Vol. 2May 2026

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14,981종 중 5,232종 표시

半七捕物帳 29 熊の死骸

岡本綺堂

一 神信心という話の出たときに、半七老人は云った。 「むかしの岡っ引などというものは、みんな神まいりや仏まいりをしたものです。上の御用とはいいながら、大勢の人間に縄をかけては後生が思われる。それで少しでも暇があれば、神仏へ参詣する。勿論それに相違ないのですが、二つにはそれもやっぱり商売の種で、何かのことを聞き出すために、諸人の寄りあつまる所へ努めて顔出しをし

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半七捕物帳 30 あま酒売

岡本綺堂

一 「また怪談ですかえ」と、半七老人は笑った。「時候は秋で、今夜は雨がふる。まったくあつらえ向きに出来ているんですが、こっちにどうもあつらえむきの種がないんですよ。なるほど、今とちがって江戸時代には怪談がたくさんありました。わたくしもいろいろの話をきいていますが、商売の方で手がけた事件に怪談というのは少ないものです。いつかお話した津の国屋だって、大詰へ行くと

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半七捕物帳 31 張子の虎

岡本綺堂

一 四月のはじめに、わたしは赤坂をたずねた。 「陽気も大分ぽか付いて、そろそろお花見気分になって来ましたね」と、半七老人は半分あけた障子の間からうららかに晴れた大空をみあげながら云った。「江戸時代のお花見といえば、上野、向島、飛鳥山、これは今も変りがありませんが、御殿山というものはもう無くなってしまいました。昔はこの御殿山がなかなか賑わったもので、ここは上野

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半七捕物帳 32 海坊主

岡本綺堂

一 「残念、残念。あなたは運がわるい。ゆうべ来ると大変に御馳走があったんですよ」と、半七老人は笑った。 それは四月なかばのうららかに晴れた日であった。 「まったく残念でした。どうしてそんなに御馳走があったんです」と、わたしも笑いながら訊いた。 「と云って、おどかしただけで、実はさんざんの体で引き揚げて来たんですよ。浅蜊ッ貝を小一升と、木葉のような鰈を三枚、そ

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半七捕物帳 33 旅絵師

岡本綺堂

一 「江戸時代の隠密というのはどういう役なんですね」と、ある時わたしは半七老人に訊いた。 「芝居や講釈でも御存知の通り、一種の国事探偵というようなものです」と、老人は答えた。「徳川幕府で諸大名の領分へ隠密を入れるというのは、むかしから誰も知っていることですが、その隠密は誰がうけたまわって、どういう役目を勤めるかということがよく判っていないようです。この隠密の

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半七捕物帳 34 雷獣と蛇

岡本綺堂

一 八月はじめの朝、わたしが赤坂へたずねてゆくと、半七老人は縁側に薄縁をしいて、新聞を読んでいた。 狭い庭にはゆうべの雨のあとが乾かないで、白と薄むらさきと柿色とをまぜ栽えにした朝顔ふた鉢と、まだ葉の伸びない雁来紅の一と鉢とが、つい鼻さきに生き生きと美しく湿れていた。 「ゆうべは強い雷でしたね。あなたは雷がお嫌いだというからお察し申していましたよ。小さくなっ

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半七捕物帳 35 半七先生

岡本綺堂

一 わたしがいつでも通される横六畳の座敷には、そこに少しく不釣合いだと思われるような大きい立派な額がかけられて、額には草書で『報恩額』と筆太にしるしてあった。嘉永庚戌、七月、山村菱秋書という落款で、半七先生に贈ると書いてあるのも何だかおかしいようにも思われた。この額のいわれを一度きいて見ようと思いながら、いつもほかの話にまぎれて忘れていたが、ある時ふと気がつ

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半七捕物帳 36 冬の金魚

岡本綺堂

五月のはじめに赤坂をたずねると、半七老人は格子のまえに立って、稗蒔売の荷をひやかしていた。わたしの顔をみると笑いながら会釈して、その稗蒔のひと鉢を持って内へはいって、ばあやにいいつけて幾らかの代を払わせて、自分は先に立って私をいつもの横六畳へ案内した。 「急に夏らしくなりましたね」と、老人は青々した小さい鉢を縁側に置きながら云った。「しかし此の頃はなんでも早

