大いなるもの
宮本百合子
大いなるもの 宮本百合子 大いなるものの悲しみ! 偉大なるものの歎き! すべての時代に現われた大いなるものは、押並べて其の輝やかしい面を愁の涙に曇らして居る。 我々及び我々の背後に永劫の未来に瞑る幾多数うべくもあらぬ人の群は、皆大いなるものの面をみにくき仮面もて被い、其を本来の面差しと思いあやまって見ると云う痛ましい事実を抱いて居る。 何物を以ても抗し得ぬ時
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宮本百合子
大いなるもの 宮本百合子 大いなるものの悲しみ! 偉大なるものの歎き! すべての時代に現われた大いなるものは、押並べて其の輝やかしい面を愁の涙に曇らして居る。 我々及び我々の背後に永劫の未来に瞑る幾多数うべくもあらぬ人の群は、皆大いなるものの面をみにくき仮面もて被い、其を本来の面差しと思いあやまって見ると云う痛ましい事実を抱いて居る。 何物を以ても抗し得ぬ時
木暮理太郎
赤石山系の二大山脈即ち白峰山脈と赤石山脈とは、其北端に位する鳳凰山塊と共に、日本南アルプスと呼ばれている。此等の山脈は北アルプスと呼ばれている飛騨山脈よりは、概して高さに於て優っているに拘らず、登山者の数は反て甚だ少ないのである。殊に赤石山脈の南半に至っては友人中村君の話によると、其地方に住んで三十年も鉄砲打をしていた唯一の案内者でさえ、尾根の上迄は登ったこ
宮本百合子
近頃、一部の作家たちの間に、日本の作者はもっと「大人の文学」をつくるようにならなければならない、という提唱がなされている。この頃一般人の興味関心は文学から離れつつある。その理由を、今日の作家は文学青年の趣向に追随して、その作品の中で人間はいかに生きてゆくべきかという生きかたを示さず、小説の書きかたに工夫をこらしているからであると見る評論家(小林秀雄氏)作家(
水上滝太郎
私の子供の頃のことであるが、往来を通る見ず知らずの馬車の上の人や車の上の人におじぎをして、先方がうっかり礼をかえすと、手をうって喜ぶいたずらがあった。日清戦争の頃で、かつ陸海軍の軍人の沢山住んでいた土地柄、勲章をぶらさげて意気揚々として通る将校が多かった。向こうの方から、金モールを光らせて来る姿を見ると、車の前につかつかと進んで、帽子をとったりして得意がるの
三遊亭円朝
大仏餅。袴着の祝。新まへの盲目乞食 三遊亭円朝 このたびはソノ三題話の流行つた時分に出来ました落語で、第一が大仏餅、次が袴着の祝、乞食、と云ふ三題話を、掲載すことに致しました。 場所は山下の雁鍋の少し先に、曲る横丁がありまする。彼の辺に明治の初年まで遺つて居つた、大仏餅と云ふ餅屋がありました。余り美味しくはございませんが、東京見物に来る他県の方々が、故郷へ土
中井正一
大会を終りて 中井正一 今度の大会を顧みて、私たちは図書館なるものの概念が、一九五〇年にふさわしく、新たなる意味を、日本においてもおのずから新たにつくられつつあることを、確然と見ずにいられない。 日本全国より結集せる五百人に余る若々しき図書館人が、近代的会議の技術を美事に駆使しながら、正確に、熱意に満ちて討議を繰り返している姿は、参加せるすべての人々に新たな
海野十三
1 ずいぶんいい気持で、兵器発明王の金博士は、豆戦車の中に睡った。 睡眠剤の覚め際は、縁側から足をすとんと踏み外すが如く、極めてすとん的なるものであって、金博士は鼾を途中でぴたりと停めたかと思うと、もう次の瞬間には、 「さて、この大使館では朝飯にどんな御馳走を出しよるかな」 と、寝言ではない独り言をいった。 博士が、年齢の割にかくしゃくたる原因は、一つは博士
