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老残
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老残
宮地嘉六
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 4 of 5

4

「わかりました。裁判所に勤めたことはありませんが、二年あまり法廷に出入しました」

「ぢや、裁判所のことはよく御存じですわねえ。実はあなたに裁判所のことを教はりたくて今日はお訪ねしたんですの。弁護士さんに頼めば相当お金がいるさうですから、あなたにお智慧をかして頂きたいんですけど」

「さあ……あまり大したことは知りませんが、なんなら、知つた弁護士さんにきいてあげてもいゝんです」

「あたし達夫婦は事実上別れたことになつてをりますが、法律上はまだきつぱりと解決してはをりませんですの。それについて、どうしたらよいかと思ひまして」

「さういふ問題なら今は家庭裁判所に持ち出せば無料で解決してくれますよ。家庭裁判所の受附へ行つてそのことをうち明けると審判官があつてくれますから、一通り事情をのべて、あなたのいひ分として、離婚請求、慰藉料、今後の子女の養育費のことなどをおつしやれば、相手方を喚び出して双方話し合ひの上、審判官が判決してくれます」

「それはいゝことをうかゞひました」

彼女の打ち明けばなしを聞くと、いつぞや六本木の国民酒場の行列で常連がはなしてゐたのと略ぼ符合したので、やつぱりさうだつた……。

彼女は奉天の一旅館の娘だつたが、今から十七八年前、媒妁人なしで合意上の結婚をした。亭主は元来機械屋で、大陸育ちで大酒をのむたちの男。終戦後内地に引揚げてからも高い闇酒を一日も欠かしたことがなく、それにはさん/″\悩まされたといふのである。大連では収入も多く、酒代にこまりはしなかつたが、敗戦と共に内地に引揚げてからは、殆ど無一物の上に亭主は無理して酒をのみたがるのには泣かされたとのこと、青山の引揚者寮に入つてから、その寮の前に空地があつたので、屋台店を思ひつき、今川焼をはじめたところ、それが意外に繁昌したので、どうやら子供達の冬着の支度も間にあつて、一つ二つの寝具も手に入れたが、今川焼が繁昌するのをよいことにして、亭主は店の売溜を掴み出してはのみあるくなど、手のつけやうがないところへ、その空地が急に売却ときまつて屋台は追立てを喰ふことになつたが、よいあんばいに亭主の就職が叶ひ、横浜の方の進駐軍関係の自動車修理工場に採用ときまつたので、やれありがたやと思ふと、今度は亭主に情婦ができて、一万何千円の月収の中からろくに妻子の生活費をみつがうとはせず、それどころか、寄りつかなくなつてしまつたので、彼女は名古屋で景気づいてゐる弟から資本を借りて現在の福吉町のバラック建の喫茶店を譲りうけ、どうやらくらしをたててゐるのだが、二人の子供を背負はされた上、ビタ一文もよこさない亭主の仕打はあんまりだと語るのだつた。

「それでしたら、家庭裁判所に持ち出せばきつと貴女のいひ分が通りませうよ」

金がかゝらずに裁判所の方で受けつけてくれるときいて彼女は安心したらしい。

「今日はほんとに、うかゞつてよかつたですわ」

「唯ねえ、かういふことは一応腹に置いていらつしやい……たとへば御亭主の方でです。貴女に情人があるといふ風なことを裁判官に申立てる場合がないとも限りません。法廷といふところは往々、まことしやかに、あることないことを双方がいひ出して泥仕合の場所になりがちですから……」

「そんなときには私のために証人になつて下さる方はいくらもございますのよ」

「人間は道にはづれたことをしたり行きすぎをしたりすると後になつて反省しなければなりませんからねえ……それだけは確実です。反省なんかしてゐないやうな顔をしてゐても心では自分の非を気づいてゐるんです。今に御主人は再びあなたのそばに戻つて来るでせう」

「今でも情婦と面白くないときはのこ/\私んところへ来ますのよ。でも寄せつけませんの。追つぱらつてやりますの」

「それはまだ脈がありますね。やつぱり、あなたと断然別れてしまふ気はないんですね」

彼女はさういはれて包みきれないよろこびをほのかな夕映のやうに、その美しい眉のほとりにたゞよはせた。

「でも、その情婦との間に子供まで生れてしまつたんですから」

「別に子供が生れたことが貴女がその御主人を失はねばならぬといふ絶対の条件にはなりませんからね。おせじに、気やすめをいつてるんぢやありません、まあ、あまり考へない方がいゝです」

