Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

14,981종 중 2,520종 표시

女性崇拝

岡本かの子

西洋人は一体に女性尊重と見做されているが、一概にそうも言い切れない。欧州人の中でも一番女性尊重者は十指の指すところ英国人であるが、英国人の女性尊重は客間だけの女性尊重で、居間へ入ると正反対だという説がある。 事実、英国人ぐらい文筆上で女性に対し諷刺や皮肉を弄し、反感を示している国民は少い。バーナード・ショウの如きも「人と超人」で、女性は魅力に依って男から種の

JA
Hanya teks asli

異性に対する感覚を洗練せよ

岡本かの子

現代の女性の感覚は色調とか形式美とか音とかに就いて著るしく発達して来た。全ゆる新流行に対して、その深い原理性を丹念に研究しなくとも直截に感覚からして其の適応性優秀性を意識出来る敏感さを目立って発達させて来た。これは新発明とか、創造とかには或いは適さぬ性質かも知れない。何故と言えば、余り深く一処、一物に執着して研鑽を積むという性質ではないからである。しかし、流

JA
Hanya teks asli

時代色 ――歪んだポーズ

岡本かの子

センチメンタルな気風はセンチと呼んで唾棄軽蔑されるようになったが、世上一般にロマンチックな気持ちには随分憧れを持ち、この傾向は追々強くなりそうである。 飛躍する気持になり度い。何物かに酔うて恍惚とした情熱にわれを忘れたい。大体こういう気風である。だが、世上一般の実状はその反対を強ている。それだけ人々は却てそれを欲っするのかも知れない。 世上一般の実状が人々に

JA
Hanya teks asli

女性の不平とよろこび

岡本かの子

女が、男より行儀をよくしなければならないということ。 人前で足を出してはいけない、欠伸をしてはいけない、思うことを云ってはいけない。 そんな不公平なことはありません。女だって男と同じように疲れもする、欠伸もしたい、云い度いと思うことは沢山ある。疲れやすいこと欠伸をしたいことなどは、むしろ男より女の方がよけいかもしれない。それだのに、なぜ、昔から男は、食後でも

JA
Hanya teks asli

現代若き女性気質集

岡本かの子

これは現代の若き女性気質の描写であり、諷刺であり、概観であり、逆説である。長所もあれば短所もある。読む人その心して取捨よろしきに従い給え。 ○彼女はじっとして居られなくなった。何か試み度がっている。自分を試して見度がっている。自分の市場価値を。○「恋など馬鹿らしくて出来なくなりましたわ」と言う。「けれども愛の気持ちだけは失い度くありません。」○彼女に取ってス

JA
Hanya teks asli

巴里祭

岡本かの子

彼等自らうら淋しく追放人といっている巴里幾年もの滞在外国人がある。初めはラテン区が彼等の巣窟だったが、次にモンマルトルに移り、今ではモンパルナッスが中心地となっている。 ――六月三十日より前に巴里を去るのも阿呆、六月三十日より後に巴里に居残るのも阿呆。」 これは追放人等の口から口に伝えられている諺である。つまり六月一ぱいまでは何かと言いながら年中行事の催物が

JA
Hanya teks asli

蔦の門

岡本かの子

私の住む家の門には不思議に蔦がある。今の家もさうであるし、越して来る前の芝、白金の家もさうであつた。もつともその前の芝、今里の家と、青山南町の家とには無かつたが、その前にゐた青山隠田の家には矢張り蔦があつた。都会の西、南部、赤坂と芝とを住み歴る数回のうちに三ヶ所もそれがあるとすれば、蔦の門には余程縁のある私である。 目慣れてしまへば何ともなく、門の扉の頂より

JA
Hanya teks asli

岡本かの子

雪 岡本かの子 遅い朝日が白み初めた。 木琴入りの時計が午前七時を打つ。ヴァルコンの扉が開く。 「フランスの貴族でアメリカ女の金持と政策結婚をした始めての人間はわしだつたのさ。」 さう云ひながらボニ侯爵は軽騎兵の服を型取つた古い部屋着のまま中庭の雪へ下りて行つた。雪は深かつた。もう止んでゐた。 「それからアメリカとフランスとの間にそれが流行となつて活動女優の

