Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

14,981종 중 5,064종 표시

動力革命と日本の科学者

中谷宇吉郎

日本の科学及び技術方面の学者たちは、よく日本の政治家や実業家は、科学に対する理解が無いと言われる。敗戦以来、科学による国家の再建が唱えられてからは、ジャーナリズムの面でも、盛んにこの種の議論が為されている。 この問題は、何も今に始まった話ではなく、昔から日本の政治及び産業界の通弊であった。日本の科学を育成して、発明や発見を大いに奨励し、それを実用化して、国富

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動員令

波立一

耳の奥底に唐人笛飴屋の幼い想出 連隊の奴隷達は夢の中で枕を外した 激しい夜風とあれ狂う喇叭の号音 ――非常呼集だ 丘の黒い建物は真夜中に眼ざめた 丘の兵隊屋敷は点々と燈火を燦めてゆく 不寝番は雀躍してバタバタ駆けまわった 息をきらしても叩き起すのは愉快だ 態あみろ 起きろ! 起きろさ 起きるよ…… うるせい! 週番司令あ誰奴だ? 俺あ 不服だぞお…… 周章て

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動く海底

宮原晃一郎

動く海底 宮原晃一郎 一 オーストラリヤの大陸近くに、木曜島といふ真珠貝の沢山取れる有名な島があります。そこには何百人といふ日本人の潜水夫が貝をとつてゐます。 今は昔、そこにゐる潜水夫のうちで、太海今太郎といふ少年潜水夫がゐました。この人は貝をとる潜水夫のうちでも、名人とよばれた太海三之助の一人息子でありましたが、海亀を助けてやつて、海亀に助けられたところか

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動物列車

桜間中庸

空は美しく澄みわたつてゐて、青い西洋皿をさかさにしたやうに山と山との間にかゝつてゐました。 少年は山の中腹の芝の上に寢ころんで空の色に見入つてゐました。この山には煉瓦工場があります。煉瓦工場からは石炭の燃え滓を少年のすぐ近くの傾斜面へトロツコで運んでくるのです。傾斜面は石炭の滓が小さい山が出來てゐました。 少年は、燃え滓の中から、まだすつかり燃えきつてゐない

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動物園の一夜

平林初之輔

樹立の青葉は、病後の人のように喘いでいる。 戦場に遺棄された戦死者のように四肢をだらりと投げ出してライオンが正体なく眠っている。虎も豹もごろりと横になって寝ている。孔雀は妍を競う宮女のように羽根をひろげて風の重みを受けておどおどしている。象は退屈そうに大きな鼻をぶらぶら振っている。大小無数の水禽のさざめき、蛇のように、長い頸をくねらして小さな餌をさがしてはつ

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動物物語 狼の王ロボ

シートンアーネスト・トンプソン

これはアメリカのアーネスト・トムソン・シートンという人が書いた物語で、文中『私』とあるのはシートン氏のことです。シートン氏は幼いころから動物が大好きで、動物に関する物語と絵をかくことを一生懸命勉強しました。そしていつも山岳や草原に露営の生活をして、野生動物を深く観察し、りっぱな動物物語をたくさんあらわしました。この『狼の王ロボ』は、その中でも傑作といわれる面

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シートンの「動物記」

宮本百合子

シートンの「動物記」 宮本百合子 シートンの動物好き、動物に目と心とをひかれつくして飽きず観察に我を忘れる姿は全く一種独特である。著者が動物の面白さに身をうちこんでいる、その愛と面白さとが直接の共感となって私たちの心に流れ入って来るのである。 日本でも、土俗的な話の中には動物がどっさり登場して来るし、私たちがおばあさんからじかに聞いた話にも、猿や狼の物語があ

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動的芸術

田山花袋

静かな芸術から動いた芸術に進んで行つた。それが新しい文学の最近の傾向であると思ふ。 動いた芸術と言ふことは、動いた物象、動いた人物、動いた心理――さういふものをそのまゝに現はさうとする芸術である。動いている……樹が風に動いてゐる……それをそのまゝ描く。 将来派の芸術は無論さういふ処を狙つて興つたものに相違ない。心の萎靡頽敗した形でも、昏迷惑溺した形でも、何で

