Chapter 1 of 3

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人物

朋子

恒子

家政婦

時  六月の午後

所  洋風の客間を兼ねた書斎

朋子が割烹着を脱ぎながら、慌ただしくはひつて来る。その後から、家政婦が、何か云ひたさうにしてついて来る。

朋子  さうよ、あれはあれでいゝの。(割烹着を家政婦に渡し、机の前に坐る)あと、ハンケチだけでせう。暇を見て、しといて頂戴。こがさないやうにね。あゝ、それから……その前に一寸お使ひに行つて来てくれない。そこの八百屋に苺が出てるかどうか見て、若し、出てゝも良いのがなかつたら、駅の前まで行つてね。上等のを一箱取つて来て……。家政婦  おいくらぐらゐのを……。朋子  いくらでもいゝことよ、良いのでさへあれや……。(ペンを取り上げ、抽斗をさがしながら)あたし一寸、端書を書くから、それも序に入れて来るのよ。さ、支度をして頂戴。(端書を書く)えゝと……。

(家政婦去る。長い間)

朋子  あ、芳沢さん……、今朝来た端書を此処へ一寸……。状差に差してあるでせう、絵端書よ。家政婦  (端書を持つて来る)これで御座いますか。朋子  (見ずに受け取り)えゝ、それ……。(見て)これぢやないの。今朝来たのがあるでせう。(笑ひながら)いやね、これは……。

(家政婦、これも笑ひながら去る)

海岸の写真よ、蒲郡つて書いてある……

家政婦  (絵葉書を見ながら現る)朋子  (引つたくるやうに)どら……。えゝ、これよ。(間)――「二人とも、大層気に入り、四五日逗留の予定……」か。家政婦  は?朋子  こつちのこと……。早く支度して頂戴。

(家政婦去る)

朋子  (書きながら)「……それでは、今のうちゆつくり遊んでお置きなさい。旦那様によろしく……」と。芳沢さん、さ、これを持つてつて……。まだなの、支度は……? あ、さうさう、お風呂を見といてね、行く前に……。もうお帰りになる時分だから……。家政婦  (奥から)もうちやんと沸いてをります。朋子  さう。(間)そいぢや、なにしてるの、あんた。家政婦  一寸帯をし直してをりますんです。朋子  帯なんか、いゝぢやないの、いちいち……。すぐそこなんだもの……。

(玄関の戸が開く音、朋子出て行く。間。――)

譲  (現れる。機械的に机の上の絵葉書を取り上げ、それを読む)朋子  (続いて現れる)すぐお風呂になさいます?譲  (返事をしない。そのまゝ、奥に去る)朋子  (やゝ暗い表情。ぐつたりして椅子による。が、すぐに気を取り直して起ち上る)譲の声  おい。朋子  (黙つて奥にはひる)

長い間。

玄関で「御免なさい」といふ女の声。続いて、朋子の「あら……」といふさも意外らしい叫び声。

朋子の声  どうしたの……。どうして帰つて来たの。ひとり?(間)今朝見たわ。(間)えゝ、四五日逗留するつていふから、まだなかなかだと思つてたのに……。(間)さう、まあお上んなさいよ。(間)うちぢや今帰つたとこ。(間)いゝのよ、そんなこと……。

朋子、続いて恒子現る。――恒子は、やゝ疲れてゐるらしい。

朋子  どうかしたんぢやない。いやね、笑つてばかしゐて……。恒子  (腰かけながら)まあ、一寸休まして頂戴、今着いたとこなの。朋子  そいで……?恒子  あの人?(意味ありげな微笑)今云ふから待つてて。(溜息)ほんとにお邪魔ぢやなくて……。朋子  (訝かしげに)いや、あたし。そんなに笑つてばかしゐちや……。恒ちやん……。恒子  せつかちね、姉さまは……。(かう云ふと、急に、姉の視線を避け、ハンケチを取り出す。眼に涙が溜つてゐる。それが、われながら可笑しいといふ風に、また笑はうとするが、もう我慢ができない。ハンケチを眼にあてると、いきなり肩をゆすつて泣く)朋子  (途方に暮れて)可笑しなひとね……。どうしたつていふの。(妹の肩に手をかける)恒子  ……。朋子  泣いてたんぢや分らないぢやないの。あの人がどうかしたの。早くおつしやいよ。恒子  御免なさい。姉さまの顔を見たら、つい悲しくなつたの。(間)あたし、よつぽど黙つてようかと思つたの。黙つて、辛抱しようかと思つたの……。だけど、もう駄目……。あんまりなんですもの……。あたし、あたし、うちへ帰るわ。(間)どうしても、いやなの。朋子  どういやなの。恒子  どうつて……何もかも。

