Vol. 2May 2026

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伊吹山の句について

寺田寅彦

伊吹山の句について 寺田寅彦 昨年三月の「潮音」に出ている芭蕉俳句研究第二十四回の筆記中に 千川亭 おりおりに伊吹を見てや冬ごもり という句について、この山の地勢や気象状態などが問題になっていて、それについていろいろ立ち入った研究があったようである。私もこの問題については自分の専門の学問のほうからも特別の興味を感じたので、それについての私の考えを、その後小宮

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伊太利亜の古陶

宮本百合子

晩餐が終り、程よい時が経つと当夜の主人である高畠子爵は、 「どれ――」 と云いながら客夫妻、夫人を見廻し徐ろに椅子をずらした。 「書斎へでもおいで願いますかな」 「どうぞ……」 卓子の彼方の端から、古風な灰色の装で蝋のような顔立ちの夫人が軽く一同に会釈した。 「お飲物は彼方にさしあげるように申しつけてございますから……」 「じゃあいかがです日下部さん――日本

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伊良湖岬

田山花袋

豊橋から田原に行く間は、さう大してすぐれたところもなかつたけれども――馬上に氷る影法師と芭蕉が詠んだあまつ縄手が長くつゞいてゐるばかりであつたけれども、田原が近くなると、江山の姿が次第に凡でなくなつて来た。そこには比較的高い山が海に突出して聳えてゐて、豊橋から通つて来るペンキ塗の青い白い小さな汽船のその下を縫つて通つて行くのが、さながら印象派の絵を見るやうに

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伊豆伊東

木下杢太郎

伊豆の東海岸は伊太利亜のソレントオやアマルフイイの一帯と景色が好く似てゐます。断崖の下に少しばかりの渚があり、それにさざなみが打ち寄せ打ち返すさまなどは、アトラアニなどがさうでした。そういへばソレントオは熱海、ポジタノは舞鶴、またズオの煙は大島の御神火に相応します。たゞ西洋は建物ががつしりとしてゐて、殊に伊太利亜では谷の低地よりも山頂、山腹に家を建てならべる

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伊豆の伊東へ

今野大力

地図を見ればここは伊豆 伊豆の温泉、伊東の町 熱海より五里余 汽車もなければ そびえ立つ岩肌を穿ち堀りけずり 辛くも自動車の往来する これこそ羊腸の道 怪異の岩礁出でて 緑の松腰を折れば そこは眺望絶佳といわれて ラムネ、レモンを売る 腰掛茶屋も並びあり 異人の女一人遠き伊豆の山肌を写しており 伊豆の山の美しさは われをして故郷にある貧しけれど情みつる 母の

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伊豆の国にて

平林初之輔

□ 文壇の人にあうと探偵小説をすいている者が多いようである。『新青年』四月号のマイクロフォンを見てもその一班が知れる。ところが探偵小説の作者や翻訳者の中には、探偵小説にあきたりない感じをもっている人が少なくとも少しはある。江戸川乱歩氏はときどきそういう口吻を洩らす。延原謙氏も探偵小説でないものが翻訳してみたいというような口吻を洩らしたことがある。少なくも短銃

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伊豆の旅

島崎藤村

汽車は大仁へ着いた。修善寺通ひの馬車はそこに旅人を待受けて居た。停車場を出ると、吾儕四人は直に馬車屋に附纏はれた。其日は朝から汽車に乘りつゞけて、最早乘物に倦んで居たし、それに旅のはじめで、伊豆の土を踏むといふことがめづらしく思はれた。吾儕は互に用意して來た金でもつて、來出るだけ斯の旅を樂みたいと思つた。K君、A君、M君、揃つて出掛けた。私は煙草の看板の懸け

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伊賀、伊勢路

近松秋江

伊賀、伊勢路 近松秋江 私には、また旅を空想し、室内旅行をする季節となつた。東京の秋景色は荒寥としてゐて眼に纏りがない。さればとて帝劇、歌舞伎さては文展などにさまで心を惹かるゝにもあらず、旅なるかな、旅なるかな。芭蕉も 憂きわれを淋しがらせよ閑古鳥 といひ、また 旅人と我名呼ばれん初しぐれ ともいつたが、旅にさすらうて、折にふれつゝ人の世の寂しさ、哀れさ、ま

