犬の生活
小山清
私はその犬を飼うことにした。「神様が私にあなたのもとへゆけと告げたのです。あなたに見放されたら、私は途方に暮れてしまいます。」とその眼が訴えているように思われたので。またその眼はこうも云っているように思われた。「あなたはいつぞや石をぶつける子供達から、私を助けて下さったではないですか。」私には覚えのないことだが、しかし全然あり得ないことではない。 公園のベン
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小山清
私はその犬を飼うことにした。「神様が私にあなたのもとへゆけと告げたのです。あなたに見放されたら、私は途方に暮れてしまいます。」とその眼が訴えているように思われたので。またその眼はこうも云っているように思われた。「あなたはいつぞや石をぶつける子供達から、私を助けて下さったではないですか。」私には覚えのないことだが、しかし全然あり得ないことではない。 公園のベン
小酒井不木
犬神 小酒井不木 私に若しポオの文才があったならば、これから述べる話も、彼の「黒猫」の十分の一ぐらいの興味を読者に与えることが出来るかもしれない。然し、残念ながら、私はこれ迄、会社員をした経験があるだけで、探偵小説を読むことは好きであったが、二十五歳の今日に至るも、一度もこうした物語風のものに筆を染めたことはないのである。けれども私は、いま真剣になって筆を執
国枝史郎
犬神娘 国枝史郎 一 安政五年九月十日の、午の刻のことでございますが、老女村岡様にご案内され、新関白近衛様の裏門から、ご上人様がご発足なされました際にも、私はお附き添いしておりました。(と、洛東清水寺成就院の住職、勤王僧月照の忠実の使僕、大槻重助は物語った)さて裏門から出て見ますると、その門際に顔見知りの、西郷吉之助様(後の隆盛)が立っておられました。 「吉
佐藤武夫
あいつらにいぬにされた俺は 俺達で四つん這いにまで あいつらを叩きのめそうゆううつの中に立てる現場を畳み込んで勇敢の中に立てる職場に置きかえよう新らしき住居は「四方隠し」より「動き」へ「だんまり」より「話しかけ」に流れる 駅より駅へ列車より納戸へ汽船より台所へ事務所より劇場へ憤りにふるえる方向と組織された健康にあふれてグレーチェを含めた十二人の同志がカスペル
チェーホフアントン
一 海岸通りに新しい顔が現われたという噂であった――犬を連れた奥さんが。ドミートリイ・ドミートリチ・グーロフは、*ヤールタに来てからもう二週間になり、この土地にも慣れたので、やはりそろそろ新しい顔に興味を持ちだした。ヴェルネ喫茶店に坐っていると、海岸通りを若い奥さんの通って行くのが見えた。小柄な薄色髪の婦人で、ベレ帽をかぶっている。あとからスピッツ種の白い小
キングスフォードアンナ
先日さる方から戴いた贈り物に、深紅のバラと紫のイヌホオズキを一つの花束として結んであった。 バラとイヌホオズキ! この組み合わせは一編の詩の種たりうる! 誰が見てもバラは愛の表象であり、イヌホオズキは静寂を象徴するからだ。 私は小さな花瓶に水を張り花束を生けた。夜、床に入ると、頭の中一杯にそこはかとない韻文や、巣立ち前の着想が満ちあふれた。それらのテーマはや
岸田国士
人物 今里念吉 同 二見 同 甲吉 黒林家の女中ため 酒屋の御用聞 大串葉絵 片倉州蔵の妻まつの 女の子 百瀬鬼骨 郵便配達 男の子 歩兵大尉島貫 片倉州蔵 平大野球部選手越水 同 クマソ 同 ヤモリ 近所の人櫛谷 同 尾畑 同 黒林 同 両角 同 岩城 同 藤巻 隠居多胡鵺人 近所の人A 同 B 同 C 時 現代 所 東京の郊外――最近水田を埋立てた第
太宰治
