Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

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水魔

田中貢太郎

暖かな宵の口であった。微赤い月の光が浅緑をつけたばかりの公孫樹の木立の間から漏れていた。浅草観音堂の裏手の林の中は人通がすくなかったが、池の傍の群集の雑沓は、活動写真の楽器の音をまじえて騒然たる響を伝えていた。 被官稲荷の傍の待合を出た一人の女は、浅草神社の背後を通って、観音堂の横手に往こうとして、右側の路ぶちに立った大きな公孫樹の処まで往くと、その幹の陰に

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水鳥亭

坂口安吾

日曜の夜になると、梅村亮作の女房信子はさッさとフトンをかぶって、ねてしもう。娘の克子もそれにならって、フトンをひっかぶって、ねるのであった。 九時半か十時ごろ、 「梅村さん。起きてますか」 裏口から、こう声がかかる。 火のない火鉢にかがみこんで、タバコの屑をさがしだしてキセルにつめて吸っていた亮作は、その声に活気づいて立ち上る。 いそいそと裏戸をあけて、 「

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氷屋ぞめき

古川緑波

近頃では、アイスクリームなんてものは、年がら年中、どこででも売っている。そば屋にさえも、アイスクリームが、あるという。 私たちの子供のころは、アイスクリームなんてものは、むろん夏に限ったものだったし、そうやたらに売っているものではなかった。 中流以上の家庭には、いまの電気洗濯機がある程度に、アイスクリームをつくる機械があって、時に応じて、ガラガラとハンドルを

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氷島

萩原朔太郎

近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術

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氷と後光

宮沢賢治

「ええ。」 雪と月あかりの中を、汽車はいっしんに走ってゐました。 赤い天鵞絨の頭巾をかぶったちひさな子が、毛布につつまれて窓の下の飴色の壁に上手にたてかけられ、まるで寢床に居るやうに、足をこっちにのばしてすやすやと睡ってゐます。 窓のガラスはすきとほり、外はがらんとして青く明るく見えました。 「まだ八時間あるよ。」 「ええ。」 若いお父さんは、その青白い時計

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氷河

黒島伝治

氷河 黒島傳治 一 市街の南端の崖の下に、黒龍江が遥かに凍結していた。 馬に曳かれた橇が、遠くから河の上を軽く辷って来る。 兵営から病院へ、凍った丘の道を栗本は辷らないように用心しい/\登ってきた。負傷した同年兵たちの傷口は、彼が見るたびによくなっていた。まもなく、病院列車で後送になり、内地へ帰ってしまうだろう。――病院の下の木造家屋の中から、休職大佐の娘の

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アラスカの氷河

中谷宇吉郎

アラスカの氷河は、景観の美しさという点では、世界第一といわれている。 氷河の壮大な美しさは、ずっと昔から、文学者や地理学者たちの讃美の的であった。もっとも、近年までは、一般の人々が近づき得る氷河は、ほとんどアルプスの氷河に限られていた。それで氷河の美についての文献は、主として、アルプスの氷河についてのものが多かった。 しかし氷河は、アルプスに限られたものでは

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アラスカの氷河

中谷宇吉郎

アラスカの氷河は、景観の美しさという点では、世界第一といわれている。 氷河の壮大な美しさは、ずっと昔から、文学者や地理学者たちの讚美の的であった。もっとも、近年までは、一般の人々が近づき得る氷河は、ほとんどアルプスの氷河に限られていた。それで氷河の美についての文献は、主として、アルプスの氷河についてのものが多かった。 しかし氷河は、アルプスに限られたものでは

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アラスカの氷河

中谷宇吉郎

アラスカというと、日本では非常に寒いところと、一般には思われている。しかし内陸および北氷洋岸を除き、太平洋側のアラスカは、そうひどく寒いところではない。唯どこでも、風が非常に強いので、人體にはひどく寒く感ぜられる。 アラスカの一部は、太平洋岸に沿って、加奈陀の方まで、ずっと伸びている。この附近には氷河がたくさんある。カナダロッキイの高山地帶に降った雪が、氷河

