大植物図鑑 03 序
本多静六
著者村越君が訪問されて本書の批判を余に請はれた。そこで余は本書の内容、殊に余の專攻項目に就て目を通したが、先づ第一に余の感心したのは斯の如き尨大なる著述を其の圖の全部から説明の各項まで君一人の手によつて完成せられたといふことである。著述に聊か經驗ある余には君の非常なる此の努力に對し敬意を表せずには居られない。從來此の種の著書は二三にして止まらないが、大抵は各
Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik
本多静六
著者村越君が訪問されて本書の批判を余に請はれた。そこで余は本書の内容、殊に余の專攻項目に就て目を通したが、先づ第一に余の感心したのは斯の如き尨大なる著述を其の圖の全部から説明の各項まで君一人の手によつて完成せられたといふことである。著述に聊か經驗ある余には君の非常なる此の努力に對し敬意を表せずには居られない。從來此の種の著書は二三にして止まらないが、大抵は各
宮本百合子
先日は脚本をわざわざまことに有難うございました。あれから丁度林町に出かけるところであったので、途中電車のさわがしさも忘れて拝見し始め、二三日うちにすっかり拝見致しました。いろいろの事を感じたので、早速、手紙を差上げたいと思いながら、少ししなければならない事があったので失礼致しました。 真個に今日の、少し自分と云うものを考え、周囲に批判的な眼を持つ私共位の女性
長谷川時雨
大橋須磨子 長谷川時雨 霜月はじめの、朝の日影がほがらかにさしている。澄みきった、落附いた色彩と香があたりに漂い流れている。 朝雨にあらわれたあとの、すがすがしい空には、パチパチと弾ける音がして、明治神宮奉祝の花火があがっている。小禽が枝から飛立つ羽ぶきに、ふち紅の、淡い山茶花が散った。 今日中にはどうしても書いてしまわなければならないと思いながら、目のまえ
牧野信一
「唖者にも妻がある、彼自身に許されたる夢がある。」 私は、いつか「環魚洞風景」といふ私小説の中で、唖子ノ一夢ヲ得ルガ如ク云々の諺を、そんな風に曲げて異人娘に答へた事がある。これが吾家の抱負では情けない、が質問に接した時それを思ひ出したので、答へとしては厭味で且つ見当はづれらしいが、誌して見た。 ●図書カード
杉田久女
大正女流俳句の近代的特色 杉田久女 前期雑詠時代 大正初期のホトトギス雑詠に於ける婦人俳句は、女らしい情緒の句が大部分であったが、大正七年頃より俄然、純客観写生にめざめ来り、幾多の女流を輩出して近代的特色ある写生句をうむに到った。実に大正初期雑詠時代は元禄以来の婦人俳句が伝統から一歩、写生へ突出した転換期である。 一 近代生活思想をよめる句 (1) 近代生活
竹内浩三
交通が便利になって 文化はランジュクした 戦争に勝って リキュウルをのんだ はだかおどりの女のパンツは 日章旗であった タケヒサ・ユメジが みみかくしの詩をかいた 人は死ぬことを考えて 女とあそんだ 女とあそんで 昇天した 震災が起って いく人もやけ死んだ やけ死ななかったものは たち上った たち上った たち上った ボクらのニッポンは 強い国であった
正岡容
木下杢太郎氏が名詩集『食後の唄』の中の「薄荷酒」と云ふ詩の序の一節を、ちよつと読んで見て呉れないか。 「その頃聴いたのは松声会でなくて、哥沢温習会の方であつた。芝とし、芝みねなどと云ふ美声の老女もまだ微かに覚えてゐる。(中略)かかる会には美しい聴衆も多くて、飛白の羽織に小倉の袴を穿つた身の風情を恥かしいと思ふこころもあつた。やや年とつた男の人々のうちには、川
楠山正雄