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半七捕物帳 37 松茸

岡本綺堂

一 十月のなかばであった。京都から到来の松茸の籠をみやげに持って半七老人をたずねると、愛想のいい老人はひどく喜んでくれた。 「いや、いいところへお出でなすった、実は葉書でも上げようかと考えていたところでした。なに、別にこれという用があるわけでも無いんですが、実はあしたはわたくしの誕生日で……。こんな老爺さんになって、なにも誕生祝いをすることも無いんですが、年

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半七捕物帳 38 人形使い

岡本綺堂

一 「年代はたしかに覚えていませんが、あやつり芝居が猿若町から神田の筋違外の加賀ツ原へ引き移る少し前だと思っていますから、なんでも安政の末年でしたろう」と、半七老人は云った。「座元は結城だか薩摩だか忘れてしまいましたが、湯島天神の境内で、あやつり人形芝居を興行したことがありました。なに、その座元には別に関係のないことなんですが、その一座の人形使いのあいだに少

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半七捕物帳 39 少年少女の死

岡本綺堂

一 「きのうは家のまえで大騒ぎがありましたよ」と、半七老人は云った。 「どうしたんです。何があったんです」 「なにね、五つばかりの子供が自転車に轢かれたんですよ。この横町の煙草屋の娘で、可愛らしい子でしたっけが、どこかの会社の若い人の乗っている自転車に突きあたって……。いえ、死にゃあしませんでしたけれど、顔へ疵をこしらえて……。女の子ですから、あれがひどい引

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半七捕物帳 40 異人の首

岡本綺堂

一 文久元年三月十七日の夕六ツ頃であった。半七が用達から帰って来て、女房のお仙と差し向いで夕飯をくっていると、妹のお粂がたずねて来た。お粂は文字房という常磐津の師匠で、母と共に外神田の明神下に暮らしていることはすでに紹介した。 「いい陽気になりました」と、お粂はまだ白い歯をみせて笑いながら会釈した。「姉さん。今年はもうお花見に行って……」 「いいえ、どこへも

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半七捕物帳 41 一つ目小僧

岡本綺堂

一 嘉永五年八月のなかばである。四谷伝馬町の大通りに小鳥を売っている野島屋の店さきに、草履取りをつれた一人の侍が立った。あしたの晩は十五夜だというので、芒売りを呼び込んで値をつけていた亭主の喜右衛門は、相手が武家とみて丁寧に会釈した。野島屋はここらでも古い店で、いろいろの美しい小鳥が籠のなかで頻りに囀っているのを、侍は眼にもかけないような風で、ずっと店の奥へ

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半七捕物帳 42 仮面

岡本綺堂

ある冬の日、わたしが老人を赤坂の家にたずねると、老人は日あたりのいい庭にむかって新聞をよんでいた。その新聞には書画を種の大詐欺の記事がかかげてあって、京浜は勿論、関西九州方面にわたってその被害高は数万円にのぼったと書いてあった。老人は嘆息しながら云った。 「だんだん世の中が進むにつれて、万事が大仕掛けになりますね。それを思うとまったく昔の悪党は小さなもので、

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半七捕物帳 43 柳原堤の女

岡本綺堂

一 なにかの話から、神田の柳原の噂が出たときに、老人はこう語った。 「やなぎ原の堤が切りくずされたのは明治七、八年の頃だと思います。今でも柳原河岸の名は残っていて、神田川の岸には型ばかりの柳が植えてあるようですが、江戸時代には筋違橋から浅草橋までおよそ十町のあいだに高い堤が続いていて、それには大きい柳が植え付けてありましたから、春さきの眺めはなかなかよかった

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半七捕物帳 44 むらさき鯉

岡本綺堂

一 「むかし者のお話はとかく前置きが長いので、今の若い方たちには小焦れったいかも知れませんが、話す方の身になると、やはり詳しく説明してかからないと何だか自分の気が済まないというわけですから、何も因果、まあ我慢してお聴きください」 半七老人は例の調子で笑いながら話し出した。それは明治三十一年の十月、秋の雨が昼間からさびしく降りつづいて、かつてこの老人から聴かさ

