Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

Menampilkan 6.456 dari 14.981 buku

妣が国へ・常世へ

折口信夫

一 われ/\の祖たちが、まだ、青雲のふる郷を夢みて居た昔から、此話ははじまる。而も、とんぼう髷を頂に据ゑた祖父・曾祖父の代まで、萌えては朽ち、絶えてはえして、思へば、長い年月を、民族の心の波の畦りに連れて、起伏して来た感情ではある。開化の光りは、わたつみの胸を、一挙にあさましい干潟とした。併し見よ。そこりに揺るゝなごりには、既に業に、波の穂うつ明日の兆しを浮

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中野鈴子

妹は出かけて行った 一か月に一回の面会を 三か月のばして やっと出かけて行った タンスの底の しめっぽくなっているきものを引っぱり出し 右と左のびっこの足袋をはいて―― 妹はモチ米を一斗さげて行った 米を代えて汽車賃をつくるためだった 停車場 汽車の中 歩く道にもヤミ米テキハツの警官が立っている 妹は 一斗の米をふた包みにし、軽い風呂しき包みにみせかけ奥さん

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にいさんと妹

グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール

にいさんが妹の手をとって、いいました。 「おかあさんが死んじゃってから、ぼくたちには、いいことって、ただの一時間もないねえ。こんどのおかあさんたら、まい日まい日、ぼくたちをぶつし、そばへいけば、足でけとばすんだもの。それに、ぼくたちの食べものといえば、食べのこしの、かたいパンのこばだろう。テーブルの下にいる犬のほうが、ぼくたちよりゃずっとましだよ。おかあさん

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妹の死

中勘助

今から十八年前の秋、ひとりであの島ごもりをしてたときに私は九州へかたづいてる妹が重体だという思いがけない知らせをうけとった。私は涙をうかめたけれども島を出ようとはしなかった。そのときそんな気もちでいたのである。ところが妹の容態はその後いくらか見なおして床についたままではあったがつぎの年の夏までもちこたえた。左にかかげる小品はその夏妹が私にあいたがってるという

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斎藤茂吉

妻はやはり Sexus Sequior と見立てなければつまりは満足は出来まい。そういうことを考えずに済む亭主は、温良で小さく美しくて京人形のような妻を有っているものに相違ないとおもう。 女を甘やかす今の欧羅巴の※Dame“社会状態は、全亜細亜人からも、それから古代希臘、古代羅馬の人々からも嘲笑されるに極まっているといったショペンハウエルは、果してそういう京

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チェーホフアントン

私はこんな手紙を貰った。―― 『パーヴェル・アンドレーヴィチ様尊下。御住居に程遠からず、すなわちピョーストロヴォ村に、惨澹たる事実の発生を見つつありますにつき、御一報申し上げますことを私の義務と存ずる次第であります。同村の農民はこぞって農舎および全財産を売却し、トムスク県に移住したりしところ、目的地に到らずして戻って参りました。さて申すまでもなく同村にはもは

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ヴィヨンの妻

太宰治

あわただしく、玄関をあける音が聞えて、私はその音で、眼をさましましたが、それは泥酔の夫の、深夜の帰宅にきまっているのでございますから、そのまま黙って寝ていました。 夫は、隣の部屋に電気をつけ、はあっはあっ、とすさまじく荒い呼吸をしながら、机の引出しや本箱の引出しをあけて掻きまわし、何やら捜している様子でしたが、やがて、どたりと畳に腰をおろして坐ったような物音

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妻の名

織田作之助

妻の名 織田作之助 朝から粉雪が舞いはじめて、ひる過ぎからシトシトと牡丹雪だった。夕方礼吉は雪をふんで見合に出掛けた。雪の印象があまり強すぎたせいか、肝賢の相手の娘さんの印象がまるで漠然として掴めなかった。翌朝眼がさめると、もうその娘さんの顔が想い出せなかった。が想い出せない所を見ると、満更わるい印象を受けたわけではないのだろうと思い、礼吉は貰う肚を決めた。

