初夏の空で笑う女
小川未明
あるところに、踊ることの好きな娘がありました。家のうちにいてはもとよりのこと、外へ出ても、草の葉が風に吹かれて動くのを見ては、自分もそれと調子を合わせて、手や足を動かしたり、体をしなやかに曲げるのでした。 また、日の輝く下の花園で、花びらがなよなよとそよ風にひらめくのを見ると、たまらなくなって、彼女は、いっしょになってダンスをしたのであります。 両親は、自分
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小川未明
あるところに、踊ることの好きな娘がありました。家のうちにいてはもとよりのこと、外へ出ても、草の葉が風に吹かれて動くのを見ては、自分もそれと調子を合わせて、手や足を動かしたり、体をしなやかに曲げるのでした。 また、日の輝く下の花園で、花びらがなよなよとそよ風にひらめくのを見ると、たまらなくなって、彼女は、いっしょになってダンスをしたのであります。 両親は、自分
北条民雄
駅を出て二十分ほども雑木林の中を歩くともう病院の生垣が見え始めるが、それでもその間には谷のように低まった処や、小高い山のだらだら坂などがあって人家らしいものは一軒も見当たらなかった。東京からわずか二十マイルそこそこの処であるが、奥山へはいったような静けさと、人里離れた気配があった。 梅雨期にはいるちょっと前で、トランクを提げて歩いている尾田は、十分もたたぬ間
正岡子規
(座敷の真中に高脚の雑煮膳が三つ四つ据えてある。自分は袴羽織で上座の膳に着く。)「こんなに揃って雑煮を食うのは何年振りですかなア、実に愉快だ、ハハー松山流白味噌汁の雑煮ですな。旨い、実に旨い、雑煮がこんなに旨かったことは今までない。も一つ食いましょう。」「羽織の紋がちっと大き過ぎたようじゃなア。」「何に大きいことはない。五つ紋の羽織なんか始めて着たのだ。紋の
国木田独歩
初孫 国木田独歩 この度は貞夫に結構なる御品御贈り下されありがたく存じ候、お約束の写真ようよう昨日でき上がり候間二枚さし上げ申し候、内一枚は上田の姉に御届け下されたく候、ご覧のごとくますます肥え太りてもはや祖父様のお手には荷が少々勝ち過ぎるように相成り候、さればこのごろはただお膝の上にはい上がりてだだをこねおり候、この分にては小生が小供の時きき候と同じ昔噺を
小酒井不木
初往診 小酒井不木 先刻から彼は仕事が手につかなかった。一時間ばかり前に、往診から戻って来た彼は、人力車を降りるなり、逃げ込むように、玄関の隣りにある診察室へ入ると、その儘室内をあちこち歩いて深い物思いに沈むのであった。 彼の胸はいま、立っても居ても居られないような遣瀬ない気持で一ぱいであった。いつもは彼を慰さめてくれる庭先の花までが、彼を嘲って居るかのよう
国木田独歩
初恋 国木田独歩 僕の十四の時であった。僕の村に大沢先生という老人が住んでいたと仮定したまえ。イヤサ事実だが試みにそう仮定せよということサ。 この老人の頑固さ加減は立派な漢学者でありながらたれ一人相手にする者がないのでわかる。地下の百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田の畔でこの先生に出あう者はまず一丁前から避けてそのお通りを待
中原中也
最も弱いものは 弱いもの―― 最も強いものは 強いもの―― タバコの灰は 霧の不平―― 燈心は 決闘―― 最も弱いものが 最も強いものに―― タバコの灰が 燈心に―― 霧の不平が 決闘に 嘗てみえたことはありませんでしたか? ――それは初恋です ●図書カード
