海潮音
上田敏
巻中収むる処の詩五十七章、詩家二十九人、伊太利亜に三人、英吉利に四人、独逸に七人、プロヴァンスに一人、而して仏蘭西には十四人の多きに達し、曩の高踏派と今の象徴派とに属する者その大部を占む。 高踏派の壮麗体を訳すに当りて、多く所謂七五調を基としたる詩形を用ゐ、象徴派の幽婉体を翻するに多少の変格を敢てしたるは、その各の原調に適合せしめむが為なり。 詩に象徴を用ゐ
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上田敏
巻中収むる処の詩五十七章、詩家二十九人、伊太利亜に三人、英吉利に四人、独逸に七人、プロヴァンスに一人、而して仏蘭西には十四人の多きに達し、曩の高踏派と今の象徴派とに属する者その大部を占む。 高踏派の壮麗体を訳すに当りて、多く所謂七五調を基としたる詩形を用ゐ、象徴派の幽婉体を翻するに多少の変格を敢てしたるは、その各の原調に適合せしめむが為なり。 詩に象徴を用ゐ
田中貢太郎
源吉は薄青い月の光を沿びて砂利の交つた砂路を歩いてゐた。左側は穂の出揃うた麦畑になつて右側は別荘の土手になつてゐた。土手には芝草が生えてその上に植ゑた薔薇の花が月の光にほの白く見えてゐた。源吉は人の足音がするのではないかと思つて又歩くことをやめて耳を澄ました。そして海岸の方へと低まつてゐる路の上を透かすやうにした。微な風波の音が南風気のある生温かい空気の中に
田中貢太郎
海神に祈る 田中貢太郎 一 普請奉行の一木権兵衛は、一人の下僚を伴れて普請場を見まわっていた。それは室津港の開鑿工事場であった。海岸線が欠けたの形をした土佐の東南端、俗にお鼻の名で呼ばれている室戸岬から半里の西の室戸に、古い港があって、寛文年間、土佐の経世家として知られている野中兼山が開修したが、港が小さくて漁船以外に出入することができないので、藩では延宝五
中原中也
こころまゝなる人間は、いつでも海が好きなもの! これは、ボオドレエルの「人と海」といふ詩の、第一行である。海と聞くたびに、海を見るたびに、この歌を思ひ出すから、以下私は此の詩を辿り乍ら、「海の詩」といふ課題を果さう。然し何も、此の詩を解説しようといふのではない。此の詩を辿り乍ら、この稿を書いてゐる今、色々と心に浮ぶことを、何の反省をも加へずに、唯々書誌してみ
岸田国士
海の誘惑 岸田國士 人影のない夕暮の砂浜を、たゞ一人、歩いてゐることが好きでした。 それは私の感傷癖と別に関係はないやうです。水と空とを包む神秘な光に心を躍らせる外、一向追憶めいた追憶にふけるわけでもなかつたのですから。まして、月が波の上に出るのを待つて、ロマンスの一節を口吟むほど甘美なリヽシズムをも持ち合せてゐない私なのですから。 が、然し、それは、私の空
今野大力
打ち返し泡立ち 再び寄せ 盛り上り 岩を打つ 波濤の歴史の永遠の力は 時としてあの不可解な死への誘惑を感ぜしめる 波に乗り 暴風雨を経て 大洋の航路にある旅客船は 絶えず地球の経緯を計っているが 世界を行く人々の心に あやしくも その感情の芽生えた時には 海は彼等が凡て目的の彼方であり 船長も水夫も多くの旅客も 惜し気もなく 悲しまず 永遠の歴史の海底へ沈む
佐藤垢石
海豚と河豚 佐藤垢石 一 鯨と名のつくものなら、大抵は食べたことがある。『大井川のくじらは、婦人にしてその味を知るなり』と、言うことからそれは別として山鯨、なめくじら、海豚に至るまで、その漿を舌端に載せてみた。 ところで、山鯨のすき焼き、なめくじらの照り焼きなどは大そうおいしいけれど、海豚の肉はどうも感服しかねる。晒し鯨の酢味噌にしたところが、肉そのものには
マクラウドフィオナ