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トリガーセンの妻 コーンウォール物語

ホワイトフレッド・M

メアリ     主人公 ミリアム    新聞社主 ホークス    漁師の船頭 トリガーセン  島の支配者 トリタイア   乳兄弟 トリガース   教区長 ナオミ     島の老女 ルース     ナオミの姪 ガイ牧師    雇われ牧師 ジュリアン医師 島の医師 モード嬢    アイルランド人 カットリス技師 橋の建設技師 ビショップ   漁師 プレスコット 

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妻の秘密筥

佐々木邦

「君達の群は一寸違っているね」 目のあるものは皆そう言って、敬意を表してくれる。 「一癖あるのが揃っている」 と課長が言ったそうだ。僕達も十把一からげの連中とは選を異にしている積りだ。同僚の多くは、寄ると触ると、Xの次の話をする。俸給の上らない不平をこぼす。他に能がない。そういうのに較べると、僕達は大いに違う。課長の言う通り、皆一癖も二癖もある。人数は五人だ

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妾宅

永井荷風

どうしても心から満足して世間一般の趨勢に伴って行くことが出来ないと知ったその日から、彼はとある堀割のほとりなる妾宅にのみ、一人倦みがちなる空想の日を送る事が多くなった。今の世の中には面白い事がなくなったというばかりならまだしもの事、見たくでもない物の限りを見せつけられるのに堪えられなくなったからである。進んでそれらのものを打壊そうとするよりもむしろ退いて隠れ

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モオリス・ド・ゲランと姉ユウジェニイ

堀辰雄

Maurice de Gurin はラングドックのシャトオ・ド・ケエラに一八一〇年八月五日に生れた。姉の Eugnie はそれより五年前、一八〇五年一月二十九日に生れた。美しい南佛の空の下に、貧しいけれど古い由緒のある貴族の家に生ひ立つたモオリスは、早くも六つのときに母を失ひ、その後は姉のユウジェニイの手で育てられた。シャトオ・ド・ケエラは遠くに溪谷を見おろ

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お姉ちゃんといわれて

小川未明

光子さんが、学校へいこうとすると、近所のおばあさんが、赤ちゃんをおぶって、日の当たる道の上に立っていました。 「お姉ちゃん、いまいらっしゃるの。」と、おばあさんは、声をかけました。 光子さんは、にっこりとしたが、そのまま下を向いて、だまっていってしまいました。 「わたし、お姉ちゃんでないわ。」と、光子さんは、つぶやきました。 あんなにたのんでも、赤ちゃんを、

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姉へ

今野大力

蒔付時に子を生んで あせって起きて働いて 足腰立たなくなったという 姉よ 何たる不幸ぞや 病気をした時 神主に拝んでもらって 紙っ切れを水でのまされて それでなおらば、 お安いけれど 去年□死んだ妹を 姉よまさかに忘れまい あの妹が死んだ時 足は青んぶくれ 顔はまんまるお盆のよう 眼が見えなくなったきり、 最後には わけのわからぬあれこれを 大声でわめいたっ

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「委員会」のうつりかわり

宮本百合子

「委員会」のうつりかわり 宮本百合子 一九四五年の八月十五日からのち、日本の民主化がいわれるようになってから、いくつかの民主化のための委員会がつくられた。文化関係で、ラジオの民主化のための放送委員会、軍国主義の出版統制の遺風を民主化するための用紙割当委員会、出版文化委員会、教育の民主化、成人教育のための社会教育委員会、そのほか一九四六年から次の年の春までぐら

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姥捨

太宰治

姥捨 太宰治 そのとき、 「いいの。あたしは、きちんと仕末いたします。はじめから覚悟していたことなのです。ほんとうに、もう。」変った声で呟いたので、 「それはいけない。おまえの覚悟というのは私にわかっている。ひとりで死んでゆくつもりか、でなければ、身ひとつでやけくそに落ちてゆくか、そんなところだろうと思う。おまえには、ちゃんとした親もあれば、弟もある。私は、

