Chapter 1 of 3

第一章

有名探偵の逸話は小説などで頻繁に書かれてきたが、悪名犯罪者のは……ない。

大胆な意見とは言え、やはり本当だ。名うての悪党なら早晩見つかると自覚し、それなりの生き方をする。そして結局最後には捕まる。しかしながら、あまた大悪党がいる中で、何かしら尊敬じみた生涯を送ったのも存在するに違いない。そんな人物は小説にとって極めて新鮮だろう。よって、ここにシャーロック・ホームズばりの犯罪者の逸話を書こうと思う。

こんな有名インテリ悪党が条件ならば、探すのは限りなくゼロになろう。筆者の目的はフィリックス・グライドなる人物について、輝かしい人生に起こった脅威の冒険談を著わそうとするものである。

学生なら皆、レイストリア王国の勃興史を知っている。四十年前、南東欧州には独立小国家が多数存在していたが、半世紀を経ずして、世界でも最強の連合国家が成立した。

これまた誰も知っているが、結果をもたらしたのは四人組の天才たちだ。全盛期、歴史を造るさまは動乱の世紀全部を含めても、かなわない。何年も領土を拡大し続け、ずんずんレイストリア国を強大にしていった。

だが、やがて時が全てをさらう。帝国の建国者達は老い、ペンと剣を置き、とうとう最高権力者ルードフ・シーザーにも死が訪れた。いわゆるレイストリア皇帝だ。

最新情報を乗せた電信が地上のあちこちに飛んだ。植字工たちは汗だくになって、死亡記事を次から次へ組んだ。シーザーの武勇があまねく吹聴された。まさしく皇帝がやりそうな最後の衝撃であった。

その間、レイストリア国の首都マントゥアでは一カ月間にわたる葬列と儀式が皇帝にふさわしく整えられた。新聞各紙は詳細を厳粛に報じた。八日間の遺体安置は偉大なリュケイオン効果を狙ってのことだ。冷たくなった皇帝の肉体は、うじ虫がわかないように、直ちに防腐処理された。

フィリックス・グライドがこの葬祭記事を読んだのはロンドンのバートン通りにある隠れ家だった。テレグラフ新聞の過激な見出しは一脈の詩的な英雄礼讃を思わせ、ホメロス的な勇気に満ちていた。

グライドは穏やかな青い目をした色白の物静かな男、ちょっと詩人に似てないこともないが、違うのは身なりがきれいで、髪もきちんと整えていることだ。

薄い唇の端に薄笑いを浮かべ、つぶやいた。

「チャンスだ。俺のような真に賢い山師は違う。ここに強奪歴史上、最高に大胆で驚くべき犯罪のヒントが見える。栄光に包まれた一体の亡き骸があり、日夜、儀仗兵が守っている。祭壇を赤々と照らし、哀悼の弔問客が絶えず往来する。どうだい、あの死体を盗み、国家並の身代金を要求したら」

グライドが座って考え込んでいると、やがてロンドンの雑踏が静まった。椅子で眠りこけていたのかもしれない。むっくり起きて、煙草に火をつけ、再び灯りをともした。ベルを鳴らすと召使いがはいってきた。ご主人の命令を待っていた。

「リー君、二、三日留守にする。明朝九時の列車でチャリング・クロスを立つから用意してくれ。戻るときはパリから手紙を出す」

召使いは無言でお辞儀して退出した。グライドはベッドにもぐり、朝まで熟睡した。もう夕暮前には大陸特急に乗って目的地へ驀進していた。

翌晩、客車の窓から暗闇を見れば、紫色のかすかな炎が空から差しているような気がした。まさしく哀悼一色の都市で、無数の灯火が反射したものだった。目的地に着いた。首都マントゥアは目前であった。列車が駅に滑り込んだ。

グライドがつぶやいた。

「一人対五十万人か。旧式銃剣じゃ針穴だ。うまいことに俺は完璧な現地語が話せる」

手提げかばんを取り、都市の真ん中にぶらり飛びこんだ。

Chapter 1 of 3