Chapter 4 of 8
八月
月のはじめに秋立てば、あさ朝顏の露はあれど、濡るゝともなき薄煙、軒を繞るも旱の影、炎の山黒く聳えて、頓て暑さに崩るゝにも、熱砂漲つて大路を走る。なやましき柳を吹く風さへ、赤き蟻の群る如し。あれ、聞け、雨乞の聲を消して、凄じく鳴く蝉の、油のみ汗に滴るや、ひとへに思ふ、河海と山岳と。峰と言ひ、水と呼ぶ、實に戀人の名なるかな。神ならず、仙ならずして、然も其の人、彼處に蝶鳥の遊ぶに似たり、岨がくれなる尾の姫百合、渚づたひの翼の常夏。
月のはじめに秋立てば、あさ朝顏の露はあれど、濡るゝともなき薄煙、軒を繞るも旱の影、炎の山黒く聳えて、頓て暑さに崩るゝにも、熱砂漲つて大路を走る。なやましき柳を吹く風さへ、赤き蟻の群る如し。あれ、聞け、雨乞の聲を消して、凄じく鳴く蝉の、油のみ汗に滴るや、ひとへに思ふ、河海と山岳と。峰と言ひ、水と呼ぶ、實に戀人の名なるかな。神ならず、仙ならずして、然も其の人、彼處に蝶鳥の遊ぶに似たり、岨がくれなる尾の姫百合、渚づたひの翼の常夏。