ジャンの物語
宮本百合子
ジャンの物語 宮本百合子 フランスの『マリアンヌ』という新聞に、ロシアの大文豪であったレフ・トルストイの孫息子にあたるジャンという少年が、浮浪児として少年感化院に入れられ、そこから脱走して再び警察の手にとらわれたときかいた「ジャンの手記」というものを発表した。 トルストイには何人かの息子がいたが、父親が人間の歴史にのこした強大な足跡をうけてそれを発展させてゆ
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宮本百合子
ジャンの物語 宮本百合子 フランスの『マリアンヌ』という新聞に、ロシアの大文豪であったレフ・トルストイの孫息子にあたるジャンという少年が、浮浪児として少年感化院に入れられ、そこから脱走して再び警察の手にとらわれたときかいた「ジャンの手記」というものを発表した。 トルストイには何人かの息子がいたが、父親が人間の歴史にのこした強大な足跡をうけてそれを発展させてゆ
豊島与志雄
むかし、インドのある町に、時々、飴うりの爺さんが出てきまして、子供たちにおもしろい話をしてきかせて、うまいまつ白な飴をうつてくれました。大きな大黒帽をかぶり、黒い衣をき、白いながいひげをはやしてゐて、どこからかやつてきてはまたどこかへ行つてしまひます。どこのどうした人かわかりませんが、みんなから、スミトラ爺さんとよばれてゐました。その白い飴がたいへんうまく、
牧野信一
俺は見た 痛手を負へる一頭の野鹿が オリオーンの槍に追はれて 薄明の山頂を走れるを ――あゝ されど 古人の嘆きのまゝに 影の猟人なり 影の野獣なり 日照りつゞきで小川の水嵩が――その夕暮時に、この二三日来の水車の空回りを憂へたあまり、蝋燭のやうにめつきりと耄碌してしまつた私と此の水車小屋の主人であるところの雪太郎と、ふるへる腕を堪えて水底深く水深計を立てゝ
中谷宇吉郎
アメリカの脊骨をなしている中堅階級は、案外に健全な生活をしている。しかしそれは何も、そういう連中が皆朴念仁であるという意味ではない。皆結構生活を楽しんでいるのであるが、その楽しみ方が甚だ利口なのである。その話について、まず正月向きに、少し柔らかいところから始めよう。それはアメリカにも芸者がいるという話である。 たいていの日本の奥さん方は、「アメリカには芸者が
寺田寅彦
ただ取り止めもつかぬ短夜の物語である。 毎年夏始めに、程近い植物園からこのわたりへかけ、一体の若葉の梢が茂り黒み、情ない空風が遠い街の塵を揚げて森の香の清い此処らまでも吹き込んで来る頃になると、定まったように脳の工合が悪くなる。殺風景な下宿の庭に鬱陶しく生いくすぶった八つ手の葉蔭に、夕闇の蟇が出る頃にはますます悪くなるばかりである。何をするのも懶くつまらない
作者不詳
バビロンにヨアキムという人が住んでいた。そしてこの人はスザナという妻をもらつたが、これはケルキアスの娘で、たいへん美人であり、神を恐れる婦人であつた。この女の両親も正しい人で、モーゼの律法に従つて娘を教育した。 さてヨアキムは金持でえらい人だつたが、家に接する美しい庭園を持つていた。そしてこの人は他のだれよりも尊敬されていたので、ユダヤ人たちがしげしげと出入
亀井勝一郎
造型は始原的には「言葉」に従ふものである。建築も彫刻も絵画も、あらはれ方はちがふが、その内部に、作者たちの言語表現の衝動をふくむといふ意味である。たとへば仏像はそれ自体として成立したものではない。経典を読んだ人の、信仰による解釈の表現、乃至は信仰告白であり、或はその代作である。すべての仏像はこの意味で思想像であり、仏画もまた同様である。 日本は、インドに成立
三田村鳶魚