JA
Hanya teks asli

岡本かの子

かの女の耳のほとりに川が一筋流れてゐる。まだ嘘をついたことのない白歯のいろのさざ波を立てゝ、かの女の耳のほとりに一筋の川が流れてゐる。星が、白梅の花を浮かせた様に、或夜はそのさざ波に落ちるのである。月が悲しげに砕けて捲かれる。或る夜はまた、もの思はしげに青みがかつた白い小石が、薄月夜の川底にずつと姿をひそめてゐるのが覗かれる。 朝の川波は蕭条たるいろだ。一夜

JA
Hanya teks asli

秋の夜がたり

岡本かの子

中年のおとうさんと、おかあさんと、二十歳前後のむすこと、むすめの旅でありました。 旅が、旅程の丁度半分程の処で宿をとつたのですがその国の都と、都から百五十里も離れた田舎との中間の或る湖畔の街の静なホテルです。 その国と云ひましたが、さあ、日本か、外国か、今か、昔かと、それを作者はどう極めませう。実は、日本でも外国でも、今でも昔でも関はないのです。この物語の真

JA
Hanya teks asli

上田秋成の晩年

岡本かの子

文化三年の春、全く孤独になつた七十三の翁、上田秋成は京都南禅寺内の元の庵居の跡に間に合せの小庵を作つて、老残の身を投げ込んだ。 孤独と云つても、このくらゐ徹底した孤独はなかつた。七年前三十八年連れ添つた妻の瑚尼と死に別れてから身内のものは一人も無かつた。友だちや門弟もすこしはあつたが、表では体裁のいいつきあひはするものの、心は許せなかつた。それさへ近来は一人

JA
Hanya teks asli

夏の夜の夢

岡本かの子

月の出の間もない夜更けである。暗さが弛んで、また宵が来たやうなうら懐かしい気持ちをさせる。歳子は落付いてはゐられない愉しい不安に誘はれて内玄関から外へ出た。 「また出かけるのかね、今夜も。――もう気持をうち切つたらどうだい。」 洋館の二階の書斎でまだ勉強してゐた兄が、歳子の足音を聞きつけて、さういつた。 窓硝子に映る電気スタンドの円いシエードが少しも動揺しな

JA
Hanya teks asli

岡本かの子

――お金が汗をかいたわ。」 河内屋の娘の浦子はさういつて松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のやうに程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇つて濡れてゐた。 浦子はこどものときにひどい脳膜炎を患つたため白痴であつた。十九にもなるのに六つ七つの年ごろの智恵しかなかつた。しかし女の発達の力が頭へ向くのをやめて肉体一方にそゝいだためか生

JA
Hanya teks asli

老主の一時期

岡本かの子

「お旦那の眼の色が、このごろめつきり鈍つて来たぞ。」 店の小僧や番頭が、主人宗右衛門のこんな陰口を囁き合ふやうになつた。宗右衛門の広大な屋敷内に、いろは番号で幾十戸前の商品倉が建て連ねてある。そのひとつひとつを数人宛でかためて居る番頭や小僧の総数は百人以上であつた。その多人数の何処か一角から起つたひとつの話題が、全体へ行き渡るまでには余程の時間がかゝる。そし

JA
Hanya teks asli

蝙蝠

岡本かの子

それはまだ、東京の町々に井戸のある時分のことであつた。 これらの井戸は多摩川から上水を木樋でひいたもので、その理由から釣瓶で鮎を汲むなどと都会の俳人の詩的な表現も生れたのであるが、鮎はゐなかつたが小鯉や鮒や金魚なら、井戸替へのとき、底水を浚ひ上げる桶の中によく発見された。これらは井の底にわく虫を食べさすために、わざと入れて置くさかなであつた。「ばけつ持つてお

JA
Hanya teks asli

過去世

岡本かの子

池は雨中の夕陽の加減で、水銀のやうに縁だけ盛り上つて光つた。池の胴を挟んでゐる杉木立と青蘆の洲とは、両脇から錆び込む腐蝕のやうに黝んで来た。 窓外のかういふ風景を背景にして、室内の食卓の世話をしてゐる女主人の姿は妖しく美しかつた。格幅のいゝ身体に豊かに着こなした明石の着物、面高で眼の大きい智的な顔も一色に紫がゝつた栗色に見えた。古墳の中の空気をゼリーで凝らし

