Chapter 1 of 175

茜茶屋での不思議な口説

ここは両国広小路、隅田川に向いた茜茶屋、一人の武士と一人の女、何かヒソヒソ話している。

「悪いことは云わぬ、諾と云いな」

「さあね、どうも気が進まないよ」

「馬鹿な女だ、こんないい話を」

「あんまり話がうますぎるからさ」

「気味でも悪いと云うのかい」

「そうだねえ、その辺だよ」

「案外弱気なお前だな」

「恋にかかっちゃあこんなものさ」

「ふん、馬鹿な、おノロケか」

「悪かったら止すがいいよ」

「いやいや一旦云い出したからには、俺はテコでも動かない」

「妾も理由を聞かなければ、やっぱりテコでも動かないよ」

「いやそいつは云われない」

「では妾も不承知さ」

「そう云わずと諾くがいい。無理の頼みではない筈だ。好きな男を取り持とう。いわばこういう話じゃあないか」

「しかも金までくれるってね」

「うん、旅費として五十両、成功すれば礼をやる」

「だからさ本当におかしいじゃあないか、真面目に聞いちゃあいられないよ」

「真面目に聞きな、嘘は云わぬ」

「そうさ嘘ではなさそうだね、だから一層気味が悪い。……ね、妾は思うのさ、これには底がありそうだね?」

「底もなけりゃあフタもないよ」

「馬鹿なことってありゃあしない」

「ではいよいよ厭なのだな」

「そうだねえ、まず止めよう」

「よし、それでは覚悟がある」

「ホ、ホ、ホ、ホ、どうしようってのさ」

「秘密の一端を明かせたからには、そのままには差し置けぬ!」

「おやおや今度は嚇すのかい」

「嚇しではない、本当に斬る」

「何を云うんだい、伊集院さん、そんな強面に乗るような、お仙だと思っているのかい」

「いや本当に叩っ斬る!」

「恐いわねえ、オオ恐い、ブルブルこんなに顫えているよ」

「ブッ、箆棒、笑っているくせに」

「それはそうと、ねえお前さん、ほんとにあの人木曽へ行くの?」

「うんそうだ、しかも明日」

「で、いつ頃帰るのさ?」

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