先づ非人から出る物貰から申しますと、非人から出る物貰にも亦二種ある。一つは「せぶり」といふ、これはどんな字を書くか知りません。もう一つは世間師。これはどういふ違ひがあるかと云ひますと、「せぶり」といふのは代々の非人で、これは良民に還ることが出來ないものです。この「せぶり」は胸に袋を懸けて、袋の先を括つて三角形にするのがしるしになつてゐる。物貰の中では御歴々の
寺田寅彦
物には必ず物理がある。ここにいわゆる物とは何ぞや、直接間接に人間五感の対象となって万人その存在を認めあるいは認め得べきものを指す。故に幽霊はここにいわゆる物ではない。夢中の宝玉も物ではない。物理学者は通例物質とエネルギーという二つの物を認める。物質の定義が困難である。教科書などには質量を有するものとも書いてあるがこれは言葉を換えたに過ぎない。質量という考えを
寺田寅彦
物質群として見た動物群 寺田寅彦 せんだって、駿河湾北端に近い漁場における鰺の漁獲高と伊豆付近の地震の頻度との間にある関係があるらしいということについて簡単な調査の結果を発表したことがあった。このように純粋に物質的な現象、すなわち地震のような現象と、生物的、かつ人為的要素の錯雑した漁獲といったようなものとの間の相関を取り扱うことが科学的に許容されるかどうかと
坂口安吾
特攻隊に捧ぐ 坂口安吾 数百万の血をささげたこの戦争に、我々の心を真に高めてくれるような本当の美談が少いということは、なんとしても切ないことだ。それは一に軍部の指導方針が、その根本に於て、たとえば「お母さん」と叫んで死ぬ兵隊に、是が非でも「天皇陛下万歳」と叫ばせようというような非人間的なものであるから、真に人間の魂に訴える美しい話が乏しいのは仕方がないことで
喜田貞吉
本編は上掲諸編の記事と重複するところことに多きを校正の際心付きしも、今さら改むる能わず。幸いに概論に対する下手なる詳説として、寛宥あらんことを乞う。(貞吉) 明治・大正の今日にも、特殊部落の名はなお保存せられている。もとは「特種部落」と書いたそうであるが、必ずしも種族を異にするという訳でもなく、いたずらに彼らの悪感を生ぜしむるのみであるというので、文字を「特
喜田貞吉
我が国には古え天益人の語があって、人口が日々増加しつつあることは、太古以来既に認められておった。近いところで明治五年初めに約三千三百十一万と言われておった内地の人の数が、大正五年末には約五千五百六十四万となっている。近年の増加の数は、毎一年約七十万ないし八十万であるから、本年初めの数はおそらく約五千七百二十万にも達している事であろうと思う。その毎年増加の率は
喜田貞吉
部落民は一般に仏法に対して最も熱烈なる信仰を有している。彼らが寺院に参詣して仏を拝し法を聴くの状態を見るに、一心に浄土を欣求するの至情が躍如たるものがある。彼らには日常の生活に苦しむ身でも、御本山への志納金はあえて怠らない。旅費がなくなって空腹を忍びつつ、遠路を徒歩して、遂に行き倒れにまでなりかけた婆さんが、懐中なる阿弥陀様のお金には手をつけなかったという話
喜田貞吉
私はただ今添田地方局長から御紹介になりました喜田貞吉でございます。本日特殊部落改善救護の事に御熱心な諸君のこの御集まりの席へ出まして、所謂特殊部落の事に関し、不束かなる研究の一斑を述べさせて戴くの機会を得ましたのは、私にとってまことに光栄であり、かつまた幸福であることと存じます。 大体私は日本の古代史を専門に研究致している者でございまして、その研究上から、日
豊島与志雄
特殊部落の犯罪 豊島与志雄 一 「久七、お前が好きな物持って来ただよ。」 晴々しい若い声と共に、表の戸ががらりと引開けられた。 とっつきの狭い土間、それから六畳ばかりの室、その室の片隅に、ぼろぼろの布団の上へ、更に二枚の蓆をかけて寝ていたのを、むっくり上半身だけ起してみると、引開けられた四角な明るみから、つるが飛び込んで来た。眼をぱちくりやってると、鼻先へ徳