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動く絵と新しき夢幻

小川未明

時間的に人事の変遷とか、或は事件の推移を書かないで、自分の官能を刺戟したものを気持で取扱って、色彩的に描写すると云うことは新らしき文芸の試みである。 だから、それは時間的と云うよりは寧ろ空間的に書くことになる。元来これは絵画の領域に属するもので、絵画の上ではあらゆる物象だの、影だのを色彩で以て平たい板の上に塗るので、時間的に事件を語っているものではない。併し

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中谷宇吉郎

勘というものは、不思議なものである。和英の辞書をひいても、勘に相当する適当な言葉は見当らない。勘がよいというのには「見通しが早い」とか「第六感がすぐれている」という言葉があてはまるが、いずれも「勘」とは少しちがうように思われる。 「見通しが早い」場合には、それが推理の速い場合もあり、勘がよい場合もある。即ち勘は早い見通しがきくための要素の一つであって、見通し

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勝利したプロレタリアのメーデー モスクワの五月一日

宮本百合子

さあ、いよいよメーデーが近づいたぞ! ソヴェト同盟のあらゆる工場・役場・学校の文化宣伝部委員たちは大忙しだ。 ブルジョア国の革命的プロレタリアートは、同じ頃、盛んにメーデー闘争の準備のために白色テロルと争いながら活躍している。 が、プロレタリアートが勝利したソヴェト同盟では、ほんとに解放されたプロレタリアート祝祭準備だ。 八時間労働がすむと工場クラブに集れ!

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勝太郎

兼常清佐

勝太郎 兼常清佐 私はニホン音楽をあまり好まない。それでラジオは演芸放送の時間になると必ず切っておくことにしている。それが何時だったか間違って掛けっぱなしになっていた事がある。偶然その時唄ったのが勝太郎である。この実に偶然な機会で私は勝太郎の名と、その綺麗な声とを聞いた。その翌日早速出来心を起して、私は勝太郎のレコードを二、三枚買って来たものである。 何枚も

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勝負師

織田作之助

勝負師 織田作之助 池の向うの森の暗さを一瞬ぱっと明るく覗かせて、終電車が行ってしまうと、池の面を伝って来る微風がにわかにひんやりとして肌寒い。宵に脱ぎ捨てた浴衣をまた着て、机の前に坐り直した拍子に部屋のなかへ迷い込んで来た虫を、夏の虫かと思って団扇ではたくと、チリチリとあわれな鳴き声のまま息絶えて、秋の虫であった。遠くの家で赤ん坊が泣きだした、なかなか泣き

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勝負師

坂口安吾

勝負師 坂口安吾 五月九日のことだ。この日林町のモミヂといふ旅館で、呉清源八段をかこんで、文人碁客の座談会があつた。豊島与志雄、川端康成、火野葦平に私といふヘボ碁打である。呉八段も今度例の神様からはなれたので、この座談会では気軽に神様の話もできるだらうと、私はそれをタノシミにしてゐたのである。 去年、本因坊薫和・呉清源の十番碁の第一局目が火蓋をきつたのがこの

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勤労と文化

岸田国士

勤労と文化 岸田國士 翼賛会としては、生活といふもの全体を一つの文化的見地から検討して、現在の国民生活のなかにある弱点を是正して行くと同時に、生活全体を大体三つの観点から建直して行きたいといふ方針でをります。その三つの立場といふのは、第一に生活をもつと合理的にする。第二に、もつと健康性を与へる。第三に、趣味的に向上させるといふことです。今まではどうかすると生

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勧善懲悪

織田作之助

勧善懲悪 織田作之助 一 ざまあ見ろ。 可哀相に到頭落ちぶれてしまったね。報いが来たんだよ。良い気味だ。 この寒空に縮の単衣をそれも念入りに二枚も着込んで、……二円貸してくれ。見れば、お前じゃないか。……声まで顫えて、なるほど一枚ではさぞ寒かろうと、おれも月並みに同情したが、しかし、同じ顫えるなら、単衣の二枚重ねなどという余り聴いたことのないおかしげな真似は

