Vol. 2May 2026

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14,981종 중 4,824종 표시

兵馬倥偬の人

塚原渋柿園

私は舊幕府の家來で、十七の時に京都二條の城(今の離宮)の定番といふものになつて行つた。江戸を立つたのが、元治元年の九月で、例の蛤御門の戰のあつてから二個月後の事である。一體私は親子の縁が薄かつたと見えて、その十七の時に兩親に別れてからは、片親と一緒に居る時はあつたが、兩親と一緒に居ることは殆んどなかつた。誠に私が非常な窮迫の折に死んだ母親の事などを考へると、

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其中日記 01 (一)

種田山頭火

九月廿一日 庵居第一日(昨日から今日へかけて)。 朝夕、山村の閑静満喫。 虫、虫、月、月、柿、柿、曼珠沙華、々々々々。 ・移つてきてお彼岸花の花ざかり □ ・蠅も移つてきてゐる 近隣の井本老人来庵、四方山話一時間あまり、ついで神保夫妻来庵、子供を連れて(此家此地の持主)。 ――矢足の矢は八が真 大タブ樹 大垂松 松月庵跡―― 樹明兄も来庵、藁灰をこしらへて下

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其中日記 02 (二)

種田山頭火

其中日記は山頭火が山頭火によびかける言葉である。 日記は自画像である、描かれた日記が自画像で、書かれた自画像が日記である。 日記は人間的記録として、最初の文字から最後の文字まで、肉のペンに血のインキをふくませて認められなければならない、そしてその人の生活様式を通じて、その人の生活感情がそのまゝまざ/\と写し出されるならば、そこには芸術的価値が十分にある。 現

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其中日記 03 (三)

種田山頭火

かうして          山頭火 ここにわたしのかげ 昭和八年三月二十日ヨリ 同年七月十日マデ 三月二十日 初雷。 また雨だ、うそ寒い、何だか陰惨である、しかし庵は物資豊富だ。 春来、客来、物資来だ。 けふもよい手紙は来なかつた。 風がふいて煤がふる、さみしくないことはない。 ちしやにこやしをやる。 樹明君の事が何となく気にかゝる。 野韮、これは一年食べつ

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其中日記 04 (四)

種田山頭火

其中一人として炎天     山頭火 七月十一日 天気明朗、心気も明朗である。 釣瓶縄をすげかへる、私自身が綯うた棕梠縄である、これで当分楽だ、それにしても水は尊い、井戸や清水に注連を張る人々の心を知れ。 百合を活ける、さんらんとしてかゞやいてゐる、野の百合のよそほひを見よ。 椹野川にそうて散歩した、月見草の花ざかりである、途上数句拾うた。 昼食のおかずは焼茄

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其中日記 05 (五)

種田山頭火

┌─────────────────────────┐ │おかげさまで、五十代四度目の、          │ │其中庵二度目の春をむかへること          │ │ができました。              山頭火拝│ │  天地人様                   │ └─────────────────────────┘ 二月四日 明けてうらゝか

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其中日記 06 (六)

種田山頭火

旅日記 □東行記(友と遊ぶ) □水を味ふ(道中記) □病床雑記(飯田入院) □帰庵独臥(雑感) 三月廿一日 (東行記) 春季皇霊祭、お彼岸の中日、風ふく日。 樹明君から酒を寄越す、T子さんが下物を持つてくる、やがて樹明君もやつてくる。…… 出立の因縁が熟し時節が到来した、私は出立しなければならない、いや、出立せずにはゐられなくなつたのだ。 酔歩まんさんとして

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其中日記 07 (七)

種田山頭火

花開時蝶来 蝶来時花開 七月廿六日 曇、雨、蒸暑かつた、山口行。 △心臓いよ/\弱り、酒がます/\飲める、――飲みたい、まことに困つたことである。 朝、学校の給仕さんがやつてきて、山口へ出張の樹明君からの電話を伝へる、――今日正午、師範学校の正門前で待つてゐる、是非おいでなさい、――そこでさつそく出かける、上郷駅まで歩いて、九時半の汽車で湯田へ。 千人風呂に

