Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

14,981종 중 3,216종 표시

中国怪奇小説集 01 凡例

岡本綺堂

一、この一巻は六朝・唐・五代・宋・金・元・明・清の小説筆記の類から二百二十種の怪奇談を抄出した。敢て多しというではないが、これに因って支那のいわゆる「志怪の書」の大略は察知し得られると思う。一、この一巻を成したのは、単に編者の猟奇趣味ばかりでない。編者の微意は本文中の「開会の辞」に悉されているから、ここに重ねて言わない。一、訳筆は努めて意訳を避けて、原文に忠

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死せる魂 01 または チチコフの遍歴 第一部 第一分冊

ゴーゴリニコライ

県庁所在地のNNという市の或る旅館の門へ、弾機つきのかなり綺麗な小型の半蓋馬車が乗りこんで来た。それは退職の陸軍中佐か二等大尉、乃至は百人ぐらいの農奴を持っている地主といった、まあ一口に言えば、中流どころの紳士と呼ばれるような独身者がよく乗りまわしている型の馬車で。それには紳士がひとり乗っていたが、それは別に好男子でもないかわりに醜男でもなく、肥りすぎてもい

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丹下左膳 01 乾雲坤竜の巻

林不忘

しずかに更けてゆく秋の夜。 風が出たらしく、しめきった雨戸に時々カサ! と音がするのは庭の柿の病葉が散りかかるのであろう。その風が隙間を洩れて、行燈の灯をあおるたびに、壁の二つの人影が大入道のようにゆらゆらと揺ぐ――。 江戸は根津権現の裏、俗に曙の里といわれるところに、神変夢想流の町道場を開いている小野塚鉄斎、いま奥の書院に端坐して、抜き放った一刀の刀身にあ

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神曲 01 地獄

ダンテアリギエリ

第一曲 われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き林のなかにありき 一―三 あゝ荒れあらびわけ入りがたきこの林のさま語ることいかに難いかな、恐れを追思にあらたにし 四―六 いたみをあたふること死に劣らじ、されどわがかしこに享けし幸をあげつらはんため、わがかしこにみし凡ての事を語らん 七―九 われ何によりてかしこに入りしや、善く説きがたし、眞の路を棄てし

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大菩薩峠 01 甲源一刀流の巻

中里介山

この小説「大菩薩峠」全篇の主意とする処は、人間界の諸相を曲尽して、大乗遊戯の境に参入するカルマ曼陀羅の面影を大凡下の筆にうつし見んとするにあり。この着想前古に無きものなれば、その画面絶後の輪郭を要すること是非無かるべきなり。読者、一染の好憎に執し給うこと勿れ。至嘱。著者謹言 一 大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐国東山梨郡萩原村に入って、その最

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家 01 (上)

島崎藤村

橋本の家の台所では昼飯の仕度に忙しかった。平素ですら男の奉公人だけでも、大番頭から小僧まで入れて、都合六人のものが口を預けている。そこへ東京からの客がある。家族を合せると、十三人の食う物は作らねばならぬ。三度々々この仕度をするのは、主婦のお種に取って、一仕事であった。とはいえ、こういう生活に慣れて来たお種は、娘や下婢を相手にして、まめまめしく働いた。 炉辺は

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Before the Dawn 01: Part One, Upper Volume

夜明け前 01 第一部上

島崎藤村

木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。 東ざかいの桜沢から、西の十曲峠まで、木曾十一宿はこの街道に添うて、二十二里余にわたる長い谿谷の間に散在していた。道路の位置も幾たびか改まったもので、古道はい

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半七捕物帳 01 お文の魂

岡本綺堂

わたしの叔父は江戸の末期に生まれたので、その時代に最も多く行なわれた化け物屋敷の不入の間や、嫉み深い女の生霊や、執念深い男の死霊や、そうしたたぐいの陰惨な幽怪な伝説をたくさんに知っていた。しかも叔父は「武士たるものが妖怪などを信ずべきものでない」という武士的教育の感化から、一切これを否認しようと努めていたらしい。その気風は明治以後になっても失せなかった。わた

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泡鳴五部作 01 発展

岩野泡鳴

麻布の我善坊にある田村と云ふ下宿屋で、二十年來物堅いので近所の信用を得てゐた主人が近頃病死して、その息子義雄の代になつた。 義雄は繼母の爲めに眞の父とも折合が惡いので、元から別に一家を構へてゐた。且、實行刹那主義の哲理を主張して段々文學界に名を知られて來たのであるから、面倒臭い下宿屋などの主人になるのはいやであつた。 が、渠が嫌つてゐたのは、父の家ばかりでは

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半七捕物帳 01 お文の魂

岡本綺堂

一 わたしの叔父は江戸の末期に生れたので、その時代に最も多く行はれた化物屋敷の不入の間や、嫉み深い女の生靈や、執念深い男の死靈や、さうしたたぐひの陰慘な幽怪な傳説を澤山に知つてゐた。しかも叔父は「武士たるものが妖怪などを信ずべきものでない。」といふ武士的教育の感化から、一切これを否認しようと努めてゐたらしい。その氣風は明治以後になつても失せなかつた。わたし達

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あし

新美南吉

あし 新美南吉 二ひきの馬が、まどのところでぐうるぐうるとひるねをしていました。 すると、すずしい風がでてきたので、一ぴきがくしゃめをしてめをさましました。 ところが、あとあしがいっぽんしびれていたので、よろよろとよろけてしまいました。 「おやおや。」 そのあしに力をいれようとしても、さっぱりはいりません。 そこでともだちの馬をゆりおこしました。 「たいへん

