夏
寺田寅彦
夏 寺田寅彦 一 デパートの夏の午後 街路のアスファルトの表面の温度が華氏の百度を越すような日の午後に大百貨店の中を歩いていると、私はドビュシーの「フォーヌの午後」を思いだす。一面に陳列された商品がさき盛った野の花のように見え、天井に回るファンの羽ばたきとうなりが蜜蜂を思わせ、行交う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように思われてくるのである。あらゆる人
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寺田寅彦
夏 寺田寅彦 一 デパートの夏の午後 街路のアスファルトの表面の温度が華氏の百度を越すような日の午後に大百貨店の中を歩いていると、私はドビュシーの「フォーヌの午後」を思いだす。一面に陳列された商品がさき盛った野の花のように見え、天井に回るファンの羽ばたきとうなりが蜜蜂を思わせ、行交う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように思われてくるのである。あらゆる人
宮本百合子
この夏 宮本百合子 これから書こうとするのは、筋も何もない漫筆だ。今日など、東京へ帰って見ると、なかなか暑い。いろいろ気むずかしいことなど書きたくない。それゆえ、これを読んで下さるかもしれぬ数多い方々の中に、私の親しい友達の一人二人を数えこみ、手紙のように、喋くるように楽なものを書きたい。若しそれが一寸でも面白ければ幸です。 先々月、六月の下旬、祖母の埋骨式
永井荷風
日頃懇意の仲買にすすめられて云わば義理ずくで半口乗った地所の売買が意外の大当り、慶三はその儲の半分で手堅い会社の株券を買い、残る半分で馴染の芸者を引かした。 慶三は古くから小川町辺に名を知られた唐物屋の二代目の主人、年はもう四十に近い。商業学校の出身で父の生きていた時分には家にばかり居るよりも少しは世間を見るが肝腎と一時横浜の外国商館へ月給の多寡を問わず実地
牧野信一
あいつの本箱には、黒い背中を縦に此方向きにした何十冊とも数知れない学生時代のノート・ブツクが未だに、何年も前から麗々と詰つてゐる。――尤も扉には必ず鍵がかゝつてゐるが、硝子が曇りでないから、中の書籍は一際見えるのであつた。珍らしいものは持つてゐないが殊の他の蔵書家で、書斎に続いた小さな納戸は殆んど書庫のかたちを呈してゐた。 どうしてあんなノート・ブツクなどを
小川未明
ある街に、気むずかしいおじいさんが住んでいました。まったく、独りぽっちでおりましたけれど、欲深なものですから、金をためることばかり考えていて、さびしいということなど知りませんでした。 「おじいさんは、おひとりで、おさびしくありませんか?」と、独り者のおじいさんの身の上を思って、なぐさめるものがあると、 「仕事にいそがしいから、そんなことは考えませんよ。」と、
坂口安吾
貴方は南国の傀儡を御存じですか? (と物識りの旅行家が私に話してきかせました) 文楽の舞台に比べては余り原始的でみすぼらしいものの、まことの名人気質と名も知られない人形造りが一心こめて残した霊妙な人形はむしろ棄てられた傀儡師に伝へられてゐるのです。 七年前のことです。四国の淋しい路傍で最も神秘な傀儡師を見ました。至妙な演戯よ! 私の心は涯もない夢幻の奥へ誘は
岸田国士
カルナツクの夏の夕 岸田國士 画家のO君から手紙が来て、静かな処だ、やつて来て見ろといふことでした。 細君からも何か書き添へてあつたやうに思ひます。 巴里から十何時間、ブルタアニュの西海岸で、その昔ケリオンといふ不思議な小人が住んでゐた処です。 宿はさゝやかなホテル・パンシヨン、国道を距てゝ美しい牧場などがありました。 海へも遠くはない。 聖堂の古風な鐘楼、
長谷川時雨
