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乳の匂ひ
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乳の匂ひ
加能作次郎
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Chapter 3 of 5

3

さうしてお雪さんはといふと、伯父さんとお信さんと何方へも斜めに向つたやうな位置で、その鼻のつんと高い、顎のとがつた、冷つこさうな瓜実顔を上向けにして、何か勿体ぶつた、瞑想にでも耽つてゐるやうな澄まし方で、(これはこの人のよくやる癖で、私の好かぬものの一つだつた。)その切れの長い眼をぱちつかせてゐたが、この時さつと手を揚げて伯父を遮りながら、キツとなつてお信さんをきめつけた。

「これ、何をお言ひや。親に向うて、その言ひ方それ何や。早ようお謝り!」

「そやかて、あんな殺生お言やすんやもん。」

「何言うてや。おまはんが分らず言ふよつてやがな。おまはんさへ、おとなしく親の言ふ通りにしたらいゝんやがな。自分で不仕だらしててからに、親の言ふこともきかへんで、おまけに勝手に男と支那てら上海てら行くいうて、そんな無茶なことおすかいな。旦那はんが、あない言うてお叱りやすのが当り前や。」

お雪さんはさう言葉厳しくお信さんの不心得を詰責するやうに言つた。併し何となく腹の底からでないやうだつた。何か自分で自分の言ふことに後めたいものを感じながら、その場合伯父の手前さう言はねばならないで言つてゐるやうなところがあつた。けだし、若しもお信さんを自分の身代りに森田に売つたといふのが真実だとしたら、お信さんがそれを知る知らずに拘らず、自らは気がひけて、さう権威を似て強くも言はれないわけだつた。

お信さんはこれに対して何とも言はなかつた。たゞお雪さんがさう言つてゐる間に、二度ばかりチラリとお雪さんを横眼で見やつた。するとお雪さんは、何故かその視線を避けるやうに、あわてて眼を天井へ向けながら、例のパチ/\をやるのであつた。

それから尚ほ一しきりいろ/\応酬があつて後、お雪さんが言つた。

「そんなら、おまはんどないしても、親に抗うて、森田と一緒にならう言ふんやな? そして支那へ行く言ふんやな?」

「どうぞさうさしてお呉れやす。お願ひどす。」

お信さんは軽く頭を下げた。哀願よりも決意の表明に近かつた。

「ならん。阿呆言ひな!」

と伯父が言下に大喝した。そして急に腹痛でも起つたやうに、顔中皺にしてぎゆうと首を捩ぢつた。

私は、何故お信さんが親の意に従はうとしないかといふことよりも、何故伯父がお信さんの願望を容れて、森田と夫婦になることを許してやらないのかと、お信さん贔負に思はずに居られなかつた。子までなして居るのに、而も伯父のやうな経歴を持つた者が、若い男女の恋愛に理解がない筈もなからうし、それならお信さんが婿取り娘かといふにさうでもない。兵隊に行つては居るけれど、後嗣ぎの養子はちやんと居るのである。その養子の惠三郎にお信さんを娶はせる積りだつたのかも知れないが、だとしても、お信さんに、既に子までなしたいゝ人が出来た今となつては、必ずしもお信さんでなければならぬ訳でもないだらう。まさか、お信さんは謂はば金で買つたやうなものだから、矢張り何かの方法で金にしようといふ打算からとも思はれないし、ひよつとしたら、後嗣ぎの惠三郎が、その頃再役を志願して下士になり、長く軍隊生活を続ける積りで居たので、お信さんに適当な婿養子を迎へて商売の方を継がさうと考へてゐた為でもあらうか。否、たゞ単に、伯父は非常に頑固一徹で、一度言ひ出したら是が非でも押徹さねばやまない暴君的な荒い気性の人だつたから、たとひ腹の中ではどう思つて居ても、今更自分の口から森田との結婚を許すとも言はれない、といふやうな、単にそれ位な単純な、感情的な理由からに過ぎなかつたのかも知れない。それかあらぬか、結局最後には、俺は貴様を勘当したんだから、どうなと勝手にしろ、もうこれきり親でもない子でもないからさう思へ、と強く突放したが、事実上黙認の形に陥つて了つたのだつた。たゞその時、伯父はふと一言次のやうに口走つた。

「あいつ泥棒やがな、俺の仇敵やがな!」

それはどんな意味であつたのか。その瞬間急に座がしんとなつて、無気味な沈黙が室内に漂つた。とお雪さんが、何かしら狼狽の有様で、例のぱちくりする眼で素早く四方を見したが、急に態とらしい咳払ひと共に立上つて、界の襖を引開けた。そしてそこの暗い片隅に蹲つてゐた私を見て、