犯人 太宰治 「僕はあなたを愛しています」とブールミンは言った「心から、あなたを、愛しています」 マリヤ・ガヴリーロヴナは、さっと顔をあからめて、いよいよ深くうなだれた。 ――プウシキン(吹雪) なんという平凡。わかい男女の恋の会話は、いや、案外おとなどうしの恋の会話も、はたで聞いては、その陳腐、きざったらしさに全身鳥肌の立つ思いがする。 けれども、これは、
坂口安吾
その山奥の村に殺人事件があった。被害者は日蓮の女行者でサヨといった。 人見医師は駐在の里村巡査にたのまれて一しょに現場へ行った。役場や駐在所や医院などのある村の中心部から山を一ツ越した部落で、その部落でも一番端れの山際に孤立した傾いた小屋がサヨの住居であった。 小屋の内部は、土間と、板の間にムシロをしいた一間と、それだけしかなかった。サヨはムシロじきの板の間
近松秋江
狂乱 近松秋江 一 二人の男の写真は仏壇の中から発見されたのである。それが、もう現世にいない人間であることは、ひとりでに分っているのだが、こうして、死んだ後までも彼らが永えに、彼女の胸に懐かしい思い出の影像となって留まっていると思えば、やっぱり、私は、捕捉することの出来ないような、変な嫉妬を感じずにはいられなかった。そして今、何人にも妨げられないで、彼女を自
ゴーゴリニコライ
十月三日 けふといふ日にはずゐぶん變なことがあつた。朝、起きたのはかなり遲かつたが、マヴラが長靴の磨いたのを持つて來た時、いま何時だと訊いた。すると、もうとつくに十時を打ちましたとの答へに、おれは大急ぎで身じまひをした。正直なところ、役所へなんかてんで行きたくはないのだ。行けば、きつと課長の奴が澁い面をしやがるにきまつてゐる。奴はもうこの間ぢゆうからおれの顏
今野大力
友よ わが一人の愚かなる人間の為めに 秘かに鏡を用意して呉れ給い そこに一人の狂人がいる 彼は真紅の夢を胎むことによって 恋をする愚かな狂おしい男である 彼の室は赤 壁の地図も赤 彼の思想も赤 赤 赤 赤 点々 点々 ベタベタ 赤色の中に芽ぐむ一人の生 友よ 彼は横臥することを好む 今こそ 彼に鏡を与えよ おお そして 見ろ! 彼の狂態が初まるのだ! 殺せ!
小酒井不木
京都の高等学校に居た頃、――それはたしか明治四十一年だったと思うが――私は、冬休みに、京都から郷里の名古屋まで、名所見物を兼ねて、徒歩で帰ろうと思い立った。汽車ならば五時間、悪七兵衛景清ならば十時間かからぬくらいの道程を五日の予定で突破? しようというのであるから、可なりゆっくりした気持の旅であった。私は旅をするとき、道連れのあるのが大嫌いで、その時も、単身
小野佐世男
浮風にさそわれて隅田川のボート・レースをながめていたら、 「アラ、小野の旦那、いいところでお会いしましたわ」 お隣りの奥さんが一人娘のポッポちゃんをつれて、途方に暮れた顔。 「このポッポたらしょうがないのですよ、私が猫の手でも借りたいぐらい忙しいというのに、馬鹿々々しいたら、国際のジャズ大会につれて行けっていうんですよ。こんなアプレ娘一人でやれば、何を仕でか
原民喜
「狂気について」など 原民喜 「狂気について」は昨年三田文学九月号の Essay on Man のために書いて頂いたものだが、それが標題とされ今度一冊の書物となり読み返すことの出来たのは、僕にとつてほんとに嬉しいことだつた。もつと嬉しいのは、この書があの再び聞えてくるかもしれない世紀の暗い不吉な足音に対し、知識人の深い憂悩と祈願を含んでゐることだ。僕は自分の
太宰治
なんじら断食するとき、かの偽善者のごとく悲しき面容をすな。 (マタイ六章十六。) 今は亡き、畏友、笠井一について書きしるす。 笠井一。戸籍名、手沼謙蔵。明治四十二年六月十九日、青森県北津軽郡金木町に生れた。亡父は貴族院議員、手沼源右衛門。母は高。謙蔵は、その六男たり。同町小学校を経て、大正十二年青森県立青森中学校に入学。昭和二年同校四学年修了。同年、弘前高等
