海嘯のあと
田中貢太郎
壮い漁師は隣村へ用たしに往って、夜おそくなって帰っていた。そこは釜石に近い某と云う港町であったが、数日前に襲って来た海嘯のために、この港町も一嘗にせられているので、見るかぎり荒涼としている中に、点々として黒い物のあるのは急ごしらえの豚小屋のような小家であった。それは月の明るい晩であった。壮い漁師はその海嘯のために娶ったばかりの女房を失っていたが、心の顛倒がま
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田中貢太郎
壮い漁師は隣村へ用たしに往って、夜おそくなって帰っていた。そこは釜石に近い某と云う港町であったが、数日前に襲って来た海嘯のために、この港町も一嘗にせられているので、見るかぎり荒涼としている中に、点々として黒い物のあるのは急ごしらえの豚小屋のような小家であった。それは月の明るい晩であった。壮い漁師はその海嘯のために娶ったばかりの女房を失っていたが、心の顛倒がま
田中貢太郎
これは小説家泉鏡花氏の話である。 房州の海岸に一人の壮い漁師が住んでいた。某日その漁師の女房が嬰児の守をしながら夕飯の準備をしていると、表へどこからともなく薄汚い坊主が来て、家の中をじろじろと覗き込んだ。女房はそれを見て、御飯でも貰いに来たのだろうと思って、早速握飯をこしらえて持って往って、 「これを」 と云って差しだしたが、坊主は横目でちらと見たばかりで手
土田耕平
私は子供の時分のことを思ひおこす時、何よりもさきに髯の爺のすがたが目に浮んで来ます。ふさ/\とした長い髯を生してゐましたところから、私は髯のぢい、髯のぢいと呼びなれましたが、今考へて見ますと、ぢいはその頃まだ五十にはなつてゐなかつたはずであります。その長い髯と、眠つてゐるやうな細い目と、皺のよつた顔とが、ぢいをいかにも年よりらしく見せました。 髯のぢいは、朝
小川未明
海は昼眠る、夜も眠る、 ごうごう、いびきをかいて眠る。 昔、昔、おお昔 海がはじめて、口開けて、 笑ったときに、太陽は、 目をまわして驚いた。 かわいい花や、人たちを、 海がのんでしまおうと、 やさしく光る太陽は、 魔術で、海を眠らした。 海は昼眠る、夜も眠る。 ごうごう、いびきをかいて眠る。 ●図書カード
牧逸馬
有名な巴里の新聞マタン紙の創設者の一人に、アルフレッド・エドワルドという富豪がある。マタン紙は、今では相当古く、その言論など世界的に権威あるものだが、エドワルド氏は、創業当時から莫大な出資をして、この事件のあった一九一一年の頃は、重要株主としてマタン社の財政を抑えていたのみならず、経営や、編輯の表面にまで活躍していた。で、巴里の百万弗新聞記者、Matin の
原民喜
あたたかい渚に、蹠に触れてゴムのやうな感じのする砂地がある。踏んでゐるとまことに奇妙で、何だか海の蹠のやうだ。
小川未明
清さんとたけ子さんの二人は、お母さんにつれられて、海岸へまいりました。 「清さんは、男ですから、泳ぎを知らなくてはいけません。ここには、泳ぎの上手な先生がいらっしゃるから、よく習って、覚えなさいね。」と、お母さんは、おっしゃいました。 その晩、清さんは、お母さんや、妹のたけ子さんと、海の見えるお座敷で、メロンやお菓子を食べながら、宿の人から、いろいろのおもし
小川未明
今年の夏休みに、正雄さんは、母さんや姉さんに連れられて、江の島の別荘へ避暑にまいりました。正雄さんは海が珍しいので、毎日朝から晩まで、海辺へ出ては、美しい貝がらや、小石などを拾い集めて、それをたもとに入れて、重くなったのをかかえて家へ帰ると、姉や妹に見せて、だんだんたくさんにたまるのを見て、東京へのおみやげにしようと喜んでいました。 ある日のこと、正雄さんは