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ながうた勧進帳 (稽古屋殺人事件)

酒井嘉七

一 師匠の名は杵屋花吉と申されました。年は二十三、まだ独身でございました。何んでも、七つか、八つの時から、長唄のお稽古を始められたのだそうでございまして、十七の春には、もう、立派な名取さんであった、というのでございますから、聡明なお方には、違いなかったでございましょう。 しかし、それにいたしましても、あの傍の見る目もいじらしい程な、お母さんのきついお仕付けが

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勲章

永井荷風

寄席、芝居。何に限らず興行物の楽屋には舞台へ出る芸人や、舞台の裏で働いている人たちを目あてにしてそれよりもまた更に果敢い渡世をしているものが大勢出入をしている。 わたくしが日頃行き馴れた浅草公園六区の曲角に立っていた彼のオペラ館の楽屋で、名も知らなければ、何処から来るともわからない丼飯屋の爺さんが、その達者であった時の最後の面影を写真にうつしてやった事があっ

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勲章

永井荷風

寄席、芝居。何に限らず興行物の楽屋には舞台へ出る藝人や、舞台の裏で働いてゐる人達を目あてにしてそれよりも亦更に果敢い渡世をしてゐるものが大勢出入をしてゐる。 わたくしが日頃行き馴れた浅草公園六区の曲角に立つてゐた彼のオペラ館の楽屋で、名も知らなければ、何処から来るともわからない丼飯屋の爺さんが、その達者であつた時の最後の面影を写真にうつしてやつた事があつた。

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匈奴の森など

堀辰雄

秋になりました。夏の間、A山の向う側にあるいくつかの牧場に預けられてゐた牛どもも、再びこの村に歸つてきました。その背なかの黒い斑は、なんだか私には、さまざまな見知らぬ牧場の地圖のやうに懷かしく見えるのです。夏ぢう少年や少女たちの乘りまはしてゐた馬どもも、この頃はせつせと刈草を背負つて、村を通り過ぎます。いまから冬の間の食物を貯めるのですが、その刈草の中にはあ

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うどんのお化け

古川緑波

目下、僕は毎日、R撮影所へ通って、仕事をしている。そして、毎昼、うどんを食っている。 此の撮影所は、かなり辺鄙な土地にあるので、食いもの屋も、碌に無い。だから、一番安心して食えるのは、うどんだと思って、昼食には、必ず、うどん。そのせいか、大変、腹具合はいい。 そばも食いそうなものだが、僕は、そばってものは嫌い。嫌いと言うよりも、そばを食うとたちまち下痢する。

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化学改革の大略

清水卯三郎

西哲の学術における、おのおのその学派にしたがいて社を結び、彼の学ぶところは我が知らざるところを補い、我が知るところは彼の学ばざるところに充て、もって相交換し、もって相討論して、しかしてその説を定む。化学のごときもまた、また然り。 数年以来ポトアシクソルフェート(すなわち硫酸剥篤亜斯)、ポトアシクヨテェート(すなわち沃酸剥篤亜斯)、ソヂクカルボナァート(すなわ

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化学調味料

北大路魯山人

化学調味料は近来非常に宣伝されているが、わたしは化学調味料の味は気に入らない。料理人の傍らに置けば、不精からどうしても過度に用いるということになってしまうので、その味に災いされる。わたしなどは化学調味料をぜんぜん調理場に置かぬことにしている。化学調味料も使い方でお惣菜的料理に適する場合もあるのだろうが、そういうことは純粋な味を求める料理の場合には問題にならな

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化物丁場

宮沢賢治

化物丁場 宮沢賢治 五六日続いた雨の、やっとあがった朝でした。黄金の日光が、青い木や稲を、照してはゐましたが、空には、方角の決まらない雲がふらふら飛び、山脈も非常に近く見えて、なんだかまだほんたうに霽れたといふやうな気がしませんでした。 私は、西の仙人鉱山に、小さな用事がありましたので、黒沢尻で、軽便鉄道に乗りかへました。 車室の中は、割合空いて居りました。

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