Vol. 2May 2026

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劇壇漫評

岸田国士

劇壇漫評 岸田國士 × 新時代の演劇熱が、いよいよ通過すべき処を通過しつゝあるやうである。といふのは、戯曲創作熱から脚本上演熱に遷らうとしてゐることである。 昨今、少し大袈裟な云ひ方をすれば、新劇団の創立を伝へない日は稀である。何々座試演の招待券を貰はない日は稀である。実際の仕事を見なければ何んにも云へないわけであるが、これがたゞ単に、彼の戯曲創作熱がさうで

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劇の好きな子供たちへ

岸田国士

子供たちが集まって劇をするということは、楽しい遊びであると同時に、おたがいの勉強であるということを忘れないようにしたい。 楽しい遊びであるからには、思う存分、自分が面白いと思うように、そして、人も面白がるようにやるのがいい。自分だけが面白く、人にはそれほど面白くないというようなやり方、あるいは、人を面白がらせようとばかりあせって、自分はそのためにかたくなった

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劇文学は何処へ行くか

岸田国士

私が戯曲を書きだしてからもう二十五年になる。四半世紀たつたといふわけである。その間に、いろいろな事情でしばらく戯曲の創作から遠ざかつてゐたこともあるが、やはりそれは自分の文学的故郷のやうなものであるから、折にふれて、いつかはまたそこへ帰りたいといふ願望がしきりに私を襲つた。 戦争もすみ、新劇団も活溌に動きだし、昔から関係の深かつた俳優諸君の健在を眼のあたり舞

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劇的伝統と劇的因襲

岸田国士

劇的伝統と劇的因襲 岸田國士 批評家がいろいろの立場から作品の価値を論じることは自由であるが、文芸の種目(ジャンル)に関して、聊かも定見のないことを暴露するに至つては、甚だ心細い。 今日文芸批評の筆を取る人々のうちで、自分には詩の批評はできないと公言し、または、無暗にさうきめてかかつてゐる人が多いやうである。そして、世間は勿論、文壇のうちでさへ、誰もそれを不

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劇詩の前途如何

北村透谷

劇詩の前途如何 北村透谷 文界の筮卜者は幾度となく劇詩熱の流行を預言せり、然るに今年までは当れるにもあらず、当らぬにもあらず、これといふ傑作も出ざれば、劇詩の流行とも言ふべき程の事もあらず。小説界には最早二三世紀とも言ふべき程の変遷あり、批評界も能く変じ能く動きたるに、劇詩のみは依然として狂言作者の手に残り、如何ともすべき様なし。 劇詩の消長は劇界の動勢と密

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劇道救済の必要

岸田国士

現在、わが劇壇を通じて、演劇の独立性を辛ふじて維持してゐるのは、さすがに歌舞伎劇のみである。比類なき伝統の美は、何ものの侵略をもゆるさず、また、何物の力を藉りる必要もないからである。 ところが、一方、時代と倶に推移する演劇――戯曲中心の演劇――所謂、新派以後の演劇はどうかといふと、これはまだ演劇としての独立性をもち得ずにゐるのである。たまたま、二三の人々によ

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劉海石

田中貢太郎

劉海石 田中貢太郎 劉海石は蒲台の人であった。十四歳の時にその地方に戦乱が起ったので、両親に従いて浜州に逃げて往って、其処に住んでいたが、その浜州に劉滄客という者があって、同じ教師について学問をした関係から仲が好くなって、とうとう義兄弟の約束をした。 間もなく海石の両親が亡くなり、海石はその遺骨を奉じて蒲台の故郷へ帰ったので、二人の間の音問は絶えてしまった。

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加利福尼亜の宝島 (お伽冒険談)

国枝史郎

一 「小豆島紋太夫が捕らえられたそうな」 「いよいよ天運尽きたと見える」 「八幡船の後胤もこれでいよいよ根絶やしか。ちょっと惜しいような気もするな」 「住吉の浜で切られるそうな」 「末代までの語り草じゃ、これは是非とも見に行かずばなるまい」 「あれほど鳴らした海賊の長、さぞ立派な最期をとげようぞ」 摂津国大坂の町では寄るとさわると噂である。 当日になると紋太