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氷河鼠の毛皮

宮沢賢治

このおはなしは、ずゐぶん北の方の寒いところからきれぎれに風に吹きとばされて来たのです。氷がひとでや海月やさまざまのお菓子の形をしてゐる位寒い北の方から飛ばされてやつて来たのです。 十二月の二十六日の夜八時ベーリング行の列車に乗つてイーハトヴを発つた人たちが、どんな眼にあつたかきつとどなたも知りたいでせう。これはそのおはなしです。 × ぜんたい十二月の二十六日

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氷湖の公魚

佐藤垢石

氷湖の公魚 佐藤垢石 トルコ人ほど水をよく飲む国民はない。水玉を一献舌端に乗せて、ころがすと、その水はどこの井戸、どこの湖水から汲んだものかをいい当てるほど、水に趣味をもっている。 わが国にも大そう水に趣味をもった人がいた。近江国琵琶湖畔堅田の北村祐庵という医者は、日ごろ茶をたてる時、下僕に命じて湖上から水を汲ませたが、その水の味によって汲み場を指摘したとい

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氷花

原民喜

氷花 原民喜 三畳足らずの板敷の部屋で、どうかすると息も窒がりさうになるのであつた。雨が降ると、隙間の多い硝子窓からしぶきが吹込むので、却つて落着かず、よく街を出歩いた。「僕をいれてくれる屋根はどこにもない、雨は容赦なく僕の眼にしみるのだ」――以前読んだ書物の言葉が今はそのまま彼の身についてゐるのだつた。有楽町駅のコンクリートの上に寝そべつてゐる女を見かけた

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氷蔵の二階

宮本百合子

氷蔵の二階 氷蔵の二階 宮本百合子 一 表の往来には電車が通った。トラックも通った。時には多勢の兵隊が四列になってザック、ザック、鞣や金具の音をさせ、通った。それ等が皆塵埃(ほこり)を立てた。まして、今は春だし、練兵場の方角から毎日風が吹くから、空気の中の埃といったらない。それが、硝子につく。硝子は、外側から一面薄茶色の粉を吹きつけたように曇っていた。何年前

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氷は金属である

中谷宇吉郎

氷は、小さい結晶が、勝手な向きをとって集まった塊であるといったが、金屬がまたそういうものなのである。われわれが普通知っている鐵でも、銅でも、亞鉛でも、皆小さい結晶が集まって出來ているものである。 金屬の大きい結晶は、單結晶と呼ばれているが、この二三十年來、各種の金屬の單結晶が人工的に出來るようになったので、この方面の學問は、大いに進歩した。 金屬に力を加える

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氷雨

葉山嘉樹

氷雨 葉山嘉樹 一 暗くなつて来た。十間許り下流で釣つてゐる男の子の姿も、夕暗に輪廓がぼやけて来た。女の子は堤の上で遊んでゐたが、さつき、 「お父さん、雨が降つて来たよ」 と、私に知らせに来た。 「どこかで雨を避けておいで」 と返事をしたまま、私は魚を釣り続けてゐたのだが、堤には小さな胡桃の木以外には生えてゐなかつた。それも秋も深んだ今では、すつかり葉を落し

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永久凍土地帯

中谷宇吉郎

外は零下三十度近い寒さである。 黒河へ向う私たちの汽車は、孫呉の駅を出て既に数時間走っている。 車窓に見える限りの雪原は、いつまで行っても平坦で、何の起伏もない。家もなければ立木もなく、薄鼠のただ一色に見える雪の原は、ところどころ朔風に傷つけられて、黒い地肌が出ている。雪にまみれ掻き乱された枯草がその地肌を蔽っていて、夏の荒涼とした広野の景色をしのばせてくれ

