第一場
松と樫の茂っている森の中の空地、樹幹の際に落日の静かな火が赤く見えている。乱れた人声が、どこかよほど遠くの方に聞える。この時、髪をふり乱した狂暴な姿の男が鹿皮の衣をまとい緊皮の脛衣を着けて、あたりを見廻しながら馳け出して樹から樹へと隠れて走る。長い黒い巻毛がその不恰好な肩に乱れかかって、左腕は吊腕帯でつり上げ、右手は槍を持っている。彼はやがて立ち止まって一心に何かを聴く。不意に彼は槍を持上げたが又徐かにそれを下げる、そこへ白衣を着た盲目の老人が、平たい金の輪を腰に帯び頭には樫の小枝の髪紐を巻き、杖にすがりながら出て来る。
コエル わしの身ぢかにおるのは誰か? わしの耳には、激しい息づかいが聞える……人を追う者か……それとも、追われる者の息づかいのような。クレーヴシン 聖僧よ、わしは他国のものだ。ここは何という土地であろう? あなたの名は?コエル わしは聖僧コエル……盲目の老人の琴手コエルだ。クレーヴシン わしも、やっぱり、琴手だ、聖僧ではないが。わしは琴手クレーヴシンというもの、大王コナイリイ・モルの将軍であり楽人の長でもある。琴手コエル、わしは至聖所がほしい! 至聖所がほしい……はやく! はやく!コエル だれから隠れるために?
この時入り乱れた人声前よりも高く聞えて、次第に高くなり、やがてぱったり止む。
クレーヴシン (槍を振りながら)彼等から隠れるために。コエル ここにいればお前は無事だ。聞かしてくれ、クレーヴシンとかいう人、コノール大王のお子コルマック・コンリナスは今どこにおられる? コノール王がウスナの子たちを亡して、ウスナの家の誇りであったナイシイの妻デヤドラがその大なる悲しみのため死なれた今、コルマックは一度見捨てた父君をまた助ける為に、いま北に向いておかえりなさるであろうか?クレーヴシン (あらあらしい嘲笑を以て)おう、ネサの子コノールは、まことに偉大なる王である! うつくしいデヤドラの幼い時から我が妻にしようと育て上げたのを、ナイシイが鷹のように浚うて北の国に連れて逃げた、二人は恋し合うていて王を笑うた。その後、コノール王は愛蘭からアルバの国までナイシイの後を追うて行ったか? いや! コノール王はデヤドラの愛人の胸に剣を突き刺したか? 否! 三年のあいだ王は山かげの狼が遠くの羊の牧を見ているように、手も出さず待っていた……それから、王は優しい言葉でナイシイと其二人の弟の勇士たちと、美しいデヤドラまでも誘うて、尊い王者の保証を与えた……それから、ははっ! それから、剣のひびき、それから、赤い血の泉、ウスナの家は万人に対するにただ三人の勇しい戦をたたかうたのであった……それから、三人の悲しい尊い死があった……そして、デヤドラは、ああ不思議なことよ、コノールは終にデヤドラを奪り得たであろうか? 否! 否! デヤドラは愛した人の側に伏して死んでしまうた、ウスナの子ナイシイの屍の側に伏して! 美しいデヤドラこそは、まことの女王だ!コエル (杖をあげて)お前は誰か? お前は誰か? 此処には、コノール王の敵のための至聖所はない!クレーヴシン (泣くような哀哭の声を高くして)わしはウスナの家の声だ、永久に、永久に、風の中になげく声だ「王者は塵に横わり、貴人は辱しめられ、強国の勇士は葦を振る剣士の如く、草をしごく槍手の如く影を追い影にあこがるる人の如くなろう!」とその声は歎いておる。(しばらく沈黙)ああ、盲人コエル、日にかけて風にかけて言う、わしは、無道にもウスナの子たちを殺した者どもを刺すための、折れた槍だ……コノール王を狂気に突き煽る槍だ!コエル (怒って)愚かな狂人、かくさずに言え、お前はコノール王のおん子コルマック・コンリナスの怒を恐れて逃げたものではないか?クレーヴシン (嘲り笑う)コノール王の子のコルマックか! コルマック・コンリナス! あの金髪のコルマックか! いや、いや、老人、わしは美少年コルマックの怒を恐れて逃げては来ぬ! わしばかりではない、あの美少年のコルマック、太子のコルマック、コノールの子のコルマックから逃げるものは、もう一人もありはせぬ。コエル (怒って)なに! 王のおん子が死なれたか……人手にかかって死なれたか?クレーヴシン (近く寄り来て、前と違った声で低く語る)老人、わしの国にもデヤドラに劣らぬうつくしい女がいた。女は、コルマックという名の……コルマック・コンリナスという名の、アルトン人を恋した。コナイリイ・モル大王は激怒されて、女の意志を顧みず其男を国外に追い払うた、そして女を此わしに下された、わしはその女を愛して居ったが、女はわしを憎んでいた。わしは女を自分の砦に伴れて行った。が、そのコルマックという男がわしの砦に来て女を見つけ出した……そして、わしは……わしも、やっぱり、不意に砦に帰って来て、コルマックが来ておるのを見つけ出した!
長く引く哀哭の歌声きこえる。
コエル 黙って! あれは何か?クレーヴシン あれか?……あれはコルマックと美しいアイリイの死体をコノールの許に持って来る人々の哀哭の声だ。(不意に飛び退って又高く叫ぶ)ああ盲人コエル、わしは自分の砦に火をつけた、そして二人が寝ておる寝室に赤い火焔が迫った時わしは笑うた……二人は死んだのだ、コルマックとアイリイが、この琴手クレーヴシンのうれしい死の唄につれて! 二つの焼焦げの丸木をあのなげく者どもは今になうて行く……ああ、ああ!
彼がかく叫ぶ時一本の槍が舞台を左から右に横切って飛び来る、また一本、また一本、三本目の槍がクレーヴシンの足もとの地に突き通る。物すごい叫声きこえる――突進する人々――六人あるいは八人ぐらいのアルトン族の勇士等叫びながら飛び来てクレーヴシンを捕える。
勇士たち 死ね、琴手よ!――死ね、王のおん子を殺した琴手クレーヴシン!