夏の夜 長谷川時雨 暗い窓から 地球が吸ひよせる雨――そんなふうな降りだ。 六十年ぶりだといふ暑熱に、苦しみ通した街は、更けてからの雷雨に、なにもかもがぐつすりと濡れて、知らずに眠つてゐる人も快げだ。 叩きつける雨の勢ひは、遮るものにあたつて彈きかへされ、白い霧になつてゐる。木の葉は――青桐の廣葉は、獅子がたてがみをふつてゐるやうに、葉を立てて、バリバリと、
平林初之輔
これは一九三〇年型の実話ではなくて、ごく古風な実話である。 今から十年ほど前私は内幸町のある会社につとめていた。その会社には、共産党の市川正一君、文芸戦線の青野季吉君、大竹博吉君のロシア問題研究所の仕事をしている時国理一君、外務省の板倉君、日日新聞の永戸君なども一しょにはたらいていたのだ。 その当時、時国は中里にすんでいた。私は田端にすんでいた。そして二人と
中原中也
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや 雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ 夏の夜の、博覧会は、哀しからずや 女房買物をなす間、かなしからずや 象の前に余と坊やとはゐぬ 二人蹲んでゐぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ 三人博覧会を出でぬかなしからずや 不忍ノ池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりきかなしからずや、 髪毛風に吹か
中原中也
夏の夜の博覧会は、哀しからずや 雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ 夏の夜の、博覧会は、哀しからずや 女房買物をなす間、 象の前に僕と坊やとはゐぬ、 二人蹲んでゐぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ 三人博覧会を出でぬかなしからずや 不忍ノ池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりき、かなしからずや、 髪毛風に吹かれつ 見てあ
中原中也
夏も半ばを過ぎてゐた。此処は銀座の裏通りのカフェー、卓子の上で扇風器は、哀しげな唸りをつづけてゐる。 三田村は私の前でさかんに飲んでゐる。その兎のやうな眼を赤くして、折々キヨロキヨロあたりを見廻す。女給達は、今来たばかりの常連らしいひどく冗談口を叩く男のまはりにみんな行つてしまつた。スタンドにゐるお内儀さんは、時々怪訝さうな眼付をその方にやつてゐる。 先刻ま
正岡子規
夏の夜の音 正岡子規 時は明治卅二年七月十二日夜、処は上根岸の某邸の構内の最も奥の家、八畳の間の真中に病の牀を設けて南側の障子明け放せば上野おろしは闇の庭を吹いて枕辺の灯火を揺かす。我は横に臥したる体をすこしもたげながら片手に頭をさゝへ片手に蚊を打つに余念無し。 午後八時より九時迄 北側に密接してある台所では水瓶の水を更ふる音、茶碗、皿を洗ふ音漸く止んで、南
長谷川時雨
夏の女 長谷川時雨 一夏、そのころ在阪の秋江氏から、なるみの浴衣の江戸もよいが、上布を着た上方の女の夏姿をよりよしと思ふといふ葉書が來たことがある。ふといま、そのことを思ひだした。 上布には、くつきりした頸あし、むつちりした乳房のあたりの豐けさをおもはされる。落附いた御内室さんである。なるみの浴衣は洗ひがみの、脊のすらりとした、といつて、お尻に女らしい艶やか
寺田寅彦
夏の小半日 寺田寅彦 俗に明き盲というものがあります。両の目は一人前にあいていながら、肝心の視神経が役に立たないために何も見る事ができません。またたとい目明きでも、観察力の乏しい人は何を見てもただほんの上面を見るというまでで、何一つ確かな知識を得るでもなく、物事を味わって見るでもない。これはまず心の明き盲とでも言わなければならない。よく「自然」は無尽蔵だと言
萩原朔太郎
