イーハトーボ農学校の春
宮沢賢治
太陽マジックのうたはもう青ぞらいっぱい、ひっきりなしにごうごうごうごう鳴っています。 わたしたちは黄いろの実習服を着て、くずれかかった煉瓦の肥溜のとこへあつまりました。 冬中いつも唇が青ざめて、がたがたふるえていた阿部時夫などが、今日はまるでいきいきした顔いろになってにかにかにかにか笑っています。ほんとうに阿部時夫なら、冬の間からだが悪かったのではなくて、シ
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宮沢賢治
太陽マジックのうたはもう青ぞらいっぱい、ひっきりなしにごうごうごうごう鳴っています。 わたしたちは黄いろの実習服を着て、くずれかかった煉瓦の肥溜のとこへあつまりました。 冬中いつも唇が青ざめて、がたがたふるえていた阿部時夫などが、今日はまるでいきいきした顔いろになってにかにかにかにか笑っています。ほんとうに阿部時夫なら、冬の間からだが悪かったのではなくて、シ
宮沢賢治
二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲をかついで、白熊のような犬を二疋つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云いながら、あるいておりました。 「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も一疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」 「鹿の黄いろな横っ腹なんぞ
宮沢賢治
人物 バナナン大将。 特務曹長、 曹長、 兵士、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。 場処 不明なるも劇中マルトン原と呼ばれたり。 時 不明。 幕あく。 砲弾にて破損せる古き穀倉の内部、辛くも全滅を免かれしバナナン軍団、マルトン原の臨時幕営。 右手より曹長先頭にて兵士一、二、三、四、五、登場、一列四壁に沿いて行進。 曹長「一時半なのにどうしたのだろう。
宮沢賢治
よだかは、実にみにくい鳥です。 顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。 足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。 ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。 たとえば、ひばりも、あまり美しい鳥ではありませんが、よだかよりは、ずっと上だと思っていましたので、夕方など
宮沢賢治
どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ どっどど どどうど どどうど どどう 谷川の岸に小さな学校がありました。 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗の木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼ
宮沢賢治
そのとき私は大へんひどく疲れていてたしか風と草穂との底に倒れていたのだとおもいます。 その秋風の昏倒の中で私は私の錫いろの影法師にずいぶん馬鹿ていねいな別れの挨拶をやっていました。 そしてただひとり暗いこけももの敷物を踏んでツェラ高原をあるいて行きました。 こけももには赤い実もついていたのです。 白いそらが高原の上いっぱいに張って高陵産の磁器よりもっと冷たく
宮沢賢治
「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問をかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急い
岡本かの子
巴里の北の停車場でおまえと訣れてから、もう六年目になる。人は久しい歳月という。だが、私には永いのだか短いのだか判らない。あまりに日夜思い続ける私とおまえとの間には最早や直通の心の橋が出来ていて、歳月も距離も殆ど影響しないように感ぜられる。私たち二人は望みの時、その橋の上で出会うことが出来る。おまえはいつでも二十の青年のむす子で、私はいつでも稚純な母。「だらし
岡本かの子
平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人の素朴な気持ちに還ろうとしている今日の彼女の気品にそぐわない。 ここではただ何となく老妓といって置く方がよかろうと思う。 人々は真昼の百貨店でよく彼女を見かける。 目立たない洋髪に結び、市楽の着物を堅気
岡本かの子
伯林カイザー街の古い大アパートに棲んで居た冬のことです。外には雪が降りに降っていました。内では天井に大煙突の抜けているストーヴでどんどん薪をくべていました。電車の地響と自動車の笛の音ばかりで、街には犬も声を立てて居ない、積雪に静まり返った真昼時でした。玄関の扉をはげしく叩く音――この降るのに誰がまあ、」と思いながら扉を開くと、どやどやと三人ばかり入って来たの
岡本かの子
桐の花の咲く時分であった。私は東北のSという城下町の表通りから二側目の町並を歩いていた。案内する人は土地の有志三四名と宿屋の番頭であった。一行はいま私が講演した会場の寺院の山門を出て、町の名所となっている大河に臨み城跡の山へ向うところである。その山は青葉に包まれて昼も杜鵑が鳴くという話である。 私はいつも講演のあとで覚える、もっと話し続けたいような、また一役
岡本かの子