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其中日記 10 (十)

種田山頭火

自戒三則 一、物を粗末にしないこと 一、腹を立てないこと 一、愚痴をいはないこと 誓願三章 一、無理をしないこと 一、後悔しないこと 一、自己に佞らないこと 欣求三条 一、勉強すること 一、観照すること 一、句作すること 一月一日 晴――曇。 明けましておめでたう。 九時帰庵、独酌。 賀状とり/″\。 午後、樹明居へ、御馳走になる、来客数人、なか/\賑やかで

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其中日記 11 (十一)

種田山頭火

自省自戒 節度ある生活、省みて疚しくない生活、悔のない生活。 孤独に落ちつけ。―― 物事を考へるはよろしい、考へなければならない、しかしクヨクヨするなかれ。 貧乏に敗けるな。―― 物を粗末にしないことは尊い、しかも、ケチケチすることはみじめである、卑しくなるな。 酒を味へ。―― うまいと思ふかぎりは飲め、酔ひたいと思うて飲むのは嘘である。 水の流れるやうに、

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其中日記 12 (十二)

種田山頭火

知足安分。 他ノ短ヲ語ル勿レ。 己ノ長ヲ説ク勿レ。 応無所住而生其心。 独慎、俯仰天地に愧ぢず。 色即是空、空即是色。 誠ハ天ノ道ナリ、コレヲ誠ニスルハ人ノ道ナリ。 一月一日 晴――曇、時雨。 午前中は晴れてあたゝかだつたが、午後は曇つて、時雨が枯草に冷たい音を立てたりした。 ――別事なし、つゝましくおだやかな元日であつた(それが私にはふさはしい)。 賀状い

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其中日記 13 (十三)

種田山頭火

五月一日 晴――曇――雨。 早起、一風呂あびて一杯ひつかける、極楽々々! 七時のバスで帰庵。 留守中に敬君や樹明君や誰かゞ来庵したらしい、すまなかつた、残念なことをした。 何となく憂欝。―― W屋主人来庵。 風が出て来た、風はほんたうにさびしい、やりきれない。 午後、樹明君を訪ね、いつしよに街へ出かけて飲む、敬君にも出くわし、三人で飲む、酔ふ、どろ/\になつ

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其中日記 14 (十三の続)

種田山頭火

晴れて暑い、虹ヶ浜。 午後三時の汽車で徳山へ、白船居で北朗君を待ち合せ、同道して虹ヶ浜へ。 北朗君は一家をあげて連れて来てゐる、にぎやかなことである、そしてうるさいことである(それが生活内容を形づくるのだが)。 いつしよに夕潮を浴びる、海はひろ/″\としてよいなあと思ふ、波に乗つて波のまに/\泳ぐのはうれしい、波のリズム、それが私のリズムとなつてゆれる。 松

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其中日記 15 (十四)

種田山頭火

曇――雨。 聖戦第三年、興亜新春、万歳万々歳。 安眠、朝寝、身心平静。 おめでたう、ありがたう。 ――起きるなり、水を汲みあげて腹いつぱい飲んだ、それは若水であり、そして酔醒の水であつた。 朝湯、香をいて自戒自粛、――回顧五十年、疚しくない生活、悔のない生活、あたりまへの生活、すなほにつゝましく生活したい。 朝酒、かたじけなし、酒を楽しみ味ふ境涯であれ。 雑

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内村直也君の『秋水嶺』

岸田国士

内村直也君の『秋水嶺』 岸田國士 内村君の処女作『秋水嶺』は、非常に素直な力作である。戯曲といふものに十分興味をもち、しかも卑俗な方向をねらはずに、舞台の芸術的効果を計算して作り上げられてゐることがわかる。 所謂「お芝居」をさせずに、必要な筋の起伏を盛るといふことは、作者の文学的才能と人生的経験に俟つ外はないが、内村君の若さは、たしかにこの題材の前で汗を流し