神がコラムを永遠の宴に召される一年ほど前のことである、ある夜、兄弟たちの中の最年少者「雀斑」とあだなされたポウルが彼のもとに来た。 「月が星のなかにあります、おおコラムよ、きょう神と共にある老ムルタックは、神とあなたのお心どおり、島の東端のかわいた砂の深みに葬られます」 そこで聖者は疲れねの床から起きあがり、ムルタックの葬られたところに行って、その場所を祝福
久生十蘭
海豹島 久生十蘭 二日ほど前から近年にない強い北々風が吹き荒れ、今日もやまない。東京に住むようになってから十数年になるが、こんな猛烈な北風を経験するのははじめてである。北風独特の軋るような呻き声は、いまから二十数年前、氷と海霧にとざされた海豹島で遭遇したある出来事を思い出させる。子供たちはとっくに寝床にゆき、広すぎる書斎に私はひとりいる。虚空にみち満ちる北風
北原白秋
風格高うして貴く、気韻清明にして、初めて徹る。虚にして満ち、実にしてまた空しきを以て、詩を専に幻術の秘義となすであらう。 鳥のる、ただに尋常の行であらうか。海豹の水に遊ぶ、誰かまた険難の業とのみ判じよう。雲は太古にして若く、波は近う飜つて、かへつて帰する際涯を知らない。 詩は我が生来の道である。その表現の玄微に好んで骨を鏤る。畢竟は我がふたつなき楽みを我と楽
黒島伝治
海賊と遍路 黒島傳治 私の郷里、小豆島にも、昔、瀬戸内海の海賊がいたらしい。山の上から、恰好な船がとおりかゝるのを見きわめて、小さい舟がする/\と島かげから辷り出て襲いかゝったものだろう。その海賊は、又、島の住民をも襲ったと云い伝えられている。かつて襲われたという家を私も二軒知っているが、そのいずれもが剛慾で人の持っているものを叩き落してでも自分が肥っていこ
牧野信一
「登志さん、果物でも持つて行つたらどうなの、雑誌ばかり読んでゐないで……」 ナイフや皿の用意をととのへながら、母は登志子を促した。 「キクに言つてよ。あの集りの中へ這入つて行くのは、あたし何だか気まりがわるいのよ、あたしが行くと皆が変に黙つてしまふんですもの……」 「お前さんが、あんまり気どつてゐるからぢやないの。」 「まあ、ひどいわ、母さんたら……」 二人
小川未明
日本海の荒波が、ドドン、ドドンといって岸を打っています。がけの上に、一本の松の木が、しっかり岩にかじりついて、暗い沖をながめて、嵐にほえていました。 そこへ、どこからともなく、紅い、いすかが飛んできて、松の木にとまりました。 「松の木さん、なんで、そんなに腹だたしそうにどなっているのですか?」といいました。 松の木は、頭の毛を逆立て、いまにも岩からはなれて、
宮本百合子
海辺小曲(一九二三年二月――) 宮本百合子 海辺の五時 夕暮が 静かに迫る海辺の 五時 白木の 質素な窓わくが 室内に燦く電燈と かわたれの銀色に隈どられて 不思議にも繊細な直線に見える。 黝みそめた若松の梢に ひそやかな濤のとどろきが通いもしよう。 午後五時 いまだ淡雪の消えかねた砂丘の此方 部屋を借りる私の窓辺には 錯綜する夜と昼との影の裡に 伊太利亜焼
木下杢太郎
海郷風物記 木下杢太郎 夕暮れがた汽船が小さな港に着く。 點燈後程經た頃であるからして、船も人も周圍の自然も極めて蕭かである。その間に通ふ靜かな物音を聞いてゐると、かの少年時の薄玻璃の如くあえかなる情操の再び歸り來るのではないかと疑ふ。 艀舟から本船に荷物を積み入るる人々の掛聲は殊に興が深い。 「やつとこ、さいやの、どつこいさあ。」 「やれこら、さよな――。
海野十三
「お道樂」の話ですか、それは困りましたね、私は酒もやらないしこの二三年からだの調子をわるくしてゐるので、たまに三軒茶屋あたりを散歩してくる位のところですから、人樣のやうな派手な「お道樂」はありませんね。 電氣ですか、あれはいまでは「お道樂」のやうになつてゐますが、これは專攻した學問で、これでも私は理學士なのです。 佐野昌一の本名で「おはなし電氣學」なんて、素
