イーリアス 02 例言
土井晩翠
「イーリアス」とは「イーリオン(トロイエー即ちトロイア)の詩」といふ意味である。本詩の歌ふところは、アカイア(ギリシヤ)軍勢が十年に亙つて、小亞細亞のトロイアを攻圍した際起つた事件中の若干部分である。是より先、トロイア王プリアモスの子パリス(一名アレクサンドロス)が、スパルタ國王メネラーオスの客として歡待された折、主公の厚情を裏切つて、絶世の美人、王妃ヘレネ
Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik
土井晩翠
「イーリアス」とは「イーリオン(トロイエー即ちトロイア)の詩」といふ意味である。本詩の歌ふところは、アカイア(ギリシヤ)軍勢が十年に亙つて、小亞細亞のトロイアを攻圍した際起つた事件中の若干部分である。是より先、トロイア王プリアモスの子パリス(一名アレクサンドロス)が、スパルタ國王メネラーオスの客として歡待された折、主公の厚情を裏切つて、絶世の美人、王妃ヘレネ
豊島与志雄
「レ・ミゼラブル」の翻訳を私が仕上げたのは、ずいぶん以前のことである。年少菲才の身をもって事にあたったので、意に満たぬ点が多々あった。しかるに今度改訂の機会を得て、旧稿に手を入れてみた。 翻訳の仕事の難事であることは言うまでもない。ことに、自由奔放にペンを走らしたと思える「レ・ミゼラブル」のような浩瀚なものについては、種々の困難が伴なうものである。だが私とし
豊島与志雄
「ジャン・クリストフ」は、初めカイエ・ド・ラ・キャンゼーヌ中の十七冊として発表され、次で十冊の書物として刊行されていたが、一九二一年に、改訂版四冊として再刊された。そのさい作者は、この長編の全部にわたって、至るところに多少改竄の筆を加えている。自作を疎かにしない作者の気質がそこに見らるるとともに、また、この作品が作者にとっていかにも親愛なものだったことが察せ
久生十蘭
一 雲ひとつない紺碧の空。 波のようにゆるく起伏する大雪原を縁取りした、明るい白樺の疎林や、蒼黝い針葉樹の列が、銀色の雪の上にクッキリと濃紫の影をおとし、岳樺の枝に氷雪がからみついて降誕祭の塔菓子のようにもっさりともりあがり、氷暈に包まれてキラキラと五彩にきらめきわたっている。 「ヤッホー」 「ヤッホーホー」 志賀高原の朝日山のスロープの裾で、花束をふりまい
宍戸儀一
この作品を書いたマリー・ウォルストンクラフト・シェリー(Mary Wallstoncraft Shelley)は、一七九七年に生れた。生れて数日のうちに母が亡くなったが、この母こそ、女権論者として有名な『婦人の権利の擁護』の著者マリー・ウォルストンクラフト・ゴドウィンで、イギリス無政府主義理論の開祖といわれるウィリアム・ゴドウィンの妻であった。母を失ったマリ
久生十蘭
一 風がまだ冷たいが、もう、すっかり春の気候で、湖水は青い空をうつして、ゆったりとくつろいでいる。 キャラコさんは、むずかしい顔をして、遊覧船の桟橋で、釣りをするのを眺めている。すこしばかり機嫌が悪いのである。 キャラコさんは、半月ほど前から、蘆の湖の近くの小さな温泉宿で、何ともつかぬとりとめのない日を送っている。本を読むか、日記をつけるか、散歩をするか、こ
久生十蘭
一 キャラコさんは、ひろい茅原のなかに点綴するアメリカ村の赤瓦を眺めながら、精進湖までつづく坦々たるドライヴ・ウェイをゆっくりと歩いていた。山中湖畔のホテルに、従兄の秋作氏の親友の立上氏が来ていて、これからのキャラコさんの旅行の方針について、いろいろと相談にのってくれるはずだった。 籠坂峠へかかろうとするころ、とつぜん、重い足音がうしろに迫ってきて、四人の男
