These Streets, My Hometown
街はふるさと坂口安吾
街はふるさと 坂口安吾 深夜の宴 一 「ア。記代子さん」 熱海駅の改札口をでようとする人波にもまれながら、放二はすれちがう人々の中に記代子の姿をみとめて、小さな叫び声をのんだ。 記代子は、彼がみとめる先に、彼に気付いていたようだ。 けれども、視線がふれると、記代子は目を白くして、ふりむいた。そして人ごみの流れに没してしまった。 放二は深くこだわらなかった。記
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坂口安吾
街はふるさと 坂口安吾 深夜の宴 一 「ア。記代子さん」 熱海駅の改札口をでようとする人波にもまれながら、放二はすれちがう人々の中に記代子の姿をみとめて、小さな叫び声をのんだ。 記代子は、彼がみとめる先に、彼に気付いていたようだ。 けれども、視線がふれると、記代子は目を白くして、ふりむいた。そして人ごみの流れに没してしまった。 放二は深くこだわらなかった。記
坂口安吾
登場人物倉田由之 倉田家の当主。もと武道教師。今、漁場土建ボス。同 公一 由之の長子。昭和十七年轢死。同 由子 公一の妻。同 仁一 公一の子。昭和十七年公一と共に轢死。同 安彦 由之の次男。現代版丹下左膳となって復員。同 定夫 由之の三男。バンタム級新人王。同 美津子 由之の次女。定夫に電話をかけた女 (後に名前も現れます)滝沢三次郎 由之の秘書
坂口安吾
現代忍術伝 坂口安吾 その一 正宗菊松先生就職発奮のこと 戦乱破壊のあとゝいうものは、若い者の天下なのである。昔から変りがない。野武士といえば柄がよくきこえるが、手ッとり早く云えば、当今の集団強盗、やがて一家をなしてボスとなる。これが昔なら大名だ。集団強盗の手先をつとめる浮浪児の一人が、顔は猿に似ているが、智恵がある。しかるべく立身出世して天下をとったのが豊
坂口安吾
一九三×年のことである。新潟も変つた。雪国の気候の暗さは、真夏の明るい空の下でも、道路や、建築や、行き交ふ人々の表情の中に、なにがなし疲れの翳を澱ませて、ひそんでゐる。さういふ特殊な気候の暗さや、疲れの翳が、もはや殆んど街の表情に見られないのだ。まづ第一に鋪装道路。表通りの商店街は、どの都市にもそつくり見かけるあたりまへの商店建築が立ちならび、壁面よりも硝子
坂口安吾
お喋り競争 坂口安吾 一 この九月末宇野浩二氏から電話がきた。私は生憎不在だつたが、至急の話があるから今夜か明朝会ひたい、訪れてほしいといふのであつた。なんの話か見当がつかなかつたが、私はその月の文芸通信に、牧野信一の自殺にやゝあてはまることを題材にした小説を書いた。見やうによつては確にさしさはりのある題材だから、その話かも知れないと思つた。尤も其小説は急所
坂口安吾
狼園 坂口安吾 その一 冷血漢 温い心とは何物だらう? それからまごころといふことは? 愛といふことは? 私の父は悪者ではない。それから叔父も、妹も、三人の特別の関係のある女達も。そのうへ此等の人々は私に対して危害を加へないばかりか、私の幸福を祈つたり、私が俗物ではないことを私以上に確信したり、私が私自身に対してさへ労はることを絶対に許さない苦悩に対して労は
坂口安吾
エゴイズム小論 坂口安吾 住友邦子誘拐事件は各方面に反響をよんだが、童話作家T氏は社会一般の道義の頽廃がこの種の悪の温床であると云ひ、子供達が集団疎開によつて人ずれがしたのも一因だと云ふ。朝日の投書欄では、父親の吉右衛門氏が信州の温泉に遊んでをつて、俺が帰つたところで娘が戻るわけでもないとうそぶいて帰京しなかつたことなど、それ自体がこの事件の真相を語つてをり
坂口安吾