長い沈黙。

姉は、うなだれた妹の横顔を、まじまじと見入つてゐる。

朋子  喧嘩したんでせう。恒子  いゝえ、そんなことぢやないの。(間)やつぱり、いけなかつたわ。朋子  やつぱりいけないつて……前から何か……。恒子  さうぢやないけど、そら、行儀が悪いつて云つてたでせう。朋子  そんなこと……?恒子  そればかりぢやないの。えゝ、つまりさうだけど、それが、ただ行儀が悪いんぢやないの、あたし、つくづく愛想がつきたわ。朋子  男つてみんなさうよ。恒子  そら、何時かうちへ来た時、母さまの前で欠伸をしたつて、母さまがあとで怒つてたでせう。あゝいふことが、のべつ幕なしなの。それや、欠伸なんか、あたしの前でしたつてなんとも思やしないけど、他人がゐる時に、そばではらはらするやうなことを平気でするのよ。朋子  どんなこと……。恒子  いちいち云へないの、あんまりいろんなことで……。汽車へ乗つてからだつてさうだわ。いきなり、腰掛の上へ脚をのつけて、ぐうぐう眠るのよ。それが、発つた日からさうよ。朋子  話もしないで……?恒子  話なんかするもんですか。まるで何の為めに旅行するんだかわかりやしないわ。みんなが変な顔して見てるの。さうでせう、ハンケチもかけないで、口をあいて眠つてるんですもの。朋子  (笑ひをこらへて)式やなんかで草臥れたんだわ。恒子  そいぢや、あたしはどう……。久しぶりで、あんな帯を締めてさ。朋子  あなたは違ふわよ、女ぢやないの。恒子  もう、姉さまも、さういふことを云ふやうになつてらしやるのね。朋子  ……。恒子  それから宿屋についてからでも、女中なんかにばかり話しかけて――冗談を云つたり……それや変なの。御飯をたべる時なんて、あたし、お給仕してる女中に恥かしくつて……。だつて、云ふことが下司なの、――ネエさん、東京だらう。どうも田舎の女にしちや、様子がイキだと思つた――かうなの。女中の云ふことがいゝわ。――旦那も東京ですか――だつて。さうすると、変な手つきをして頭を掻くの。――いや、逆襲は恐れ入るなあ――つて。どうでせう、いやね。朋子  恒ちやんも六ヶ敷いわね。さういふことを云ふもんよ、男つて……相手次第ではね。恒子  兄さまもおつしやつて……?朋子  えゝ……さあ、兄さまはどうだか……。恒子  おつしやらないわよ。それからもつとひどいことがあるの。昨夜なの、それは……。――蒲郡つて、何県? つて訊いたら――何県だと思ふつて聞きかへすの。姉さま知つてらつしやる? 知らないわねえ。だから、いい加減に三重県? つて、ただ云つてみたの。さうしたら、笑ひながら、――そいぢや、どの辺にあるか、日本の地図を書いて、円をつけて見ろつて云ふの。あたし、そんな女学校の試験みたいなこと、いやだつて云つてやつたの。さうしたら、紙と鉛筆とを出して、どうしても書けつてきかないの。しまひに、日本地図も書けないのかつて、それや、しつつこく云ふの。だから、あんまり癪でせう。日本の地図ぐらゐ書けますわつて、そら、よく書いたわね、あの通り書いてやつたの。さうすると、本州だけしか書かないうちに、――なんだ、それや胡瓜かつて……(笑ひながら泣き出す)朋子  え?恒子  胡瓜かつて云つたわよ(また泣く)朋子  (腹立たしさと、可笑さとを制しながら)随分、失礼ね。恒子  あんな人のところへ、どうして嫁く気になつたか知ら……。デリカシイつていふものがちつともないの。(間)朝、顔を洗ふ時、どういふ風にするか知つてて……(溜息)それから、服を着る時……手を前後左右に振り廻すの……。洋服を着るなら、洋服の着方ぐらゐ覚えればいゝのに、そのざまつたら、見てゐられないの。朋子  さも憎らしさうね。さう云つたもんぢやないわ。変に気取つてる男なんかよりは、さつぱりしていゝぢやないの。