Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

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ヴエスヴイオ山

斎藤茂吉

ポンペイの街をやうやく見物してしまつて、午過ぎて入口のところの食店で赤葡萄酒を飲み、南伊太利むきの料理を食べて疲れた身心を休めてゐる。それから、此処で発掘した小さい瓶子などを並べて売るのをのぞくが、値が相当に高いので買ふ気にならない。 そこに、数人の導者が来て、ヴエスヴイオ登山をすすめて止まない。此処から登山するとせば、驢馬に乗つて行く、その方が登山鉄道で行

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かちかち山

楠山正雄

かちかち山 楠山正雄 一 むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがありました。おじいさんがいつも畑に出て働いていますと、裏の山から一ぴきの古だぬきが出てきて、おじいさんがせっかく丹精をしてこしらえた畑のものを荒らした上に、どんどん石ころや土くれをおじいさんのうしろから投げつけました。おじいさんがおこって追っかけますと、すばやく逃げて行ってしまい

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山のホテル

田山花袋

金剛山にある二つのホテル、中でも長安寺にあるものは面白い。ホテルと名には呼ばれてゐても、大きな建物があるではなく、長安寺の一部を借て、僧房を仕切て、それに No, 1 とか No, 2 とか番号をつけてゐる。そこに無造作に寝台と卓子とが置いてある。食堂と言つても、いくらか大きい僧房に二つ三つ卓子を配置してそれに晒布をかけただけである。そしてそこにゐる人達が面

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山のことぶれ

折口信夫

山のことぶれ 折口信夫 一 山を訪れる人々 明ければ、去年の正月である。初春の月半ばは、信濃・三河の境山のひどい寒村のあちこちに、過したことであつた。幾すぢかの谿を行きつめた山の入りから、更に、うなじを反らして見あげる様な、岨の鼻などに、さう言ふ村々はあつた。殊に山陽の丘根の裾を占めて散らばつた、三河側の山家は寂しかつた。峠などからふり顧ると、必、うしろの枯

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リギ山上の一夜

斎藤茂吉

瑞西の首都 Zrich をば午後二時十分発の急行列車で立った。そして、方嚮を東南に取り、いわば四方から湖に囲まれたという姿の、Rigi の山上に一夜泊ろうとしたのであった。 汽車の立つ時、窓から首を出して見ていると、向うの丘陵に家のたて込んでいる工合は丁度長崎を思わせるようなところがあった。汽車は急いで走った。だんだん山地になり、その起伏の工合が如何にも鮮媚

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山の上の木と雲の話

小川未明

山の上に、一本の木が立っていました。木はまだこの世の中に生まれてきてから、なにも見たことがありません。そんなに高い山ですから、人間も登ってくることもなければ、めったに獣物も上ってくるようなこともなかったのです。 ただ、毎日聞くものは、風の音ばかりでありました。木はべつに話をするものもなければ、また心をなぐさめてくれるものもなく、朝から夜まで、さびしくその山の

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山上の歌

今村恒夫

同志等よ 素晴らしい眺めではないか 君達の胸はぶるぶると打ちふるえないか 脚下の街に林立する煙突と空を蔽う煤煙と るるるるっと打ちふるえている工場の建築物 おお そして其処で搾りぬかれた仲間等が吹き荒ぶ産業合理化の嵐の前に怯え 恐れ 資本への無意識的な憤懣の血をたぎらせているのだ 街は鬱積した憤懣で瓦斯タンクのようになっている 街は燐寸の一本で爆発へ導く事が

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山上湖

豊島与志雄

山上湖 豊島与志雄 十月の半ばをちょっと過ぎたばかりで、湖水をかこむ彼方の山々の峯には、仄白く見えるほどに雪が降った。翌日からは南の風で少し温く、空晴れて、宵に大きな月がでた。 「まあ、きれいな月……。外に出てみよう。」 誘うともなく、誘わぬともなく、言いすてて、私は外套をまとい、スカーフを首に巻きつけた。 「ちょっと待って。これで大丈夫かな。」 寒くはない