大江山 楠山正雄 一 むかし源頼光という大将がありました。その家来に渡辺綱、卜部季武、碓井貞光、坂田公時という四人の強い武士がいました。これが名高い、「頼光の四天王」でございます。 そのころ丹波の大江山に、酒呑童子と呼ばれた恐ろしい鬼が住んでいて、毎日のように都の町へ出て来ては、方々の家の子供をさらって行きました。そしてさんざん自分のそばにおいて使って、用が
野村胡堂
山浦丈太郎は、不思議な手紙を受取りました。その意味は――。 其方は人を殺した。それはお家の奸臣を除くためであったとしても、人間一人の命を絶ったことには何んの変りもない、其方も武士なら、来る八月の十五日箱根の間道を登って、太閤道の辻堂の前に、日没と一緒に立つがよい。その方を親の敵と狙う、万田龍之助は父祖由緒の地に其方を迎えて、敵名乗をあげるだろう。最早主家帰参
槙村浩
こゝに機械の哲学者がある―――彼は思考し、血潮の中に機械のどよめきをでなく、血潮と共に脈動する機械のリズムを感ずる彼ははつらつたる工場の諧調を背負うて、齟齬しながら鈍重に歩いて行く こゝに機械の哲学者がある―――彼は技師を宣言し、一切に正面照明を送る照明はゆかいに大大阪を漫歩する機械にまで虚偽を造る資本の虚偽と、百万の労働の精神とを透過し浮揚する二重性をもっ
中谷宇吉郎
最近のラジオで、宮城縣のサンマの大漁貧乏の話をしていた。 サンマがとれすぎて、加工も間に合わず、一貫三十圓まで下がったが、それでも買い手がないということであった。漁業會の人だったかが、「もうこうなると、少し漁がなくなってくれるのが、一番いいんですがね」とこぼしていた。 氷が間に合わず、魚肥にするにも釜が足りないとなると、こういう贅澤な(?)悲鳴が出るのも仕方
中谷宇吉郎
福岡県浮羽郡の浮羽町に、大生寺という臨済宗の古刹がある。そこの方丈芝原行戒師とは、前から知り合いだったので、さる六月の北九州旅行で、二晩ご厄介になった。 寺は山腹にあって、筑後平野を一望に見渡し、緑蔭清風の申し分ない環境であった。境内の結構にも、京洛の古寺の面影があり、庭石にも石壇にも、美しい苔がついていて、水が非常に綺麗であった。九州にもこういう寺があるか
上村松園
大田垣蓮月尼のこと 上村松園 毅然たる中に、つつましやかさ、優しさ、女らしさを備えていることは、日本女性の持つ美徳でありこれあってはじめて、いざという場合真の強さが発揮される。 大田垣蓮月が、維新の混乱期にあって女ながら日本のゆくべき道を極めてあやまらなかったことは、自ずから皇国護持の精神を発揮したものといってよい。 しかも、内に滔々たる勤皇の大志に燃えなが
宮本百合子
大町米子さんのこと 宮本百合子 はじめて大町米子さんにあったのは、いまから十年ばかりまえのことであった。友達から紹介されて、うちへいらした。夏の夜だったとおもう。団扇をつかいながらいろいろ話がでて、大町さんはだんだん自分のくるしい境遇のことや、結婚の問題についてはなした。そういう問題をはなすについても、大町さんの正直さ、人間として一番よく生きてゆこうとしてい
幸徳秋水
ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ 幸徳秋水 近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを以て充満せらるるかを疑わしめたり。怪しむ勿き也。軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること
中原中也
ダダイストが大砲だのに 女が電柱にもたれて泣いてゐました リゾール石鹸を用意なさい それでも遂に私は愛されません 女はダダイストを 普通の形式で愛し得ません 私は如何せ恋なんかの上では 概念の愛で結構だと思つてゐますに 白状します―― だけど余りに多面体のダダイストは 言葉が一面的なのでだから女に警戒されます 理解は悲哀です 概念形式を齎しません ●図書カー
