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女肉を料理する男
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女肉を料理する男
牧逸馬
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 5 of 5

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「斬裂人のジャック」は、何かのことでホワイトチャペル界隈の売春婦全部を呪い、相手選ばずその鏖殺を企てたのだというのが、いま一般に信じられているジャックの目的である。憎悪と怨恨に燃えて、その復讐欲を満たすために、かれはあれほど血に飽きるところを知らなかったというのだ。その根本の原因は何か! いまとなってはただ、そこにたんなる推定が許されるにすぎない。ジャックは、この付近の売春婦から悪性の梅毒でも感染し、それが彼の人生を泥土に突き入れたのであろう。すくなくとも、彼はそう感じて、その自暴自棄の憤怒――かなり不合理な――が彼を駆って盲目的に、そして猪進的に執念の刃を揮わせ、この酷薄な報復手段を採らしめたに相違あるまい。病毒の媒体としてもっとも恐るべきイースト・エンドの哀れな娼婦の一人が、肉体的に、また精神的に、ジャックの一生をめちゃくちゃにしたのだ。悪疾に侵されたかれの頭脳において、一人の罪は全般が背負うべきものという不当の論理が、ごく当然に醗酵し生長したかもしれない。

その間も、ロンドン警視庁へは海外からの情報がしっきりなしに達していた。

このすこし以前、北米テキサス州で、冬から早春にかけて、リッパア事件に酷似した犯罪が連続的に行なわれたことがあった。もっとも、ロンドンのほど野性に徹した犯行ではなかったが、同じような性器の解剖が屍体に加えてあった。この被害者は、限定的に、同地方に特有の黒人の売笑婦だった。

犯人は外国生れの若いユダヤ人であるといわれていたが、もちろん自余のことはいっさい不明で、やはり捕まっていない。ロンドンでリッパア事件が高潮に達した時、テキサス州の有力新聞アトランタ・カンステチュウション紙は、この黒婦虐殺事件の顛末を細大掲げて両者の相似点を指摘し、ジャック・ゼ・リッパアは、このテキサスの犯人が渡英して再活躍を始めたに相違ないと論じたが、その当否はとにかく、ロンドンでリッパア騒動が終塞するとまもなく、その翌年の初夏、同じような悪鬼的横行が今度はマナガ市の心胆を寒からしめている。

マナガ市は、中央アメリカニカラガ共和国の首府である。同市に事件が発生すると同時に、ロンドン警視庁はさっそく同市警察に照会して該事件に関する委細の報告を受け取ったが、それによると、書類の上では、犯罪の状況、生殖器の「斬り裂」き方、犯人をめぐる神秘の密度など、すべて「斬裂人ジャック」の手口と付節を合するがごときものがあって、ここに当然、ジャックはロンドンにおける最後の犯行後、大西洋を渡って中米に現われたのだという説を生じた。これは一見付会の観あるが、再考すればおおいにありそうなことである。はたしてニカラガの犯人がロンドンの屠殺者ジャックであったかどうか――それは、ニカラガでも犯人は捕まっていないのだから、肯定するも否定するも、ようするに純粋の想像を一歩も出ない。犯罪もこうまで不思議性を帯びてくると、そこにいろんな無稽の話が付随してくるのは当然で、ことに、犯罪者には、いよいよとなると自己を英雄化して飾ろうとする妙な共通心理があるものとみえる。それから当分、ほかの事件で死刑になるやつがきまって公式のように「この自分こそジャックである」と大見得の告白をするのが続出して、当局を悩ました。はじめのうちは公衆も沸いたが、われもわれもとぞくぞく流行のように、そう何人も自称ジャックが現われるに及んで、またかともうだれも真面目に相手にしなくなっている。

ただ、テキサス犯人の若いユダヤ人がジャックではなかったかという説だけは、いまだにリッパア事件の研究者の間にそうとう重く見られている。ライオンスも、その夜の男の言葉に米国訛りを感得したと主張しているし、あの、セントラル・ニュース社へ宛てた手紙と葉書の冒頭語、Dear Boss なる文句は、明白にアメリカの俗語で、英国では絶対に使わないといっていい。が、例のパッカアだけは、葡萄を売った客の言語にも、なんら米国を暗示するものは感じられなかったと言っているが、彼の応対はほんの瞬時であり、それは、声や語調は意識して変装することもできるから、この点パッカアの証言はあまりあてにならない。

それに、もう一つ、これは後から発表されたのだが、ハンベリイ街二九番事件の時である。被害者アニイ・チャプマンが格闘の際犯人の着衣からぎ取ったのだろう、屍体の真下、背中の個所に、一個のボタンが落ちていた。裏に、H&Qという小さな商標が押字してあった。このボタンの研究は、警視庁の依頼を受けてロンドン商工会議所が引き請けた。そして、日ならずして、H&Qのボタンは、米国シカゴのヘンドリックス・エンド・クエンティン会社の製品であることが判明した。このゆいいつのそして表面漠として雲を掴むような手がかり――ほとんど手がかりとも呼びがたい――を頼りに、もっとも他にもなにかあったのかもしれないが、即日アンドルウス警部が警視庁を飛び出してそのままサザンプトンからニューヨーク行きの船に投じている。その筋の努力がいかに涙ぐましいものであったかは、この一事でも知れよう。が、このボタンの調査もなんらの結果を齎さなかったとみえて、アンドルウス氏は、いつ帰ったともなく、まもなく空手でロンドンに帰ってきていた。

数年後、マナガ市の精神病院で客死した、かつてそうとう知名の外科医だった英国人の一狂人が、その死の床において、リッパア事件とニカラガ事件の真犯人であると告白したという話が伝わってきて、忘れかけていた世間を、もう一度「ジャック」の名で騒がせたことがあるが、もちろん完全なでたらめにすぎない。すくなくとも当局は一笑に付した。第一、「狂人の告白」というのからして、なんと、痛快なナンセンスではないか。

Chapter 5 of 5
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