Vol. 2May 2026

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Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

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レコード夜話

宮城道雄

レコード夜話 宮城道雄 メニューヒンの演奏会を日比谷の公会堂へ聴きに行って、あとで楽屋へ挨拶に行くと、握手をしながら how do you do と言われた。その声が高い若々しい調子に聞こえた。帰ろうとすると、もう一度握手されたので私は嬉しかった。 そのせいか、氏のレコードが集めたくなって、いろいろ買い求めた。そして、氏の写真のついたアルバムへ手さぐりで一枚

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夜の讃歌

富永太郎

地は定形なく曠空くして黒暗淵の面にあり 神の霊水の面を覆ひたりき ――創世記 黒暗の潮 今満ちて 晦冥の夜ともなれば 仮構の万象そが※性を失し 解体の喜びに酔ひ痴れて 心をのゝき 渾沌の母の胸へと帰入する。 窓外の膚白き一樹は 扉漏る赤き灯に照らされて いかつく張つた大枝も、金属性の葉末もろ共 母胎の汚物まだ拭はれぬ 孩児の四肢の相を示現する。 かゝる和毛の

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夜の赤坂

国木田独歩

夜の赤坂 國木田獨歩 東京の夜の有様を話して呉れとの諸君のお望、可しい、話しましよう、然し僕は重に赤坂区に住んで居たから、赤坂区だけの、実地に見た処を話すことに致します。 先づ第一に叔母様などは東京を如何にか賑かな処と思つて、そろ/\と自分の眼で自分の景色を形つて居なさるだらうが、実地見ると必定その想像の違つて居たことに驚かれるだらうと思ふ。京にも田舎ありと

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夜通し風がふいていた

竹内浩三

上衣のボタンもかけずに 厠へつっ走って行った 厠のまん中に くさったリンゴみたいな電灯が一つ まっ黒な兵舎の中では 兵隊たちが あたまから毛布をかむって 夢もみずにねむっているのだ くらやみの中で まじめくさった目をみひらいている やつもいるのだ 東の方が白んできて 細い月がのぼっていた 風に夜どおしみがかれた星は だんだん小さくなって 光をうしなってゆく

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夜の進軍らっぱ

小川未明

山の中の村です。雪の深く積もったときは、郵便もなかなかこられないようなところでした。父親一人、息子一人のさびしい暮らしをしていましたが、息子は、戦争がはじまると召集されて、遠く戦地へ出征してお国のために働いていました。 「おじいさん、息子さんのところから、たよりがあったかい。」と、顔を見ると村の人はきいてくれました。 「あ、こないだあった、達者で働いているそ

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夜長ノート

種田山頭火

夜長ノート 種田山頭火 小春日和のうららかさ。のんびりとした気持になって山の色彩を眺める。赤い葉、黄色い葉、青い葉、薄黒い葉――紅黄青褐とりどりのうつくしさ。自然が秋に与えた傑作をしみじみ味わうたのしさ。いつしか、うっとりとして夢みごころになる。自然の無関心な心、秋の透徹した気、午後三時頃の温かい光線が衰弱した神経の端々まで沁みわたって、最う社会もない、家庭

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夜長姫と耳男

坂口安吾

夜長姫と耳男 坂口安吾 オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、 「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオレの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠や

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夜間教育の振興

嘉納治五郎

最近わが國の教育は、之れを一般的に言へば、その形式の方面にも、その内容の方面にも、著しい進歩が認められるけれども、ひとり夜間教育に於ては、その學校數及生徒數の上から見ても、その設備内容の上から見ても、未だ歐米大國に比して遜色を見る實状に在ると言はねばならない。 然るに夜間學校に通學する子弟の多くは、晝間業務に服して獨立自營能く乏しきに堪へながらも、猶研學の念

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夜の隅田川

幸田露伴

夜の隅田川 幸田露伴 夜の隅田川の事を話せと云ったって、別に珍らしいことはない、唯闇黒というばかりだ。しかし千住から吾妻橋、厩橋、両国から大橋、永代と下って行くと仮定すると、随分夜中に川へ出て漁猟をして居る人が沢山ある。尤も冬などは沢山は出て居ない、然し冬でも鮒、鯉などは捕れる魚だから、働いて居るものもたまにはある。それは皆んな夜縄を置いて朝早く捕るのである

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ルヴエルの『夜鳥』

平林初之輔

日本には厳密な意味でのコントの作家がない。コントにふさわしい断面もしくは刹那において人生をとらえる俊敏な把握力とこれを軽快に表現する表現力とをそなえた作家が日本にはまだない。偉大なる長編作家が日本にないことはよくいわれているし、それも事実であるが、それと同時に秀れたコントの作家も日本にはないということを我々は公平に認めなくてはならぬ。 田中早苗氏の翻訳によっ

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夜の鳥

神西清

夜の鳥 神西清 去年の夏のことだ。 H君夫妻が、終戦後はじめて軽井沢の別荘びらきをするといふので、われわれ旧友二三人が招かれたことがある。そのなかに、久しぶりでわれわれの前に姿をあらはしたG君もゐた。これは思ひがけなかつた。 われわれ仲間といふのは、ほんの高等学校の頃に同室だつただけの関係なのだが、そんな漠然とした若い時代の友情が、めいめい別れ別れに大学へ進

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夜の黒鯛

佐藤垢石

品川沖道了杭夜の黒鯛釣は、夏の暑熱を凌ぐにこれほど興味豊かな遊びはない。焼けつく都塵を避けて品川、金杉、築地、月島、神田川などの舟宿へ行けば午後三時頃からもう舟は出漁の準備をしている。南の海風は波頭を舟の舳に打たせて涼気肌に迫る。お台場から東南の道了杭につけると、先頭着の舟は見通せない程並んで、互に好適の釣場を選んでいる。 先に河岸を突いた舟は竿を弓のように

