Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

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ラムネ氏のこと

坂口安吾

ラムネ氏のこと 坂口安吾 上 小林秀雄と島木健作が小田原へ鮎釣りに来て、三好達治の家で鮎を肴に食事のうち、談たま/\ラムネに及んで、ラムネの玉がチョロ/\と吹きあげられて蓋になるのを発明した奴が、あれ一つ発明したゞけで往生を遂げてしまつたとすれば、をかしな奴だと小林が言ふ。 すると三好が居ずまひを正して我々を見渡しながら、ラムネの玉を発明した人の名前は分つて

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ガンバハル氏の実験(ラヂオドラマ)

岸田国士

アナウンサーの紹介につづいて、別のアナウンサーの声で――――只今から、ガンバハル氏の「精神と電気」といふ御講演がございます。ガンバハル氏の声――ええ、わたくしは、只今御紹介にあづかりましたガンバハルと申すものであります。生れは多分アフガニスタンあたりだと思ひますが、早く両親を失ひ、物心のつきます頃は、もう、ポートセードの船著場で、靴磨きをしてをりました。 と

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X氏の手帳

堀辰雄

或る夜、或る酒場から一人の青年がふらふらしながら出て來た。彼は非常に泥醉してゐるやうに見えた。タクシイ! と彼は聲高に叫んだ。 一臺の汚らしいタクシイが止つた。彼はふらふらしながらそれへ乘つた。車はがたがた走り出した。それをちやうど巡中の巡査がやや離れた所から見てゐたのであつた。車が走り去つてしまふと、その跡に手帳のやうなものが落ちてゐるのを巡査は認めた。青

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L氏殺人事件

片山広子

今から何十年も前のことである。L氏殺人事件といふ騒ぎが麻布の或る女学校に起つて世間をおどろかした。私はまだ十三か十四の少女でその女学校の寄宿生であつた。ちやうどイースタアのお休み中で、寄宿生徒で東京に家のあるものはみんな帰つてゐて、学校は大へん静かな時だつた。 その学校は丘の下の平地に建つてゐて、門を入ると右手に生徒の出入口があり、教室がいくつも続いて、二階

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ラ氏の笛

松永延造

ラ氏の笛 松永延造 一 横浜外人居留地の近くに生れ、又、其処で成育した事が何よりの理由となって、私は支那人、印度人、時には埃及人などとさえ、深い友誼を取り交した経験を持っている。そして彼れ等の一人一人が私に示した幾つかの逸事は、何れも温い記憶となって、今尚お私の胸底に生き残り、為す事もない病臥の身(それが現在に於ける私の運命)へ向って、限りない慰めの源を提供

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民主主義

織田作之助

民主主義 織田作之助 彼は人気者になら誰とでも会いたがった。しかし、人気者は誰も彼に会おうとしなかった。いうまでもなく彼は一介の無名の市井人だった。 野坂参三なら既にして人気者であり、民主主義の本尊だから、誰とでも会うだろう。彼はわざわざ上京して共産党の本部を訪問した。ところが、党員が出て来ていうのには、 「野坂氏は多忙で誰とも会いません。用件は私が伺いまし

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民俗芸能の春

折口信夫

日本青年館の長い履歴の間に、人は、その多くのよい成績をあげるであらう。だが若し、曾て数年間連続して春秋毎に催した郷土舞踊・民謡の会をあげることを忘れたら、私など、その人の採点法を大いに疑ふだらう。日本青年館本来の目的から派生した枝葉の事業ではあつたらうけれど、あの為事などは、かう言ふ団体でさうしさうで居て、かう言ふ団体が、さうしないで過すやうな種類のものであ

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民族優勢説の危険

新渡戸稲造

右に述べた歴史の長短と聯想されて起る問題は大和民族の立場である。我々が新聞や演説に常に天孫民族ということを聞くは、あたかも排外的米人がアングロ・サクソン民族とかノールディックとかを振りまわすように、耳ざわりとなるほど多いのである。果して大和民族という純粋な民族があったかすら未だ判然せぬ。かく呼び做す如き民族は政治上の目的のために作った一種の仮装談であるならば