寺田寅彦
幼い時に両親に連れられてした長短色々の旅は別として、自分で本当の意味での初旅をしたのは中学時代の後半、しかも日清戦争前であったと思うから、たぶん明治二十六年の冬の休暇で、それも押詰まった年の暮であったと思う。自分よりは一つ年上の甥のRと二人で高知から室戸岬まで往復四、五日の遠足をした。その頃はもちろん自動車はおろか乗合馬車もなく、また沿岸汽船の交通もなかった
木暮理太郎
大正七年の秋の末に初めて黒岳山から大菩薩峠に至る大菩薩山脈の主要部を縦走した時の山旅は、おかしい程故障が多かった。これは余り暢気に構えて必要の調査を怠ったり、地図を信用し過ぎたり、又はそれを無視したりした結果でもあったが、どういう訳か其時は誰の心にも少しの屈托がなかった。其日暮しの行きあたりばったりという気持であった。これが失錯続出の最大原因であったように思
原口統三
日輪は遠く逃げゆく 有明けの天上ふかく 日輪は遠ざかりゆく 仰ぎ見よ暁闇の空 罪びとの涙もしるく 薄冥の雲間に凍り 日輪は遠く消えゆく 一九四三・十二・三十一
正岡容
初看板 正岡容 上 ……つらつら考えてみると、こんな商売のくせに私はムッツリしてていったい、平常はあなたもご存じの通りに口が重たいほうなのに、しかもいたってそそっかしい。これはまあどういう生まれつきなんだろうと、ときどき情なくなることがありますが、ほんとにムッツリとそそっかしいんです。いつかも銭湯で帽子をかぶり、股引をはいたまま、あわや湯槽へ入ろうとして評判
永井荷風
一 家尊来青山人世に在せし頃よりいかなる故にや我家にては嘗て松のかざりせし事なし。雑餅乾数ノ子なんぞ正月の仕度とてただ召使ふものゝ為にしつらへ置くのみにて家内の我等はただ形ばかり箸取るなりけり。大正改元の歳雪中に尽きて新春の第二日父失せ給ひければそれよりして我家にはいよ/\新玉の春らしき春といふもの来らずなりぬ。一 われ今世の交全く絶果てし身なり。門扉常に掩
夏目漱石
汽車の窓から怪しい空を覗いていると降り出して来た。それが細かい糠雨なので、雨としてよりはむしろ草木を濡らす淋しい色として自分の眼に映った。三人はこの頃の天気を恐れてみんな護謨合羽を用意していた。けれどもそれがいざ役に立つとなるとけっして嬉しい顔はしなかった。彼らはその日の佗びしさから推して、二日後に来る暗い夜の景色を想像したのである。 「十三日に降ったら大変
堀辰雄
この山麓では、九月はたいへん雲が多い。しかし、夏の近づく頃の雲の不活溌な動きとは異つて、白い、乾燥した、動きのいちじるしい雲の塊りが不連續的に通り過ぎる度毎に、何かがそれらの雲とともに一剥されでもしたかのやうに、そのあとで青空はいよいよ本物の青空に近づいてゆく。――さういふ雲のたたずまひが、とても好い。林のなかの空地などに寢そべつて見てゐると、さういふ雲は絶
豊島与志雄
初秋海浜記 豊島与志雄 仕事をするつもりで九十九里の海岸に来て、沼や川や磯を毎日飛び廻ってるうちに、頭が潮風にふやけてしまって、仕事はなかなかはかどらず、さりとて東京へ帰る気もしないで、一日一日をぼんやり過してるうちに、もういつしか初秋になっていた。 潮風に頭のふやけた気持は、丁度軽い熱が発したのに似ている。夏の太陽の直射と温風とに、皮膚が赤黒く焼かれると、
木暮理太郎
当初、山を愛好する一部の人々の間にのみ行われていた登山が、一般世間からは物ずきの骨頂と蔑視されながらも、勇敢に口や筆で夫等の人々が宣伝につとめた努力は報いられて、次第に同好者を獲得することに成功し、後年の隆盛を想わせる曙光にも似た明るい前途を約束し得るに至ったことは、誠に愉快なことであった。 其頃の登山は言う迄もなく夏季に限られていた。何せ交通不便という一大
