一
本件は謎と冒険の臭いがする。そういうことならドレントン・デン特派員が準備万端だ。シャズ山の森でぶらぶらして、当てのない迎え便を待つよりずっといい。
連れのグラスゴウという男は、奥地貿易に従事し、たったいま冒険旅行から帰って来たばかりだった。
「ここは中央アフリカの裏口だ。ノックの必要はない。君、はいるかい」
とグラスゴウ。
「珍品が手にはいったのか」
グラスゴウがニヤリ。五年も歯を食いしばって無駄に生きちゃいない。この屈強なスコットランド人の焼け具合はまるで褐色ブロンズ、あご髭はヤギ並のもじゃもじゃ。
「君が今まで見たこともないブツだと請け合うぜ。今回はアラ山密林を横断するおそらく最後の旅だろう。前回は危険だったが、うまくやった。どうだい、このシロモノは」
荷物からグラスゴウが羽毛を取りだした。真っ白な羽根で、長さ六十センチ、最高の肌触りだ。得も言われぬほど柔らかい感触で、それをグラスゴウがひらひら振ると、落水が繊細に散るようにキラキラ輝いた。
デンが大声でほめちぎった。
「たまげたなあ。世界一のダチョウ尾っぽも、これに比べりゃ掃除たわしだ。もっとあるのかい」
「あの袋に一万枚あるぞ。笑わば笑え。広げると小さなテーブルクロス程だが、ポケットに六枚も楽々はいる。見ろ」
とびきり美しい羽毛を丸めると、ビー玉より小さくなった。再び広げても、羽毛の輝く光沢と、優美な美しさは全く損なわれていなかった。
グラスゴウが続けて、
「八枚で重さは三十グラムだ。とても丈夫だよ。英国に持っていけばひと騒動だろう」
「君はそれで稼げる。どうだい一つ、その羽毛の鳥を見せてくれないか」
「あのな、この羽毛は鳥じゃないんだ。どんな生物か、全く知らないんだよ。俺はアラ族と今とても良い関係だ。奴らが持ってきてくれるけど、入手先は知らない。召使いのチャンが全てやってくれる。でも羽毛のことを聞こうものなら、オビ神とか何かの呪文を唱え、何日も口をきかなくなる」
デンは、気丈に振る舞っていたが、心臓はドキドキだった。
「でかしたな。二人でアラ山へ行こう。何だか知らないが、その鳥を見てやる。願ったりの冒険になるぞ」
グラスゴウが同意した。グラスゴウはほとんど気づかなかったが、デンは暢気に危ないことを考えていた。もし気づいていれば、慎重なスコットランド人のグラスゴウは一人で森を横断しただろう。
「鳥を見ようとしたことはないのかい」
「ないよ。ここに来たのはカネの為だ。現地人を使って稼いでいる。あっちには奇妙で、悪魔みたいなことがたくさんあるし、日光で真っ白になった白人の骨もいっぱいある。嗅ぎ回り過ぎたのさ。あそこでは好奇心が命取りだ」
一行は翌朝の夜明けに出発し、キャンプを信頼できる二人の現地人に預け、グラスゴウの忠実な召使いのチャンを同行させた。
チャンは一族の中でもできる男で、肌は黄色で、しなやかな手足を持ち、髪は直毛で真っ黒だ。
森の中は涼しかったが、道は狭く、蛇がうようよ。デンの気のせいか、枯れ木からズズ、ググと、のたくる音が聞こえ、時々うろこが不気味に光る。皮脚絆に感謝した。
デンがグラスゴウにささやいた。
「君の召使いはすぐやられるぞ。まるで神の裾を踏んづけて、こんな蛇の群がるジャングルで、通行許可を願うようなものだ。腰布しか着てない。絶対にあれはコブラだよ」
コブラだった。危険な鎌首を持ち上げ、エリを広げ、チャンが行列の先頭で無造作に足を踏み入れた途端、攻撃した。デンは頭の毛が逆立ち、チクチクした。
「危ない、バカもん。コブラを知らないのか」
チャンは楽しげに、いや哀れ気に笑って振り返った。そのとき、コブラがシュッと噛んだ。すると、チャンがコブラの首をむんずとつかんだ。次の瞬間、ぬるぬるの背骨をボキッと折って、ぐにゃりとなったのを脇に放り投げた。