彼女は一通り自分のことを打ち明けてしまふと、今度は私のことを問ひかけた。おつれあひは、とか、御家族は、とか、私の一人ぼつちなわびしい状態を見て、いたはりの心から訊ねるのであつたらう。で女房はこれ/\の事情で二十年も前に別れたこと、二人の子らは罹災者寮に入れてもらつてゐることなどを語つた。

「お一人でまあ、おさびしいでせう。一つあたし、恰好なお話相手を見つけませうか」

「ありがたう。かう、脂がぬけきつてしまつてはどうにも仕方がありませんよ。すべては過ぎ去つてしまひました」

「失礼ですが、おいくつでいらつしやいますの」

「ぢきに七十です」

「あれ、まあお若く見えますわねえ」

彼女は家庭裁判所に事情を訴へ出ることにきめてその日は辞し去つた。それから三日たつての月曜日の午前、私は約束通り家庭裁判所の前で彼女とおちあつた。この日の彼女は唯、家庭裁判所の大体の様子を見たいといふほどの煮えきらない心持だつたやうだ。女一人ではじめてこんなところに来るのは心臆するのも無理はない。ところで月水金は既願人の続行審理の日となつてゐた。新来の訴願者は火木土といふことになつてゐたので、いづれにしてもこの日は受附けてもらへない日だつた。

で折角今日、此所まで出向いて来た彼女に無駄足踏ませるのも心ないことと思つたので、私は彼女を誘つて、すぐお隣りの地方裁判所の民事部九号法廷に同伴した。家庭裁判所では一切傍聴は禁止となつてゐるが、地方裁判所の民事部では離婚事件といへども傍聴できることになつてゐる。此所で取扱ふ事件は悉く本訴で、相変らず月水金の日は複雑な離婚事件の多くが展開されてゐるのだつた。

「参考になるでせうから少し傍聴しませう」

丁度、そこでは慰藉料問題にからむ離婚訴訟の審理中であつた――姑小姑のある家庭に嫁入つたが面白くゆかぬ……する内に姑の衣類が一枚なくなつた……占師に訊ねたところが家の中の者が盗んでゐるといふ。てつきり嫁だといふことになつたので若い嫁はぬれ衣をきせられた。それが無念さに若嫁は里へ帰つたきり戻つて来ない。ところが嫁は妊娠してゐることが婦人科医によつて分つた。すると亭主の方では里へ帰つてゐる間に不義をして妊娠したものといひはつて取り合はない。嫁側はいよ/\憤慨して医者の証明を添へ、貞操蹂躙、名誉毀損で離婚と共に慰藉料請求の訴訟を提訴したものであつた。次回公判にはその占師も参考人として登場することになつてこの日は閉廷となつた。

彼女は傍聴の間しきりと涙ぐんでゐた。二人は法廷を出てからエレベーターで降りて刑事部の廊下をゆくと、すぐとつつきの法廷では女の殺人犯の公判がはじまつてゐたので、またしても彼女をそこへ誘ひこんで三十分程傍聴した――亭主は会社員で情婦ができ、毎晩帰宅がおそいので細君はいらだゝしくなり、或る日の夕暮れどき、駅までふらふらと出かけてゆくと、亭主が情婦と二人づれで駅の改札口を出て来るところを見たので細君は身をかはしたが、亭主は自働電話のボックスに入り、情婦はボックスの外に佇んでゐるので、細君はまんざら知らない間柄でもないその情婦に近づいて言葉をかけた。そして亭主が電話をかけてゐる間に附近の暗い空地へと言葉巧みに誘ひゆき、むらむらと妬情が胸いつぱいに燃ゆるはずみに帯どめをはづしてその細ひもを情婦の首めがけて後方から投げかけると、細ひもは蛇のやうに情婦の首にからみついたので、あれ、と叫ぶとたん、細君は情婦に飛びかゝつて組み伏せ、巻きついた細ひもでそのまゝ絞殺してしまつた……といふ事件であつた。