夏帽子 萩原朔太郎 青年の時は、だれでもつまらないことに熱情をもつものだ。 その頃、地方の或る高等学校に居た私は、毎年初夏の季節になると、きまつて一つの熱情にとりつかれた。それは何でもないつまらぬことで、或る私の好きな夏帽子を、被つてみたいといふ願ひである。その好きな帽子といふのはパナマ帽でもなくタスカンでもなく、あの海老茶色のリボンを巻いた、一高の夏帽子だ
中原中也
とど、俺としたことが、笑ひ出さずにやゐられない。 思へば小学校の頃からだ。 例へば夏休みも近づかうといふ暑い日に、 唱歌教室で先生が、オルガン弾いてアーエーイー すると俺としたことが、笑ひ出さずにやゐられなかつた。 格別、先生の口唇が、鼻腔が可笑しいといふのぢやない、 起立して、先生の後から歌ふ生徒等が可笑しいといふのでもない、 それどころか、俺は大体、此の
堀辰雄
七月二十五日、信濃追分にて この前の土曜日にこちらに來るかと思つてゐたが、とうとう來られなかつたね。君のゐる大森の室生さんの留守宅の方へ手紙を出すと、どうも郵便物はみんな輕井澤の別莊の方へ送されてしまふらしいから、君の働いてゐる建築事務所宛にこの手紙を出すことにした。が、どうも輕井澤に建てるヒュッテの設計を頼む手紙ででもあるのならいいが、君に詩集を貰つたお禮
小川未明
姉さんは、庭前のつつじの枝に、はちの巣を見つけました。 「まあ、こんなところへ巣を造って、あぶないから落としてしまおうか。」と、ほうきを持った手を抑えてためらいましたが、 「さわらなければ、なんにもしないでしょう。」 せっかく造りかけた巣をこわすのもかわいそうだと考え直して、しばらく立ち止まって、一ぴきの親ばちが、わき見もせず、熱心に小さな口で、だんだんと大
末吉安持
真夏の午の片日向、 苔すこし泥ばみ青む捨石に、 鳩酢草は呼吸細う雫に湿ひ 実を持ちぬ、かつ喘息ぎつゝ。 そのかみ誰れに小さなる 性は得て、また誰恋ひて、その熟実、 かつこぼし、かつ夜を待ちて、 いづ方へ精進の魂ぞ。 鳩酢草はえも知らず、 捨石に。――小雨のあとの風いきれ、 木々みな死ぬと泣く庭に、ひとり静に おほどかに夢に入るさま。 蚊帳を繞れる名香に、 手
小泉八雲
その旅館は、楽園のように思えたし、女中たちも天女のようだった。これは、明け方、条約による五開港の一つ、長崎から逃げるように帰って来たばかりだからである。というのも、「近代的な設備」を完備したヨーロッパ式ホテルの方がよっぽど快適ではなかろうかと、当初思い込んでいたからだ。それだけに、ここでこうして、浴衣を着てくつろぎ、ひんやりした座布団に座り、よろしき声の女中
北大路魯山人
夏の暑さがつづくと、たべものも時に変ったものが欲しくなる。私はそうした場合、よくこんなものをこしらえて、自分自身の食欲に一種の満足を与える。 雪虎――これはなんのことはない、揚げ豆腐を焼き、大根おろしで食べるのである。その焼かれた揚げ豆腐に白い大根おろしのかけられた風情を「雪虎」と言ったまでのことである。もし大根おろしの代りに、季節が冬ででもあって、それがね
原民喜
まっ青な空に浮ぶ一片の白い雲がキラキラと雪のやうに光ってゐる、山の頂である。向ふには竹藪があって、晴嵐がまき起ってゐる。そこに金髪の女がガーターを留めようとして脚をかがめながら笑ってゐる。イメージと実景がごっちゃになって、生活感情がもっと旅を欲してゐる。青年は九州の山の奥へ来て、ライン河が見たいなと呟く。 人の気もない石で囲まれた浴槽へ彼が入ると、女の裸体が
小川未明
「おじさん、こんど、あめ屋さんになったの。」 正ちゃんは、顔なじみの紙芝居のおじさんが、きょうは、あめのはいった箱をかついできたので、目をまるくしました。 「ほんとうだわ、おじさん、あめ屋さんになったの。」と、花子さんもききました。 「ええ、あめ屋になりましたよ。」 「どうして?」 「紙芝居がたくさんになって、話では、はやりませんから、これからあめで、なんで