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永井荷風

佐藤春夫

先生に関しては約半世紀の追想があり、既に蕪稿も千枚近く書いて来た。その結論をここに今二枚に要約するのは相当にむつかしい。先生は自ら無頼漢を以つて居られるが、実は良家の躾の身についた紳士で、その躾とお屋敷風に反逆したのが荷風文学である。その人は温厚純良性の、然し先生をして天下の大作家たらしめ同時に亦、自称無頼漢たらしめたのは専ら先生の異常な色情のためである。

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永日小品

夏目漱石

雑煮を食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。いずれも若い男である。そのうちの一人がフロックを着ている。着なれないせいか、メルトンに対して妙に遠慮する傾きがある。あとのものは皆和服で、かつ不断着のままだからとんと正月らしくない。この連中がフロックを眺めて、やあ――やあと一ツずつ云った。みんな驚いた証拠である。自分も一番あとで、やあと云った。 フロッ

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永遠のみどり

原民喜

永遠のみどり 原民喜 梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくようだった。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めていた。吉祥寺の下宿へ移ってからは、人は稀れにしか訪ねて来なかった。彼は一週間も十日も殆ど人間と会話をする機会がなかった。外に出て、煙草を買うとき、「タバコを下さい」という。喫茶店に入って、「コーヒー」と註文する。日に言語を発する

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永遠のみどり

原民喜

永遠のみどり 原民喜 梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくやうだつた。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めてゐた。吉祥寺の下宿へ移つてからは、人は稀れにしか訪ねて来なかつた。彼は一週間も十日も殆ど人間と会話をする機会がなかつた。外に出て、煙草を買ふとき、「タバコを下さい」といふ。喫茶店に入つて、「コーヒー」と註文する。日に言葉を発する

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永遠の感覚

高村光太郎

芸術上でわれわれが常に思考する永遠という観念は何であろう。永遠性とか、悠久性とかいうのは一体何の事であろう。 仮に類似の言葉を求めてみると、永遠、永久、悠久、永続、無限、無終、不断、不朽、不死、不滅というようなものがあり、どれを見てもその根本の観念として時間性を持たぬものはない。 永遠とは元来絶対に属する性質で、無始無終であり、無限の時間的表現と見るべきであ

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永遠の詩人 宿命生涯を貫く

萩原朔太郎

僕は少年の時、島崎藤村氏と薄田泣菫氏の詩を愛讀した。やや長じて後は、蒲原有明氏や北原白秋氏の作を讀んだ。 藤村氏と泣菫氏とは、少年時代の僕にとつて共に同じやうに好きであつた。しかしどつちかと言へばむしろ泣菫の方が好きであつた。その理由は、泣菫の詩に於ける特殊な佶屈の言葉と、その詩情に本質してゐる孤獨な憂鬱の陰影とが僕の個性に近く接觸するものがあつたからだ。之

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たぬき汁

佐藤垢石

たぬき汁 佐藤垢石 一 伊勢へななたび熊野へさんど、と言ふ文句があるが、私は今年の夏六月と八月の二度、南紀新宮の奥、瀞八丁の下手を流れる熊野川へ、鮎を訪ねて旅して行つた。秋の落ち鮎には、さらにも一度この熊野川へ志し、昭和十五年の竿納めとしようと思つてゐたところ、心なき颱風のために山水押しだし、川底荒れてつひに三度目の旅は、あきらめねばならなかつた。 二度目の

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たぬき汁

佐藤垢石

たぬき汁 佐藤垢石 一 伊勢へななたび熊野へさんど、という文句があるが、私は今年の夏六月と八月の二度、南紀新宮の奥、瀞八丁の下手を流れる熊野川へ、鮎を訪ねて旅して行った。秋の落ち鮎には、さらにも一度この熊野川へ志し、昭和十五年の竿納めとしようと思っていたところ、心なき台風のために山水押しだし、川底荒れてついに三度目の旅は、あきらめねばならなかった。 二度目の

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