北原白秋
三浦三崎 大正十二年二月一日午後、何処といふあてもなくアルスの牧野君と小田原駅から汽車に乗つた。その車室に前田夕暮君が居た。何処へ行くと訊かれたのでまだわからぬと答へた。君はと云つたら大島へ行くつもりだつたけれど汽船に乗り遅れたので引返すところだと云つた。ぢやあ一緒に何処かへ行かう、それもおもしろいと云ふ事になつた。で結局三崎行ときめて、横須賀へ出た。出て見
寺田寅彦
海陸風と夕なぎ 寺田寅彦 昼間陸地の表面に近い気層が日照のためにあたためられて膨張すると、地上一定の高さにおいては、従来のその高さ以下にあった空気がその水準の上側にはみ出して来るから、従ってそこの気圧が高くなる。すなわち同じ高さの海上の気層に比べて圧が高くなるから、この層の空気は海に向かって流れる。この流れが始まると、陸地の表面では上層の空気が他処へ流出する
久生十蘭
ルイ十八世復古政府の第三年、仏領西亜弗利加の海岸で、過去にもなく、将来にもあろうとも思えぬ惨澹たる海難事件が起った。 半世紀の間見捨てられていた植民地を再建するため、セネガル河口のサン=ルイ島に行く新任の総督、総督府の官吏、書記、植民地附属の司祭、土木技師、主計、酒保係、地方人の入植団、細君と子供達、植民地警備の歩兵約二個中隊を乗せたラ・メデュウズという三檣
坂口安吾
波の上に夜が落ちる。海に沿ふた甃の路に靄の深い街燈の薄明り、夜の暗色と一緒に、噎つぽい磯の匂ひが、急にモヤモヤした液体のやうに、灯のある周囲に浮きながら流れはじめる。ときどき、外国の船員が、影と言葉を置き去りにして、闇の中へ沈没しながら紛れてしまふ。 黄昏が下りると、僕はこの路で、自分でも良くは知らない何か思案を反芻しながら、一日に一ぺんづつ家路を辿つた。鮎
北大路魯山人
春の海はひねもすのたりのたりとしているそうである。 夏の海はつよい太陽の光をはねかえして輝き渡る。海も光るが、沖の一線にもくもくと盛り上った入道雲も輝く、空も輝く、海に遊ぶ人々の肌も輝く。 秋の海は、夫を失った夫人のたたずまいのようにさびしい。 それから、冬の海は、かたくなに黙っているかと思うと、時たま心の底から怒りを発した如くに怒号する。逆浪は光をかんで暗
三木清
新年お目出度う存じます。去年はハイデルベルクで迎へた正月を、今年はマールブルクで迎へました。大晦日の夜には悪霊を追払ふと云ふ意味で、昔独逸では戸外に盛んに発砲する習慣があつたさうです。今でも昔気質の人はこの夜十二時が打つと同時に、高い椅子の上から飛び降りると云ひます。新しい年の中へ勢よく飛び込むと云ふ意味ださうです。私は歳晩にあつて数年前に作つたひとつの歌を
牧野信一
何故現在の住所を書いて寄さないのか? と屡々汝に云はれるが、汝との手紙が一回往復される間には大概予の居住は変つてしまふのだ! あれ以来予は既に三個所も居を移してゐる、いつも田舎の母家を予の宛名にはしてゐるが。哀れな母家は当分あの儘で汝も知つてゐるあの田舎に、形こそ違つたが存続するだらう。予も何時其処に帰るかも解らない。母家が存続する限り汝は、予の寓居を知りた
小川未明
それは、ここからは見えないところです。 そこには黒い、黒い河が流れています。どうしたことか、その河の水は真っ黒でありました。河が真っ黒であったばかりでなく、河原の砂もまた真っ黒でありました。そして、その河は音もたてずに、また真っ黒な大きな森の中をくぐって、いずこともなく流れているのでありました。 空の色は、夜ともつかず、また昼ともつかずに、うす暗くぼんやりと