Vol. 2May 2026

Buku

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『吾輩は猫である』下篇自序

夏目漱石

『吾輩は猫である』下篇自序 夏目漱石 「猫」の下巻を活字に植えて見たら頁が足りないから、もう少し書き足してくれと云う。書肆は「猫」を以て伸縮自在と心得て居るらしい。いくら猫でも一旦甕へ落ちて往生した以上は、そう安っぽく復活が出来る訳のものではない。頁が足らんからと云うて、おいそれと甕から這い上る様では猫の沽券にも関わる事だから是丈は御免蒙ることに致した。 「

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『吾輩は猫である』中篇自序

夏目漱石

「猫」の稿を継ぐときには、大抵初篇と同じ程な枚数に筆を擱いて、上下二冊の単行本にしようと思って居た。所が何かの都合で頁が少し延びたので書肆は上中下にしたいと申出た。其辺は営業上の関係で、著作者たる余には何等の影響もない事だから、それも善かろうと同意して、先ず是丈を中篇として発行する事にした。 そこで序をかくときに不図思い出した事がある。余が倫敦に居るとき、忘

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呂宋の壺

久生十蘭

慶長のころ、鹿児島揖宿郡、山川の津に、薩摩藩の御朱印船を預り、南蛮貿易の御用をつとめる大迫吉之丞という海商がいた。 慶長十六年の六月、隠居して惟新といっていた島津義弘の命令で、はるばる呂宋(フィリッピン)まで茶壺を探しに出かけた。そのとき惟新は、なにかと便宜があろうから、吉利支丹になれといった。吉之丞は長崎で洗礼を受けて心にもなき信者になり、呂宋から柬埔塞の

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呉清源

坂口安吾

呉清源 坂口安吾 私は呉清源と二度しか会ったことがない。この春、月刊読売にたのまれて、呉清源と五子で対局した。五子は元々ムリなのだが、私も大いに闘志をもやしたせいか、呉氏を攻めて、呉氏の方が私よりも長考するような場面が現れ、こう考えられては、私の勝てる筈はない。アッサリ打棄られたが、私のヘボ碁には出来すぎた碁で、黒白童子や覆面子を感心させ、呉氏もほめていたそ

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呉清源

佐藤垢石

呉清源 佐藤垢石 呉清源は今や棋聖といつてよからう。 昭和二十六年四月初旬に於て対本因坊昭宇、橋本宇太郎八段との読売十番碁に、六勝二敗二持碁の成績であるが、吾々素人が見てもこの十番碁は、呉清源の勝に帰するであらうことが予想でき、世間一般の評も呉清源の方が大きな分を持つてゐるといつてゐた。それはそれとして、まだ一つ残された問題が他にある。それは藤沢庫之助九段と

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呉秀三先生

斎藤茂吉

呉秀三先生 斎藤茂吉 故正岡子規先生の『仰臥漫録』は、私の精神生活にはなくてかなわぬ書物の一つであった。 『仰臥漫録』の日々の筆録が明治三十四年九月に入って、「病人の息たえだえに秋の蚊帳」とか「病室に蚊帳の寒さや蚊の名残」とか、「糸瓜さへ仏になるぞ後るるな」などいうあわれな句が書いてあるようになって、その廿三日のくだりに、 九月廿三日。晴。寒暖計八十二度(午

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ドミノのお告げ

久坂葉子

或る日。―― 足音をしのばせて私は玄関から自分の居間にはいり、いそいで洋服をきかえると父の寝ている部屋の襖をあけました。うすぐらいスタンドのあかりを枕許によせつけて、父はそこで喘いでおります。持病の喘息が、今日のような、じめじめした日には必ずおこるのです。秋になったというのに今年はからりと晴れた日はまだ一日もなく、陰気な、うすら寒い、それで肌に何かねばりつく

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告・原民喜

熊平武二

詩人と小説家の混血児原民喜。君はとうとう自殺した。自分のための“鎮魂歌”を書き続けて来たから生きてくれるだろうと思ったのに、君の死を聞いて驚けなかったぼくは悲しい。自分の生存意識が生々しい。 三十年の交友は今にして長い。詩誌“春鶯囀”特殊誌“四五人会雑誌”のころが憶われる。去年数回飲んだときもあの当時の君とちっとも変らなかった。 僕あての遺書あらばあるいは骨