喜田貞吉
「特殊部落研究号」は何が為に発刊せらるるか。余輩がさきに同好諸氏に向って、我が特殊民に関する報告を求むべく送致せる依頼書は、ほぼその趣意を述べ尽せりと信ずるが故に、まず左にこれを掲載すべし。 特殊部落の解放に就きて敬告 拝啓。ますます御多祥奉慶賀候う。さて小生義多年日本歴史地理学会の経営に参与仕り、雑誌「歴史地理」の誌上に於いて、広く斯学に関する研究を発表致
喜田貞吉
従来普通に特殊部落と云っておった我が同胞中の或る部族のことを、近ごろ内務省あたりでは、細民部落といっている。細民とは貧乏人の事である。なるほど特殊部落には貧乏人が比較的多いから、その多数についてこれを細民部落というのも、あながち理由のないことではないが、その実この部落にも細民でないのが少くなく、所謂特殊部落以外にも真に細民部落と呼ぶべきものが多いのであるから
喜田貞吉
特殊部落の人達の口にする言語は、その付近の普通部落の言語と幾らか違ったところがある。そしてやや遠く離れた所であっても、他の同じ仲間の言語とは似ている場合が多い。例えばサ行の音もしばしばタ行に誤ったり、ダ行の音をしばしばラ行に誤ったりすることは、よく耳に立つところである。浪人をドウニンと云ったり、雑誌をダッシと云ったりなどする。六条村年寄の留書を見ると、辻子の
喜田貞吉
旧幕時代には、エタ非人と普通民との通婚は、国法の禁ずるところであった。これを犯して処罰された実例は別項「エタに対する圧迫の沿革」中に述べておいた。今や国法上に於ける差別は全然撤廃せられて、所謂特殊部落と普通民との間の結婚は、自由に行われて然るべき筈である。また事実に於いてそれが行われている場合もある。「遠州奇聞老人報告」の地方の如きその最も著しいもので大正六
喜田貞吉
余輩がさきに「特殊部落研究号」(本誌二巻一号)を発行して、いわゆる特殊部落なるものの由来沿革を明らかにし、彼らが決してことに疎外排斥せらるべき性質のものにあらざる所以を説明すべく試みた事は、読者諸君の今なお耳目に新たなることと信ずる。当時紙数の制限と、編纂期日の束縛とによって、説いて委曲を悉くす事能わず、研究またすこぶる不十分で、後の訂正増補を要すること少く
ホワイトフレッド・M
ドレントン・デンが突っ立ってじっと見つめる先に、キューバ海岸があり、炎が点々とちらついていた。夜の帳の下には腐敗と退廃が隠れている。猫は相変わらずネズミをもて遊んでいるが、ひとはとっくに風景に飽きてしまった。そんなことなど欧州にとってはどうでもよい。小麦が一八四〇年代豊作であり続ける限り。 だがドレントン・デンにとって重要だった訳は、自分が有名な従軍記者であ
ホワイトフレッド・M
やせ細った褐色の手はぼろきれのようにしおれ、その手でドレントン・デンが飲んだキニーネは普通の人なら発狂する。 デンが歯を食いしばりながら、 「マダガスカルへ誘い込んだ男に破滅を。従軍記者で連れてきたくせに、ろくな戦争もなければ、記事を送る機器すらない。熱病にかかったら、平然と海岸へ送り返せだと」 レバ大尉が案じてぶるった。ドレントン・デンをパリから誘い、タマ
ホワイトフレッド・M
ドレントン・デン特派員がニューヨークポスト紙の編集室へぶらりやってきた。両手をノーフォークジャケットに突っ込み、口端に巻煙草を噛み、捨てる気などさらさらない。 相手のお偉方は短い煙管をくわえ、上着もチョッキも着てない。でもペリグリン・プライド編集長は大物だ。いつかは社長になれるかも。だが、好きなのはこの世で一番洗練された新聞を牛耳ることだ。 「やあ、戻ったか