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民族の感歎

折口信夫

斎藤さんの文学や、学問に理会のおそかったことが、私一代の後悔でもあり、遺憾でもある。勿論今の人たちのうちでは、私などが最長い愛読者であるには間違いない。ただその研究・作物を愛する道を知ることの遅れたことが、どんなに私の損失になっているかわからない。作家から言っても、千樫・赤彦と移って、其後、斎藤さんの具有する諸相を理会する時が、やっと到ったのである。それだけ

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民族的記憶の名残

中谷宇吉郎

もう四年前のことになるが、考えて見れば、寺田先生の亡くなられた年の夏のことである。 先生の最後の随筆集『蛍光板』を貰って、ひとわたりずっと読んで行ったところが、「冬夜の田園詩」という短い文章のところで、私は妙に底知れぬしみじみとした感じにうたれたことがあった。 それは三頁にも足らぬ短いものではあったが、その中に先生の幼かった頃の土佐の民族詩的情景が、いかにも

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民族の血管 ――出版機構は常に新鮮に――

中井正一

生物が生きているというしるしは、それが自分の中の古いもの、疲れたものを間断なく棄てて、日に新たに日に日に新たに、その生きている汁液をめぐらしているというところにある。 出版とは、民族の思想を、常に新たに、世界の進みゆく情況に応じて、清新の気を民族自身にあたえる機関である。 文字がまだなかった時代から、文字が出来、書くことを知り、それが活字となることができたと

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民衆芸術の精神

小川未明

ミレーの絵を見た人は、心ある者であったならば、誰しも涙ぐましさを感ずるであろう。ミレーは貧しい人間の生活をほんとうに見ているように思われます。貧しいといって、それは、田舎の百姓の生活であり、また、無産者である多数民衆の生活であります。 邪念なく労働に服する人、無心に地の上で遊んでいる子供、そして、其処に生きているには変りのない、人間も、小羊も、また鶏に至るま

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気になったこと

宮本百合子

気になったこと 宮本百合子 二月号をひっくりかえして見ていて気になったことお耳にいれます。(一)カットがまことに少く淋しいこと。(二)題がどれも原形で文学にまでなっていない題であることなどです。これは次号予告を見ても強く感じました。文学雑誌(ほかの)は書く人も文学の空気を考えてつけるのでしょうからわたしたちの雑誌にもやっぱりわたしたちの文学としての文学性のあ

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気まぐれの人形師

小川未明

雪の降らない、暖かな南の方の港町でありました。 ある日のこと、一人の娘は、その町の中を、あちらこちらと歩いていました。しばらく避寒に、こちらへやってきていたのですけれど、あまり日数もたちましたので、お父さんにつれられて、また北の方の故郷へ帰ろうとしました。その前日のこと、娘は、つぎには、いつくるかわからない、このなつかしい町の有り様をよく見ておこうと、こうし

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気仙沼

高村光太郎

気仙沼 高村光太郎 女川から気仙沼へ行く気で午後三時の船に乗る。軍港の候補地だといふ女川湾の平和な、澄んだ海を飛びかふ海猫の群団が、網をふせた漁場のまはりにたかり、あの甘つたれた猫そつくりの声で鳴きかはしてゐる風景は珍重に値する。湾外の出嶋の瀬戸にかかるとそこらの小嶋が海猫の群居でまつ白だ。此鳥の蕃殖地としては青森県の蕪嶋が名高いが、此の辺にもこんなに沢山棲

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気候と郷愁

坂口安吾

気候と郷愁 坂口安吾 私は越後の新潟市に生れたが、新潟市に限らず、雪国の町は非常に暗い、秋がきて時雨が落葉を叩きはじめる頃から長い冬が漸く終つて春が訪れるまで、太陽を見ることが殆んど稀にしかない。冬の暗澹たる気候には発狂しさうな焦燥を感じて私は弱つたものである。直接の気候以上にやりきれないのは、人間が気候の影響を受け易く、自分の性格や物の見方感じ方に間接の気