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「スタヴロギンの告白」の訳者に

堀辰雄

リルケの「M・L・ブリッゲの手記」を譯してゐると、神西清がきて、いきなり今晩中に何でもいいから自分宛に手紙を書いてくれと言ふのだ。何にするんだと訊いたら、それでもつて「スタヴロギンの告白」の新刊批評に代へたいと云ふのだ。何でもいいなら書くよ、と承諾した。それから今度一緒に譯すジィドの「田園交響樂」の打合はせなどして、神西は十時頃歸つていつた。さあ、一人になつ

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呑み込み八百長

栗島山之助

八百屋の長兵衛といふ男が、伊勢の海五太夫と、お座なりの碁をうつて、強いくせに負けて御機嫌を取つたといふ事が、八百長といふ相撲社会の隠語を生んだ。この社会にはいろ/\の隠語があるけれど、八百長といふのが一番ウマイ言葉に出来上つてゐる。これを相撲道以外の事に流用しても据りのいゝ感じがする。 所で八百長の始りは、双方が別段妥協をしておかないで、強い方が加減をしてあ

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周一と空気銃とハーモニカ

牧野信一

周一は、今年のお年玉に叔父さんから空気銃を貰つた。去年から欲しがつてゐたものだつたが、危いから駄目だ/\と云はれて、父からも母からも許されなかつた。その代りクリスマスの日に母から立派なハーモニカを買つて貰つたのであつた。 周一は、ハーモニカに直ぐ飽きてしまつた。何故かなら、一月もかゝつていくら一所懸命に吹いて見ても、やさしい唱歌さへ吹けなかつたからだ。 「ね

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周防石城山神籠石探検記

喜田貞吉

明治四十二年十二月三十日、世間では年末だ師走だと餅搗きやら懸取りやらに忙しく騒いでいる中を東京帝国大学の嘱によって石城山神籠石探検の為に登山した。同行者は日本歴史地理学会出張員藤井、宮崎の両文学士と芦田伊人氏とで、別に、九州における熱心家にその人ありと知られたる小倉中学校長文学士伊東尾四郎君は、わざわざその任地から来会され、遺蹟報告者熊毛郡視学西原為吉君をは

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呪咀

土谷麓

私の行手に横たわっていた白い墓が今度は起き上ってじっと私の顔を見ている私にはそこにゆくより路がない。どうせ卑俗な 夢がたみだ私の霊魂の全部にぐにゃぐにゃした笑顔がくっつき私の両側はどうせ苦悶の姿ばかりだだが此のデリカなかかり合いにはどうせ奴らのぴくついた神経では何としても 防げない精神力の強さがあるどうしようもない苦しみいつなくなろうとも果しれぬ憂鬱どこに行

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呪われの家

小酒井不木

近ごろ名探偵としてその名を売り出した警視庁警部霧原庄三郎氏は、よく同僚に向ってこんなことを言う。 「……いくら固く口を噤んでいる犯罪者でも、その犯罪者の、本当の急所を抉るような言葉を最も適当な時機にたった一言いえば、きっと自白するものだよ。ニューヨーク警察の故バーンス探偵の考案した Third Degree(三等訊問法)は、犯人をだんだん問いつめて行って一種

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呪はれた手

葛西善蔵

彼が、机の上の原稿紙に向つてペンを動かしてゐると、細君が外からべそ面して、駈け込むやうに這入つて来た。五つになる二女がおい/\泣いてついて来た。――また継母にやり込められたのだ。 困つたものだ――と彼は眉を寄せて、ペンを置いて、細君がおろ/\声して、例のヒステリー声して、訴へるのを聴いた。 それは今朝、彼の八つになる長女が、学校へ行く前に、継母の貰ひ子の十二

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呪の金剛石

野村胡堂

「世の中のあらゆる出来事が、みんな新聞記事になって、そのまま読者に報道されるものと思うのは大間違いです。事件の中には、あまりにそれが重大で、影響するところが大き過ぎる為に、又は、あまりにそれが幻怪不可思議で、そのままでは、とても信じられない為に、闇から闇へと――イヤ編輯長の卓の上から紙屑籠の中へと――葬られて行く事件は、決して少くはありません」 名記者、千種