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内村直也の戯曲

岸田国士

内村直也の劇作家としての出発は「秋水嶺」だと言つていい。旧朝鮮の日本人コロニイを背景とした「秋水嶺」は、現代日本の「青春」の一風景が素直な眼で捉へられ、健やかな感覚で舞台にくりひろげられた注目すべき力作であつた。私は故友田恭助に勧めてこれを築地座の上演目録に加へることにした。 「秋水嶺」から「雑木林」までは可なり年月の距りがある。劇作家を成熟させる外部的条件

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カラブウ内親王殿下

牧逸馬

食卓の人々は、つと顔を見合わせた。かすかに叩戸の音が聞えた――ような気がしたのだ。 夜の八時過ぎだ。おそい晩飯だ。小作人ドルフ・ホルトン―― Dolf Horton ――の家である。野良を終っても、何やかや仕事が残って、いつも食事が遅れる。英吉利の四月は、春とはいってもまだ冬の感じだ。八時にはもう真っ暗で、ことに今夜は霧がある。しっとり濡れた濃い闇黒が戸外に

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内部生命論

北村透谷

内部生命論 北村透谷 人間は到底枯燥したるものにあらず。宇宙は到底無味の者にあらず。一輪の花も詳に之を察すれば、万古の思あるべし。造化は常久不変なれども、之に対する人間の心は千々に異なるなり。 造化は不変なり、然れども之に対する人間の心の異なるに因つて、造化も亦た其趣を変ゆるなり。仏教的厭世詩家の観たる造化は、悉く無常的厭世的なり。基督教的楽天詩家の観たる造

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円光 或は“An Essay on Love and Art.”

佐藤春夫

一人の画家がゐた。売出しの女優は花束でとり囲まれるが、彼は幸福そのものでとりかこまれた。若い美しい妻をめとることが出来た。二人して海の近くに新婚の旅をしてゐる間に新しい画室はタウンの端れに落成した。時は、悲しいものをより甚しく悲しましめる代りには、楽しいものにより一層楽ましめるといふ晩春初夏であつた。 ‘No, not happiness; certainl

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円卓子での話

牧野信一

彼の昨日の今日である、樽野の――。 今朝はまた昨日にも増した麗かな日和で、長閑で、あんなに遥かの沖合を走つてゐる漁船の快い発動機の音までが斯んなに円かに手にとるかのやうに聞えるほどの、明るい凪は珍らしい。だから云ふまでもなく、海原は青鏡で、ただ、波を蹴たてて滑つて行く舟の舳先で砕ける飛沫が鮮やかに白く光るより他に目を射るものもないのだ。――樽野は、醒めきらな

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円太郎馬車

正岡容

暮れも押し詰まった夜の浅草並木亭。 高座では若手の落語家橘家圓太郎が、この寒さにどんつく布子一枚で、チャチな風呂敷をダラリと帯の代わりに巻きつけ、トボけた顔つきで車輪に御機嫌を伺っていた。 クリッとした目に愛嬌のある丸顔の圓太郎がひと言しゃべるたび、花瓦斯の灯の下に照らしだされた六十人近いお客たちは声を揃えてゲラゲラ笑いこけていた。こんな入りの薄い晩のお客は

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円朝の牡丹灯籠

田中貢太郎

円朝の牡丹燈籠 田中貢太郎 一 萩原新三郎は孫店に住む伴蔵を伴れて、柳島の横川へ釣に往っていた。それは五月の初めのことであった。新三郎は釣に往っても釣に興味はないので、吸筒の酒を飲んでいた。 新三郎は其の数ヶ月前、医者坊主の山本志丈といっしょに亀戸へ梅見に往って、其の帰りに志丈の知っている横川の飯島平左衛門と云う旗下の別荘へ寄ったが、其の時平左衛門の一人娘の

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