二
それは五月なかばの暗い晩で、ときどきに細かい雨が降っていました。一方は高台で、近所には森が多いので、若葉の茂っているこの頃は、月夜でもずいぶん暗いのですから、こんな晩は猶更のことでございます。
浅井さんの家には十人ばかりの若い衆があつまりました。なにしろ親子ふたりの男世帯で、女の手がないのですから、こんな時にはお給仕にも困ります。そこで、近所のお豊さんお角さんという娘ふたりが手伝いを頼まれまして、ゆうべも今夜も詰めていました。お料理は近所の仕出し屋から取り寄せたのですが、それでも十人からのお客ですから、お座敷と台所とを掛け持ちで、お豊さんもお角さんもなかなか忙がしかったのです。
若い人達ばかりが集まったのですから、今夜は猶さら賑やかで、だんだんお酒が廻るにつれて、陽気な笑い声が表までも聞こえました。そのうちに主人の浅井さんがこんなことを言い出しました。
「月日は早いもので、わたしがここへ来てから足かけ八年になる。世間の噂では、ここの家には何かの祟りがあるという。それを承知で引き移って来たのであるが、その後に一度も怪しいことはなかった。わたしも忰もこれという病気に罹ったこともなく、災難に出逢ったこともなく、無事に年月を送って来た上に、今度は測らずも元の主人の屋敷へ帰参が叶うようになった。わたしに取ってはこんな目出たいことはない。最初に誰が言い出したのか知らないが、ここの家に祟りがあるなどというのは嘘の皮で、祟りどころか、かえって福の神が宿っているといっても好いくらいだ。」
浅井さんも目出たい席ではあり、今夜はいつもよりお酒を過ごしているので、自分の言ったことに間違いのなかったのを誇るように、声高々と笑いながら話しました。聴いている人達もみんな口を揃えて、仰せの通りと笑っていました。
これで無事に済めば、まったく仰せの通りですが、主人も客も面白そうに飲みつづけて、今夜もやがて四つ(午後十時)に近いかと思う頃に、裏口の戸をとんとんと軽く叩く音がきこえたので、座敷にお給仕をしていたお角さんが台所の方へ出て行きました。つづいて裏の戸を同じようにとんとんと軽く叩く音がきこえたので、今度は息子の余一郎さんが出て行きました。
裏も表もひっそりして、その後は物音もきこえません。お角さんも余一郎さんもそれぞれ帰って来ないので、他の人達も不思議に思って、二、三人がばらばらと起って表と裏へ出てみると、外は一寸さきも見えないような真っ暗闇で、そこらに人のいるような気配もないのです。いよいよ不思議に思って、内から火をとって出て見ましたが、やはり其処らに人の影は見えないのです。
「はて、どうしたのだろう。」
みんなも顔を見合わせました。初めに裏口から出たお角さん、次に表へ出た余一郎さん、どっちもその儘ゆくえ不明になってしまったのですから、みんなが不思議がるのも無理はありません。一体、裏と表の戸を叩いたのは誰でしょう。二人はどこへ行ったのでしょう。この場合、そんな詮議をするよりも、まずその二人のゆくえを探す方が近道ですから、五、六人の若い衆が提灯を照らして裏と表へ駈け出しました。年の若い人達ではあり、ふだんから剣術でも習おうという人達ですから、小雨の降る暗いなかを皆んな急いで出かけたのです。出ては見たが、見当が付かない。思い思いに右と左へ分かれて、的もなしに其処らを呼んで歩きました。
「お角さん……。お角さん……。」
「余一郎さん……。」
その声におどろかされて、近所の人たちも出て来ました。わたくしの店の者なども出て行って、一緒になって探し歩きましたが、二人のゆくえはどうしても判らないので、どの人もただ不思議だ不思議だと言うばかりで、なんだか夢のような、狐にでも化かされたような、訳の判らないような心持になってしまったのでございます。
お角さんは町内の左官屋のひとり娘でした。お父さんの藤吉というのは相当に腕のある職人で、弟子ふたりと小僧ひとりを使いまわして、別に不自由もなく暮らしているのでした。お角さんはことし十六で、浅井さんへ手習いの稽古に来ていた関係から、ゆうべも今夜も手伝いに来ていたのです。阿母さんはお時といって、ふだんから病身の人でした。
不思議とはいいながらも、こうなると誰の胸にも先ず浮かぶのは、余一郎さんとお角さんとの関係です。若い同士のあいだに何かの縁が結ばれていて、屋敷へ帰参が叶うことになれば、二人は逢うことが出来ない。万一、お国詰めにでもなれば一生の縁切れです。そこで、二人が相談して駈落ちをした。――と、まあ考えられるのですが、それならば今夜のような時を選ばずとも、もっと都合のいい機会があったろうと思われます。いかに年が若いといっても、二人ともに子供ではなし、駈落ちと決心した以上は相当の支度をして出る筈です。この雨のふる晩に、着替えの一枚も持たずに、どこへ飛び出したのでしょう。
そう考えて来ると、二人の駈落ちも少しく理屈に合わないように思われます。さりとて、まさかに心中する程のこともありますまい。二人の家出を、別々に考えていいのか、一緒に結び付けていいのか、それが第一の疑問です。もう一つの疑問は、裏口の戸を叩いたのは誰であるか、表の戸を叩いたのは誰であるか、それも一人の仕業か、別人の仕業か、一向に見当が付かないのでございます。
夜が明けても、二人は帰って来ませんので、騒ぎはいよいよ大きくなるばかりです。きょうも細かい雨が時々に降り出して、なんだか薄暗い陰気な日でした。
その日の午頃に、わたくしの店の若い者がこんなことを聞き出してきました。三崎町の大仙寺というお寺の納所が檀家の法要に呼ばれてかえる途中、丁度その時刻に坂下町を通りかかると、谷中の方角から十歳か十一ぐらいの女の子が長い振袖を着て、折りからの小雨にそぼ濡れながら歩いて来るのに出逢いました。この夜ふけに、小さな女の子が何処へ行くのかと、振り返って見送っていると、その子のすがたは浅井さんの家のあたりで見えなくなってしまったというのです。勿論、前にも申す通りの暗い晩ですから、その子のすがたが消えてしまったのか、闇に隠されてしまったのか、確かなことは判りません。納所の方でもそれほど不思議にも思わないで、そのまま行き過ぎてしまったのですが、けさになって浅井さんの一件を聞いて、もしやその女の子が戸を叩いたのではないかと言い出したのです。
若い者の報告を聞いて、わたくしの父は首をかしげていました。
「坊さんなぞというものは、とかくにそんな怪談めいたことを言いたがるものだからな。本当か嘘か判らない。」
しかしそれを聞いたのは、わたくしの店の者ばかりではないとみえて、その噂が忽ちに近所に拡がって、駈落ちの噂が一種の怪談に変わりました。
「やっぱりあの家には祟りがあったのだ。今まで何事もなかったが、浅井さんがいよいよ立ち退くというまぎわになって、不思議の祟りが起こったのだ。」
息子の余一郎さんはともあれ、他人のお角さんまでがどうして巻き添えを食ったのでしょう。お角さんまでがなぜ祟られたのでしょう。それが呑み込めないと、わたくしの父はやはり強情を張っていました。父がいくら強情を張ったところで、二人がゆくえ不明になったのは争われない事実で、駈落ちか怪談か、二つに一つと決めるよりほかはないのでございます。
前後の事情から考えると、一途に駈落ちとも決められず、さりとて怪談も疑わしく、みんなもその判断に迷ってしまったのです。