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半七捕物帳 45 三つの声

岡本綺堂

一 芝、田町の鋳掛屋庄五郎が川崎の厄除大師へ参詣すると云って家を出たのは、元治元年三月二十一日の暁方であった。もちろん日帰りの予定であったから、かれは七ツ(午前四時)頃から飛び起きて身支度をして、春の朝のまだ明け切らないうちに出て行ったのである。 庄五郎の家は女房のお国と小僧の次八との三人暮らしで、主人が川崎まいりに出た以上、きょうは商売も休み同様である。こ

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半七捕物帳 46 十五夜御用心

岡本綺堂

一 私はかつて「虚無僧」という二幕の戯曲をかいて、歌舞伎座で上演されたことがある。その虚無僧の宗規や生活については、わたし自身も多少は調べたが、大体はそのむかし半七老人から話して聞かされたことが土台になっているのであった。 虚無僧の話をするついでに、半七老人は虚無僧と普通の僧とに絡んだ一場の探偵物語を聞かせてくれたことがある。老人は先ず本所押上村について説明

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半七捕物帳 47 金の蝋燭

岡本綺堂

一 秋の夜の長い頃であった。わたしが例のごとく半七老人をたずねて、面白い昔話を聴かされていると、六畳の座敷の電灯がふっと消えた。 「あ、停電か」 老人は老婢を呼んで、すぐに蝋燭を持って来させた。 「行灯やランプと違って、電灯は便利に相違ないが、時々に停電するのが難儀ですね」 「それでもお宅には、いつでも蝋燭の用意があるのには感心しますね」と、わたしは云った。

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半七捕物帳 48 ズウフラ怪談

岡本綺堂

一 まず劈頭にズウフラの説明をしなければならない。江戸時代に遠方の人を呼ぶ機械があって、俗にズウフラという。それに就いて、わたしが曖昧の説明を試みるよりも、大槻博士の『言海』の註釈をそのまま引用した方が、簡にして要を得ていると思う。言海の「る」の部に、こう書いてある。――ルウフル(蘭語Rofleの訛)遠き人を呼ぶに、声を通わする器、蘭人の製と伝う。銅製、形ラ

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半七捕物帳 49 大阪屋花鳥

岡本綺堂

一 明治三十年三月十五日の暁方に、吉原仲の町の引手茶屋桐半の裏手から出火して、廓内百六十戸ほどを焼いたことがある。無論に引手茶屋ばかりでなく、貸座敷も大半は煙りとなって、吉原近来の大火と云われた。それから四、五日の後に半七老人を訪問すると、老人は火事の噂をはじめた。 「吉原がたいそう焼けたそうですね。あなたにお係り合いはありませんか」 「御冗談でしょう。しか

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半七捕物帳 50 正雪の絵馬

岡本綺堂

一 これも明治三十年の秋と記憶している。十月はじめの日曜日の朝、わたしが例によって半七老人を訪問すると、老人は六畳の座敷の縁側に近いところに坐って、東京日日新聞を読んでいた。老人は歴史小説が好きで、先月から連載中の塚原渋柿園氏作『由井正雪』を愛読しているというのである。半七老人のような人物が歴史小説の愛読者であるというのは、なんだか不似合いのようにも思われる

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半七捕物帳 51 大森の鶏

岡本綺堂

一 ある年の正月下旬である。寒い風のふく宵に半七老人を訪問すると、老人は近所の銭湯から帰って来たところであった。その頃はまだ朝湯の流行っている時代で、半七老人は毎朝六時を合図に手拭をさげて出ると聞いていたのに、日が暮れてから湯に行ったのは珍らしいと思った。それについて、老人の方から先に云い出した。 「今夜は久しぶりで夜の湯へ行きました。日が暮れてから帰って来

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半七捕物帳 52 妖狐伝

岡本綺堂

一 大森の鶏の話が終っても、半七老人の話はやまない。今夜は特に調子が付いたとみえて、つづいて又話し出した。 「唯今お話をした大森の鶏、鈴ヶ森の人殺し……。それと同じ舞台で、また違った事件があるんですよ。まあ、ついでにお聴きください。御承知の通り、江戸時代の鈴ヶ森は仕置場で、磔刑や獄門の名所です。それですから江戸の悪党なんかは『おれの死ぬときは畳の上じゃあ死な

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