四
その夜、人の静まるのを待って、奥の一と間に籠った妻木右太之進は、新しく清らかな夜の物に替えて、静かに奇瑞の枕を取出しました。
まだ半信半疑でしたが、何の奇瑞も起らなければ、翌日直ぐにも、元の彦四郎貞宗と替えるという約束で、兎も角、一夜だけは試みることになったのです。
金襴の角枕の中央を横に貫く、火箸ほどの銀の棒を抜くと、心静かに枕元の大火鉢にかざしました。
埋火乍ら、銀の棒は直ぐ温まって、手を触れられない程になります。頃合を見計って、それを元の枕に差し込むと、ほのかな香気――幽雅で甘美な匂いがゆらゆらと立ち昇って、薄暗い部屋一パイは、夢の国のようになるのでした。
それを枕にして、期待に顫え乍らも妻木右太之進は、新しい夜の物を深々とかつぎました。
身体の重量感がスーッと消えて、其ままゆらゆらと天上する心持ち、部屋の空気が薄紫に淀んだと思ったのも束の間で、やがて真珠色の翼の上に、妻木右太之進はふんわりと坐って居りました。
大地を揺り上げるような――その癖得も言われぬ快適な音楽が、何処からともなく耳に入りました。今の言葉で言えば、それはスクリアビンの「法悦の詩」にも比ぶべきものだったでしょう。妻木右太之進は、全身の官能が動員されて、一種不安な――が快適な焦燥を感じ始めると、何処からともなく現われた一人の女性が、右太之進の右手に、ほのかな裾風を起してふわりと坐ったのです。
「あ、お綾どの」
それは、何年来こがれ抜いた、お綾でなくて誰であるものでしょう。
「右太之進様」
右太之進の聞いた声は、想像を絶した魅惑の音色でした。
四方の空気がほんのりと桃色になると、お綾の頬が右太之進の頬に近づき、お綾の体重が、右太之進の膝の上に、羽のように軽かったのです。
艶めかしくも清らかな恋の遊戯は、際限もなく続きました。
そして右太之進がフト眼を覚ました時は、窓からは暁の色が忍び入って、枕の中の銀の棒は、もうすっかり冷たくなって居りました。