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〔気品の泉源、智徳の模範〕

福沢諭吉

左の一編は十一月一日、慶應義塾先進の故老生が懐旧会とて芝紅葉館に集会のとき、福澤先生の演説したるものなり。 老生の演べんとする所は、慶應義塾の由来に就き、言少しく自負に似て俗に云う手前味噌の嫌なきに非ざれども、事実は座中諸君の記憶に存する通り聊も違うことなく、且つ今夕は内輪の会合にして他に憚る所もあらざれば、過ぎし昔の物語も吾々には自から一入の興味あるべし。

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気のいい火山弾

宮沢賢治

気のいい火山弾 宮沢賢治 ある死火山のすそ野のかしはの木のかげに、「ベゴ」といふあだ名の大きな黒い石が、永いことじぃっと座ってゐました。 「ベゴ」と云ふ名は、その辺の草の中にあちこち散らばった、稜のあるあまり大きくない黒い石どもが、つけたのでした。ほかに、立派な、本たうの名前もあったのでしたが、「ベゴ」石もそれを知りませんでした。 ベゴ石は、稜がなくて、丁度

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気のいい火山弾

宮沢賢治

気のいい火山弾 宮沢賢治 ある死火山のすそ野のかしわの木のかげに、「ベゴ」というあだ名の大きな黒い石が、永いことじぃっと座っていました。 「ベゴ」と云う名は、その辺の草の中にあちこち散らばった、稜のあるあまり大きくない黒い石どもが、つけたのでした。ほかに、立派な、本とうの名前もあったのでしたが、「ベゴ」石もそれを知りませんでした。 ベゴ石は、稜がなくて、丁度

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気狂ひ師匠

牧野信一

わたしのうちには頭のやまひの血統があるといふことだが、なるほど云はれて見るとわたしの知る限りでも、父親の弟を知つてゐる。つまりわたしのほんとうの叔父であり、医学士であつた。誰よりも子供のわたしと仲が善くて、学生時代から彼は何彼につけてわたしを愛しみ、父のやうであつた。わたしの父はわたしが生れると間もなく外遊してわたしが十二三のころ一度帰朝し、また間もなくその

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気絶人形

原民喜

気絶人形 原民喜 くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる、そのお人形はさっきから眼がまわって気分がわるくなっているのでした。ぐるぐるぐるぐる、くるくるくるくる、そのお人形のセルロイドのほおは真青になり、眼は美しくふるえています。みんなが、べちゃくちゃ、べちゃくちゃ、すぐ耳もとでしゃべりつづけているのです。暗いボール箱から出してもらい、薄い紙の目かくしをはずしても

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気むずかしやの見物 ――女形――蛇つかいのお絹・小野小町――

宮本百合子

伝統的な女形と云うものの型に嵌って終始している間、彼等は何と云う手に入った風で楽々と演こなしていることだろう。きっちりと三絃にのり、きまりどころで引締め、のびのびと約束の順を追うて、宛然自ら愉んでいるとさえ見える。 旧劇では、女形がちっとも不自然でない。男が女になっていると云う第一の不自然さが見物に直覚されない程、今日の私共の感情から見ると、旧劇の筋そのもの

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気質と文章

南部修太郎

氣質と文章 南部修太郎 1 「文は人なり。」 これは高山樗牛の有名な詞である。が、今は古めかしいこの詞も結局は永遠の眞理である。言ひ換へると、文章は人格の再現なりといふ事になるが、これをもつと狹い意味に文章は氣質の再現なりとも言へると思ふ。 實際、文章ほど複雜多岐多樣の相貌形態を持つてゐるものはないが、これは作者なり筆者なりの人格或は氣質が自然に現れ出でるか

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