彼女はそこでも一心に傍聴しながら、涙ぐみ、ハンカチで鼻をかんだ。

「もう出ませうか」と彼女はいふ。

「今日はいゝところを見せて頂いて、おかげさまで……あの細君が情婦を殺したくなる気持はあたしによく分りますわよ」と彼女はいつた。

冬が来て終戦後三度目の年末が近づいた。毎年ながら年の暮といふものは年月の経過を回顧させる。呆け立つ尾花すゝきのそよぎにまかせた焼跡の冬のきびしさはしみ/″\こたへた。これでも戦災前は知名人の門標もちらほら目立つほどの静雅な邸宅続きのブルジョア小路だつたのである。さらにさかのぼつて回想すると、このへん一郭は佐賀藩主N侯爵の屋敷で、今の崕上の総理大臣官邸が昔は御殿と称してゐた洋館建の侯爵本邸だつたのだ。大正十二年の震災後、藩主の本邸は渋谷に移された。私は母方の親戚がN侯の側近を勤めてゐた僅かの関係が縁で本邸をめぐる家来長屋の一棟に寄寓し、少しの間、神田の学校へ通つたことがある。それから早くも五十年――。今は回顧するもいやだ。私の回顧は自己嫌悪と悔恨と社会に対する憎悪と運命の飜弄にいきどほりをよびさますものにすぎないからである。

「今日は……」と年もおし迫つたある日、モヂリを着た男が戸口にやつて来た。

「あのてまへは福吉町のチン餅屋でござんすがね……」

「家ぢや、チン餅屋さんには用はないんだが……」と私はつつけんどんに答へた。

「いえ、実は、お宅の裏にころがつてる松の丸木を譲つていたゞきたいんですが、どうでせう」

「松の丸木、あ、あれかね、さうだなあ……」

「実は薪にしたいんでお願ひに来たんですが譲つておくんなさいな。あゝして打つちやらかして置いちや勿体なうござんす。今に木の子が立つちやあ薪にもつかへやしませんぜ。どうでせう……」

いはれて私も気がついたが、まんざらでもないお客さんだと思ひ、あまりそつけない応対もならなかつた。

松の丸木といふのは官邸の崕の斜面に百年の緑を誇つてゐた老松のブツぎりで、昭和二十年五月二十五日の夜の空襲で焼かれて枯死したのを、終戦後、人夫が悉くきり倒し、その一部を私の壕舎の裏に放りすてて行つたしろ物。直径七八寸、長さ一間たらずの赤松黒松のブツぎりの胴体が全部で七本ほどころがつてゐた。もらつた当時から、どう処置したものかと実は持てあましてゐたしろもので、或る日、荒い歯の鋸を借りて来て木挽のまねをやつては見たが、薪にこしらへたとて所望者があらうわけもないので、腹をへらすだけ馬鹿らしいと、そのまゝ打つちやらかして置いたそれなのだ。

「おいくらで譲つていたゞけませうか」と、ちん餅屋は私の顔をまじまじ見ながら笑ひを含んで、「失礼ですが、旦那はこの方がお好きださうですが、どうでげせう……配給のウィスキーが、てまへのところに二本あるんですが、わつしやその方はいけねえんで、そいつと、とつ換へつこしませうか、何なら、別にのし餅を二枚さし上げやせう」といふ。

どこできいて来たのか、私の酒くらひであることまでも知つたかぶるので、忌々しくはあつたが、歳の暮れのウィスキー二本は、まさに虎の子だと思ふとこちらが弱気だつた。

「いゝから持つて行きなさい」

むづかしく考へるほどのことではなかつた。

「ぢや、さういふことに……」と、ちん餅屋は早速リヤカーをとりに行つてウィスキー二本と、のし餅二枚を持つて来た。わりに正直な男で、葱を背負つて来た鴨みたやうなはなし。こんな偶然事がまひこんで来ようとは、たつた今しがたまで予感もしなかつたことだ。私はそのウィスキーを机代用のリンゴ箱の上に飾つて、正直のところ、かしは手をならして合掌した。これはまさに奇蹟だと思つた。神の存在については今もつて半信半疑の私であるが、神を信じたいと思ふことは、思つてはならないことではない筈だと知つた。私には時々かうした偶然事が訪れて来る……。

かういふことに出あふと、人生は全く水ものだといひたくなる。よい偶然と悪い偶然の交互作用だ。どんな細心な計画でも、うまくゆくか、ゆかないかは蓋を開けた上でないとわからない。それは偶然といふやつがコンディションを助ける場合と、さうでない場合とによつて結果はちがふからであらう。これでいよ/\大晦日を迎へる準備はできたといふわけだつた。

Chapter 4 of 5
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