キセルの語源
新村出
キセルがカンボヂヤ語だと云ふことを知つたのはつひ近頃のことであつた。 私は今年新年號の本誌に「煙管」と題してその語源考をあげて某氏から傳聞した小亞細亞の一都邑エスキシエルから出たとは考へられないかといふ一案を提示しておいた。エスキシエル市は陶製パイプの名産地としてきこえてゐるのである。又獨逸製に一種の櫻の小枝で出來たパイプがあつてそれをヴアイクセルロール略し
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新村出
キセルがカンボヂヤ語だと云ふことを知つたのはつひ近頃のことであつた。 私は今年新年號の本誌に「煙管」と題してその語源考をあげて某氏から傳聞した小亞細亞の一都邑エスキシエルから出たとは考へられないかといふ一案を提示しておいた。エスキシエル市は陶製パイプの名産地としてきこえてゐるのである。又獨逸製に一種の櫻の小枝で出來たパイプがあつてそれをヴアイクセルロール略し
岸田国士
われわれ日本人は、子供の時分から、文字を眼で読むといふ努力をあまりに強ひられた結果、「口から耳へ」伝へられる言葉の効果に対しては、余程鈍感になつてゐるやうである。もちろんその他にも原因はあるだらうが、書かれた言葉、即ち文章についてやかましい批評をする人も、「語られる言葉」即ち「談話」については、案外、無関心であるなども、その証拠だらうと想はれる。 雄弁術とい
折口信夫
語部と叙事詩と 折口信夫 私は、語部の職掌及び、其伝承した叙事詩の存在した事を、十数年以来主張して来た。語部が、対話として散文的に古い説話を記憶して、話し聞かした事だけは、反対する人もなかつたが、その伝承の対象が叙事詩の形を持つて居り、其を暗誦したり、聞かしたりするのは、ある節まはしで謡うたものだといふ点には、反対する人が、陰に陽にかなりあつた。私の考へはじ
坂口安吾
敗戦国の手足を苛酷にもぎとれば再び戦争へ駆りたてる条件をつくるようなものである。手足をもがれたままでは暮せないからだ。歴史はこの課題を解決したことがない。 マッカーサー元帥は、自分に託された敗戦国日本にこの課題の歴史的な解決をなしとげたいという責務と情熱に燃えて日本へ乗りこんできたように見うけられますね。敵意や偏見は見られない。建設の意欲、情熱、義務感。創作
今井邦子
赤染衞門は先程から不思議なものを見た、と云ふ氣がしてならなかつた。併し其れは決して惡い氣持のものではない。いやむしろ先程から清げに、圓滿に落着くべき處に落着いた惱みの道を全く通り拔けて、女として、人間として、最も落着いた境地に入り得た者の、其の姿を見たと云ふ氣で、ともすれば吾れ知らず惹きつけられて、尼君の短かい髮のあたり、その未だ老に入らない不思議な美しさを
槙村浩
健康(1)の一語をかる/″\しく口にするな!健康(1)の錯誤は健康の犠牲よりいたましいこれほどわたしら共同の仕事の大きな邪魔者があろうか! どちらがより多く仕事が出来るか?獄内で坐っているわたしらにか、獄外で迫害に耐えているきみらにか?わたしらはいつもきみらの過誤と素朴と情熱とを愛したわたしらは出獄した時のきみらの仕事の成果をまじめに期待したその後をわたしら
小酒井不木
誤った鑑定 小酒井不木 晩秋のある夜、例の如く私が法医学者ブライアン氏を、ブロンクスの氏の邸宅に訪ねると、氏は新刊のある探偵小説雑誌を読んでいた。 「探偵小説家というものは随分ひどい出鱈目を書くものですね」と、氏は私の顔を見るなり、いきなりこういって話しかけた。 「え? 何のことですか?」と私は頗る面喰って訊ね返した。 「今、ジョージ・イングランドの『血液第