最上清人は哲学者だ。十年ほど前、エピキュロスに於ける何とかといふ論文と、プラトンの何とかといふ論文を私も雑誌に見かけたことがあるが、その後は著作はやらなくなり、講壇に立つたことは一度もないので、哲学専門の学生でも彼の名は知らない。 先日私のもとに訪れてきた雑誌記者の話によれば、彼の恩師のDD氏は、哲学界の新人は? といふ記者の問に答へて、さて、新人かどうか、
坂口安吾
昭和二十二年六月の終りであった。私は歌川一馬の呼びだしをうけて日本橋のツボ平という小料理屋で落ちあった。ツボ平の主人、坪田平吉は以前歌川家の料理人で、その内儀テルヨさんは女中をしていた。一馬の親父の歌川多門という人は、まことに我ままな好色漢で、妾はある、芸者遊びもするくせに、女中にも手をつける。テルヨさんは渋皮のむけた可愛いい顔立だからむろん例外ではなく、そ
オルコットルイーザ・メイ
この「若草物語」(原名リツル、ウィメン)は、米国の女流作家ルイザ・メイ・オルコット女史の三十七才の時の作です。父を戦線におくり、慈愛ふかい聡明な母にまもられて、足らずがちの貧しい生活ながら、光りを目ざして成長していく四人の姉妹を描いていますが、それは、けっして坦々たる道ではなく、不平、憎悪、苦悶、嫉妬など、さまざまのものが、彼女たちの健気な歩みを妨げるのであ
イエイツウィリアム・バトラー
歩む彼女――わが喜びの貴婦人―― 群れ従える羊飼いの女よ。 率いる羊は内心そのもの。純白に保ち、 転げ落ちぬよう護っている。 花かぐわしい丘にて羊に餌をやり、 抱き寄せては寝入らせる。 めぐる彼女――母なる丘と明るくも 暗い谷間を、危なげなく深く。 宵にはあのあたたかいふくらみのうちに 清らかな星々が出でることだろう。 歩む彼女――わが喜びの貴婦人―― 群れ
イエイツウィリアム・バトラー
人 ピイタア・ギレイン マイケル・ギレイン ピイタアの長男、近いうちに結婚しようとしている パトリック・ギレイン マイケルの弟、十二歳の少年 ブリヂット・ギレイン ピイタアの妻 デリヤ・ケエル マイケルと婚約の女 まずしい老女 近所の人たち 一七九八年、キララに近い農家の内部、ブリヂットは卓に近く立って包をほどきかけている。 ピイタアは炉のわ
イエイツウィリアム・バトラー
人 三人の楽人 仮面のやうに顔をつくる 井戸の守り 仮面のやうに顔をつくる 老人 仮面をかぶる 青年 仮面をかぶる アイルランド英雄時代 舞台は何処でも差支ない、何もないあき場、正面の壁の前に模様ある衝立を立てる。劇が始まる前に、衝立のすぐ前に太鼓と銅鑼と琵琶など置く。場合によつては、見物が着席してから第一の楽人が楽器を持ち込んでもよい、
イエイツウィリアム・バトラー
人 マアチン・ブルイン 父 ブリヂット・ブルイン 母 ショオン・ブルイン マアチンの子 メリイ・ブルイン ショオンの妻 神父ハアト フェヤリイの子供 遠いむかし アイルランド、スリゴの地、キルマックオエンの領内にあったこと 部屋の右の方に深い凹間がある、凹間の真中に炉。凹間には腰掛とテイブルあり、壁に十字架像がある。炉の火の光で凹間の中が明るい。左手
イエイツウィリアム・バトラー
宝石を食ふもの 平俗な名利の念を離れて、暫く人事の匆忙を忘れる時、自分は時として目ざめたるまゝの夢を見る事がある。或は模糊たる、影の如き夢を見る。或は歴々として、我足下の大地の如く、個体の面目を備へたる夢を見る。其模糊たると、歴々たるとを問はず、夢は常に其赴くが儘に赴いて、我意力は之に対して殆ど其一劃を変ずるの権能すらも有してゐない。夢は夢自らの意志を持つて
イエイツウィリアム・バトラー