武田麟太郎
大凶の籤 武田麟太郎 どんな粗末なものでも、仕立下しの着物で町を歩いてゐて、時ならぬ雨に出逢ふ位、はかないばかり憂欝なものはない。いや、私の神経質は、ちよつと汗をかくのにも、ざらざらと砂埃を含んだ風に吹きつけられるのにも、あるひはまた乗物や他家の座席の不潔さにも、やり切れない嫌悪の情を起させるほどである。ある夏の日、私は浅草に近い貧民窟で、――そこで知合にな
谷崎潤一郎
人と人とが長い人生の行路に於いて偶然に行き遭い、相接触し、互いに感化を及ぼし、やがて再び別れ別れになって行く因縁を思うと、奇妙な感じがしないでもない。 私は関東の震災のために関西へ来、大正十三年から阪神間の住人になった。小出君は元来大阪の人であったが、芦屋にアトリエを建てて移って来られたのは、大正十四年頃であった。そして最初は山口謙四郎氏邸の会で、次にはつる
野口雨情
停車場前から市街の外側をめぐる、新にひらかれた八間道路は前橋市の一偉観である。鈴懸けの街路樹が深緑の葉を夕風にそよがせて、見るからに涼しげであつた。夜は鈴蘭の花にかたどつた鈴蘭燈籠がついて、夏の夜にふさはしい『明け易き』といふ感じがある。民謡二篇。 ○ 来たらよく見な 鈴蘭燈籠 小花四つで 親一つ ○ 夜の前橋ア 鈴蘭燈籠 お月ヤ出なくも 闇はない
勝海舟
大勢順応 勝海舟 憲政党が、伊藤さんに代つて、内閣を組織した当時、頻りに反対して騒ぎまはつた連中も、己れは知つて居るよ。だが随分見透しの付かない議論だと思つて、己れなどは、独りで笑つて居たのさ。御一新の際に、薩摩や、長州や、土州が政権を執れたとて、なに彼等の腕前で、迚も遣り切れるものかと、榎本や、大鳥などは、向きになつて怒つたり、冷やかしたりした連中だ。所が
佐佐木信綱
いゆきめぐるあしびがもとの道明るし春日野にある此の夕なり 我が行くは憶良の家にあらじかとふと思ひけり春日の月夜
堀辰雄
その藁屋根の古い寺の、木ぶかい墓地へゆく小径のかたわらに、一体の小さな苔蒸した石仏が、笹むらのなかに何かしおらしい姿で、ちらちらと木洩れ日に光って見えている。いずれ観音像かなにかだろうし、しおらしいなどとはもってのほかだが、――いかにもお粗末なもので、石仏といっても、ここいらにはざらにある脆い焼石、――顔も鼻のあたりが欠け、天衣などもすっかり磨滅し、そのうえ
折口信夫
大嘗祭の本義 折口信夫 一 最初には、演題を「民俗学より見たる大嘗祭」として見たが、其では、大嘗祭が軽い意義になりはせぬか、と心配して、其で「大嘗祭の本義」とした。 題目が甚、神道家らしく、何か神道の宣伝めいた様なきらひがあるが、実は今までの神道家の考へ方では、大嘗祭はよく訣らぬ。民俗学の立場から、此を明らかにして見たい。 此処で申して置かねばならぬのは、私
坂口安吾
どの時代も興味深いが、今が戦争のあとで同時に戦争の前夜のようでもあるから、今に通じている時代に特にひかれるが、実は案外にも、日本の歴史は神話以来一貫して、乱世にまた現代に通じているようです。全然戦争などということにとりあわずに大らかな敗北ぶり無関心ぶり風流ぶりを残している大国主のミコトのようなノンキな大人物は異風(威風と言いたいが)堂々。概して神話や上代は現
長谷川時雨
大塚楠緒子 長谷川時雨 もうやがて二昔に近いまえのことでした。わたしは竹柏園の御弟子の一人に、ほんの数えられるばかりに、和歌をまなぶというよりは、『万葉集』『湖月抄』の御講義を聴講にいっておりました。すくなくても十人、多いときは二、三十人の人たちが、みんな熱心に書籍の中へ書入れたり、手帖へうつされたりしていました。男子も交る時もありましたが、集りは多く女子ば
