Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

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「由利旗江」を書いた頃の思出

岸田国士

戯曲を書きはじめてやつと二三年、小説といふものはたゞの一度も書いたことのない私に、いきなり新聞の連載小説を書けといふ注文なので、私は面喰つた。 実を云ふと、戯曲を書いて雑誌に発表するといふことが私にはなんだか不自然に思へてしかたがない時分であつたし、頭のなかは、「新しい演劇運動」のことでいつぱいで、月々雑誌にのる短篇小説もろくに目を通さず、まして、新聞の続き

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由布院行

中谷宇吉郎

去年の夏のことである。漸く学校は卒業したが、理研の方の建物が出来上っていなかったので、暫く物理教室の狭い実験室の一隅を借りて、仕事を続けていた時のことである。Y君やM君と一緒に、一室で三組も実験をしていて、窮屈な思いをしていたところへ、夏が来た。 夏休みで学生がいなくなると実験の方はだれて来る。誰か一番先に来た男が、紅茶をわかしてビーカーに入れて、手製の硝子

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由緒ある英国庭園にて 咲ける花のふしぎな夢

クレインウォルター

詩とカラー画デザイン ウォルター・クレイン 印刷 エドマンド・エヴァンズ なつかしき世の園の夢を見る かつて草花は人のごとき名を持ち どうにも姿もふしぎで 紳士淑女よろしく振る舞ったという その昔ロザリンドの閨房近くでは 孔雀色したイチイの垣根のそばに 何も草花が見つからなかったそうだが 実は見つけ方にこつがあるのだ さあ木戸の鍵を手に取るがよい 見るも麗し

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由良助の成立

折口信夫

大星由良助について、我々の持つてゐる知識に、ほんの少し訂正しなければならぬ点がないか知らん。まあ書いて見るが、書く程のことはないやうな気もする。一体、忠臣蔵系統の戯曲は、大体世界が三つ位におちつくやうである。曾我物語・太平記、それから言うてよければ、小栗判官の世界である。勿論「仮名手本忠臣蔵」自身、並びにその直系の親浄瑠璃と言ふべき、近松氏の「兼好法師物見車

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由起しげ子よエゴイストになれ

坂口安吾

由起しげ子よエゴイストになれ 坂口安吾 誰かの批評に、女房として不適格、とあったが、これはアベコベだ。女房に不適格な小説が書けると、この人の作品は光彩を放つだろうが、今のところは、女房小説である。 だいたい、日本の家族制度のような国で、女房に適格な女に、ろくな小説の書ける見込みがない。 由起さんが、女房に不適格だと自任しているかどうかは知らないが、在来の家族

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甲州鎮撫隊

国枝史郎

甲州鎮撫隊 国枝史郎 滝と池 「綺麗な水ですねえ」 と、つい数日前に、この植甚の家へ住込みになった、わたりの留吉は、池の水を見ながら、親方の植甚へ云った。 「これが俺んとこの金箱さ」 と、石に腰をかけ、煙管をくわえながら、矢張り池の水を見ていた植甚は、会心の笑いという、あの笑いかたをしたが、 「この水のために、俺んとこの植木は精がよくなるのさ」 「まるで珠で

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甲賀三郎『琥珀のパイプ』序

平林初之輔

いわゆる文壇の小説家という人たちは、たいてい似たり寄ったりの生活をしている。したがってこれらの人たちが自分の身辺の出来事を報告した小説は、自然、千遍一律に流れやすい。近頃の文壇の作品には特にこの傾向が甚しくなってきた。そこで読者の方からは、何かもっと毛色の変わった、刺激の強い、興味のある読み物を要求してくるようになった。探偵小説は、こうした要求に答えるために

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申訳

永井荷風

申訳 永井荷風 昭和二年の雨ばかり降りつづいている九月の末から十月のはじめにかけて、突然僕の身の上に、種類のちがった難問題が二つ一度に差し迫って来た。 難事の一は改造社という書肆が現代文学全集の第二十二編に僕の旧著若干を採録し、九月の十五六日頃に之を販売した。すると編中には二十年前始て博文館から刊行した「あめりか物語」と題するものが収載せられていたので、之が