北大路魯山人
ふしぎなような話であるが、最高の美食はまったく味が分らぬ。しかし、そこに無量の魅力が潜んでいる。 日本の食品中で、なにが一番美味であるかと問う人があるなら、私は言下に答えて、それはふぐではあるまいか、と言いたい。東京でこそほとんどふぐを食う機会がないが、徳島、下関、出雲あたりに住んで、冬から早春の候にかけて、毎日のように、ふぐを食うことのできる人を私は真にう
宮沢賢治
イギリス海岸 宮沢賢治 夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。 それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截って来る冷たい猿ヶ石川の、北上川への落合から、少し下流の
宮沢賢治
夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。 それは本とうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截って来る冷たい猿ヶ石川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。 イギリス海
槙村浩
春の銀鼠色が朝の黒樺を南からさしのばした腕のように一直線に引っつかんで行く凍った褐色の堀割が、白いドローキの地平を一面に埋める―――ダッタン海峡! ふいに一匹の迷い栗鼠が雪林から海氷の割れ目え転げ落ちるとたん、半分浮絵になった銅チョコレート色の靄の中から、だ、だ、ただーんと大砲を打っ発した 峡瀬をはさんで、一つの流れと海面からふき出した一つの島がある土人は黒
上村経吉
沿海國ノ國防線ハ分テ三ト爲スコトヲ得ヘク第一線ハ則チ海軍ヲ曰ヒ第二線ハ則チ海陸軍ノ共同ニ成ルモノヲ曰ヒ第三線ハ則チ陸軍ヲ曰フ其ノ所謂第二線ハ海岸要塞海中障碍物水雷艇隊等是ナリ而シテ此ノ國防三線ノ輕重ハ國ノ地形ト事態ニ視ル可キモノニシテ英國ノ如キニ在テハ第一線ノ一タヒ壞破センカ直ニ國ノ滅亡ヲ見ル可シ何トナレハ其ノ食糧ノ五分ノ四ハ海外ニ向テ供給ヲ仰カサルヲ得ス人
肝付兼行
夫れ海は地表百分の七十三を占め、以て吾人の棲息する陸土を包圍す。故に人類とし又國民として世界に雄飛せんとする者は、必す先つ此包圍を破りて激浪怒濤の間に縱横奔馳するの元氣無かる可らす。英國何者そ、獨逸何者そ、佛國何者そ、露國米國何者そ、苟も雄を宇内に爭ふ者は、一として此元氣の勃興發動底止する所を知らさるに非すや。清國何者そ、韓國何者そ、土國何者そ、西國葡國何者
小川未明
赤いボールを沖に向かって投げると、そのまりは、白い波の間にもまれて、浮きつ沈みつしていましたが、そのうちに、ざあっと押し寄せる波に送られて、また武ちゃんや、ゆう子さんのいる渚にもどってきました。 「おじさんの舟が、見えないかしらん。」 「また、たくさんお魚を捕ってくるでしょう。」 そのうちに西の空が、紅くなりました。ひょっこりと前方へ、黒い小舟が波のうちから
新美南吉
海から歸る日 新美南吉 1 五年間に通過して來た道、それは今考へたつてわからない。たゞわかるものは今の心だ。五年の最後に到達した心だ。人の心ではない。自分の心だ。 2 雲はビルデイングになつてくれない。風鈴草はいくら振つても鳴つてくれない。木馬は乘つたつて走らない。 3 私の生活は私の生活。私の心は私の心。あなたの生活もあなたの心もあなたののだ。いかに暴逆な