三遊亭円朝
狂言の買冠 三遊亭円朝 「へい今日は、八百屋でござい。「ナニ八百屋か、けふは肴やが惣菜をおいてつたからまづいゝね。「是非さうでもございませうが、八百や半兵衛が、狂言しろ物を沢山もつて来ましたから、なんぞ買つてくださいナ。「ナニ八百や半兵衛が狂言しろものだ、そいつはありがたい、買ひませう/\、何がありますね。「エヽ猿若座の開業式でことふきのとう、二十四孝の竹の
北大路魯山人
登場人物 大名 目 鼻 口 手 心 耳 大名 「まかり出でたるは、このあたりの大名でござる。われ日頃より、美食をなしてござれば、当年とって百一歳でござるが、これごらんあれ、栄養は満々点、ヒフの色はツヤツヤと、あの方の心臓もことの外つようござる。なんと方々うらやましうはござらぬか。老いてますます盛んとは、まことにそれがしのことでござる。ハハハハハ ただい
佐左木俊郎
狂馬 佐左木俊郎 炭坑の坑は二つに区別されている。竪坑。斜坑。――地上から地下へ垂直に、井戸のように通うているのが竪坑で、斜坑は、地上から地下へ、勾配になって這入って行くのだから樹木に掩われた薄暗い坂路を連想させる。 斜坑は、動物の通路を第一の目的として掘られたものであろう。炭坑に蒸気機関や電動機の採用されていなかったころ、人間の肩や背の他には、馬が一切の労
新美南吉
狐 新美南吉 一 月夜に七人の子供が歩いておりました。 大きい子供も小さい子供もまじっておりました。 月は、上から照らしておりました。子供たちの影は短かく地べたにうつりました。 子供たちはじぶんじぶんの影を見て、ずいぶん大頭で、足が短いなあと思いました。 そこで、おかしくなって、笑い出す子もありました。あまりかっこうがよくないので二、三歩はしって見る子もあり
永井荷風
小庭を走る落葉の響、障子をゆする風の音。 私は冬の書斎の午過ぎ。幾年か昔に恋人とわかれた秋の野の夕暮を思出すような薄暗い光の窓に、ひとり淋しく火鉢にもたれてツルゲネーフの伝記を読んでいた。 ツルゲネーフはまだ物心もつかぬ子供の時分に、樹木のおそろしく生茂った父が屋敷の庭をさまよって、或る夏の夕方に、雑草の多い古池のほとりで、蛇と蛙の痛しく噛み合っている有様を
蔵原伸二郎
野狐の背中に 雪がふると 狐は青いかげになるのだ 吹雪の夜を 山から一直線に 走つてくる その影 凍る村々の垣根をめぐり みかん色した人々の夢のまわりを廻つて 青いかげは いつの間にか 鶏小屋の前に坐つている 二月の夜あけ前 とき色にひかる雪あかりの中を 山に帰つてゆく雌狐 狐は みごもつている
豊島与志雄
ひでり狐 豊島与志雄 一 ある夏、大変なひでりがしました。一月ばかりの間、雨は一粒も降らず、ぎらぎらした日が照って、川の水はかれ、畑の土はまっ白に乾き、水田まで乾いてひわれました。そして田畑の作物はもとより草や木までも、萎びて枯れかかりました。 田舎の人達は心配でたまりませんでした。そのままでゆけば、田畑の作物はみなだめになって、秋の収穫は何もなくなります。
新美南吉
これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。 むかしは、私たちの村のちかくの、中山というところに小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。 その中山から、少しはなれた山の中に、「ごん狐」という狐がいました。ごんは、一人ぼっちの小狐で、しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、