槙村浩
大きな夢を夕べ見た ヒマラヤ山を引ぬいて 万里の長城ひっかつぎ 太平洋を背に負ひ 北極の氷まるのみし あんまり重くてバッタリと そこに倒れて下じきだ 「いたい/\」と思ったら 何だ今のは夢だった ●図書カード
寺田寅彦
一九〇九年五月十九日にベルリンの王立フリードリヒ・ウィルヘルム大学の哲学部学生として入学した人々の中に黄色い顔をした自分も交じっていた。厳かな入学宣誓式が行われて、自分も大勢の新入生の中にまき込まれて大講堂へ這入ったが、様子が分らないのでまごまごしていると、中に一人物馴れた日本人が居ていろいろ注意してくれて助かった。それは先年亡くなった左右田喜一郎博士であっ
牧野信一
往来で騒いでゐる声が何うも自分を呼んでゐるらしく思はれるので私は、ペンを擱いて、手の平を耳の後ろに翳した。 「誰だな?」 私は呟いだ。私は首を傾げたが、執筆に熱中してゐる頂上だつたので、そんな騒ぎも忽ち私の仕事の世界(Flattering Phantom)と混同されてしまつて、私は眼を輝かせながら更に呟いだ。 「GOD KHONSU の帰来かな? あの瑠璃色
海野十三
黒いインキをとかしたようなまっくらがりの宇宙を、今おびただしい噴行艇の群が、とんでいる。 「噴行艇だ!」 噴行艇といっても、なんのことか、わからない人もあるであろう。噴行艇は、ロケットとも呼ばれていた時代があった。飛行機は、空をとぶことができるが、空気のないところではとべない。しかし噴行艇は、空気のないところでも、よくとべるのだ。艇尾へむけ、八本の噴管から、
土田耕平
おほ寒こ寒 山から小僧が とんでくる…… 冬のさむい晩のこと、三郎はおばあさんと二人で、奥座敷のこたつにあたつてゐました。庭の竹やぶが、とき/″\風に吹きたわむ音がして、そのあとは、しんとしづかになります。そして、遠くの方で犬の吠える声がきこえたりするのも、山家の冬らしい気もちであります。大寒小寒の唄は、さういふさむい晩など、おばあさんが口癖のやうに、三郎に
チェーホフアントン
「ね、馭者をやって見てもいいでしょう。私、馭者のとこへ行くわ!」とソフィヤ・リヴォヴナが声高に言った、「馭者さん、待ってよ。私、あんたの隣へ行くから。」 彼女が橇の中で起ちあがると、夫のヴラヂーミル・ニキートイチと、幼な友だちのヴラヂーミル・ミハイルイチとは、倒れぬように彼女の腕を支えた。トロイカは疾走している。 「だから、コニャックを飲ませてはいけないと言
片山広子
大へび小へび 片山廣子 日本では蛇の昔ばなしがたくさんあるが、アイルランドの伝説にも蛇が多いやうである。同じやうに島国のせゐかもしれない。初めに私が読んだのはごく太古のこと、北方の山の湖水に劫を経た大蛇が、将来えらい人がこの国に来て蛇族全部を退治してしまふといふ予言をきいたので、さういふ災禍の来ない前に海に逃げてしまはうと思つて、一生けんめいに湖水から逃げ路
直木三十五
便室(老中が、城内で、親しい者と話をする小部屋)の襖を開けると 「急用で御座りますかな」 と、口早にいって、越前守は、松平伊豆守信祝(信綱の曾孫)の前へ坐った。 「急用と申すほどで無いが――天一坊と申す者の噂を聞いたか?」 と、信祝は、唇で微笑しながら、じっと越前守の眼をみた。越前守は、頷くと 「何か、所司代より申越して参りましたか」 奥坊主が、廊下で 「お