「なんや、おまはんか――おゝ、喫驚した!」

と大袈裟に言ひながら、そゝくさと便所の方へ行つて了つた。

間もなくお信さんが暇を告げた。私は坂の上の人力車の帳場まで提灯をつけて送つて行つた。

「お出でやす。」

外へ送り出て、私は始めて迎への挨拶をした。

「送つておくれやすか、おほきに。」とお信さんが優しい調子で返した。「済まんえな。」

「滅相な。」

私はかうして、久し振りにお信さんに親しく言葉を交はすことの出来たのが嬉しかつた。長い間の思ひが、漸くのことでとどいたといふやうな気持だつた。

「えらう、大きくならはつたえな。てんと変つて了ははつた。」

お信さんは私に近く身を寄せて、自分と背比べでもして見るやうにして言ふのだつた。

実際私は、去年出て来た時に比べると、僅か半年余りの間に、見違へるほど大きくなつてゐた。痩せてひよろ/\はしてゐたが、背だけは梅雨時の筍のやうに伸びて、誰も十三や十四の子供に見る者がなかつた。今迄麦飯に味噌ばかり嘗めて居た者が、京へ来て急に御馳走が当るやうになつたからだなどと、よく伯父達に揶揄はれたが、気持も、それにつれて大分大人染みて来かゝつてゐたやうだつた。

「田舎のお父つあん見やはつたら、喫驚しやはりまツせ。――矢つ張り機嫌ようしてはりまツか。」

意外にも、お信さんは私の父を知つてゐた。

「あれ、いつどしたかいな。この前京へお出なはつた時、四条の家にも二三日泊つてお行きやしてな。たしか浅はん言ははるんどしたな。いいお人はんや。」

さうお信はんは、すつかり打解けた調子で話した。この前西洞院で私と始めて会つた時には、私がまだお信さんの身の上――伯父の家の者だといふことを知らないものとして(事実さうだつたが)、わざと打明けなかつたらしいのだつた。

この事は急に一層私の心をお信さんに近づけた。知らぬ土地で、自分の親兄弟を知つてゐるといふ人に出会ふといふことは、自分自身を知つてゐる人に会つたのと同じ程度にも懐しく嬉しく思ふものである。まして日頃ひそかに慕はしく思つてゐたお信さんのことだつた。私は実際その時お信さんを、肉親の姉のやうにも親しみ深く感じたのであつた。

お信さんは更に続けた。

「そやけど、あんた良うおまツせなア、お母はん違てはつても、お父つあんお居やすよつて、まだ幸福や。」

私は何かはツとするやうなものを感じながら、思はずお信さんを見返つた。それはお信さんが、さう言つて私を慰めるよりも、自分には生みの両親は揃つて居る筈でも、会へもせねば便りも出来ず、生死の程も分らない、さう言つて自分自身を悲しんでゐるのだといふ風に聞えたのであつた。

月の無い暗い晩で、季節外れの寒い冷たい風が強く吹いてゐた。昼間はお上りの遊覧客で賑ふその辺も、夕方から急に人足が絶えて了ふのが常で、まだ宵少し過ぎたばかりだつたが、戸の開いてゐる家もなく、四方はもう真夜中のやうにひつそりしてゐた。坂の中途の瓢箪屋で、カタヽヽ、カタヽヽと瓢箪の種子を抜いてゐる音が、霜夜の空にでも響くやうに高く冴えて、一層四方の静けさを増してゐた。

「わてのこと、何もかも知つててどツしやらう?」

少し行つてから、お信さんはさう前置して、しみ/″\と自分自身について語り出した。

「あんたどない思ててか知らんけれど、わてもそりや辛ろおツせ。お父つあんはあない酷いこと言ははるし、お母はんかて、なア……。ほんまに、わての身になつてくれる者いうたら、一人もあらへんのどツせ、可哀相なもんどツせ。そりや何えな、わてが男こしらへたのが悪るいうたら悪るいのやし、お父つあんに抗ふのも善うおまへんけれど、そりや、わても能う知つてまツせ。そやかて嬰児も居るしするんやもん、お父つあんかて、少し殺生どすがな。わては何も、是非森田と添ひたいいふんやあらへん。嬰児が可哀相やよつて、さう頼むんや、嬰児をどうかして了へいふたかて、そんな殺生なこと出来るかいな。罪どすがな。わて、殺す言はれたかて、そんなこと能う出来へん。子供かて、たとひ親が乞食してても、矢つ張り生みの親と一緒に暮すのが幸福や。さうお思ひんか?」