中谷宇吉郎
今日の地球上で、人間の生活と縁が近いようで、その実いちばんかけはなれた世界は、水中の世界、すなわち水界である。虫も鳥も獣も人間も、空気中に住んでいる以上、それらは気界の生物である。 水中の世界は、まったく別の世界である。われわれは魚と海藻、それに各種の海中動物の知識、それだけでもって、水界の景観を描きだしている。しかしその姿は、いわば頭の中で作りだされたもの
坂本竜馬
凡嘗テ本藩ヲ脱スル者及佗藩ヲ脱スル者 海外ノ志アル者此隊ニ入ル 運‐輸 射‐利 開‐柘 投‐機 本藩ノ応援ヲ為スヲ以テ主トス 今後自他ニ論ナク其志ニ従テ撰テ入レ之ニ。 凡隊中ノ事 一切隊長ノ処分ニ任ス 敢テ或ハ違背スル勿レ 若暴乱事ヲ破リ 妄謬害ヲ引ニ至テハ 隊長其死活ヲ制スルモ亦許ス 凡隊中患難相救 困厄相護リ 義気相責 条理相糺 若クハ独断果激 儕輩ノ妨
牧野信一
おそらくあの娘は、私より二つか三つぐらゐの年上だつたに違ひないのだが私には相当のおとなに見えた。兄弟はないらしかつた。 私の家にも稀には母親に伴れられて遊びに来たのであるが、よそに来ると私とさへ碌々口もきかずに母親の蔭で愚図ばかり鳴らしてゐたので、そこでの記憶は何も残つてゐない。あの家でのあの娘の記憶はところ/″\ばかにはつきり残つてゐるにもかゝはらず――。
寺田寅彦
明治十四年の夏、当時名古屋鎮台につとめていた父に連れられて知多郡の海岸の大野とかいうところへ「塩湯治」に行った。そのとき数え年の四歳であったはずだから、ほとんど何事も記憶らしい記憶は残っていないのであるが、しかし自分の幼時の体験のうちで不思議にも今日まで鮮明な印象として残っているごく少数の画像の断片のようなものを一枚一枚めくって行くと、その中に、多分この塩湯
永井荷風
海洋の旅 永井荷風 Homme libre, toujours tu chriras la mer.Baudelaire.自由の人よ。君は常に海を愛せん。ボオドレエル。 一 昨日長崎から帰つた。八月の中旬横浜から上海行の汽船に乗つて、神戸門司を経て長崎に上陸し、更に山を越えて茂木の港に出で、入海を横切つて島原半島に遊んだ後、帰り道は同じく上海より帰航の便船を
宮本百合子
海流 宮本百合子 一 やっと客間のドアのあく音がして、瑛子がこっちの部屋へ出て来た。上気した頬の色で、テーブルのところへ突立ったままでいた順二郎と宏子のわきを無言で通り、黙ったまま上座のきまりの席に座った。 そういう母に宏子も順二郎も何も云えなかった。それぞれ坐り、ちぐはぐな夕飯がはじまった。瑛子は箸をとると、型どおりお椀のふたをとったり、野菜を口へ運んだり
宮本百合子
海浜一日 宮本百合子 発動機の工合がわるくて、台所へ水が出なくなった。父が、寝室へ入って老人らしい鳥打帽をかぶり、外へ出て行った。暖炉に火が燃え、鳩時計は細長い松ぼっくりのような分銅をきしませつつ時を刻んでいる。露台の硝子越しに見える松の並木、その梢の間に閃いている遠い海面の濃い狭い藍色。きのう雪が降ったのが今日は燦らかに晴れているから、幅広い日光と一緒に、
牧野信一
――日。六月の雑誌二冊ふところにして、朝、砂浜に坐る。時々こんな風にして浜に降りるが今朝はいつもとは違つた心だつた。「月評」をする筈なのだ。これは初めての仕事だ。――だから、である。手紙で友人の創作についての批評や感想は往々書くが、それとこれとは比較にならない。相手の性格も日常生活もよく知つてゐるし、当人の創作は残らず読んでゐるといふ親しい四五人の友達だけに