恒子  処が、さつぱりなんかしてないの。なぜつて云へば、その気取らないところを気取つてるわけなの。わかる? おれは気取つてなんかゐないぞつていふところを見せるつもりなんでせう。それが、もう一種の気取りだつていふことを知らずにゐるの。だから、すること云ふことに、いちいちこだはりがあつて、そばにゐると、ぢれつたくなるの。ふんて云ひたくなるの。朋子  さうか知ら……。恒子  さうさう、式ん時だつてわかるわ。どう、あの、なんでもないやうな風のしかたは……。さもこんなことは面倒臭いつていふやうな様子をして、そのくせ、あれで、固くなつてるのよ。ほら、よくしらばくれた顔をするぢやないの。あれが、てれかくしよ。――へえ、僕があの女と結婚するんですか。へえ、僕が此のお酒を飲むんですか。へえ、一緒に旅行をするんですか。まるでさういふ顔よ、あの顔は……。第一、停車場へ行くまで、行先を決めないなんて、あんまり人を馬鹿にしてるわ。母さんなんか、随分気を揉んでいらしつたわ。いくど母さんが訊いても、――さあ、まだ決めてありませんがね。まあ、行き当りばつたり、汽車の止つた処へ降りるんですな。どこつて別段見たい処があるわけぢやなし……。ハハハハハ……。かうなんでせう。母さまはむろんだけど、赤羽の伯父さまなんか、横を向いて苦い顔をしていらしつたわ。それも気取りよ。無頓着振るのよ。却つて可笑しいのに……。朋子  あたしも、それは覚えてる。さう云へば、変な人だと思つた。恒子  それから、まだあるわ。東京駅で、みんな送つて来て下すつたでせう、あん時、姉さまが、汽車の中へ花束を持つて来て、二人に下すつたでせう。それを見て、なんて云つたか覚えてらつしやる。朋子  (キツパリ)えゝ。――これどうするんですかつて……。そして、――厄介だなあ、持ちものになつて……どうせすぐ萎れちまふんでせうつて……。恒子  ね。わかるでせう、バツが悪いのを誤魔化さうと思つて、わざと素気ないことを云ふのね。それが、気が利いてればいゝけれど、それだけの頭はなし、つい、人の気を悪くするやうなことを云つてしまふのね。朋子  困つた人ね。しにくいわね。恒子  軽蔑したくなるわ。可哀さうになるのが本当かも知れないけれど……。朋子  さう云つちまつちや、また、なんだけれど……。恒子  いゝえ、いゝのよ、姉さま、あたしはもう決心してるんだから……。朋子  決心つて……?恒子  だから、あたし、帰るのよ、うちへ……。

長い沈黙。

朋子  それや、あなた、思ひ切りが早すぎてよ。そんなもんぢやないわ。(間)男つていふものは……。恒子  もう沢山、その御説教なら……。男つていふ者はどうなの……。誰がさうきめたの。姉さまも、やつぱりさうなのね。ぢや、こんなこと、御相談するんぢやなかつたわ。朋子  恒ちやん。まあ、もつと考へてみませうよ。それや、恒ちやんの想像してたやうなものぢやなかつたかも知れないけれど、今聞いた、ただそれだけの話なら、そんなに、あなたが思つてるほど、重大なことぢやなくつてよ。第一、あの人が、あなたを愛してゐないつていふ証拠にはならないぢやありませんか。恒子  それがどうなの。愛されてゐるか、ゐないかは、第二の問題よ。朋子  え?恒子  第一の問題は、愛されて幸福な相手かどうかつていふことだわ。朋子  だつて、恒ちやん、それはもう……。恒子  初めからわかつてたつて云ふんでせう。えゝ、わかつてたわ。それが間違つてたらどうするの。間違つてなくつても、望んでゐたことが駄目だつたらどうするの。姉さまは幸福だから、あたしのことなんかおわかりにならないんだわ(泣く)

沈黙。

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