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南部修太郎

五月のある晴れた土曜日の夕方だつた。いつになく元※のいい、明るい顏付で勤め先から帰つて※たM会社員の青木さんは、山の手のある靜かな裏通りにある我家の門口をはひると、今まで胸に包んでゐたうれしさを一時に吐き出すやうにはしやいだ声で奧さんの名を呼んだ。と奧さんはびつくりした様子で小赱りにそこへ迎へ出て※た。 「お帰んなさい。――いつたいまあ何なの? いきなりそん

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寺田寅彦

石の階段を上って行くと広い露台のようなところへ出た。白い大理石の欄干の四隅には大きな花鉢が乗っかって、それに菓物やら花がいっぱい盛り上げてあった。 前面には湖水が遠く末広がりに開いて、かすかに夜霧の奥につづいていた。両側の岸には真黒な森が高く低く連なって、その上に橋をかけたように紫紺色の夜空がかかっていた。夥しい星が白熱した花火のように輝いていた。 やがて森

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豊島与志雄

夢 豊島与志雄 幼時、正月のいろいろな事柄のうちで、最も楽しいのは、初夢を待つ気持だった。伝説、慣例、各種の年中行事、そういったものに深くなじんでた祖母が、初夢によってその年の運勢が占われることを、私に教えてくれた。二日の朝、或は三日の朝には、昨晩の夢はどうだったかと、祖母は必ず私に尋ねかける。その顔はいつも晴やかで、にこにこしている。そして私がみた夢の解釈

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桜間中庸

美しい夢を見た。 清流にかゝつた白い橋の上に私は妹たちと居た。さゞれ石の上をチロチロと流れて行く碧玉の水。私は嵐山かどこかの繪葉書を想つてゐた。 美しい夢であつた。山路にかゝつてゐた妹たちと兄と私。藤の房があつた。スヰートピーの花のやうな群がりであつた。私は妹のためにその房を、こぼれる花を氣にしながら折つた。 私は健康である。 郷里に歸る日の近いせいであらう

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原民喜

彼はその女を殺してしまはうと決心しながら、夜更けの人足も薄らいだK――坂を登ってゐた。兇器にするか、何にするか、手段はまだ考へてゐなかった。が、その烈しい憤怒だけで、彼は女の首を完全に絞めつけることが出来さうだった。 ふと彼は考への途中で、夜店の古本屋の爺さんを何気なしに眺めた。爺さんは一人ほくほくしながら店をしまってゐた。人のいい、実に和やかな笑顔が彼を見

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相馬泰三

夢 相馬泰三 一 そとは嵐である。高い梢で枝と枝との騒がしくかち合ふ音が聞える。ばら/\と時折り窓をかすめて落葉が飛ぶ。だが、それ等は決して、老医師の静かな物思ひのさまたげにはならなかつた。天井の高い、ガランとした広い部屋の中の空気はヒヤ/\と可成冷たかつたが、彼は大きな安楽椅子に身を深く埋めてゐたから、それも平気であつた。それに物思ひと云つても、それは彼の

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萩原朔太郎

夢 萩原朔太郎 夢と人生 夢が虚妄に思はれるのは、個々の事件が斷片であり、記憶の連續がないからである。昨日私は、夢の中で借金し、夢の中で怪我をした。しかし朝になつて見れば、借金を返す義務もなく、負傷の跡方さへもないのである。そして今夜の夢は、それと全く別なことを經驗する。だがもしさうでなく、夢が夜毎に連續したらどうであらうか。昨日の夢で怪我をした私は、今夜の

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夢がたり

ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ

六月のある素晴らしい日のこと――ただし素晴らしいと月並みなお断りをしたのは、列氏で二十八度という温度だったからですが――その素晴らしい六月のある午後のこと、どこもかしこもきびしい暑さでした。なかでもつい四五日まえに刈り入れの済んだ乾草が、禾堆をなして並んでいる庭の草場は、またひとしおの暑さでありました。というのはその場所が、茂りに茂った桜畑で、風上をさえぎら

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ゆふべみた夢(Etude)

富永太郎

花の散つてゐる街中の桜並木を通つてゐた。灯ともし頃であつた。妙な佗しさに追ひ立てられるやうな気持で、足早に歩いてゐたやうだつた。 道の左手に明るいカフエが口を開いてゐた。入口に立つて覗くと、酒を飲んでしやべつてゐる群の中に知つた顔が二三人見えた。あまり会ひたくもない人たちだつたので、僕はしばらくそこに立つたまゝでゐた。 そのとき奥の勘定台のわきの壁に倚りかゝ

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夢のお七

岡本綺堂

夢のお七 岡本綺堂 一 大田蜀山人の「一話一言」を読んだ人は、そのうちにこういう話のあることを記憶しているであろう。 八百屋お七の墓は小石川の円乗寺にある。妙栄禅定尼と彫られた石碑は古いものであるが、火災のときに中程から折られたので、そのまま上に乗せてある。然るに近頃それと同様の銘を切って、立像の阿弥陀を彫刻した新しい石碑が、その傍に建てられた。ある人がその

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夢と人生

原民喜

夢と人生 原民喜 夢のことを書く。お前と死別れて間もなく、僕はこんな約束をお前にした。その時から僕は何も書いていない夢に関するノートを持ち歩いているのだ。僕は罹災後、あの寒村のあばら屋の二階で石油箱を机にして、一度そのノートに書きかけたことがある。が、原子爆弾の惨劇を直接この眼で見てきた僕にとっては、あの奇怪な屍体の群が僕のなかで揺れ動き、どうしても、すっき

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