簪につけた短冊
田中貢太郎
日本橋区本町三丁目一番地嚢物商鈴木米次郎方の婢おきんと云うのが、某夜九時すぎ裏手にある便所へ入ろうとして扉をあけると、急に全身に水を浴びせられたようにぞっとして、忽ち頭の毛がばらばらと顔の上へ落ちて来てまるで散髪頭のようになった。婢は悲鳴をあげて隣家の曲淵方へ駈け込むなり、ばったり倒れて気絶してしまった。人びとは驚いて、水や薬などを飲ませて蘇生させ、その訳を
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田中貢太郎
日本橋区本町三丁目一番地嚢物商鈴木米次郎方の婢おきんと云うのが、某夜九時すぎ裏手にある便所へ入ろうとして扉をあけると、急に全身に水を浴びせられたようにぞっとして、忽ち頭の毛がばらばらと顔の上へ落ちて来てまるで散髪頭のようになった。婢は悲鳴をあげて隣家の曲淵方へ駈け込むなり、ばったり倒れて気絶してしまった。人びとは驚いて、水や薬などを飲ませて蘇生させ、その訳を
牧野信一
どうして此処の座敷の欄間にはあのやうな扇があんな風に五つも六つもかゝげてあるんだらう! 装飾の意味にしてはあくどすぎる! 何となくわけあり気に見えるではないか? それにしてもあれは一体何に使ふものなのだらうか? 扇子には違ひないが、あれを扇子に使ふ者は仁王より他にはあるまい! 樽野は祖母の家に来る毎によくそんなことを思つたことがあるが、別段誰に訊ねようともし
徳田秋声
羊三は山を見るのが目的で、その山全体を預かつてゐる兄の淳二と一緒にこゝへ来たのだつたけれど、毎日の日課があつたり何かして、つひ鼻の先きの山の蔭から濛々と立昇つてゐる煙を日毎に見てゐながら、つい其の傍まで行つて見るのが臆劫であつた。 「山にはこちらから料理人が行つてをりますから、宅よりも御馳走がございますよ。」 嫂は家を出るとき、そんな事を言つてゐたが、その朝
佐野友三郎
米国巡回文庫起源及び発達 佐野友三郎 明年度より秋田図書館においては巡回文庫を開始し、大館(既設)及び能代、大曲、横手(未設)の四郡立図書館に各弐百円を県税より補助せらるることとなりたれば、秋田図書館は、巡回文庫の駐在所を得べく、郡立図書館は、巡回文庫によりて図書の供給を得べく、彼此相待て地方の知識開発上、その益少からざるべし。殊に巡回文庫は、未だ本邦に例な
岡本綺堂
米国の松王劇 岡本綺堂 白人劇の忠臣蔵や菅原はかねて噂には聞いていましたが、今度米国へ渡って来て、あたかもそれを見物する機会を得ました。わたしがサンフランシスコを夜汽車で出発して、ロスアンゼルスの町に着いたのは三月の十九日で、ホテルに入って新聞を見ると、ハリーウードのコンムニチー・シェーターで松王劇を演じているが、それが非常の好評で一週間の日のべをされるとい
岸田国士
米川正夫著「酒・音楽・思出」 岸田國士 ロシヤ文学の紹介者として米川正夫氏の名を知らぬ読書子は今日の日本には先一人もゐまいが、其米川氏がどういふ人であり、好んで自ら語るところにはなにがあるかといふことを、まだ知らぬものがあるだらうと思ふ。 氏が三十年来翻訳といふ仕事を続け、益々これが自分に適した仕事だと思ひ込むに至つたといふ理由をこの本の中で氏は述べてゐるけ
中谷宇吉郎
ミミーはまだ生れて二月にしかならぬ仔猫であるが、ペルシャ猫の血が混っているということで、ふさふさとした毛並みの綺麗な猫である。毎日ひまさえあれば子供達にぶら下げられて可愛がられるので閉口しているようであるが、感心におとなしい行儀の良い猫である。一番感心なことは、台所の隅に子供達の古いお椀を置いて、それに御飯を入れて置いてやると、いつの間にかすっかり喰べてしま
北大路魯山人
お米の話 北大路魯山人 近頃は以前のように、やれ播州の米がうまいとか、越後米にかぎるとかいうような話はあまり聞かない。ただ米でありさえすればあり難がるご時世ではあるが、しかし以前でも、米の味に詳しいというひとは少なかった。 うまい米といえば、その昔、朝鮮で李王さまにあげるために作っていた米がある。これはすこぶるうまかった。収穫は非常に少ないが、米粒の形もよく
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
ある水車ごや(1)に、粉ひきのおじいさんが住んでいました。おじいさんのとこには、おかみさんもいず、子どももなく、若いものが三人奉公しているだけでした。この三人がここになん年かいてからのこと、ある日、おじいさんが若いものに、 「わたしも、としをとってな、ストーブのうしろへすわりたくなったよ。おまえがた、旅にでなさい。それでな、そのみやげにいちばんいい馬をもって
