の眞意を捉へてくれると思はれるからにある。私は隱れたるこの未知の人々が私のこの集を待つてくれる心地がする。運命の逆と私自身の不熱心よりして廣く世に出すに到らなかつた私の作を、今その最初の作より集めて便宜上三段に分ち、讀者に供へる原因は、この人々ありといふ微笑すべき理由に出づる。私は藝術の價値如何は思はない。それは思ふともその險惡にして惡騷がしい時代には耳に入らないだらうし、また吾が作にもそれだけの價値あるものが幾らあるか疑問である。藝術制作は人たる生活に與へられたる内最も微妙な活動の一つであつて、その間から生れた作は生の完全な具現物である。吾々は今完全を悦ぶ時代に遭遇してない。その隱れたる心情の世界を思ふべきの時である。
大正八年、吾が心情を注いで生きたる年の一つ、
そのクリスマスの夜に
東京田端
福士幸次郎
序詩
展望
ああ吾が幾山坂の行路を踏み越えて、
今黒白の霰の岩地輝く斷層の上、
このわが峠路より俯瞰すれば、
山河幾十里の展望、緑の平野白く眞下にひろがり、
微かに眼開く蛇のごとき銀色の河、
彼方灰色の靄につつまれたる大都會の帶見える方に、
地の果てに、
底びかりして地の圓い起伏、點在する森、群落する小都會の彩色圖を、
縫ひ縫ひ遠く遠く遠く彼方の果てに走せつつある……
ああ其の果て、銀灰の靄につつまれた地平の果て、
そこには吾れらが祖國の若い首府あり、
目ざましい吾れらの時代の紅い呼吸、
芽生えの青い感情、
さしのぞく華かな生の眼、
生を愛して心霓なす寶石の胸、
若く雄々しく純かな青春の魂、
すべては今泥と襤褸との大市街に包まれて、
未だ生れず、未だ叫ばず、
遙か彼方、地平の果てに、
黒煙たち濁る地平の果てに、
おお海と平野、空と土地との別れ目に、
銀灰の靄の上に黒い突點を見せ、黒い帶を曳き、
遠く靜かに大都會は呼吸しつつある……
ああ季節は今初夏、日は水蒸氣たてこめる中空を薄曇らせ、
光ある眼下の風情をおぼめかせ打和げ、
思ひ深ませる肅かな眞晝時、
天地はさながら私、この未來を不斷に夢見るものに、
その單色にして質まづしい行く手の彼の世界を、夢ならぬ現實の世界を、
その儘、此處に語るやうである。
ああ私等の泥と襤褸との首府、
吾が可憐な生涯を小さくから追はされたその市中は、
吾が半生の鬪ひの地、吾が半生の汚れの地、
吾が十代のときからの過去と追憶を葬むる墳墓の地、
おお吾が墓は市内の到る處にある。
少年の聖なる禽獸の眼を輝かした其の最初の時代に、
次いで、絶望の闇い眼を、青春時代に、
狂氣と粗暴の眼を飛躍の時代に、
忽ち喜悦を、忽ち意氣阻喪を自己の建設の時代に、
おお吾が墓は市内の到る處にある。
ああ吾が墓は市内の到る處にある。
廓街から突き出てゐる泥海の中の島は、
私等中學生の隱れ休む芝草の巣だつた。
青ペンキ塗り剥げた三階建ての古校舍は、
吾れら二十代のものゝ不平と重荷の授産場だつた。
市の東を貫く廣い河は、
人生の單調と孤獨とを夙くから教へた無愛想な死面の寡婦である。
ああ吾が墓は市内の到る處にある。
市の中心を貫く繁華な電車街の大通り、
そこには金と白堊、青銅と硝子、瓦と大理石、
大小建築の軒並屋根高低に立並び、立續き、
いそぐ馬、蹴魂しい自動車、疾驅する電車、すれ交ひ、行交ひ、馳せ交ふ群集、
そこには午前の赤い日、黄金の高屋根越しに照らすけれど、
路上の土塵はまき上り、空中をこめ、半空を掻き濁らせ、
その灰白色な惡騷がしさを迫き立て迫き立て押しこくり、
目まぐるしくも烈しい首府の繁榮をその鈴懸の並木の上に形づくる。
ああ年少の時、私はこの目醒ましい大都會の活動に驚いた。
おお私の光明と滿足、そこにも吾が墓がある、吾が無邪氣な過去の崇拜がある、
しかし今にして思へば、この繁榮の上には襤褸の黒い大旗が懸つてゐる。
ああ花崗石の橋、濠割、並木の道路、人馬の雜沓、
そこには人間の壯麗な活動の美は見るに未だよしなく、
唯だ額青黒い群集が馳交ひ、行交ひ、すれ交ひ、
半ば濁れる大都會の華かな光を、忙しく呑む。
ああ吾が生ひ育つた市中のどこに、輝かしい精神がある、
あの瀝青色の惡水ひかる濠割、
日蔭少い平地の諸公園、
赤衣裳の番卒の如き諸官省、
木立の葉、土ほこりに白い社、大寺院、大學……
背低くの胴に圓屋根赤く、さながら娼妓の嬌態と髮飾りを思はせる劇場、
更に工場、會社、銀行、鬪技場、
私等の首府は之れ等大建築物を取卷いて、
ただ雜然として遠く廣く其の鉛色の手をひろげ、波をうねらせ、谿を埋め、丘に連り、
濠をめぐり、目まぐるしくも變化なく、素つ氣なく、單調に、單色に、
ああ自然を讃美する心むなしい無表情の大都會を作る。
ああ私は此の中で育つた。
此處に、此のだだ廣い市民の部落に、
私は育つた。
そこには雨の日、泥の沼遠くひろがる道路、
また風の日、褐色の手で、町を叩きふせる屋外の砂埃り、
おお櫛風沐雨の乞食の市!