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申陽洞記

田中貢太郎

申陽洞記 田中貢太郎 元の天暦年間のことであった。隴西に李生という若い男があった。名は徳逢、年は二十五、剛胆な生れで、馬に騎り、弓を射るのが得意であったが生産を事としないので、郷党の排斥を受けて、何人も相手になってくれる者がない。しかたなしに父の友達で桂州の監郡をしている者があるので、その人に依って身を立てようと思って、はるばると桂州へ往ってみると、折角頼み

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男ぎらい

豊島与志雄

男ぎらい 豊島与志雄 男ぎらいと、ひとは私のことを言うけれど、そうときまったわけのものではありません。男のひとは、だいたいいいえ皆が皆、厭らしく穢ならしく、だから私は嫌いです。厭らしくも穢ならしくもなく、ほんとにすっきりしたひとがあったら、私だって好きにならないとも限りません。釈迦牟尼とかマホメットとかのことは知らないが、キリストなら、私は好きです。ミッショ

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男ごゝろ

永井荷風

男ごゝろ 永井荷風 大方帳場の柱に掛けてある古時計であらう。間の抜けた力のない音でボンボンと鳴り出すのを聞きつけ、友田は寐てゐる夜具の中から手を伸して枕元の懐中時計を引寄せながら、 「民子さん。あれア九時でせう。まだいゝんですか。」と抱寐した女の横顔に頤を載せた。 「あら。もうそんな時間。」と言つたが、女も男と同じやうに着るものもなく寐てゐたので、夜具の上に

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男女の交際について

坂口安吾

男女の交際について 坂口安吾 近ごろの世道人心が堕落タイハイしているとか道義が地におちたとか慨嘆するのは当らない。 昔の平和の時代に比較して人の心だけを言うのが間違いで、このインフレ時代であり、住宅難、動物的雑居生活、停電、食糧難、物資難、交通難、おまけにそこに住む青年たちは戦場へ追いやられて心ならずも人殺しを稼業にしてきた人々であり、他の人々は空襲火災に追

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男女同権

太宰治

男女同権 太宰治 これは十年ほど前から単身都落ちして、或る片田舎に定住している老詩人が、所謂日本ルネサンスのとき到って脚光を浴び、その地方の教育会の招聘を受け、男女同権と題して試みたところの不思議な講演の速記録である。 ――もはや、もう、私ども老人の出る幕ではないと観念いたしまして、ながらく蟄居してはなはだ不自由、不面目の生活をしてまいりましたが、こんどは、

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男女川と羽左衛門

太宰治

男女川と羽左衛門 太宰治 横綱、男女川が、私の家の近くに住んでいる。すなわち、共に府下三鷹町下連雀の住人なのである。私は角力に関しては少しも知るところが無いのだけれど、それでも横綱、男女川に就いては、時折ひとから噂を聞くのである。噂に拠れば、男女川はその身長に就いての質問を何よりも恐れるそうである。そうして自分の実際の身長よりも二寸くらい低く言うそうである。

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男子の本懐 (「願望成就」)

小泉八雲

市街地の通りには白い軍服姿とラッパの響き、それに野戦砲の重々しい軋みがあふれていた。日本の軍隊が朝鮮を征服したのは史上三度目である。清国に対する日本帝国の宣戦布告(a)は、地元新聞紙が赤紙に印刷して公にされた。帝国の全戦力はこの熊本に結集しつつあった。集結しては通過していく軍隊を兵舎や旅館それに寺院だけでは賄いきれなかったから、多くの兵士たちは民間の家にまで

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男の子を見るたびに「戦争」について考えます

小川未明

それは、独り、男の子と限った訳ではないが、子供を一人前に養育するということは決して容易なことでないのは、恐らく、すべての子供を持った程の人々なら、想像されることだと思います。 乳飲児の時代から、ようやく独り歩きをする時代、そして、学校時代と考うるさえその過程の長いことは、かの他の動物に於けるとは比較にならない。病気をさせない心配から、病気になった時の心配、ま

