Chapter 1 of 7

「親分、面白い話があるんだが――」

ガラッ八の八五郎は、木戸を開けて、長い顔をバアと出しました。

「あ、驚いた。俺は糸瓜が物を言ったかと思ったよ。いきなり長い顔なんか出しゃがって」

銭形平次は大尻端折りの植木の世話を焼く恰好で、さして驚いた様子もなく、こんな馬鹿なことを言うのです。それが一の子分ガラッ八に対する、何よりの好意であり、最上等の歓迎の辞であることは、ガラッ八自身もよく心得ておりました。

「ジョ、冗談でしょう。糸瓜が物を言や、唐茄子が浄瑠璃を語る」

「面白い話てえのはそれかい、八」

「混ぜっ返しちゃいけませんよ。親分が糸瓜に物を言わせるから、あっしは南瓜に浄瑠璃を語らせたんで――」

「大層こんがらがりゃがったな、――ところでその面白い話てエのは何だい」

平次は縁側に腰をおろすと、煙管の雁首で煙草盆を引寄せました。

あまり結構でない煙草の煙が、風のない庭にスーッと棚引くと、形ばかりの糸瓜の棚に、一朶の雲がゆらゆらとかかる風情でした。

「狐の嫁入なんですがね、親分」

「狐の嫁入?――娘のおチュウを番頭の忠吉に嫁合せるというお伽話の筋なら知っている」

「そんな馬鹿馬鹿しい話じゃありませんよ。何しろ町中の物持が大概やられたんだから、この筋書は容易じゃありませんよ」

「独りで呑み込まずに、さっさとブチまけてしまいな。狐の嫁入がどうしたんだ」

平次も少し乗気になりました。この話はどうやら筋になりそうです。

「ツイ十日ばかり前から、荒川堤で狐の嫁入がチョイチョイおこなわれるんですよ」

「おこなわれるは変だね」

「最初はちょうどこの月の始め、雨のショボショボ降る晩でした。戌刻半(九時)ごろ小台の方から堤の上に提灯が六つ出て、そいつが行儀よく千住の方へ土手を練ったんで、川向うの尾久は祭のような騒ぎだったそうですよ」

「川向うが騒いで、小台の方じゃ騒がなかったのかい」

平次は早くもガラッ八の話の中から疑問をたぐりました。

「そこですよ親分。尾久の方からは、川向うの土手を、提灯が六つゆらりゆらりと練って行くのが見えるが、土手下の小台の方からは、たった一つもそんなものが見えなかったというから不思議じゃありませんか」

「フーム、器用なことをするおコンコン様だね」

「王子が近いから、いずれ装束稲荷の眷族が、千住あたりの同類へ嫁入するんだろうてえことでその晩は済んだが、驚いたことにそれから三日目の晩、また雨のショボショボ降る日、こんどは先のよりでっかい狐の嫁入があったんです」

「どうしてでっかいと解った」

「その時は提灯が倍の十二でさ、土手を十二の提灯が行儀よく練るのが川に映ってそりゃ綺麗でしたよ」

「お前はそれを見ていたのかい」

「あっしが見たのは三度目ので」

「三度もあったのかい」

「だからお話になりますよ。――それから五日目の昨夜、昼頃から誂えたようなショボショボ雨になったでしょう」

「フーム」

「尾久の友達が前から、打合せてあったんで、大急ぎで出かけました。こんな晩はまた狐の嫁入があるかも知れない、なかったら向う川岸を眺めながら、夜っぴて飲もう――てえ寸法で」

「呆れた野郎だな。その友達というのは誰だい」

「尾久の喜八で、いい年をしているくせにろくな捕物をしたことはないが、酒は滅法強い」

「なんて口をきくんだ。それからどうした」

平次はこの狐の嫁入話が、すっかり気に入った様子です。

「待つほどに酔うほどに」

「気取らずに筋を通しな」

「何しろ日が暮れる前からやっているでしょう。亥刻(十時)近くなって、好いかげんトロリとしていると、川向うにチラと明るいものが出て来た――」

「…………」

「喜八の家は坐っていて釣の出来るのが自慢で、川向うの狐の嫁入見物には、これほど結構な桟敷はない」

「それからどうした」

「ショボショボ雨の向う川岸へ出た提灯の数は、なんと今度は三倍の十八じゃありませんか。それが六つずつ三つになって、行儀よく千住の方へ練るから見物でさ」

「お前はそれを黙って見ていたのか」

「その辺に舟はなし、川へ飛込んだところで、親分が知ってなさる通り徳利でしょう。仕方がないから指をくわえて、喜八と二人であれよあれよ」

「間抜けだなアー、なんだって宵のうちから向う川岸に廻って、狐の嫁入を見極めなかったんだ」

「向う川岸の小台の方からは、提灯が一つも見えなかったというから不思議じゃありませんか。――小台の衆は、尾久の奴等は臆病だから、そんな物を見るんだろうと言うと、尾久の手合は口惜しがって、何を小台の寝呆け野郎――という騒ぎで、こいつはいつまで噛み合せても埒はあきませんよ。幸いあっしがこの眼で見たんだから、狐の嫁入が本当に通ることには間違いありません」

「話はちょいと面白いが、それっきりじゃ仕様がない。お狐にしちゃ手数がかかるから、いずれは誰かの悪戯だろう。提灯屋が喜ぶだけの事さ」

平次は軽く片付けて、もとの植木の方へ、注意が外れてしまいそうです。

「親分、話はこれからですよ」

ガラッ八は乗出しました。低い鼻が少しばかり蠢きます。

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