一人の老人が瞑想に耽りながら、岩の多い岸に坐つてゐる。顔には鳥の脚のやうに肉がない。処はジル湖の大部を占める、榛の林に掩はれた、平な島の岸である、其傍には顔の赭い十七歳の少年が、蠅を追つて静な水の面をかすめる燕の群を見守りながら坐つてゐる。老人は古びた青天鵞絨を、少年は青い帽子に粗羅紗の上衣をきて、頸には青い珠の珠数をかけてゐる。二人のうしろには、半ば木の間
斎藤茂吉
万葉集は我国の大切な歌集で、誰でも読んで好いものとおもうが、何せよ歌の数が四千五百有余もあり、一々注釈書に当ってそれを読破しようというのは並大抵のことではない。そこで選集を作って歌に親しむということも一つの方法だから本書はその方法を採った。選ぶ態度は大体すぐれた歌を巻毎に拾うこととし、数は先ず全体の一割ぐらいの見込で、長歌は罷めて短歌だけにしたから、万葉の短
蒲原有明
明治十五年にかの有名な「新體詩抄」が刊行された。 わたくしはまだ七歳の小兒であつて、宵の明星や光の強い星を木の間がくれにふと見つけ出して、世間の噂さの名殘をそのまゝに「西郷星」だと囃したてゝ、何となく寂しい思ひの底に胸のとどろきをおぼえた時代である。 かゝる時代に於て、井上、矢田部、外山の諸博士の主唱と編纂とに成つた「新體詩抄」が誕生して、始めて詩の方面に新
蒲原有明
つき姫とは仮に用ひし名なり、もとの事蹟悽愴むしろきくに忍びず、口碑によれば「やよがき姫」なり、領主が寵をうけしものから、他の嫉みを招くにいたり、事を構へて讒する者あり、姦婬の罪に行はる。身には片布をだに着くるを允さず馬上にして城下に曝す、牽きゆくこと数里、断崖の上より擲ちて死にいたらしむ、臭骸腐爛するに及ぶも白骨を収むる人なかりきといふ。その処わが郷里にあり
蒲原有明
観相をのみ崇みて、ひたぶるに己が心を虚うせむと力むるあり。かくの如くにして得たる書に眼を曝らすものゝ、たゞこれ消閑の為めにして、詩の意義のかたはしをだに解し得ざらむとするも理なり。こゝに世の趣味の卑きを嘆じぬとも、やがてその声の空しかるべきは言ふをも俟たじ。かゝる時に際してかのはかなき抒情詩の他が一顧盻を冀ふに値するや否やを問ふは愚なるべし、そは新しと雖もな
蒲原有明
大海かたち定めぬ劫初の代に 水泡の嵐たゆたふ千尋の底。 折しも焔はゆるき『時』の鎖、 まひろく永き刻みに囚れつつ、 群鳥翔る翼のその噪ぎと、 その疾さあらめ、宛も眠り転び、 無際の上枝下枝を火の殻負ひ 這ひもてわたる蝸牛の姿しめす。 火と水、相遇はざりし心を、今、 夜とせば、かりそめならぬ朝や日や、 舞ひたつ疾風歓喜空を揺りて、 擁きぬ、触れぬ、燃えなす願ひ
蒲原有明
鴎外を語るといつても、個人的接触のごとき事実は殆ど無く、これを回想してみるよすがもない。をかしなことである。錯戻であらう。さうも思はれるぐらゐ、自分ながら信じられぬことである。 それにはちがひないが、鴎外としいへば、その影は、これまでとてもいつぞわたくしから離れ去つたといふ期間はなかつた。それはむしろ離れしめなかつたといつて好い。頭のどこかに鴎外の言葉が聞え
蒲原有明
労山の下清宮といふは名だゝる仙境なり。ここに耐冬あり、その高さ二丈、大さ数十囲。牡丹あり、その高さ丈余。花さくときぞ美はしうかなるや。 そが中に舎を築きて居れるは膠州の黄生とて、終日書読みくらしたる。ある日のことなりき。ふとより見おこせたるに、やゝ程とほくへだてて女人ひとり、着けたる衣白う花のひまに照り映ゆるさまなり。かゝる境に争でとあやしけれど、趨り出でゝ
蒲原有明
穉態を免れず、進める蹤を認めずと言はるる新詩壇も、ここに歳華改りて、おしなべてが浴する新光を共にせむとするか、くさぐさの篇什一々に数へあげむは煩はしけれど、めづらしき歌ごゑ殊に妙なるは、秀才泣菫氏が近作、「公孫樹下にたちて」と題せる一篇なるべし。はしがきによりて窺へば、氏が黄塵の繁務を避けて、美作の晩秋たまさかに骨肉の語らひ甘かりし折の逍遙に、この一連珠玉の