神西清
ハビアン説法 神西清 昨日はよつぽど妙な日だつた。日曜のくせにカラリと晴れた。これが第一をかしい。無精な私が散歩に出る気になつた。これも妙だ。北条の腹切り窟の石塔を、今のうちに撮影しておかうなどと、殊勝な心掛をおこした。これが第三にをかしい。おまけにまた……いや、順を追つて話すとしよう。 とにかく、カメラをぶらさげて家を出た。Nといふ小川を渡る。そこから爪先
河野常吉
本邦人類學上の一大疑問たるコロポックルは、アイヌの口碑に出でたるものなるか、アイヌには蝦夷本島アイヌ、樺太アイヌ、北千島アイヌの三派ありて、此三派はコロポックルに就き語る所一樣ならざるのみならず、其他種々の點に於て本題に少なからざる關係あるを以て、先づ此三派に就きて略述するの必要あり。 本島アイヌは、現今北海道本島及び南千島なる國後、擇捉の二島に住居するもの
河野常吉
北千島アイヌは、其祖先が石器土器を使用せりと語るのみならず、玻璃瓶の破片を以て、石器を製造せんとせし事實も發見せられて、其年代も略ほ推察し得べきを以て、其石器土器の使用に關しては、何人も疑を容れずと雖も、樺太アイヌ、本島アイヌに就ては、議論紛々また決着する所を見ず、然れども是れ亦解決し得べきものなり。 先づ樺太イアヌに就て言はんに、其土器に關しては、北蝦夷圖
福沢諭吉
読倫理教科書 福沢諭吉 過般、榎本文部大臣が地方官に向って徳育の事を語り、大臣は儒教主義をとる者にして、いずれ近日儒教の要を取捨して、学生のために一書を編纂せしむべしとのことなり。然るに、徳教書編纂の事は、先年も文部省に発起して、すでに故森大臣の時に(明治二十年)倫理教科書を草し、その草案を福沢先生に示して批評を乞いしに、その節、先生より大臣に贈りたる書翰な
小川未明
お母さんたちが、何か心配なことでもあって、じっと考えていられるとします。いつもなら、快活にお話なさるものが、その時ばかりは、全く、言葉さえなく口を噤んで、そして、いつもにこ/\として、やさしい顔から、笑の影の絶えなかったものが、なんとなく打ち沈んで、瞳をひとゝころに落していられたとします。 たとえ、その様子に対して、何人もが、注意しなくとも、かならず、あなた
小川未明
絵のように美しいという言葉はあるが、いゝ絵は、見れば、見る程、ひきつけられるように感ずるものです。風景にしろ、人物にしろ、無駄に描かれた線はなく、どの部分を見ても生動するものですが、そういう絵は、よ程いゝ筆者を待たなければなりません。 しかし、尽せぬ滋味を汲むことには、絵も文章もかわりがないのです。むしろ、文章の方が、より多く想像を要するだけ、惹きつける力も
西田幾多郎
私は或は人から沢山の書物を読むとでも思われているかも知れない。私はたしかに書物が好である。それは子供の時からの性僻であったように思う。極小さい頃、淋しくて恐いのだが、独りで土蔵の二階に上って、昔祖父が読んだという四箱か五箱ばかりの漢文の書物を見るのが好であった。無論それが分ろうはずはない。ただ大きな厳しい字の書物を披いて見て、その中に何だかえらいことが書いて
豊島与志雄
ふざけた読書 豊島与志雄 某氏ある時、年賀状の返信を書いていた。固より、こちらから先に賀状を出すような人ではない。受取ったものに一つずつ返信を書いてゆくのである。然るに賀状の中には、往々、姓名だけで住所のついていないのがある。某氏は遂に筆を投じて、歎息して云う。「住所を書きこむくらいの配慮はしておいて貰いたいものだ。人に返信を書かせるばかりか、名簿をくって住
寺田寅彦