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おにぎりの味

中谷宇吉郎

お握りには、いろいろな思い出がある。 北陸の片田舎で育った私たちは、中学へ行くまで、洋服を着た小学生というものは、誰も見たことがなかった。紺絣の筒っぽに、ちびた下駄。雨の降る日は、藺草でつくったみのぼうしをかぶって、学校へ通う。外套やレインコートはもちろんのこと、傘をもつことすら、小学生には非常な贅沢と考えられていた。 そういう土地であるから、お握りは、日常

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アンコウの味

佐藤垢石

数日前ちょっと閑があったから、水戸の常盤公園へ観梅に出かけて行った。しかし、水戸は湘南地方と違い寒国であるから、梅のつぼみはいまなお固く、つえひく人の風情も浅かった。 けれども、ひどくおいしい料理をさかなにして一杯やってきた。その料理というのはアンコウの共酢である。あの、黄カッ色を呈したアンコウの肝を蒸してこれをスリバチですりつぶし、酢と少量の砂糖を加えてか

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味瓜畑

小熊秀雄

味瓜畑 小熊秀雄 (一) お寺の境内の踊り場で男はさんざんに踊つた、疲れてへと/\になるほどに、呼吸がぜいぜいと鳴りだすほどに手を振つたり足を振つたりした。 その夜は月夜であつたので、踊りの輪をとりまく見物人もなかなか踊り見物を止して帰らうとしなかつたので、踊り子たちも調子づいて安心をして踊つてゐた。 一本の枯れた松の木がぎら/″\白く光つて立つてゐて、その

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味を知るもの鮮し

北大路魯山人

食物はなんとしても「美味く」あって欲しい。美味くなくてはよろこびというものがない。美味いものを食うと、人間誰しも機嫌がよくなる。必ずニコニコする。これが健康をつくる源になっているようだ。 美食を要求しているものは、口であるように思っているけれども、実は肉体の全部が連合して要求しているらしい。どうもそう考えられる。心というものも、その中の一員であって、常によろ

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味覚の美と芸術の美

北大路魯山人

すべての物は天が造る。天日の下新しきものなしとはその意に外ならぬ。人はただ自然をいかに取り入れるか、天の成せるものを、人の世にいかにして活かすか、ただそれだけだ。しかも、それがなかなか容易な業ではない。多くの人は自然を取り入れたつもりで、これを破壊し、天成の美を活かしたつもりで、これを殺している。たまたま不世出の天才と言われる人が、わずかに自然界を直視し、天

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味覚馬鹿

北大路魯山人

味覚馬鹿 北大路魯山人 美味い不味いは栄養価を立証する。 * 天然の味に優る美味なし。 * 現今の料理は美趣味が欠如している。 * 料理つくるも年齢、食う好みも年齢。 * 料理をつくる者は、つとめて価値ある食器に関心を有すべし。 * 高級食器、美器をつくらんとするものは、美食に通ずべし。 * 栄養価値充分にして美味にあらざるものは断じてない。美味なれば必ず栄

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どこかで呼ぶような

小川未明

わたくしが門を出ると、ちょうど、ピイピイ、笛をならしながら、らお屋が、あちらのかどをまがりました。 わたくしは、あの音を聞くと、なんとなく、春さきの感じがします。どこへ遊びにいくという、あてもなかったので、足のむくまま原っぱへきました。知らぬまにとなりのペスが、ついてきました。どうしたのか、きょうは、だれのかげも見えませんでした。 風のない、おだやかな空は、

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命を弄ぶ男ふたり(一幕)

岸田国士

人物 眼鏡をかけた男 繃帯をした男 鉄道線路の土手――その下が、材木の置場らしい僅かの空地、黒く湿つた土の、ところどころに、踏み躙られた雑草。 遠くに、シグナルの赤い灯。 どこかに、月が出てゐるのだらう。 眼鏡をかけた男――二十四五ぐらゐに見える――が、ぽつねんと、材木に腰をかけてゐる。考へ込む。 溜息をつく、洟をかむ。眼鏡を外して拭く。髪の毛をむしる。腕組

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