久生十蘭
一 「兄さん、あたしは、困ったことになりはしないかと思うんですがね。ピエールは、きのうも、あのお嬢さんと二人っきりで話していましたよ」 海風でしめった甲板の上を大股で歩きながら、エステル夫人が、男のようなしっかりした声で、こういう。薄い靄のなかで、朝日がのぼりかけようとしている。 「あたしも、あのお嬢さんのいいところは認めます。でも、あなたのこういうやり方に
久生十蘭
しばらくね、というかわりに、左手を気取ったようすで頬にあて、微笑しながら、黙って立っている。 玄関で緋娑子さんを見たとき、キャラコさんは、思わず、 「おや!」 と、眼を見はった。 わずか一年ばかり逢わずにいるうちに、すっかり垢抜けがしてまるで別なひとのようだった。 がむしゃらで、野蛮で、喧嘩早くて、頬や襟あしに生毛をモジャモジャさせながら、元気いっぱいに、し
久生十蘭
一 まだ十時ごろなので、水がきれいで、明るい海底の白い砂に波の動きがはっきり映る。その白い幻灯のなかで、小指の先ぐらいの小さな魚がピッピッとすばやく泳ぎ廻っている。 硝子細工のような透明な芝蝦の子。気取り屋の巻貝。ゼンマイ仕掛けのやどかり。……波のうねりが来るたびに、みんないっしょくたになって、ゆらゆらと伸びたり縮んだりする。 「わァい、やって来たぞォ」 「
久生十蘭
一 ……それは、三十四五の、たいへんおおまかな感じの夫人で、大きな蘭の花の模様のついたタフタを和服に仕立て、黄土色の無地の帯を胸さがりにしめているといったふうなかたです。 勇夫兄さまは、あれは、黄疸色というんだよ、と悪口をいいましたが、あたしは、賛成しませんでした。 眼も、鼻も、口も、りっぱで、大きくて、ゴヤの絵にある西班牙の踊り子のような顔をしています。皓
久生十蘭
一 市ヶ谷加賀町から砂土原町のほうへおりる左内坂の途中に、木造建ての小さな骨董店がある。 西洋美術骨董、と読ませるつもりなのだろう、はげちょろになった白ペンキ塗りの看板に、"FOREIGN ART OBJECTS" と書いてある。 一間ほどの飾窓のついた、妙に閉め込んだ構えの、苔の生えたような家だった。人が出入りするのを見かけたこともなく、いつ覗いても、店の
久生十蘭
一 秋が深くなって、朝晩、公園に白い霧がおりるようになった。 低く垂れさがった灰色の空から、眼にみえないような小雨がおちてきて、いつの間にかしっとりと地面を濡らしている。樹々の幹も、灌木も、草も、みな、くすんだ煤黝色になり、小径の奥の瓦斯灯が、霧のなかで蒼白い舌を吐いている。 風の吹いたあくるあさは、この小さな公園はすっかり落葉で埋まってしまう。桐や、アカシ
久生十蘭
一 麻布竜土町の沼間家の広い客間に、その夜、大勢のひとが集まっていた。温室の中のカトレヤの花のような、眼の覚めるような若いお嬢さんが六人ばかり、部屋の隅の天鵞絨の長椅子に目白押しになって、賑やかな笑い声をあげている。 そこへ、つい今しがた来たばかりの一人が無理に割り込もうとしたので、押しかえすやら、こねかえすやら、それこそ花園に嵐が吹き通ったような騒ぎになる
豊島与志雄
訳者 改訳の筆を擱くに当たって、私は最初読者になした約束を果たさなければならない。すなわち、ロマン・ローラン全集版の「ジャン・クリストフ」についている作者の緒言の翻訳である。 この全集決定版は、私が改訳に使用した改訂版とは、一冊につき数か所、文意に関係ない程度において、字句の微細な差異がある。しかしそれはおもに文章上のことであって、またあるところなどは、改訂
鶴岡雄二