薄田泣菫
初蛙 薄田泣菫 一 古沼の水もぬるみ、蛙もそろそろ鳴き出す頃となりました。月がおぽろに、燻し銀のように沈んだ春の真夜なか時、静かな若葉の木かげに立ちながら、あてもなくじっと傾ける耳に伝わる仄かなおとずれ―― 「くる……くる……くる……」 と、古沼の底から生れた水の泡が、円く沼の面に浮びあがったと思うと、そのまま爆ぜ割れるような、それによく似た物の音を聞きます
萩原朔太郎
初めてドストイェフスキイを讀んだ頃 萩原朔太郎 初めてドストイェフスキイを讀んだのは、何でも僕が二十七、八歳位の時であつた。それ以前によんだ西洋の文學は、主にポオとニイチェとであつた。その他にもトルストイなど少し讀んだが、僕にはどうもぴつたりしないので、記憶に殘るといふほどでもなく、空讀にして通つてしまつた。後々迄も影響し、僕の文學的體質を構成するほど、眞に
牧野信一
島崎藤村先生 二十四位の時初めて同人雑誌に掲載した短篇を偶々先生からお手紙をもらつて認められ、その後半年ばかり経つて友人の長谷川浩三が白石実三氏から紹介状を貰つて呉れ、単独で訪問した。その時「新小説」への執筆をすゝめて下された。尚ほ先生から、思ひがけなくも贈られた半身の立派な御写真は現在でも私は秘蔵してゐる。 ●図書カード
小村雪岱
明治三十六年の秋であつたと思ひますが、東京美術学校の教室で、古画の模写の時間に机を並べて居たのは、小林波之輔君といふ珍らしい秀才でありました。其時小林君は雪舟筆四季山水を写してゐた事を記憶して居ますが、自分は何を写してゐたか覚えて居りません。如何したはずみか話が小説の事になりまして、同君は、鏡花の小説ほど好きなものはないと言つて、暗記してゐる様に話して呉れま
近松秋江
十二月の四日から此處に來てゐます。二日に秋聲氏と一緒に來る約束をしてゐたのですが、その日は私の持病の頭痛の發作が起つたので、秋聲氏はその最中に見舞かた/″\私の樣子を見に來てくれました。で、秋聲氏も一日延ばし、翌日三日は朝から大雨でしたが、氏はその雨の降る最中をこゝにやつて來たのでした。私はその又翌日四日の午後から東京を立つてきました。こゝは東京から來るのに
野村胡堂
「泥棒の肩を持つのは穏かではないな」 唐船男爵は、心持その上品な顔をひそめて、やや胡麻塩になりかけた髭に、葉巻の煙を這わせました。 日曜の午後二時、男爵邸の小客間に集った青年達は、男爵を中心に、無駄話の花を咲かせて、長閑な春の日の午後を過して居ります。 「肩を持つという訳ではありませんが、あの『判官三郎』と名乗る泥棒ばかりは憎めませんよ。第一あれは驚くべきス
カフカフランツ
すばらしく美しい春の、ある日曜日の午前のことだった。若い商人のゲオルク・ベンデマンは二階にある彼の私室に坐っていた。その家は、ほとんど高さと壁の色とだけしかちがわず、川に沿って長い列をつくって立ち並んでいる、屋根の低い、簡単なつくりの家々のうちの一軒である。彼はちょうど、外国にいる幼な友達に宛てた手紙を書き終えたばかりで、遊び半分のようにゆっくりと封筒の封を
中野鈴子
広い堂楼の境内 焚火が燃え 村じゅうの人々が集まっている 「しっかり頼むぞの……」 「非常時じゃでのう……」 男衆等みな声を上げてはげます 一人の入営兵士をまん中に 酒徳利をかたむけ 祝いの 別れの 冷酒 女、子供、 かたまってふるえつつ 聯隊には十日ほどいて 直ぐ満洲行きやそな…… 女房等の目は泪にしばたたき 老婆は鼻をすすり上げる 村の停車場 十数本の入