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山中常盤双紙

寺田寅彦

山中常盤双紙 寺田寅彦 岩佐又兵衛作「山中常盤双紙」というものが展覧されているのを一見した。そのとき気付いたことを左に覚書にしておく。 奥州にいる牛若丸に逢いたくなった母常盤が侍女を一人つれて東へ下る。途中の宿で盗賊の群に襲われ、着物を剥がれた上に刺殺される、そのあとへ母をたずねて上京の途上にある牛若が偶然泊り合わせ、亡霊の告げによってその死を知る。そうして

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山の今昔

木暮理太郎

我国に於て山登りが始められたのは何時頃からであるか、元より判然たることは知る由もないが、遡って遠く其源を探って見ると、狩猟を以て生活の資を得ていた原始民族に依りて、恐らく最初の山登りが行われたであろうことは想像するに難くない。もとより到る処に獲物の多かったことが考えられる原始時代には、深山幽谷をあさる迄もなく、平地の森林、原野、河沼等に於て充分日常の生活資料

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山の別荘の少年

豊島与志雄

山の別荘の少年 豊島与志雄 私は一年間、ある山奥の別荘でくらしたことがあります。なかば洋館づくりの立派な別荘でした。番人をしている五十歳ばかりの夫婦者と、その甥にあたる正夫という少年がいるきりでした。私は正夫とすぐに親しくなって、いろいろなことを語りあい、いろいろなことをして遊びました。たくさん思い出があります。そのいくつかをお話しましょう。 一 さくら 別

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山吹町の殺人

平林初之輔

山吹町の殺人 山吹町の殺人 平林初之輔 一 男の顔にはすっかり血の気(け)が失(う)せていた。ふらふら起(た)ち上(あが)って台所へ歩いてゆく姿は、まるで幽霊のようだった。出来るだけ物音をたてないように用心しながら、彼はそっと水道の栓(せん)をねじって、左手の掌(てのひら)にべっとりついている生々(なまなま)しい血糊(ちのり)を丹念に洗い落した。それから、電

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山吹の花

豊島与志雄

山吹の花 豊島与志雄 湖心に眼があった。青空を映し、空に流るる白雲を映して、悠久に澄みきり、他意なかったが、それがともすると、田宮の眼と一つになった。田宮の眼が湖心の眼の方へ合体してゆくのか、湖心の眼が田宮の眼の方へ合体してくるのか、いずれとも分らなかったが、そうなると、眼の中がさらさらと揺いで、いろいろな人事物象が蘇って見えた。 それらの人事物象から、田宮

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山地の稜

宮沢賢治

山地の稜 宮沢賢治 高橋吉郎が今朝は殊に小さくて青じろく少しけげんさうにこっちを見てゐる。清原も見てゐる。たった二人でぬれた運動場の朝のテニスもさびしいだらう。そのいぶかしさうな眼はどこかへ行くならおれたちも行きたいなと云ふのか。それとも私が温床へ水でも灌ぐとこかも知れないと考へてゐるのか。黄いろの上着を着たってきっと働くと限ったわけぢゃないんだぞ。私は今朝

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山の声

宮城道雄

山の声 宮城道雄 私が失明をするに至った遠因ともいうべきものは、私が生れて二百日程たってから、少し目が悪かったことである。しかし、それから一度よくなって、七歳の頃までは、まだ見えていたのであるが、それから段々わるくなって、九歳ぐらいには殆ど見えなくなってしまった。それで、私が、今でも作曲する時には、その頃に私が見ていた、山とか月とか花とか、また、海とか川とか

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山姑の怪

田中貢太郎

山姑の怪 田中貢太郎 甚九郎は店に坐っていた。この麹町の裏店に住む独身者は、近郷近在へ出て小間物の行商をやるのが本職で、疲労れた時とか天気の悪い日とかでないと店の戸は開けなかった。 それは春の夕方であった。別に客もないので甚九郎は煙管をくわえたなりで、うとうととしていると何か重くるしい物音がした。店の上框へ腰をかけた壮い女の黒い髪と背が見えた。甚九郎は何も云