私は何となくお信さんの顔を見ることを避けずに居られなかつた。暗い提灯の明りではよく分らなかつたが、お信さんはその時涙に頬を濡らしてゐたやうだつた。お信さんが子供の愛故に、飽くまで伯父に背いて、たとひ親子の縁を絶たれても、尚且つ森田の許へ趁らずに居られないといふ心持ちや、その事の是非善悪などは、私は充分理解したり、判断したりする力を持つてゐなかつたが、さうした苦しい羽目に陥つてゐる不幸な境遇そのものには、何がなしに気の毒に思ふ心で一ぱいだつた。そして、取るに足らぬ一介の丁稚に過ぎぬ私如きに向つて、まるで親しい友達か何かのやうに、その苦衷を訴へるやうに打明けた孤独な心持も分るやうな気がして、何かそれに酬いるやうなことを言ひたかつたが、何も言ふ言葉を知らなかつた。

「嬰児さへ居イへなんだらな……」

お信さんは更に続けて言ひかけたが、その時突然石段に躓いて、あはや前にのめり転けようとした。丁度坂の中途だつた。私は咄嗟に、提灯を持ち換へる遑もなく、持つた儘の手を突出して防ぎ止めた。

「おゝ危な!」

お信さんは私の腕に掴つて、漸く身を支へたが、私も少しひよろ/\したので、その拍子に、提灯が烈しく揺れて、火がパツと消えた。同時にお信さんの下駄の鼻緒が片方切れて了つた。

「あれまあ、何したんやな。阿呆かいな!」

お信さんはさう自分で自分を罵りながら、更にしつかり私にしがみついて、

「こんな所で転けて死んだら往生や。」

この坂で転ぶと三年の中に死ぬ、そんな言ひ伝へが昔からあるのだつた。

折よく私はマッチを持つてゐた。さつき家で提灯をつけ、たま/\それをその儘懐にしてゐたのだつた。で直ぐ火を点け直し、何か紐片でもと思つて引返しかけたが、お信さんはそれを差止めた。

「よろし/\、もう直きやよつて。」

そしてその儘鼻緒の切れた下駄を引きずり引きずり歩き出した。だが傾斜も急だつたし、三尺幅もある広い段々の敷石が、磨き立てたやうにつる/\してゐて、ともすれば滑つて足元が危げだつた。

「おつかまりやす。」

私はさう言つて、片方の肩と腕とをお信さんの前に斜に差し向けた。

「さうどすか、おほきに。そんなら一寸頼みまツさ。」

お信さんは躊躇もなく、気軽に私の肩に手をかけながら、

「よう言うておくなはつた、大助かりどす。どつさりお礼言ひまツさ。」

私はさう言はれて嬉しかつた。たつたそれだけのことでも、お信さんの為になつてゐるといふ思ひが、何となく私を喜ばすのであつた。もつと何か役立つことがあれば、どんな事でも進んでそれに当りたい気持だつた。肩肱のあたり、お信さんの身体の重みや温みを、絶えずやんはりと感じてゐるのも快かつた。

坂を上つて少し行くと清水の通りで、そこの角の所に車の帳場があるのだつた。帳場とは呼んでゐたが、実は顔のきまつた二三の車夫達の共同の駐車場で、いつも必ず車があるとは限らぬのだつた。殊に夜は、その時の工合で早く引上げたり、または出先からその儘戻つて来なかつたりすることも多いのだつた。そして私達が行つた時には、折悪しく皆出払つて了つてゐた。

私達は仕方なく、暫く車夫溜りに待つて見ることにした。往来から少し引込んだ、一寸した空地の隅に、古びた板囲ひの掘立小舎がある。それが車夫溜りで、人々がそれを帳場と呼んでゐるのだつた。狭くむさ苦しく、殆ど身を入れるにも堪へない程だつたが、外の吹き曝らしがあまりに寒かつたし、中には打附けの腰掛けがあつて、休むにもよかつたのだ。

実際その夜の寒さ冷たさは異常だつた。夕方少し前から急に変つたのだが、もう四月の声も聞かうといふのに、真冬の空風のやうな寒風が吹き立つて、雪でもちらついて来さうな馬鹿陽気だつた。お信さんは手が凍かむといつて、提灯の火で温めた程だつた。

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