わたし等は自然に鬪ふ威力のない大都會で育てられた。
ああ吾が半生の鬪ひの地、汚れの地、
今この斷崖より遠く見て、
幾山坂の行路をかへり見れば、
鋭い追想の情、吾が眼の力を一層鮮かにし、
おお眼の前を走る多數の襤褸の市の民、貧者の酒場、燈の町、灯の影暗祕密の路次、
嘗つては吾れもその仲間であつた生活の、
おおその肉身の思ひある共同の生活の、
過去一切の眞と贋との姿を今ありありと捉へ得て、
吾が未來の夢はまたこと新しく空に浮ぶ。
8. 16
第一篇
哀憐
別れて後は、
永く哀憐の涙をこぼす。
別れ路にはうまごやしが
咲いてゐた。
その花の面影は
何時も黒い頭巾をかぶつた尼僧の影、
日が曇ればそのあたり、
灰色の霰がしづかに走り、
日が照れば目に見えず、
昨日の雪は消えてゆく。
2
風見の鷄
風にせはしい風見の鷄、
草間には赤い影這ふ壞れ屋に、
オランダ服の十歳ばかりの子が、
はねだま草のつやつやしい
あのつやつやしい黒い珠に
脣つぐむ氣のほそり。
風見の鷄はせはしくも、
金具のペタルに明るい冬の日を、
一日おくる遠い遠い風。
さびしくも散歩して、
吹いてゆく風を思へば、
めまぐるしい金具の鷄、
あの金具の鷄!
5 5.
幸福の日
何時でも謂ひ知らぬ惱ましい日はゆく、
幸福は古ぼけた鉛人形のやうに、思ひ出と陰影をかき消して、
またも嘆く一絃琴……。
その坂には若い檜林が葉を匂はせてゐた。
打續く單音の琴の音は私の過去に立ちかへり、
聞くままに草間を鳴らす羽蟲の翼の音よりも靜かに嘆く……
風景
霙は祈祷の胸を打つ景色、
雪伏す野川に氷を浸し、
冷たい灰色に身をふるはす祈祷……
透きとほる北風に祈りは叫ぶ、
霧に荒野の森は漂ひ……
MEIJI 41――
第二篇
靈を照らす光
ああ自分は泥も呑みました、
きたない水も呑みました、
私の腹は黒く、
私の咽喉はやけてゐる。
ああこの中に何ものかきれいなもの、
ああこの中に何ものかしみとほるもの、
ああこの中に魂かがやくアルコール、
その泥水を油とし、
その腸を油壺とし、
暗夜を照らす不斷の燈、
不滅の燈、
汝の暗い靈を照らす光たらしめよ。
地獄極樂、
夜の燈、
天魔惡鬼の、
よるのともしび、
ああ輝けよ、
輝けよ、
路しるべせよ、
輝けよ!
昏睡
一人の男に智慧をあたへる、
一人の男に黄金のかたなをあたへる、
一人の男に火をあたへる。
その男は睡つて正體なく、
髮はぼうぼうとのびて、
さながら醉ひどれの如し、
泥の如し。
鳥は巣に鳴き、
風は林を吹く。
ああ眠れる日はどろんとよどんで、
今大洋の水平線上を行く。
この男に聲をあたへ、
この男をゆりさまし、
この男に閃をあたへ、
この男を立たしめよ!
惠まれない善
自分は善を欲する、
自分は善を欲する、
何ものにも惠まれない善、
あえかな微笑、
遠い大洋のなかに涙する鳥、
帆なく舵なく眠れる船、
その黒い脣に、
齒は白く露出して、
永遠の海底を行く魚の如し。
ああ波切る舳、
空映す波、
不斷に帆桁きしる風は、
目に見えぬ黒い旗の如し。
ああ何もの、
何もの、
この力あたへる眞空の内、
一物の響なし、
一物の響なし。
死の歌
『おまへはどこから來た』と夜の木の葉がささやく。
『おれは冬の地平線の先きから來た、
まだ夜の明けない土地から來た』と風がささやく。
『ああおまへの聲はすごい、
お前の聲は弱弱しく、
かすかだが、
いつまでも耳を離れない』と木の葉がささやく。
『それはさうだ
おれは死の地、死の陰に坐せるものから來た。
永遠に光のない土地から來た』と風がささやく。
彼等は互ひに見つめあつた、
木の葉はそよいだ、
風はそよそよと吹いた。
彼等は耳こすりした。
接吻した。
それから風は行く果も知らず飛んで行き、
木の葉はたえ間もなく身をふるはせた。