〈ヤンガー・ガール〉 ラヴィン・スプーンフル 「じぶんで集合かけた奴が、なんだって、遅刻するんだよ」 ヴィデオコーダーを運んだのは、三〇分もまえのことなのに、まだ手のふるえがおさまらないのに腹を立て、慶一は口をとがらせながらワラにいった。 「知りませんよ」 一〇三のヴェランダにおいたモニターの垂直同期を調整しながら、そうこたえたワラは、怒っていないどころか、
中原中也
58号の電車で女郎買に行つた男が 梅毒になつた 彼は12の如き沈黙の男であつたに 腕 々 々 交通巡査には煩悶はないのか 自殺せぬ自殺の体験者は 障子に手を突込んで裏側からみてゐました アカデミッシャンは予想の把持者なのに…… 今日天からウヅラ豆が 畠の上に落ちてゐました ●図書カード
ボードレールシャルル・ピエール
人生は一つの病院である。そこに居る患者はみんな寝台を換へようと夢中になつてゐる。或るものはどうせ苦しむにしても、せめて煖爐の側でと思つてゐる。また或るものは窓際へ行けばきつとよくなると信じてゐる。 私はどこか他の処へ行つたらいつも幸福でゐられさうな気がする。この転居の問題こそ、私が年中自分の魂と談し合つて居る問題の一つなのである。 「ねえ、私の魂さん、可哀さ
富永太郎
Kiosque au Rimbaud “Marila” la main, Le ciel est beau, Eh ! tout le sang est Pain.
新美南吉
It was a cold winter morning in the forest. A little fox, who lived alone with his mother, walked out of the hole that was their home. “Ow!” cried he, holding his eyes and tumbling
堀辰雄
夕暮である。僕はフランス波止場をぶらりぶらりと歩いてゐる。しやれた煉瓦建てがある。何だらうと思つて、近づいて見ると、中にはほとんど人氣がない。入口のところにも、何も書いてない。そしてただ NO*といふ番號が、何かを暗示するやうに、出てゐるきりだ。そんな建物と建物との間に、大きな空地があつたりする。生ひ茂つた雜草が FOR SALE といふ立札をほとんど見えな
富永太郎
立ち去つた私のマリアの記念にと 友と二人アプサントを飲んだ帰るさ 星空の下をよろめいて、 互の肩につかまりあつた。 ――もうあの女に会へないと決まつたときは 泣いたせゐで、俺は結膜炎に罹つたつけ。 ――さうさう、すると、眼を泣き潰したといふ昔話も まんざら嘘ぢやないかもしれない。 さるいかめしい黒塀の角を曲がつたとき 球をつくキユーの花やいだ響きに 見上げる
佐藤緑葉
いらだたしき一夜、 群集と巡査とは睨みあい、 街燈の瓦斯の灯も常より青し。 窓硝子のやぶるる音に、 喜びて叫ぶ声、恐ろしき鬨の声、 馳せちがう民衆と警官の剣鞘のおと。 哀れにも暴君のくるしむ姿、 われもまた群集ともろ共に手を打って 幾度か「バンザイ」を叫ばんとせしが、されど…… かの家にはわが椅子あり、 わがペンもあり、 かかる時なお忘れえざるわがパンの家。
谷崎潤一郎
○ 東京座の一と幕見が非常な大入で、場内へギツシリ詰まつた黒山のやうな見物人の波をウムと力んで背中で堰き止めながら、前列に居る私は、一生懸命鉄棒に掴まつて居た。鉄棒はざらざらに錆びて居て、人いきれの為めに熱く火照つた私の頬へ、ひいやりと触れて居るのが、大変好い心持ちである。さう思ひながら、私はぢツと顔を舞台の方へ向けて居る。あまり後ろから押し付けられる息苦し