地方の青年についての報告
中井正一
地方の青年についての報告 中井正一 十万の労働者が月十銭の会費で、労働文化協会を組織しているんだというと、誰でもほんとか、といって驚く。広島県ではこの夢のような組織が、十一月で一年の誕生日を迎えようとしている。 この協会が夏期大学をやろうとして、二十一名の大学教授連を二十二カ町村へ送り込もうと計画した時は、何か私は、大海戦にでもぶつかるように腹の底で煮えるも
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中井正一
地方の青年についての報告 中井正一 十万の労働者が月十銭の会費で、労働文化協会を組織しているんだというと、誰でもほんとか、といって驚く。広島県ではこの夢のような組織が、十一月で一年の誕生日を迎えようとしている。 この協会が夏期大学をやろうとして、二十一名の大学教授連を二十二カ町村へ送り込もうと計画した時は、何か私は、大海戦にでもぶつかるように腹の底で煮えるも
中原中也
われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、人々自らを死物と観念してあらんことを! われは御身等を呪ふ。 心は腐れ、器物は穢れぬ。「夕暮」なき競走、油と虫となる理想! ――言葉は既に無益なるのみ。われは世界の壊滅を願ふ! 蜂の尾と、ラム酒とに、世界は分解されしなり。夢のうちなる遠近法、夏の夜風の小鎚の重量、それ等は既になし。 陣営の野に笑へる陽炎、空を匿して笑へる
豊島与志雄
地水火風空 豊島与志雄 月清らかな初夏の夜、私はA老人と連れだって、弥生町の方から帝大の裏門をはいり、右へ折れて、正門の方へぬけようとした。二人とも可成り酔っていた。不忍池の蓮の花に、月の光が煙っているのを眺めながら、一杯傾けての帰りなのである。 八角講堂の裏の、薄暗いだらだら坂を上りきって、ぱっと蒼白い月光の中に出た時、A老人は突然立止って、私の肩を叩いた
神西清
一人の医者が死んだ。それは彼の従姉のつれあひであつた。その男は、左のコメカミに大きな紫斑をにじませて、長い白木の箱に入れられて、鉄の運搬車に載せられて、火葬室の鉄扉へ足を向けて横たはつてゐる。はげしい火気で赤錆びの出た鉄扉がずらりと並んだ中で、ひときは大きいその扉には、特別一等の名誉のために、給仕頭のお四季施よろしく、銀色の唐草模様が絡んでゐる。運搬車の枕も
田中貢太郎
地獄の使 田中貢太郎 昼飯がすむと、老婆は裏の藪から野菊や紫苑などを一束折って来た。お爺さんはこの間亡くなったばかりで、寺の墓地になった小松の下の土饅頭には、まだ鍬目が崩れずに立っていた。 老婆はその花束を裏の縁側へ置いて、やっとこしょと上へ昇り、他処往きの布子に着更え、幅を狭く絎けた黒繻子の帯を結びながら出て来たところで、人の跫音がした。表門の方から来て家
海野十三
地獄街道 海野十三 1 銀座の舗道から、足を踏みはずしてタッタ百メートルばかり行くと、そこに吃驚するほどの見窄らしい門があった。 「おお、此処だ――」 と辻永がステッキを揚げて、後から跟いてくる私に注意を与えた。 「ム――」 まるで地酒を作る田舎家についている形ばかりの門と選ぶところがなかった。 「さア、入ってみよう」 辻永は麦藁帽子をヒョイと取って門衛に挨
原民喜
お祭りの夜だった。 叔父は薫を自転車に乗せて走ってゐた。と、警官が叔父を呼留めた。それから二人は警察へ連れて行かれた。薫の顔とそこの机は同じくらいの高さだった。叔父は頻りに薫の慄へてゐるのを宥めながら言ひ訳した。 「こんなに慄へてるぢゃありませんか、今日のところは大目に見てやって下さいよ。」 薫は警官が今に自分まで調べるのではないかと怖れた。 「なあに心配し