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いぼ

新美南吉

いぼ 新美南吉 一 にいさんの松吉と、弟の杉作と、年もひとつちがいでしたが、たいへんよくにていました。おでこの頭が顔のわりに大きく、わらうと、ひたいにさるのようにしわがよるところ、走るとき、両方の手をひらいてしまうところも同じでした。 「ふたり、ちっとも、ちがわないね。」 と、よく人がいいました。そうすると、にいさんの松吉が、口をとがらして、虫くい歯のかけた

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かき

チェーホフアントン

小雨もよいの、ある秋の夕暮れだった。(ぼくは、あのときのことをはっきりおぼえている。) ぼくは、父につれられて、人の行き来のはげしい、モスクワの、とある大通りにたたずんでいるうちに、なんだかだんだん妙に、気分がわるくなってきた。べつにどこも痛まないくせに、へんに足ががくがくして、言葉がのどもとにつかえ、頭がぐったり横にかたむく。……このぶんだと、今にもぶった

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かめ

濤音

まがどりのやうな冠船が翼をひろげて 那覇港内にしやんで居るうちは 薩摩の殿にはあへまいわなあ。 凛々しい殿のかみしも姿が眼の前に まざまざと浮んでくるやうな。― 殿はいま露つぽい美里間切を深編笠のしのびあるき。 あゝなさけない世となつた。 ついあけがたまでなつかしい殿御と 添寝の夢の名残は室の隅にも残れど。 うらめしい開門鐘に空が白むと むつくり起きあかりて

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がん

小川未明

若いがんたちが、狭い池の中で、魚をあさっては争っているのを見て、年とったがんが歎息をしました。 「なぜ、こんなところに、いつまでもいるのだろうか。」 これを聞いた、りこうそうな一羽の若いがんが答えて、 「おじいさん、どこへゆけば、私たちは幸福に暮らされるというのですか。この池へおちつくまで、私たちはどんなに方々の沼や、潟を探索したかしれません。けれど、どこに

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こま

小川未明

赤地の原っぱで、三ちゃんや、徳ちゃんや、勇ちゃんたちが、輪になって、べいごまをまわしていました。 赤々とした、秋の日が、草木を照らしています。風が吹くと、草の葉先が光って、止まっているキチキチばったが驚いて、飛行機のように、飛び立ち、こちらのくさむらから、あちらのくさむらへと姿を隠したのでした。 けれど、一同は、そんなことに気を止めるものもありません。熱心に

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なぞ

グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール

むかし、あるところに、ひとりの王子がおりました。王子は世のなかを歩きまわってみたくなりましたので、忠義な家来をひとりだけつれてでかけました。 ある日のこと、王子は、とある森のなかにはいりこみました。そのうちに、日がくれてきました。けれども、まだ宿屋が見つかりません。それで王子は、今夜はどこで夜をあかしたものだろうかと、とほうにくれてしまいました。 と、そのと

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ねこ

北村兼子

新秋の氣もちいゝ風が簾を透して吹く、それが呼吸氣管に吸ひ込まれて、酸素が血になり、動脈が調子よく搏つ………その氣が味はへない。 澄んだ空の月を寢ながら眺める、人いきれから逃れた郊外の樂みは、こゝに止めを刺す……それが觀られない。 空氣も流通しないほど、ピシヤリと障子を建てゝ蒸されてゐる、息がつまる。 それは猫のため、兒猫のため、五寸にたらぬ小さな猫一匹で、五

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ねこ

小川未明

黒ねこは、家の人たちが、遠方へ引っ越していくときに、捨てていってしまったので、その日から寝るところもなければ、また、朝晩食べ物をもらうこともできませんでした。しかたなく、昼間はあちらのごみ箱をあさり、こちらのお勝手口をのぞき、夜になると、知らぬ家のひさしの下や、物置小舎のようなところにうずくまって、眠ったのであります。 こうなると、いままでかわいがってくれた

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るい

牧野信一

竹藪の蔭の井戸端に木蓮とコヾメ桜の老樹が枝を張り、野天風呂の火が、風呂番の娘の横顔を照してゐた。もう余程古いことであり、村の名前さへ稍朧ろ気であるが、私は不思議とその娘の名がるいといふのであつたと憶えてゐる。その時私は採集旅行の途中で大きな沼のあるその村への櫟林で大ムラサキ蝶を追ひかけるうちに可成りの断崖から滑つて脚を痛め、十日ちかくもその宿に滞留してゐたら

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カン

長谷川伸

俳句をむかし少し許りやったことがあるのに、いまだに私は俳句がわからない。作家生活にはいってからはますます距離を感じた。そのくせ、さすがの私といえども、或る場合には俳句とその俳句の成る事情とが、戯曲とか小説とかで、到底企て及ばない光景を描いているのに頭をさげることが、時どきある。 紅葉山人の『煙霞療養』を読んで、判ったつもりでいたことが、実際に越佐地方をまわっ

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あけび

片山広子

あけび 片山廣子 隣家の庭に初めてあけびが生つたからと沢山わけていただいた。私といつしよに暮してゐる山形生れのHは、かねてからあけびは実よりも皮の方がおいしい、皮を四五日かげぼしにしてから細かくきざんで油でいためたのを醤油でゆつくり煮しめて食べるのだといふことをしきりに言つてゐたから、すぐにその料理を作つてもらつた。じつに珍味であつた。ほろにがく、甘く、やは

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うつす

中井正一

うつす 中井正一 インドの王様が――たいていの物語はこれで始まる――二人の画家に壁画を描かしめた。その壁は相面した二つの巌壁である。ようやく期日が迫るにあたって、一人の画家は彩色美しく極楽の壮厳を描きあげていった。しかるに他の一人の画家はいっこう筆を取らない。ただ巌壁を磨いて絵の下地をのみ造っている。ついにかくして、その日はきた。王様は大きな期待をもって巌壁

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