「ヒエーッ驚いた。蛇にかまれたろ」
とデンが大声。
その通りだった。チャンの太ももに赤い刺し傷が二つあった。もう足が腫れ始めている。よくて半時間でチャンは死ぬ。
デンの顔には恐怖心がありあり。グラスゴウは笑っている。そしてチャンが歯を輝かんばかりに見せて笑っているさまは、求愛に成功した男のようだった。
「騒ぐな、大丈夫、一分でよくなる」
とチャン。
腰布から取り出した小さな茶色の物体は形と言い、色と言い、乾燥ソラマメのようだ。舌でなめて、なんだか無造作に傷口に塗った。そのあと、平然と歩き始めた。
「なんかのおまじないだろ。でも助からんな」
とデンがブツブツ。
デンは一人で憂鬱になり、非劇を想像した。強烈な諺を引けば、死んでは元も子も無い。
時が過ぎ、宿泊キャンプを設営した。チャンはノートルダム大聖堂の僧か、托鉢僧か、まるで弱らなかった。
デンはチャンを冷静に観察した。チャンが煙草に火をつけて、圏外へ去ったので、デンがグラスゴウに語りかけた。
「君は富豪へのすごい近道を見過ごしたようだぞ。チャンが毒蛇の特効薬を持っている。処方箋を手に入れたら、そんな羽毛なんか捨てても大丈夫だ」
「入手できればな。でもできない。アラ族は皆あの小さな茶色豆を携帯している。実は俺も持っている。チャンがくれた。チャンはあれで命をつないだ、ということだよ。作り方は羽毛を混ぜて、最後に、ある種のコケ脅し儀式をやる。一種の秘密結社だ。全財産を捨てれば処方箋が得られようが、いまはガツガツしてないから、手を出さない。俺の忠告に従って、あの薬のことは胸にしまえ」
デンは黙った。実のところ、見聞して沈黙するために、のこのこ来たわけじゃない。ニューヨークポスト紙はそんな特派員には給料を払わない。しかも、あの処方箋の入手は人類への格別な義務だ。
あとでチャンの固い信条を大いに揺さぶることになるが、折り畳みナイフと、足のつかない拳銃をやると、デンが弱みにつけ込んだ。
デンが秘密を暴こうとするのはとても危険なことであり、チャンは苦悩した。でも神はまだ遥か遠方だし、拳銃もすぐ手元にあるし……。
チャンが言った。
「これ言わない。グニュー神が毒蛇の解毒剤、造られる。グニュー神の腹、古文書ある。司祭がアラ神殿で守る。満月に神殿で薬、たんと造る。そのあとグニュー神の腹に古文書、しまう」
「その儀式をちょっと見せてくれたら、銀時計をやろう、どうだ、チャン」
チャンが震え、唇が真っ青。骨ばった膝がガクガク、口からよだれをたらし、絞り出すように言った。
「二度と言えば殺す。白人、大バカ。何様のこと話すか」
それからチャンは何も言わなくなった。でも、明らかに魂を徹底的に揺さぶられ、何度も熱い視線を送った先に、デンの上着から出ている銀時計の鎖があった。
誘惑を巧妙に効かせる技はヤンキーのデンがよく知っている。デンは儀式を見てやると決心。秘密儀式、秘密結社、そしてグニューと呼ばれる神の内蔵にある古文書。
地上で最も優れた特効薬を、狂信的な裸人に独占させるわけにいかない。デンは口を閉じた。
やがて三日目の夜、谷の向こう側にアラ族の小屋や柵が見えてきた。
デンがチャンの隣に立って、ささやいた。
「銀時計の件はどう?」
チャンの歯がカチカチ、唇が神経質に引きつってブルブル。両眼が夜の猫目のようにギラリ。それからすすり泣いて、大粒の涙がほほに流れた。見られた姿じゃない。デンも恥じる気持ちを感じなくもない。
「じゃ、銀時計はお前のものだ。で、いつやる?」
チャンの唇の形がこう言った。
「明日の午後」