牧野信一
祖父の十七年の法要があるから帰れ――といふ母からの手紙で、私は二タ月振り位ひで小田原の家へ帰つた。 「此頃はどうなの?」私は父のことを訊ねた。 「だん/\悪くなるばかり……」母は押入を片附けながら云つた。続けて、そんな気分を振り棄てるやうに、 「此方の家はほんとに狭くて斯んな時には全く困つて了ふ。第一何処に何が蔵つてあるんだか少しも解らない。」などと呟いてゐ
牧野信一
祖父の十七年の法要があるから帰れ――という母からの手紙で、私は二タ月ぶりぐらいで小田原の家に帰った。 「このごろはどうなの?」 私は父のことを尋ねた。 「だんだん悪くなるばかり……」 母は押入を片付けながら言った。続けて、そんな気分を振り棄てるように、 「こっちの家はほんとに狭くてこんな時にはまったく困ってしまう。第一どこに何がしまってあるんだか少しも分らな
中谷宇吉郎
地球が円いという話は、何も珍しいことではない。今日では大抵の小学生が皆知っている通りである。 もっとも地球が完全な球形であるというのは本当は間違いで、第一に地球の表面にはヒマラヤの山もあれば、日本海溝もあるので、詳しく言えば、凹凸のあることは勿論である。それに中学生くらいならば、地球はそれらの凹凸を平均しても、やはり完全に円くはないので、南北方向に縮んだ楕円
太宰治
ヨワン榎は伴天連ヨワン・バッティスタ・シロオテの墓標である。切支丹屋敷の裏門をくぐってすぐ右手にそれがあった。いまから二百年ほどむかしに、シロオテはこの切支丹屋敷の牢のなかで死んだ。彼のしかばねは、屋敷の庭の片隅にうずめられ、ひとりの風流な奉行がそこに一本の榎を植えた。榎は根を張り枝をひろげた。としを経て大木になり、ヨワン榎とうたわれた。 ヨワン・バッティス
太宰治
「新潮」編輯者楢崎勤氏、私に命ずるに、「ちかごろ何か感想云々」を以てす。案ずるに、「ダス・ゲマイネ」の註釋などせよとの親切心より發せしお言葉ならむ。拙作「ダス・ゲマイネ」は、此の國のジヤアナリズムより、かつてなきほどの不當の冷遇を受け、私をして、言葉通ぜぬ國に在るが如き痛苦を嘗めしむ。舌を燒き、胸を焦がし、生命の限り、こんのかぎりの絶叫も、馬耳東風の有樣なれ
海野十三
『地球盗難』の作者の言葉 海野十三 本書は、僕がこれまでに作った科学小説らしいものを殆んど全部集めたものだ。科学小説らしい――といって、これを科学小説と云い切らぬわけは二つある。一つは僕が探偵小説として発表したものが一二混っていること、もう一つは僕の本当に企図しているところの科学小説としては、まだまだ物足らぬ感がするから、本当の科学小説はいよいよ今後に書くぞ
徳冨蘆花
地蔵様が欲しいと云ったら、甲州街道の植木なぞ扱う男が、荷車にのせて来て庭の三本松の蔭に南向きに据えてくれた。八王子の在、高尾山下浅川附近の古い由緒ある農家の墓地から買って来た六地蔵の一体だと云う。眼を半眼に開いて、合掌してござる。近頃出来の頭の小さい軽薄な地蔵に比すれば、頭が余程大きく、曲眉豊頬ゆったりとした柔和の相好、少しも近代生活の齷齪したさまがなく、大
小栗虫太郎
大都市は、海にむかって漏泄の道をひらいている。その大暗渠は、社会の穢粕と疲憊とを吸いこんでゆく。その汚水は、都市の秘密、腐敗、醜悪を湛えてまんまんと海に吐きだす。ところが、どんな都市でも、その切り口を跨いだあたりに奇異な街があるのだ。 そこは、劃然と区切られた群島のようなもので、どこにも橋の影を落さぬ、水というものがない。影は影に接し、水はくらく、しかも海に
中野鈴子