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男が斯うだから女も……は間違い

宮本百合子

男が斯うだから女も……は間違い 宮本百合子 これからは男性とか女性とかいう風に相対的にものを考えることが少くなりましょう。それは私だって女房であった頃には自分の夫に対してはああも、こうもと思いましたが、此の頃は男性対女性というような事でなしに、ひっくるめて人間というものについて考えています。 よく貞操のことで男が道楽するなら女だって――というようなことを聞き

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ある男と無花果

小川未明

ある男が、縁日にいって、植木をひやかしているうちに、とうとうなにか買わなければならなくなりました。そして、無花果の鉢植えを買いました。 「いつになったら、実がなるだろう。」 「来年はなります。」と、植木屋は答えました。しかしその木は、小さくありました。 男は、それを持って帰る途中夕立にあいました。 もう、そのときは、そんな木どころではありません。木などは、ど

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ある男と牛の話

小川未明

ある男が、牛に重い荷物を引かせて町へ出かけたのであります。 「きょうの荷は、ちと牛に無理かもしれないが、まあ引けるか、引かせてみよう。」と、男は、心の中で思ったのでした。 牛や馬は、いくらつらいことがあっても、それを口に出して訴えることはできませんでした。そして、だまって人間からされるままにならなければなりませんでした。 牛は、その荷を重いと思いました。けれ

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男…は疲れている

宮本百合子

男…は疲れている 宮本百合子 現在の、特に日本の、不調和な社会状態のうちに生活しているわれわれ、殊に、外部的交渉をおおく持つ男性が、心的、物質的に疲労しているということは、否めない一つの事実でしょう。不安定は、一般の経済状態を考えただけで、勤労と休息とのつり合が、如何程まで破れているかあきらかだと思います。これに対して、物価調節、各家庭に対する節約宣伝のよう

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男の顔

田中貢太郎

季節は何時であったか聞きもらしたが、市ヶ谷八幡の境内で、壮い男と女が話していた。話しながら女の方は、見るともなしに顔をあげて、頭の上になった銀杏の枝葉を見た。すると、青葉の間に壮い男の顔があって、じっと女の顔を見つめた。それは、その女のもとの情人で、先年病死した男の顔であった。女はびっくりして倒れようとした。男は驚いて、女の体を抱きすくめるようにして、銀杏の

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田山花袋

県庁のある町には一種のきまつた型がある。大抵封建時代の城址をその公園にして、其一部に兵営があつたり、行政官衙があつたりする。そしてその街には屹度東京の浅草公園とか大阪の千日前とかを小さくしたやうな賑かな一角を持つて居る。 県庁のある町は概して感じが浅薄で、何処となく気分がそは/\する。繁華の程度が加はつて来れば来るほど、其土地固有の古い空気を失つて居る。広島

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きれいなきれいな町

小川未明

あるところに、かわいそうな子どもがありました。かね子さんといって、うまれたときからよく目が見えなかったので、お母さんは、たいそうふびんに思っていらっしゃいました。 あちらにいい目のおいしゃさまがあるといえば、そこへつれていき、またどこそこにいい目のおいしゃさまがあると聞けば、そこへつれていきました。 けれど、どのおいしゃさまも、はっきりなおるとうけあった人は

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わが町

織田作之助

マニラをバギオに結ぶベンゲット道路のうち、タグパン・バギオ山頂間八十粁の開鑿は、工事監督のケノン少佐が開通式と同時に将軍になったというくらいの難工事で、人夫たちはベンゲット山腹五千呎の絶壁をジグザグに登りながら作業しなければならず、スコールが来ると忽ち山崩れや地滑りが起って、谷底の岩の上へ家守のようにたたき潰された。風土病の危険はもちろんである。起工後足掛け

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