読書の今昔 寺田寅彦 現代では書籍というものは見ようによっては一つの商品である。それは岐阜提灯や絹ハンケチが商品であると同じような意味において商品である。その一つの証拠にはどこのデパートメント・ストアーでもちゃんと書籍部というのが設けられている。そうして大部分はよく売れそうな書物を並べてあるであろうが、中にはまたおそらくめったには売れそうもない立派な書籍も陳
岩波茂雄
真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して
正岡子規
読書弁 正岡子規 大凡一個の人間の慾には一定の分量ある者と思はる。例へば甲なる者の慾心は百斤あるものならば、常に此分量を限りとして百斤より増すこともなく又減ずることなし。併し慾には種類ありて食慾色慾等五官の慾を初めとして無形の名誉に至るまで千差万別あることなるが、其各種の慾心には消長盛衰あれども其総体の分量は固より百斤ならば百斤の外に出づることなし。各人の分
牧野信一
友達のAが私の部屋に現はれて云つた。 「また大阪へ行つて来るんだが、土産は何が好い?」 「今日行くの?」 「そのつもりだつたんだが、水泳を見て来たいので明日になるだらう。一処に行かないか、帰りにサニイ・サイド・アツプも観て来たいし、バー・△△にも三十分ほど……」 「その間にダンス・ホールの時間を挟むのを忘れてゐるな。――悉く附き合はう。大阪へは、やつぱり飛行
三木清
読書遍歴 三木清 一 今日の子供が学校へも上らない前からすでにたくさんの読み物を与えられていることを幸福と考えてよいのかどうか、私にはわかない。私自身は、小学校にいる間、中学へ入ってからも初めの一、二年の間は、教科書よりほかの物はほとんど何も見ないで過ぎてきた。学校から帰ると、包を放り出して、近所の子供と遊ぶか、家の手伝いをするというのがつねであった。私の生
小野賢一郎
やきものゝ歴史は古い、考古學の範圍にはいつてゆくと際限がない、また私のよく話し得るところでない。しかし、やきものが或時代の尖端をいつたものであつて、やきものゝ技を知る人が「瓦博士」などの稱呼で尊敬されてゐた時代のあつたことは確かである。我々は小學校の歴史で、百濟から瓦博士の來たことなど聞いた記憶がある。それが、ずつと後になると時代の流れに乘つて、權力者の保護
牧野信一
今僕の枕元には、ジイド全集の第四巻と久保田万太郎氏の「月あかり・町中」の二部があるのみ。ろく/\本も読めぬ病弱つゞきで、この幾ヶ月、たゞ窓外の風景を眺めるばかりをことゝして、あちこちの田舎ばかりを転々として漸くこゝに落ついたところだ。薬瓶とブロバリンと二三個のトランクと廻送される郵便と、だから本は何も持ち歩けなかつた。久保田氏のものは大概発表の当座読むのだが
太宰治
誰 太宰治 イエス其の弟子たちとピリポ・カイザリヤの村々に出でゆき、途にて弟子たちに問ひて言ひたまふ「人々は我を誰と言ふか」答へて言ふ「バプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人は預言者の一人」また問ひ給ふ「なんぢらは我を誰と言ふか」ペテロ答へて言ふ「なんぢはキリスト、神の子なり」(マルコ八章二七) たいへん危いところである。イエスは其の苦悩の果に、自己を見失い
スティーブンソンロバート・ルイス
僕等が原にゐる時は、 誰かこつそりやつて来る。 僕等がたのしくゐる時は、 誰か森からやつて来る。 誰だかちつともわからない、 どんな姿かわからない。 けれどきつとよ、やつて来る、 僕等がたのしくゐる時は。 桂のなかや草の上、 僕等と一しよに歌うたふ。 僕等がたのしくゐる時は、 きつと誰だかそばにゐる。 僕等が穴をほる時は、 その穴のなかもぐりこむ。 僕等がお