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山姥の話

楠山正雄

山姥の話 楠山正雄 山姥と馬子 一 冬の寒い日でした。馬子の馬吉が、町から大根をたくさん馬につけて、三里先の自分の村まで帰って行きました。 町を出たのはまだ明るい昼中でしたが、日のみじかい冬のことですから、まだ半分も来ないうちに日が暮れかけてきました。村へ入るまでには山を一つ越さなければなりません。ちょうどその山にかかった時に日が落ちて、夕方のつめたい風がざ

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山家ものがたり

島崎藤村

空に出でゝ星くずの明かにきらめくを眺むれば、おのれが心中にも少さき星のありて、心の闇を照すべしと思ふなり。涓々たる谷の小河の草の間を流れ行くを見れば、おのれが心中にも細き小河のありて、心の草を洗ふべしと思ふなり。哀壑に開落する花を見れば、おのれが心中にも時來つて開き時去つて落つべき花のあるべしと思ふなり。願はくは心中一點の星をして、思ふがまゝに其光を放たしめ

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山の宿海の宿

河井酔茗

海辺の旅宿は、潮の香がする。山中の旅宿は苔の香がする。 裏には、貝殻や、魚籠が散乱てゐる。海に近いからであらう。庭には、枯柴や、草籠が片よせてある。山に近いからであらう。 海辺の宿の女中は、必ず白粉を塗つてゐる。山の宿の女中は、必ずしも白粉をつけて居ない。前者には渡り者が多く、後者には土着の女が多い。 海の宿にはなまめかしさがある。山の宿には古めかしさがある

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山寺の怪

田中貢太郎

宿の主将を対手にして碁を打っていた武士は、その碁にも飽いて来たので主翁を伴れて後の庭へ出た。そこは湯本温泉の温泉宿であった。摺鉢の底のような窪地になった庭の前には薬研のように刳れた渓川が流れて、もう七つさがりの輝のない陽が渓川の前方に在る山を静に染めていた。山の麓の渓川の岸には赤と紫の躑躅が嫩葉に刺繍をしたように咲いていた。武士の眼は躑躅の花に往った。躑躅の

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山岳浄土

中村清太郎

いまや白衣をぬいで浄光をはなつ山々、しずまりたもうかたを拝んで筆をとる。秩父おろしが枯葉をまいて、思いは首筋から遠く天外をかけめぐる。そこにまたしてもかずかずの、すぎし山間遍歴のあとがあらわれる。そしてなんたるしみじみしい景色だ。ゆったりした景色だ、清らかな景色だ。 ゆらい老人は、むかしを語るをこのむという、そうかも知れない、が、なんでもむかしのものはよく、

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山岳美観 01 序

藤原咲平

今度協和書院から吉江、武井兩氏の山岳美觀が出る事になつたと云ふ。吉江氏とはまだ不幸辱知の榮を得ないが武井眞澂畫伯は年來尊敬する高士であるから院主の需に應じて、潛越を顧みず敢て一言を序する次第である。 自分は畫の事は判らない、又美術と云ふものにも誠に昏いのであるから、繪とか鑄金とか云ふ方面から武井氏を知つて居るのではない。只知つて居るのは其精神であり其人格であ

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山峡の凧

牧野信一

百足凧と称する奇怪なかたちの凧は、殆ど人に知られてゐないらしい。竜凧といふのは去年も日比谷で挙げられたが、それよりも稍かたちが小さく、凡そ構造は似てゐるが、それよりもはつきりと日本趣味のもので滑稽味に富んでゐた。風車仕掛の金色の眼玉と赤く長い舌と馬の尻尾の鬚を持ち、団扇型の胴片が左右に棕梠の毛を爪と擬した節足を四十余片つなぎ合せて、空に浮游するとまことに節足

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