Kembali
What Made Me What I Am: A Prison Memoir
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What Made Me What I Am: A Prison Memoir
金子ふみ子
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Terang
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Sepia
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 9 of 40

岩下家

私の叔母の家――岩下家――は、ざっとこうした空気の中に包まれた最も有力な家族の一つだった。そう広くはないが、五、六ヶ所の山林と、鮮人に小作させている田と畑とを持っていて、それからあがる収入で、鮮人相手に高利貸をしているのであった。

家は線路の北側の高地にあった。

南側の人たちは自分らのところを本町といい、北側を田舎とよんでいたが、北側の者らは南側を下町とよび、自分達の方を「山の手」といって、互いにその自負心を満足させていた。

叔母の家はこの「山の手」でも一番高い部分にあった。四畳半ぐらいのオンドル附きの部屋が四ッきりの、二間ずつ鍵形に列なった低い藁葺の家で、建物は至極みすぼらしかったが、屋敷内はかなり広かった。家の裏手には納屋が二棟と、庭先の畑を越えては米倉が一棟、庭には果樹や野菜がつくられていた。

叔父は長野県生れで、無口な温厚な男だった。以前は鉄道の保線主任であったとかだが、汽車が脱線顛覆して死傷者までも出したので責を引いて辞職し、それ以来、この田舎にひっ込んで楽に暮しているのであった。趣味は草花弄りと謡曲を唸るくらいで、至極平凡な男であった。叔母は叔父とは十も年の違った、背のすらりと高い、上品な、悧巧な、その上しっかり者だった。だからてきぱきした男性的な女だったともいえる。かるたが好きで、お正月頃は無論のこと、その他の時でもよく同階級人を自分の家に集めていたが、その他にも琴や踊りもやれば、春は野に出て蕨狩りをし、秋は山に茸狩りをするといった調子で、ブルジョアの奥様には相当した趣味の持ち主であった。

祖母はこの家では近所の人達から「御隠居さん御隠居さん」とよばれていたが、実際は御隠居さんどころではなく、叔母の家の一切のことに采配を振っていた。

Chapter 9 of 40
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