Chapter 1 of 5

「八、お前近頃惡い料簡を起しやしないか。三輪の萬七親分が變なことを言つて居たやうだが――」

八五郎の顏を見ると、錢形平次はニヤリニヤリと笑ひ乍ら、こんな人の惡いことを言ふのです。

「それですよ、親分。あつしはそんな惡い人間に見えますか」

八五郎は少しばかり肩肘を張ります。

「甘い人間だとは思つて居るが、惡い人間とは氣が付かなかつたよ。尤もさう果し眼になると、思ひの外お前の顏にも凄味がでるから不思議さ」

「親分、あつしが、子さらひや強請をするかしないか考へて見て下さい。あらゆる惡事の中でも、人の子をさらつて金を奪るほど罪の深いことはないと、親分が始終言ふのを身に沁みて聽いて居りますよ」

八五郎は腹を立て乍らも、よく/\困惑して居る樣子です。

「だから詳しく話して見るが宜い。三輪の萬七親分の言ふのが本當か、本人の八五郎が言ふのが本當か、一伍仔什を聽いた上で極めようぢやないか」

平次はまだからかひ顏ですが、此事件にはかなりの興味と熱意を持つて居る樣子でした。

八五郎の掛り合ひになつた子さらひ事件といふのは、江戸の下町に、此夏から起つた誘拐で、數はさして多くはありませんが、仕事が如何にも巧妙で慘忍で、江戸つ子達の義憤の血を沸き立たせるには充分なものがありました。

さらはれるのは、良家の綺麗な女の子で、六つ七つから十歳止りくらゐ、四五日から長くて十日くらゐ留め置いて、大抵は親許の身分に應じた金を奪つて戻しますが、中に、五人に一人、三人に一人、一と月二た月と經つても還してくれないのも幾人かはあるのでした。

戻つた娘から聽くと、誘拐するのは念入りに化粧をして、髮の毛の多い優しくて綺麗な『姉さん』で、子供の觀察で年の頃はよくわかりませんが、二十五は越して居ない樣子です。小娘を釣る手段は、最初は夕方の空地などで多勢の子供が遊んで居るところへ行つて、びつくりするほど飴や菓子をバラ撒き、そのうちの子柄の良いのを選つて、簪とか毬とかをやつてつれ出し、或時は空家の中へ、或時は船へ誘ひ込んで、何處ともなくつれて行くのです。

「子供は何んでも田舍の一軒家のやうなところへ連れ込まれ、ろくに食物もやらずに、何日かは投り出して置かれるさうです。尤も番人のやうな年寄夫婦が居て見張つて居るが、時々若い男が來て、子供を裸にして、妙なことをさせるんださうで――」

「妙なこと?」

「妙なことに違ひありません。女の子の骨組や身體を念入りに見たり、高いところから突き落したり、梁へブラ下げたりするんだと言ひますから、正氣の沙汰ぢやありませんね」

「それから?」

八五郎の話は豫想以上に奇つ怪です。

「それから子供の親許へ手紙をやつて、何時の幾日に、何處其處へ金を持つて來い、子供は引換へに返してやる。子供を無事に返して貰ひ度かつたら、一言も人に漏らすな、お上の役人の耳に入れるやうな事があつたら、子供は生きちや歸らないと思へ――と斯うだ。金額は相手によつていろ/\だが、少ないので十兩くらゐから、多いので五十兩止り」

「その金を受取りに行くのが、八五郎――お前だといふぢやないか」

「だから親分、あつしは癪にさはつて、癪にさはつて――」

「子供をつれて來て、金を引換へに奪つて行く男が、少し柄は小さいが、三十前後の面長な良い男で――ウフ、その邊は八五郎にそつくりだな――おれは錢形平次の子分で、神田の八五郎といふものだ、口惜しかつたら何處へでも訴へて出ろ。その代り子供はもう一度姿を消すぞツと言ひ乍ら、懷中の十手を、突つ張らかして見せるんだつてね」

平次は少しからかひ氣味です。

「それですよ、親分。子さらひ野郎に何んの因縁があるか知らないが、なにもあつしの名なんか騙らなくたつて宜いぢやありませんか」

「怒るなよ八、本當にお前が曲者なら、まさか名乘つて行くやうな間拔けなことはしないだらう。三輪の親分が何んと言はうと、笹野の旦那は笑つて聽き流していらつしやるよ」

これが平次の本音だつたのです。

「本當ですか、親分」

「口惜しいと思ふなら手一杯に働いて見るが宜い。僞物を縛つた上眞物の八五郎を並べて、男つ振りの鑑定をするのも洒落て居るぜ」

「やりますとも、畜生ツ」

八五郎はすつかり夢中になつて居ります。曲者に名を騙られた口惜しさより、親分の平次に斯う言はれた信頼の言葉が嬉しかつたのでせう。

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