ものものしい桜が散った。 だだっぴろく……うんと手足を空に延ばした春の桜が、しゃんら、しゃらしゃらとどこかへ飛んで行ってしまった。 空がからっと一たん明るくなった。 しんとした淋しさだ。 だが、すこし我慢してじっと、その空を仰いでいた。 じわじわと、どこの端からかその空がうるみ始めましたよ、その空が、そして、空じゅうそのうるみが拡がって。 その時、日本の五月
岡本かの子
――お金が汗をかいたわ」 河内屋の娘の浦子はそういって松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のように程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇って濡れていた。 浦子はこどものときにひどい脳膜炎を患ったため白痴であった。十九にもなるのに六つ七つの年ごろの智恵しかなかった。しかし女の発達の力が頭へ向くのをやめて肉体一方にそそいだためか生れ
岡本かの子
(舎衛城郊外の池、呪術師の娘水を汲みに来り、水甕を水に浸せし儘、景色に見入りて居る。)娘 ――(独白)光は木々の葉に戯れ、花は風に揺られて居る。大地と空とが見交す瞳の情熱の豊さ、美しくも妬ましき自然――おお私にも心を迎えて呉れる清らかな胸が無いものか。(阿難、鉢を持って行乞の戻りの姿、池を見て娘の傍に近づく。)阿難 ――女人よ。水を一杯供養して下さい。娘 ―
岡本かの子
(六畳程の部屋。机一つと米櫃一つ置いてある。側は土間になって居る。土間には轆轤台と陶土、出来上った急須や茶碗も五つ六つ並んでいる。 部屋の方にて蓮月尼と無名の青年と対座。) 無名の青年 ――僕はとうとうこの短冊を見付けて来ました。蓮月 ――(短冊を青年から受け取って読む)――木の間よりほの見し露のうす紅葉おもひこがるゝ始めなるらん――これはいつかわたくしが京
岡本かの子
私達が、小田原から、熱海行きの、軽便鉄道に乗り込んだ時も、その一行と一緒になった。 その一行は、新橋から発った私達の二等車へ品川あたりから、始めて入って来た人達であった。重厚な顔付をして、堅く洋服に身を包んだ老紳士のあとに高貴な衣服の裾を捌いて四十先位いな夫人らしい女が続き、次に青いショールをした十九か二十程の令嬢、その後に令嬢の長い袖を、支える様にして腰元
岡本かの子
「かやの顔は、眼と口ばかりだな。どうも持参金付きの嫁入でもせにあならねえかな」と云ったりしていつも茶の間の長火鉢の側に坐って、煙草管をぽかんぽかんとたたいてばかり居る癖の、いくら大笑いに笑っても、苦笑いの様な表情しか出ないこのお爺さんが、かやの本当の祖父でないことは、このお爺さんが、時々――半年に一度くらい――寒い季候には茶色のむくむくした襟巻と、同じ色のと
岡本かの子
さくらんぼうは彼女の唇を熱がるが、彼女の唇はさくらんぼうに涼もうとする。 さくらんぼうを三粒ほど束ねて女は男の頬を叩いた。その時男の決心がついた。彼女がそれを思い出している時小さいみか子が金魚にたべさせようとしてさくらんぼうを玻璃鉢のなかへ一粒いれてやった。金魚はそれを口で突つくが喰べられない。みか子はもどかしがり鉢の側で「ああん、とお口を開いて開いて」と教
岡本かの子
巴里の雑踏はそこから始まるという大並木路マデレンの辻の角に名料理店、ラルュウがある。 店をイルミネーションで飾るでもなし、英字新聞の大陸版へ広告を出すでもなし、表の構えは普通に塗った木目の板で囲い、ただ内側だけ気持よくこしらえてしとやかに客を待つといった風だ。もし春の夕闇に鶉の下蒸しの匂いが廚房から匂って出なかったら通りがかりの人はおそらくこの辺にあり勝ちの
岡本かの子
私には親も同胞も無いのです。私は海岸に近い平野の森の中に棲んで居るのです。老僕夫妻が、私の棲んで居る小さな洋館とはまるで関係のない直ぐ傍の昔風の小さな日本家屋に生活して居るのです。私は遺産を近親の死から十五の年に得て清楚な暮しに一生涯事欠かない孤独な少女学究者なのです。日本語と英語フランス語を読むに欠かないだけの素養があるので別に学校などへは行かない。その代
岡本かの子
こどものときから妙に橋というものが好きだった。こちらの岸からあちらの岸へ人工の仕掛けで渡って行ける。そういった人間の原始的功利の考えがこどもの好奇心の頭を擡げさせやすいのかとも考える。しかしそれならなんの履物ででもあれ、その上を渡りさえすれば気が済む筈である。だが私の場合は違っていた。どの橋でも真新らしい日和下駄の前を橋板に突き当てて、こんと音をさせ、その拍
岡本かの子
花子には二人の男と二人の女の兄弟があります。花子はそのまんなかに生れました。五つの部屋の真中に花子は眠ります。 晴れ晴れとした春の野辺。ひばりが空高く啼きお陽さまの裳裾がゆらゆらとゆれかがやいて居ます。そして咲き乱れた花が一ぱい! 人は花子のほか誰れも居ません。おかしいとおもいました。少し淋しくありました。が花子は直ぐそれを忘れました。 「摘み草して遊ぼうや
岡本かの子
今年八つの一郎さんと、六つのたえ子さんとを、気だての優しい婆やが、一人でお守りをしておりました。その婆やが或日のこと、お里へまいりました時、かわいいかわいいひばりの子を一つ袂のなかへ入れてかえりました。それを見ると、一郎さんが、 「おやっ!」 と云って婆やのそばへ駈けよりました。 「あらっ!」 とたえ子さんも駈け寄ってのぞきこみました。 婆やはあまり二人の声
岡本かの子
それはドイツとの宣戦が布告されて間もない時で御座いました。ナンシーの片田舎に私は十九歳にお成りなさったばかりのお姫様と、お姫様の後見を遊ばす七十歳近い退役陸軍少将の伯父御様とにお仕え申して居りました。其処はフランスと申しましてもドイツとはほんの山一つ河一つ隔てたばかりの国境に近い土地で御座いました。 別荘と申しましても、もともと土地の豪族が旧邸を御恩人のお姫