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伊賀国

近松秋江

伊賀國 近松秋江 伊賀國は小國であるけれども、この國に入るには何方からゆくにも相應に深い山を踰えねばならぬ。自分はいつも汽車の中に安坐しながら、此の國を通過するのであるが、西から木津川の溪谷を溯つて來るのもいゝし、東から鈴鹿山脈を横斷して南畫めいた溪山の間を入つて來るのも興が饒い。況んや俳聖芭蕉の生地である。吾々日本人の自然觀、人生觀乃至それ等の風物に對する

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伊賀山精三君に

岸田国士

伊賀山精三君に 岸田國士 十二月号の本誌(「劇作」)に掲載された君の力作『唯ひとりの人』を、たつた今読み了りました。 佳作だと思ひます。これまでの君は、ここで見違へるほど成長してゐました。「大きくなつたね」と云ひたいところです。君が昨日まで如何にも得意らしく冠つてゐた「赤い帽子」を、いつの間にか投げすてて、静かに椅子の上で「坐禅を組んで」ゐる姿は、誠に頼もし

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伊賀山精三君の『騒音』

岸田国士

伊賀山精三君の『騒音』 岸田國士 伊賀山君の『騒音』を、最初読んで聞かされた時、僕は、いきなり、たうとう伊賀山君も、作家らしい作家になつたといふ気がし、この戯曲のもつ「真実性」が、単なる見せかけのものでないことを信じたのである。 写実主義も、ここまで生活と心理とを追ひつめれば、はじめて、一種の厳粛さを感じさせる。また一方、これだけでは「舞台的」になんとなく物

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伊那紀行

今井邦子

此度の信州旅行は、伊那の高遠町の名高い小彼岸櫻を見る事と、天龍峽の芽吹きの若葉を見たい爲であつたが、高遠町の方には更に永年心にかけてゐた老女繪島の遠流の事蹟をしらべたい私の念願が果されて、はからずも伊那の友人によつて、彼の地に繪島の研究者があり、その人に紹介の勞をとつてもらふ事が出來る事になつた大きな目的を持つてゐたのである。 五月一日の朝、私は郷里下諏訪町

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伊香保

寺田寅彦

伊香保 寺田寅彦 二三年前の夏、未だ見たことのない伊香保榛名を見物の目的で出掛けたことがある。ところが、上野驛の改札口を這入つてから、ふとチヨツキのかくしへ手をやると、旅費の全部を入れた革財布がなくなつてゐた。改札口の混雜に紛れて何處かの「街の紳士」の手すさみに拔取られたものらしい。もう二度と出直す勇氣がなくなつてそれつきりそのまゝになつてしまつた。財布を取

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伊香保土産

島崎藤村

伊香保土産 島崎藤村 にはかに思ひ立つて伊香保まで出掛けた。日頃わたしは避暑の旅に出たこともなく、夏は殆んど東京の町中に暮してゐるが、そのかはり春蚕、秋蚕の後の骨休めを心掛ける農家の人達のやうに、自分の仕事の合間を見てはちよい/\小さな旅に出掛ける。わたしの足はよく湘南地方へ向く。湯河原あたりへはよく二三日の保養に出掛けて、あの温泉地で長い仕事の疲れを忘れて

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ヒウザン会とパンの会

高村光太郎

ヒウザン会とパンの会 高村光太郎 私が永年の欧洲留学を終えて帰朝したのは、たしか一九一〇年であった。 当時、わが洋画界は白馬会の全盛時代であって、白馬会に非ざるものは人に非ずの概があった。しかし、旧套墨守のそうしたアカデミックな風潮に対抗して、当時徐々に新気運は動きつつあった。その頃、有島生馬、南薫造の諸氏も欧洲から帰朝したばかりで烈々たる革新の意気に燃えて

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パンの会の回想

木下杢太郎

パンの会の回想 木下杢太郎 北原君。折角の御頼みだが、僕は十数年来の日記帳手帳の大半を東京の震災で失つたからパンの会の詳しいことはいま確実に思ひ出すことが出来なくなつた。それでも丁度明治四十二年と、四十三年との日記が残つてゐたから、そのうちに記されてゐる分だけを拾ひ出して見よう、尤も日記もあまりていねいには附けてないから脱けてゐるところが多い。 四五年前まで