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加波山

服部之総

桜井家の媒酌としてその村に行ってからことし九年ぶりになる。 村は加波山事件の加波山の東麓にあたり、親鸞聖人の旧蹟として名高い板敷山のいただきは北方の村境であり、郡境ともなっている。 九年まえに行ったときは東京で式を済ませて式服のまま自動車を牛久、土浦、石岡、柿岡と、秋晴の野を丘を走らせたから板敷山は越えない。かっきり暮れてから着いた。そしてもいちど村での式を

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加藤正宛書簡 一九三三年三月十三日

野呂栄太郎

お手紙拝見いたしました。 野村耕作氏の研究は希望閣から出版することに決定、昨年夏頃校了になっているはずです。それが未だに発売できずにいるのは、多分一は希望閣の財政上の理由に、他は私が病臥続きのためお約束の序文を書くことができなかったからだと思います。あとの点ではなはだ申訳なく思っている次第です。で、その当時、私が序文の執筆できるのを待っていては出版が後れるか

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加藤道夫の死

岸田国士

またひとり、作家が自殺した、といふ感じ方でこのニュウスを受けとつた人々がずいぶんたくさんあつたと思ふ。 私は、とくに身近な友人の一人として、彼が死を撰んだ理由を正確につかみたいのだがいろいろの事情を綜合して考へても、最も重要なたゞ一つの理由を挙げることは不可能だといふ結論に達した。 彼の所属していた文学座に宛てた遺書に、「芸術上の行き詰り」といふ理由をはつき

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加護

宮本百合子

加護 加護 宮本百合子 お幾の信仰は、何時頃から始まったものなのか、またその始まりにどんな動機を持っているのか、誰も知る者はなかった。ただそれと心附いた時には、もう十幾人という昔からの友達の中で、一人として彼女から、あらたかな天理王命(てんりおうのみこと)の加護に就て説き聞かされない者はないほどになっていた。 肥って、裕福で仕合わせなお幾は、友達仲間に、何か

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助五郎余罪

牧逸馬

助五郎余罪 牧逸馬 一 慶応生れの江戸っ児天下の助五郎は寄席の下足番だが、頼まれれば何でもする。一番好きなのは選挙と侠客だ。だからちょぼ一仲間では相当な顔役にもなっているし、怖い団体にも二つ三つ属している。 「一つ心配しやしょう」 天下の助五郎がこう言ったが最後、大概の掛合いは勝ちになる。始めから棄身なんだから暴力団取締の法律なんか助五郎老の金儲けにはすこし

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労働祭歌(Ⅰ)

松本淳三

メーデー! われわれはすでに広場に集合している 幾千、万! 黒い旗、赤い旗、するどい槍 光り! われわれはすでに広場に集合している 集合! 確乎たる同僚精神 彼方ほうはいたる都会をのぞんで 決意! われわれはすでに広場に集合している しかも、あとからあとから集まる ああ、この偉大なる黒い群集 今日を待っていたこの群集 裂けたまなじり、鳴る肩瘤 額に浮き上り輝

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ソヴェトの「労働者クラブ」

宮本百合子

ソヴェトの「労働者クラブ」 宮本百合子 ソヴェト・ロシアには、「労働者クラブ」と云うものがある。これは労働者自身の家で、自分たちの労働が終った後に誰でもが行って楽しめる「クラブ」なのである。 「労働者クラブ」には、直接工場に附属しているものとそうでないものとある。もう一つは、生産組合によって建てられた、産業別の「大クラブ」で、工場に属さずに地区的になっている