家はくずれていた 倉も納屋も 全部の屋根 門もくだけ ヘイもたおれ 石垣の石ひとつのこさず 家の中にあったもの 倉にいっぱい押し込められた 長持ち タンスども 美しい瀬戸物類 昔古来のガンジョウな遺物 ことごとく形をなくした 立ち木だけが突っ立って 何一つない 池にも水は絶え 古い柱 黒い板戸 大きな屋根 厚い壁 壁の土 机と太鼓 静かな音を出した門のあく音
田山花袋
すさまじい光景だ。人が行く。荷馬車が行く。乗合自動車が行く。鈴生になつてゐる電車が行く。路も歪んでゐる。樹も曲つてゐる。空も三角になつて見える。何うしても立体派の絵画といふ気がした。私は草鞋穿きに脚絆といふ姿で二食の結飯を脊負つて、焼跡をそつちから此方へと歩いた。 自然の力は大きい。人間の拵へたものなどは何でもない。一応は誰でもさういふ気がするだらう? しか
今村明恒
日本は地震國であり、又地震學の開け始めた國である。これは誤りのない事實であるけれども、もし日本は世界中で地震學が最も進んだ國であるなどといふならば、それは聊かうぬぼれの感がある。實際地震學の或方面では、日本の研究が最も進んでゐる點もあるけれども、其他の方面に於ては必ずしもさうでない。其故著者等は地震學を以て世界に誇らうなどとは思つてゐないのみならず、此頃のよ
寺田寅彦
地震というものの概念は人々によってずいぶん著しくちがっている。理学者以外の世人にとっては、地震現象の心像はすべて自己の感覚を中心として見た展望図に過ぎない。震動の筋肉感や、耳に聞こゆる破壊的の音響や、眼に見える物体の動揺転落する光景などが最も直接なもので、これには不可抗的な自然の威力に対する本能的な畏怖が結合されている。これに附帯しては、地震の破壊作用の結果
岩野泡鳴
暗き 浜辺 を たどり来たり、 水際 真近く 砂 を 握る。 握る 真砂 の もろき うちに、 闇の力 は その尾 振ひ、 手 をば つたひて 胸に 響く。 君よ、御空 の 星 を 説きて、 地なる ひゞき を 忘る勿れ、 遠き 深み の 浪 は 寄せて、 幾重 打ちては 畳む 砂 ぞ。 たとへ もろく ぞ 砕け去りて、 手 には 残れる 形 なくも、 永劫
末吉安持
神無月、日は淡々と 夕ぐれの雲ににほへば、 眼路ひくき彼方に薄れ あはれなる遠樹ぞ見ゆる。 畦をゆく斑の牛と 黄牛は声も慵く、 今は皆刑の場に 皮剥がれ紅く伏しなむ、 かく思ひ定めし如く とぼとぼと霧にまぎれぬ。 素枯野のあなた、沼尻の、 荻すすき折れ伏す所、 ああ如何に髑髏を洗ふ 冬の水音して落ちむ。 ひえひえと身に泌む寒さ、 われは今いづこ歩むや、 ふと
宮本百合子
坂 宮本百合子 モスクワ滞在の最後の期間、私たちは或るホテルに暮していた。ホテルといっても、サボイのようなのではなく、お湯がほしくなると自分でヤカンを提げて下の台所まで出かけて行き、ボイラーから注いで来るような暮しぶりのホテルである。 部屋に大きなテーブルが二つあり、一つを私の友達が、もう一つの方を私がつかって、私のテーブルにはフランスで買って来た藍と黄色の
牧野信一
坂口安吾の作品集が出たことは近頃僕にとつての稀なる快心の一つだ。といふのは友情的な心懐を全く別にして予々僕はこれらの作品については、その厭世の偏奇境から沸然として発酵し奇天烈無比なる滑稽演説家「風博士」との会合以来、澄明の大気の彼方にありあり髣髴する蜃気楼の夢に眼を視張らせられて恍惚の吐息に愉悦を味はふこと幾度――その都度口を極めて筆を執つて嘆賞――おそらく
坂口安吾
坂口流の将棋観 坂口安吾 私は将棋は知らない。けれども棋書や解説書や棋士の言葉などから私流に判断して、日本には将棋はあったが、まだ本当の将棋の勝負がなかったのじゃないかと思う。 勝負の鬼と云われた木村前名人でも、実際はまだ将棋であって、勝負じゃない。そして、はじめて本当の勝負というものをやりだしたのが升田八段と私は思う。升田八段は型だの定跡を放念して、常にた