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悪の帝王 11 第11話 東女帝丸不明
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悪の帝王 11 第11話 東女帝丸不明
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Chapter 2 of 3

第二章

グライドの奇抜な計画は決して一時の思いつきじゃない。そればかりか初耳ともいえない。帆船を盗むというのは海洋作家がよく使う手だ。しかし十九世紀末に戦艦を強奪するのはまた全く別な次元だ。

マーク・トウェインの『盗まれた白象』のように当然大騒動になる。ダイヤと違い戦艦は上着のポケットに隠せないからだ。

通常の環境なら、東女帝丸は確実に奪還される。本当のところ、金さえもらえば、グライドにはどうでもよい。

でも、犯罪を芸術並に終わらせたいので、そのまま捨て置けない。当然例外はあってしかるべき。だから見かけ上、全く犯罪と分らないようにしたい。

そうすれば騒動などあり得ない。一見、ばかげているようだが、グライドは方法を見つけていた。

言うまでもないが、そんな計画には時間とカネを相当食う。グライドなら英国作家ウォルポールの作品に倣い、何でもござれだ。

確実に海軍のちょっとした秘密を暴いた。その一例、賄賂を使った情報によれば、英国とスペインの間で真珠採集権が少々もめている。問題の東中海には奇妙にもミネリアとカタゴニアの国境がある。

これまた公然の秘密だったのは、東女帝丸の処女任務が二年間この海域だろうということ。それには二つの目的があった。スペインに馬鹿なことをするなと警告することと、海図を修正することだ。東中海図の一部に欠陥のある事が知られていた。

*

グライドは慎重に行動した。海軍のやり方なら熟知している。つまり海軍大臣と東女帝丸艦長が重要案件で会談する。

時間はグライドがマルコス大使と会った晩の遅い時刻、海軍大臣の家族が寝入ったあとだ。

グライドはこの事実を直に確認し、ドリアン・バックス卿の書斎扉の裏側で靴を脱ぎ、靴下だけで立ちつくし、聞き耳を立てた。住居侵入は必要不可欠、今後もやる。

書斎から煙草のかぐわしい香りが漂った。酔いそうになったが、ぐっとこらえた。楽しみを捨ててこそ、いい仕事ができる。

会談を盗み聞き、覗き見するために、グライドはここグロブナー・クレセント地区に二時間隠れていた。

半開きの扉から覗くと、アララト海軍大臣とジェームズ・クリントン艦長がテーブルに広げた大きな海図を熱心に見入っている。

「ちょっとまずいぞ」

と海軍大臣。

「そうですね。欲しいのは東中海のこの部分を新しく探査することです。ミネリアとカタゴニアの紛争は、誰にも疑われずに暗礁を測深する良い口実になるでしょう。戦争になった場合、英国の利益を守れます、ハハハ」

とクリントン艦長が笑うと、大臣も笑った。

成金で爵位にありついたお偉い紡績社長、その人こそ賢明な英国政府が選んだ海軍大臣だった。当のアララト大臣は自宅への侵入者など全く気付かず、無頓着だ。

「危ない場所じゃないか、暗礁は」

と大臣。

クリントン艦長も同意した。でもテーブルに広げた海図は信頼できるもので、危険な岩礁や浅瀬が全て記されていた。

これは最近、カタゴニアの科学者から購入したもので、艦長の既成概念を改めようとするためだった。

「大臣、唯一の危険箇所はヘン・チキン暗礁です。潮流がとても速いです。この海図があっても、見逃して、大事になりかねません。私としては海図を忠実に追って、ついでに水深を測り直します。二年で完了させます」

「科学調査隊を連れていくのか」

「はい。四人です。イレンタル先生はとても優秀なドイツ人で、友人も熱心と聞いています。やや変則的ですが、間違いなくいい助手になります」

聞いたグライドがニヤリ。あとで有名なドイツ学者を演じ、科学調査で東女帝丸の船客になるつもりだ。残りは使い走りの共犯者、暇になったら切り捨てる。

アララト大臣があくびをして、ちらと時計を見た。もう夜は遅く、今夜は忙しかった。クリントン艦長が立ち上がって、おいとまを告げた。

「これ以上お邪魔しません」

「ああ、疲れたよ。この海図は明日まで預かっておく。キャンスフォードに見せる手はずだ。艦長は海図を回収してから土曜日にポーツマスを出港しろ。おやすみ」

クリントン艦長は新しい煙草をくわえ、退出した。大臣は家に鍵をかけ、あくびしながら寝室へ行き、まず東中海図を書斎テーブルの引き出しに入れた。

半時間後、グライドが同じ椅子に座り、笠ろうそくで海図を詳しく調べていた。ポケットから取り出した紙切れと詳細に見比べている。

次にコンパスと象牙定規を使って、当の海図を検分した。ポケットから小瓶と毛筆を取りだした。筆を突っ込み小瓶の液体に漬けて、海図を白く塗った。

次に水彩絵の具を持ちだし、一時間慎重に作業した。塗り替えがとてもうまいので、変更箇所は分からない。これがグライドの目的だ。

乾くと、海図を引き出しに戻した。さしあたりグライドの仕事は完了だ。数分後、人気のない通りに立っていた。

「しまった、鍵をかけずに出た。ちょっと不手際だったな。だが召使いは気付かないだろう。ご主人様の帰宅が遅くて、鍵をかけ忘れたと思うだろう。のんびり煙草が吸えるぜ」

グライドは心が軽くなって自分の宿屋へ通りをぶらついた。計画が全て完了して成功は確実だ。

海図に加えた変更はわりと局所的だが、一センチが海上の一キロに匹敵する。つかの間の仕事は何カ月にも及ぶ不断の苦労と研究の賜物だ。

もし天才が労苦を微塵もいとわぬものなら、グライドもそれなりに天才だ。

*

二日後、グライドはポーツマスに向け出発し、東女帝丸に乗り込んだ。分からないほどに変身していた。

太った体型、ふさふさの金髪、縁眼鏡をかけている。誰が見ても、もはやフィリックス・グライドではなく、独人のエル・マックス・イレンタル先生だった。

Chapter 2 of 3
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