宮沢賢治
大礼服の例外的効果 宮沢賢治 こつこつと扉を叩いたのでさっきから大礼服を着て二階の式場で学生たちの入ったり整列したりする音を聞きながらストウヴの近くできうくつに待ってゐた校長は 低く よし と答へた。 旗手が新らしい白い手袋をはめてそのあとから剣をつけた鉄砲を持って三人の級長がはいって来た。校長は雪から来る強い反射を透して鋭くまっさきの旗手の顔を見た。それは
宮沢賢治
ビジテリアン大祭 宮沢賢治 私は昨年九月四日、ニュウファウンドランド島の小さな山村、ヒルテイで行われた、ビジテリアン大祭に、日本の信者一同を代表して列席して参りました。 全体、私たちビジテリアンというのは、ご存知の方も多いでしょうが、実は動物質のものを食べないという考のものの団結でありまして、日本では菜食主義者と訳しますが主義者というよりは、も少し意味の強い
桑原隲蔵
大秦景教流行中國碑に就いて 桑原隲藏 私は明治四十三年四月の『藝文』に、「西安府の大秦景教流行中國碑』といふ論文を發表した。そののち大正十二年の六月に、景教碑の模型の京都帝國大學到着を記念すべく開かれた史學研究會で、「大秦景教流行中國碑に就きて」と題する講演をした。茲に掲ぐる論文は、さきの論文と講演とを一纏めにして、新に作つたものである。 茲に紹介する景教碑
富永太郎
眼球は日光を厭ふ故に 瞼の鎧戸をひたとおろし 頭蓋の中へ引き退く。 大脳の小区画を填めるものは 困憊したさまざまの食品である。 青かびに被はれたパンの缺け、 切り口の饐えたソオセエジ…… オリーヴ油はまださらさらと透明らしいが 瓶一面の埃のために よくは見えない。 眼球は醜い料理女である。 厨房の中はうす暗い。 彼女は床のまん中で 少しばかりの獣脂を焚く。
海野十三
大脳手術 海野十三 美しき脛 いちばん明るい窓の下で、毛脛を撫でているところへ、例によって案内も乞わず、友人の鳴海三郎がぬっと入ってきた。 「よう」と、鳴海はいつもと同じおきまりの挨拶声を出したあとで、「そうやって、君は何をしているんだ」と訊いた。 「うん」 と、私は生返事をしただけで、やっぱり前と同じ動作を続けていた。近頃すっかり脂肪のなくなったわが脛よ。
豊島与志雄
大自然を讃う 豊島与志雄 人の生活に最も大事なのは、自分の生を愛し慈むの感情である。生きてるということに対する自覚的な輝かしい感情である。なぜならば、そういう感情からこそ、本当に純な素直な力強い生活心境が生れてくるのだから。 この自分の生を愛する心を、吾々は忙忽たる人事のうちにあって、往々にして失いがちである。そして第二義的なものに――生の本質にではなくして
萩原朔太郎
例年の如く詩話會の旅行をする。一時二〇分大船經過の列車で行くから、同驛にて待ち合せよといふ通知が佐藤惣之助君からきた。丁度旅行に出たいと思つてゐた矢先なので、早速同行することに決心した。 旅行の樂しさは、しかし旅の中になく後にない。旅行のいちばん好いのは、旅に出る前の氣分にある。『旅に出よう!』といふ思ひが、初夏の海風のやうに湧いてくるとき、その思ひの高まる
中里介山
一 「浜、雪は積ったか」 炬燵に仮睡していた机竜之助は、ふと眼をあいてだるそうな声。 「はい、さっきから少しもやまず、ごらんなされ、五寸も積りました」 「うむ……だいぶ大きなのが降り出した」 「大きなのが降ると、ほどなくやむと申します」 「この分ではなかなかやみそうもない、今日一日降りつづくであろう」 「降っているうちは見事でありますが、降ったあとの道が困り