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会話一片

牧野信一

(Aは友Bは私) A「潤一郎の卍といふのを読んでゐる?」 B「面白さうだ、が余り短いので読まないよ。彼のものは長いのを一時に読むのが愉快だ。本になつたら読む。」 A「僕は大概始めから続けて読んでゐるが相変らず面白いよ。」 B「さう云へば君、菊池寛の半自叙伝は素的に面白いよ。今月だつてたつた二頁しか出てゐないが、これは僕は、毎月何んなに短くても屹度読んでゐる。

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ジェンナー伝

小酒井不木

いまからおよそ百五十年前のことです。英国南部のバスという市で、ある夜盛大な晩餐会が開かれました。 集まったものは、政治家、実業家、医師、軍人など数十人、いわゆるその市およびその付近で、名をあげている人ばかりでありました。当時まだ電燈は発明されておりませんでしたから、いく本かの美しい装飾をほどこした銀色の燭台が、テーブルの上に立て並べられ、皎々たる光のもとにい

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ネルソン伝に序す

内村鑑三

ネルソン伝に序す 内村鑑三 天の命ありて英国始めて、 青海原より立し時、 其特職なればとて、 守護の神はたゝへて曰く、 不烈巓国よ波に覇たれ、 不烈巓人は奴隷ならじ。 是れ英人の理想を謳ひしもの、而して提督ネルソンは最も善く此理想を代表せし人なり、彼はシヱクスピヤの如き宇宙的人物にあらず、彼にクロムウエルの如き深遠なる宗教的観念ありしを見ず、彼は忠実なる英国

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『さびし』の伝統

斎藤茂吉

短歌には形式上の約束があるために、新らしい言葉がなかなか入り難い。入れようとすると無理が出来て、その企の放棄せられることは、常に実作者のあひだに行はれてゐる事柄である。若しこれが約束に対して放肆になれば破調の歌となり自由律の歌になつてしまふのであるが、自由律を唱へる人々と雖、ときどき定型のやうなものを作つて見て、故郷を偲ぶごとき面持をしてゐる。 さういふ風で

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伝統の無産者

坂口安吾

伝統の無産者 坂口安吾 フランスは巴里の保存のために祖国の運命を賭けたといふ。これは多分この大戦の伝説の一つであらうけれども、戦争近しといふ声をきくやルーヴル博物館の美術品を真つ先に隠匿した彼等は、伝統の遺産を受継ぐことは知つてゐたが、伝統を生む者が又彼等自身でもあることを知らなかつた。 ヨーロッパに比べれば我々の文化の伝統はかなり劣つてゐる。源氏物語もある

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伝統と進取

九鬼周造

伝統と進取 九鬼周造 ひたすらに伝統の匂いをかいで足れりとする者であるかのような非難を私は近頃うけた。これは馬鹿げた非難だと一口でいってしまえばそれまでのことであるが、また考えようによってはいい機会でもあるから、果してこの非難が当っているかどうかを、私は出来るだけ客観的に自分について調べてみたいと思う。 この非難は二つの事項を含んでいる。ひたすら伝統の匂いを

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ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記

宮沢賢治

ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記 宮沢賢治 一、ペンネンネンネンネン・ネネムの独立 〔冒頭原稿数枚焼失〕のでした。実際、東のそらは、お「キレ」さまの出る前に、琥珀色のビールで一杯になるのでした。ところが、そのまま夏になりましたが、ばけものたちはみんな騒ぎはじめました。 そのわけ〔十七字不明〕ばけもの麦も一向みのらず、大〔六字不明〕が咲いただけで一つぶも実に

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グスコーブドリの伝記

宮沢賢治

グスコーブドリは、イーハトーヴの大きな森のなかに生まれました。おとうさんは、グスコーナドリという名高い木こりで、どんな大きな木でも、まるで赤ん坊を寝かしつけるようにわけなく切ってしまう人でした。 ブドリにはネリという妹があって、二人は毎日森で遊びました。ごしっごしっとおとうさんの木を挽く音が、やっと聞こえるくらいな遠くへも行きました。二人はそこで木いちごの実

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