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ソヴェト労働者の夏休み

宮本百合子

ソヴェト労働者の夏休み 宮本百合子 さて、いよいよモスクワも本物にあつくなって来た。 あっちは、日本みたいに梅雨はないが、冬がひどく長い。四月頃やっと雪がとけて、メーデーには、小雨でも降ると、まだどうしてなかなか冷えるという時候だ。 それが五月二十日すぎるとカーッと一時に夏になるんだ。 こないだまでその上でみんながスケートをやってたと思うモスクワ河には河童ど

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労働者の居ない船

葉山嘉樹

労働者の居ない船 葉山嘉樹 こう云う船だった。 北海道から、横浜へ向って航行する時は、金華山の燈台は、どうしたって右舷に見なければならない。 第三金時丸――強そうな名前だ――は、三十分前に、金華山の燈台を右に見て通った。 海は中どころだった。凪いでると云うんでもないし、暴化てる訳でもなかった。 三十分後に第三金時丸の舵手は、左に燈台を見た。 コムパスは、南西

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ソヴェト労働者の解放された生活

宮本百合子

ソヴェト労働者の解放された生活 宮本百合子 家主がいない ソヴェト同盟には地主がない、従って家主という小面倒な奴もいない。住居は殆どみんな国家のものだ。モスクワならモスクワ市の住宅管理局というものがあってそこから組合で、または個人で家を借りるのだ。 ところが一つ大いに愉快なことがある。それはさすがはプロレタリアートと農民のソヴェト同盟だ。家賃は借りる人が一ヵ

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キド効果

海野十三

「うふふん。――」 と咳払いをなされた木戸博士は、ご自分の計算机からお立ちになり、ズカズカと助手の丘数夫の席までお出でになった。 「こういう事になったよ。――」 と仰有ると、丘助手の前へ、三枚の曲線図をバサリと投げだされた。 「……」 丘助手は、突然の博士のお出でに、思わず襟を正して立上った――というより、飛上ったという方が当っているかも知れない。何しろ丘数

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勇士ウ※[#小書き片仮名ヲ]ルター(実話)

鈴木三重吉

勇士ウ※ルター(実話) 鈴木三重吉 一 これは、こしらへた冒険談ではなく、全くほんたうの事実話ですから、そのつもりでお聞き下さい。 今からちやうど二十年まへのことでした。或ときイギリスのシェフィールドといふ町の警察へ、一人の泥棒未遂の犯人があげられました。年のころ三十がッかうの、黒い大きな眼をした、背のごく低い男で、夜中に、或家の屋根裏の部屋へはいりこんだと

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Yūko: Sebuah Kenangan

勇子 一つの追憶

小泉八雲

明治二四年五月五日 一八九一年 誰か賢き女を見出すことを得んや――その値打ちはなはだ高貴なりラテン語訳聖書 「天子様 御心配」天子様が畏れ多くも悲しんでおられる。 街中が異様なまでに静まり返っており、まるで公の喪に服したように厳粛な雰囲気である。通りでは物売りたちですらいつもよりも低く呼び声を挙げている。普段だと朝早くから夜遅くまで開場している劇場や芝居小屋

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勉強記

坂口安吾

勉強記 坂口安吾 大震災から三年過ぎた年の話である。昨今隆盛を極めているアパートメントの走りがそろそろ現れた頃で、又青年子女が「資本論」という魔法使いの本に憑かれだした頃でもあった。生活の形式にも内容にも大きな転換期が訪れようとしていた。「近代」が、また「今日」が、始まろうとしていたのである。 涅槃大学校という誰でも無試験で入学できる学校の印度哲学科というと

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動かされないと云う事

宮本百合子

動かされないと云う事 宮本百合子 武者小路さんの「後に来る者に」の中に動かされない強みと云う事の書いてあったのを覚えて居ます。 動かされないと云う事を今の私は或る意味で非常にのぞんで居る事です。 私の狭い智や愛、まだ年の工合で、時々は自分の恐れを感じるほど物事に動かされます。 一冊本を読めば大抵の時は何かもうすっかり心の底まで感激して仕舞う様な事が有って、そ

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