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人々に答ふ
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人々に答ふ
正岡子規
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 8 of 13

八

「もののふの八十氏川の網代木に」の歌に、名所の特色を現さずといふ事につきて、或人弁じて曰く、網代は宇治田上に限りたる者なれば特色なきに非ずと、網代が宇治の特色なることはわれらも知れり。されどこの歌は宇治川も網代木も、皆宇治川網代木その物を現はさんとの意にはあらで、単に下二句の感慨を引き出すための道具に過ぎざれば、名所の歌の手本にすべきに非ずといへるなり。言はば「山川のゐくひにかかる白波のゆくへも知らぬ」といひても、隅田川の百本杭といひても善き様なる処なれば、この歌を以て宇治川を詠じたる者とはなしがたし。

或人曰く、この歌の初三句意味なしとはいふべからず、「もののふの」とある故下二句に利くなりと。それはさる事もあるべし。さりながら「もののふの八十氏」といふ意味の語、初になくともなほこの歌は善く聞ゆるにやと覚ゆ。如何や。

或人曰く、名所の特色いちじるく現れをらずとも、その名所を過ぎて詠みたる歌ならば差支なかるべしと。この説には異論なし。ただ名所の特色なき歌を、名所の歌の手本として人に教ふるの不可なるをいへるなり。この「もののふの」の歌の如きは名所の歌としてはむしろ変例に属す。因みにいふ、名所といふ事については、古来歌よみは大なる謬見を抱きゐたり。昔の歌よみは、いはゆる名所なる者を一度も見ずしていい加減に歌に詠み込む者なれば、その名所の歌といふも多くはその地の特色を現したる者に非ず、ただ古歌に拠りてどこそこは千鳥の名所なり、どこそこは山吹の名所なりといふに過ぎず。さればその地に千鳥が啼かずとも、その地に山吹が咲かずとも、固よりそれらに頓著あるべくもあらず、甚しきはあるかなきか分らぬやうな名所を、平気に用ゐて澄ましてゐたるのんきさ加減は驚き入りたる次第といふべし。尤も主観的の歌の引合に名所を用うるは知らぬ処にても差支なかるべけれど、いやしくも客観的に詠む場合、即ち景色を詠む場合には、その地を知らざれば到底善き歌にはなるまじ。あるいは古歌古書に拠り、あるいは人伝に聞き、あるいは絵画写真にてその地の大概を知りたる後、これを歌に詠む事はなきにあらねど、それすら常にする事にあらず。それを京都の外一歩も踏み出さぬ公卿たちが、歌人は坐ながらに名所を知るなどと称して、名所の歌を詠むに至りては乱暴もまた極まれり。かくの如きは古今以後和歌が堂上にのみ行はれたる弊にして、和歌が堂上に盛なりし一事は、名所の歌のみならず、総ての歌を腐敗せしむる一原因とはなれり。されどこは公卿の罪にあらずしてむしろ在野の人の罪なり。在満らが和歌は堂上の専有物に非ずと大呼するまでは、在野の歌よみは皆堂上方に屈伏して自分を軽蔑しゐたりしなり。真淵・在満など出でてより後、和歌の権は公卿の手を離れたるも、その弊習はなほ全くこれを払ひ去る能はず。蒿蹊が『勝地吐懐篇』の凡例の下に「はた地理は知らでもよみうたにさはりなしといふは世の常なれど、たとへば或る名所集辛崎の条下に、朝妻読合とばかりかけるをみて、いとまぢかき所のやうに読みし人あり、辛崎は比叡の東阪本にて志賀郡、浅妻は筑間に隣りて坂田郡か、湖を中に隔てあはひ十里余やあらん」云々と書けるは、幾分か空想的名所歌の弊を看破したるには相違なけれど、さりとて名所を知るはこれらの誤謬なからしめんがためのみにはあらざるべし。誤謬なしとて特色なければ名所の歌にはあらじ。

附けていふ、前稿に歌の数を計算する処に錯列法を用ゐしはわれらの考へ誤りたるなり。改めて順列法に因りたる計算を記さんに、二箇づつを用ゐたる歌の数は四十五首、三箇づつを用うれば百五十首、四箇づつを用うれば三百七十五首となるなり。(四月七日)

Chapter 8 of 13
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