JA
Hanya teks asli

Memories of My Maiden Years: Three Fragments

処女時代の追憶 断片三種

岡本かの子

○ 処女時代の私は、兄と非常に密接して居ました。兄に就いていろいろの思ひ出があります。十六七の時でした、何でも秋の末だと思ひます。子供のうちから歌や文章を好んで居た私を、やはり文学者として立つつもりで高等学校に居た兄が、新詩社の與謝野晶子夫人の処へつれて行つて呉れました。その頃新詩社からは今の明星の前身のやはり明星といふ大な詩歌雑誌が出て居ました。兄は私をつ

JA
DiterjemahkanDwibahasa

秋の七草に添へて

岡本かの子

秋の七草に添へて 岡本かの子 萩、刈萱、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔。  これ等の七種の草花が秋の七草と呼ばれてゐる。この七草の種類は万葉集の山上憶良の次の歌二首からいひ倣されて来たと伝へる。 秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花   萩の花尾花葛花なでしこの女郎花また藤袴朝顔の花 朝顔が秋草の中に数へられると言へば、私達にとつて一寸意外な気がする

JA
Hanya teks asli

小学生のとき与へられた教訓

岡本かの子

小学生のとき与へられた教訓 岡本かの子 或る晴れた秋の日、尋常科の三年生であつた私は学校の運動場に高く立つてゐる校旗棒を両手で握つて身をそらし、頭を後へ下げて、丁度逆立したやうになつて空を眺めてみた。すると青空が自分の眼の下に在るやうに見え、まるで、海を覗いてゐる気がした。ところどころに浮んでゐる白雲を海上の泡とも思ふのであつた。面白い事は鳥が逆さになつて飛

JA
Hanya teks asli

或る男の恋文書式

岡本かの子

お別れしてから、あの煙草屋の角のポストの処まで、無我夢中で私が走つたのを御存じですか。あれはあなたにお別れしたくない心が、一種の反動作用を、私の行為の上に現はしましたの。それから私、走りながらも夢中の夢のやうに考へましたことは私がもし一寸でもふりかへつたら私はまたあなたの方へ……いえつひにあなたへ走りかへつて、永遠にあなたから離れられない、あの月夜の、月の雫

JA
Hanya teks asli

小町の芍薬

岡本かの子

根はかち/\の石のやうに朽ち固つてゐながら幹からは新枝を出し、食べたいやうな柔かい切れ込みのある葉は萌黄色のへりにうす紅をさしてゐた。 枝さきに一ぱいに蕾をつけてゐる中に、半開から八分咲きの輪も混つてゐた。その花は媚びた唇のやうな紫がかつた赤い色をしてゐた。一歩誤れば嫉妬の赤黒い血に溶け滴りさうな濃艶なところで危く八重咲きの乱れ咲きに咲き止まつてゐた。 牡丹

JA
Hanya teks asli

私の書に就ての追憶

岡本かの子

私の書に就ての追憶 岡本かの子 東京の西郊に私の実家が在つた。母屋の東側の庭にある大銀杏の根方を飛石づたひに廻つて行くと私の居室である。四畳半の茶室風の間が二つ連なつて、一つには私の養育母がゐた。彼女はもう五十を越してゐたが、宮仕へをした女だけあつて挙措が折目正しく、また相当なインテリでもあつて、日本古典の書物の外に、漢詩とか、支那の歴史ものを読んでゐた。字

JA
Hanya teks asli

女性と庭

岡本かの子

女性と庭 女性と庭 岡本かの子 出入りの植木屋さんが廻つて来て、手が明いてますから仕事をさして欲しいと言ふ。頼む。自分の方の手都合によつて随時仕事が需められる。職業ではのん気な方の職業でもあり、また、エキスパートの強味でもある。手入れ時と見え、まづ松の梢の葉が整理される。 松の花の出の用意でもある。松の花といふもの花らしくもなく、さればとて芽の軸ばかりでもな

JA
Hanya teks asli