二
去る昭和三年十二月卅一日夜、予、日高郡妹尾に在て、大雨中に十八町ばかり山中を歩む内、深谷に臨んだ道側の雜木が、忽ち悉く滿開せる梅林と化け、一天微雲だになく月さえ渡つた。暫らく歩を駐めて觀れば依然として大雨中にあり。歩み出すと復た月夜の梅林が現じた。宿に著て直樣其事を詳記したのを平沼大三郎氏に送り、今に保存し貰ひある。人間の記臆はどれ程正しく續く者かを他日檢査する爲めにだ。深山に住で精神異變を起し、こんな目に幾度も逢た自分は、武城縣志や青州府志の記事を虚談とは決して思はぬ。
然し古今圖書集成同卷に花史、宋元嘉六年、賈道子行二荊上一、見二芙蓉方發一、取遷レ家、聞二花有一レ聲、尋得二舍利一、白如二眞珠一、焔照二梁棟一、とあるは、咲く時で無て、咲た後に聲を出したので、それが舍利感得の予告とは甚だ怪しく、更に怪しきは、杜陽雜編より引た一話で、云く、元載造二輝堂於私弟一、輝之前有レ池、悉以二文石一砌、其岸中有二碧芙蓉一、香潔、(蓮花の事)偉二於常者一、載因二暇日一、憑レ欄以觀、忽聞二歌聲一、響若二十四五子唱一焉、其曲則玉樹後庭花也、載驚異、莫レ知二所在一、及二審聽一レ之、乃芙蓉中也、俯而視レ之、聞二喘息之音一、載惡レ之既甚、遂剖二其花一、一無レ所レ見、即祕レ之、不レ令二人説一、及二載受一レ戮、而逸奴爲二平盧軍卒一故得二其實一と。
其次には蓮花から美女が出て、毎度士人と交會した話を此夢瑣言より引おる。是には唱歌の事はないが、其女と相狎れ、別莊を幽會の所と爲たとあれば、定めて死にます/\なんてうなつただらう。由て蓮花が此怪音を出したと假定して爰に列しおく。
正字通申集上、蓮の字の條に、白居易忠州木蓮詩序云、予遊二臨※白鶴山寺一、佛殿前有二兩株一、高數丈、葉堅厚如レ桂、中夏發レ花如二芙※一、香亦酷似、花拆時有レ聲。花開く時、聲ある由を明記した例は是ばかりだ。
本邦のモクレンゲも、花さく時音を出すか知らぬ。老女其頃年も二八か二九からぬ娘だつたが、其父毎旦早く起て、蓮花の開く音を聞きに出で、これを聞くと氣がさつぱりすると悦んだ。自分も二度隨ひ往たが、蓮が多いから曉方に開く音がパッパッと連發し、城壁に響いて著しく聞えたと言た。早起して靜かな隍邊え通ふと、自然養生法にもかなひ、心神爽快を覺えたのだ。そこえ御定りの蓮は諸佛の座で、極樂の花と幼時より浸潤しをるから、難有くもうれしくも感じて、自然之を聞ば屹度成佛するの、開運必然のといふ俗信を生じたと考へる。