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『姥捨』あとがき

太宰治

所收――「葉」「列車」「I can speak」「姥捨」「東京八景」「みみづく通信」「佐渡」「たづねびと」「千代女」 この短篇集を通讀なさつたら、私の過去の生活が、どんなものであつたか、だいたい御推察できるやうな、そのやうな意圖を以て編んでみた。ひどい生活であつたが、しかし、いまの生活だつてひどいのである。さうして、これから、さらにひどい事になりさうな豫感さ

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姦(かしまし)

久生十蘭

いつお帰りになって? ……昨夜? よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……ええ、ほんとうの話。あなたを担いでみたって、しようがないじゃありませんか。終戦から六年、その前が四年だから、ちょうど十年ぶり……誰だっておどろくわ。どんなことがあったって、東京へなど出てこられる顔はないはずなの

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姦淫に寄す

坂口安吾

九段坂下の裏通りに汚い下宿屋があつた。冬の一夜、その二階の一室で一人の勤め人が自殺した。原因は色々あつたらうが、どれといつて取立てて言ふほどの原因もない、いはば自殺に適した生れつきの、生きてゐても仕様のない湿つぽい男の一人であつたらしい。第一、書置もなかつたのである。そんなあつさりした死に方が却つて人々を吃驚させたらしいが、その隣室に住んでゐて、死んだ隣人の

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姨捨

堀辰雄

上総の守だった父に伴なわれて、姉や継母などと一しょに東に下っていた少女が、京に帰って来たのは、まだ十三の秋だった。京には、昔気質の母が、三条の宮の西にある、父の古い屋形に、五年の間、ひとりで留守をしていた。 そこは京の中とは思えない位、深い木立に囲まれた、昼でもなんとなく薄暗いような処だった。夜になると、毎晩、木菟などが無気味に啼いた。が、田舎に育った少女は

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姨捨山

楠山正雄

姨捨山 楠山正雄 一 むかし、信濃国に一人の殿様がありました。殿様は大そうおじいさんやおばあさんがきらいで、 「年寄はきたならしいばかりで、国のために何の役にも立たない。」 といって、七十を越した年寄は残らず島流しにしてしまいました。流されて行った島にはろくろく食べるものもありませんし、よしあっても、体の不自由な年寄にはそれを自由に取って食べることができませ

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姨捨記

堀辰雄

「更級日記」は私の少年の日からの愛讀書であつた。いまだ夢多くして、異國の文學にのみ心を奪はれて居つたその頃の私に、或日この古い押し花のにほひのするやうな奧ゆかしい日記の話をしてくだすつたのは松村みね子さんであつた。おそらく、その頃の私に忘れられがちな古い日本の女の姿をも見失はしめまいとなすつての事であつたかも知れない。私は聞きわけのよい少年のやうにすぐその日

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お姫さまと乞食の女

小川未明

お城の奥深くお姫さまは住んでいられました。そのお城はもう古い、石垣などがところどころ崩れていましたけれど、入り口には大きな厳めしい門があって、だれでも許しがなくては、入ることも、また出ることもできませんでした。 お城は、さびしいところにありました。にぎやかな町へ出るには、かなり隔たっていましたから、木の多い、人里から遠ざかったお城の中はいっそうさびしかったの

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姫柚子の讃

佐藤垢石

姫柚子の讃 佐藤垢石 このほど、最上川の支流小国川の岸辺から湧く瀬見温泉へ旅したとき、宿で鰍の丸煮を肴に出してくれた。まだ彼岸に入ったばかりであるというのに、もう北羽州の峡間に臨むこの温泉の村は秋たけて、崖にはう真葛の葉にも露おかせ、障子の穴を通う冷風が肌にわびしい。私は流れに沿った一室に綿の入った褞袍にくるまり、小杯を相手として静かに鰍の漿を耽味したのであ

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