中谷宇吉郎
われわれが日常ちゃんと決まった意味があるように思って使っている言葉の中には、科学的にはその意味が極めて漠然としたものがかなり沢山ある。この数年来雪の研究を始めてみて気が付いたのであるが、その種の言葉の良い例が「粉雪」である。 北海道では、冬の初めと終わり頃には牡丹雪も降るが、真冬の間は殆ど粉雪ばかりであるというような事がよくいわれる。この場合の粉雪というのは
北村透谷
粋を論じて「伽羅枕」に及ぶ 北村透谷 心して我文学史を読む者、必らず徳川氏文学中に粋なる者の勢力おろそかならざりしを見む。巣林子以前に多く此語を見ず、其尤も盛なるは八文字屋以後にありと云ふべし。彼の所謂洒落本こんにやく本及び草紙類の作家が惟一の理想とし、武道の士の八幡摩利支天に於けるが如く此粋様を仰ぎ尊みたるの跡、滅す可からず。 粋様の系統を討ぬれば、平安朝
条野採菊
今を去る三十年の昔、三題噺という事一時の流行物となりしかば、当時圓朝子が或る宴席に於て、國綱の刀、一節切、船人という三題を、例の当意即妙にて一座の喝采を博したるが本話の元素たり。其の時聴衆咸言って謂えらく、斯ばかりの佳作を一節切の噺し捨に為さんは惜むべき事ならずや、宜敷く足らざるを補いなば、遖れ席上の呼び物となるべしとの勧めに基き、尚金森に充分の枝葉を茂らせ
マクラウドフィオナ
「マリヤの僕カアル」と呼ばれていたアルトの子カアルは、青い五月のある夜、心にかなしみを持って海のほとりを歩いていた。 それは彼がイオナの島を離れてからまだ間もない時であった。聖コラムはこの青年をアラン島に送るにつけて聖モリイシャに手紙を書いて頼んでやった。聖モリイシャはアランの南端の東むきのくぼみにある小さなピイク島の岸の岩窟に住んでいる聖者であった。カアル
坂口安吾
わが精神の周囲 坂口安吾 まえがき(小稿の主旨) 私がアドルム中毒で病院を退院したのは、この四月二十日頃であったと記憶する。退院に際して担当の千谷さんから、秋までは仕事をしないように。転地してノンビリ遊んで暮しなさい、という忠告をうけた。私もなるべくこの忠告に従いたいと思ったが、私が鬱病の傾向を起したのは、昨年夏からのことで、それからズッと殆ど仕事をしていな
北条民雄
「兄弟よ。汝は軽蔑といふ言葉を知つてゐるか? 汝を軽蔑する者に対しても公正であれといふ、公正さの苦悩を知つてゐるか?」 諸君よ、諸君にこのニイチェの苦悩が判るか? 過去幾千年の屈辱の歴史が、諸君の心臓を掻きむしりはしないか。諸君の心臓は破れはしないのか。諸君はまだ青空が見えるものと信じてゐるのか? 何処にも青空などありはしないのだ。 兄弟諸君よ、君は君の足下
呉秀三
精神病者ハ自カラ知ラズ自カラ救フ能ハザル疾患ニ罹リ、其境遇ニ於テ最愍ムベキモノタルノ一方ニ於テ、社會ノ秩序ヲ危クシ公衆ノ安寧ヲ破ラントスル危險ナル證状ヲ呈スルモノナレバ、一面之ヲ救濟シ一面之ヲ保護スルハ、吾人ノ責任ニシテ又吾人ノ義務ナリ。而カモ斯ノ病タル決シテ不治ノモノニアラズ。之ヲ恰好ノ時機ニ於テ入院セシメ、適當ノ治療ヲ加フルナラバ、其治癒スベキモノヽ尠カ
坂口安吾
精神病覚え書 坂口安吾 一ヶ月余の睡眠治療が終って、どうやら食慾も出、歩行もいくらか可能になったころ、まだ戸外の散歩はムリであるから、医者のフリをして、ちょッと外来を見せて貰った。幸い僕の担当が外来長の千谷さんであったから、有無を言わさず、僕が勝手に乗りこんだようなものであった。 ほかの精神病院のことは知らないが、東大に関する限り、ここが精神病院の何より良い
火野葦平
どこかでは既に雨が降っているのか、白く光って見あげるようにむくむくともりあがった入道雲の方向で、かすかな遠雷のとどろきがして居る。斜面を下りながら、彦太郎は、麦藁帽子の縁に手をかけて空を見あげ、一雨来るかも知れんと思い、灼けるように陽炎をあげている周囲を見わたすと、心なしか、さっと、一陣の冷たい風が来て西瓜畑の葉を鳴らした。赭土の中にころがった大小さまざまの
清水紫琴
もつれ糸 清水紫琴 「銀さんー」と、女は胸に手を差入れて、切ない思いをこらへながら、みんなあたしが悪かつたの、耐忍しておくれ、ねあたしだつて、何も酔興で、彼家へ嫁入つたといふのじやなしさ、お前さんも知つての通りな羽目になつて、よんどころなく、つひ……」 と男の面をそつとながめて、ほろりとした。年の二十三か四でもあろう。頭髪の銀杏返とうに結つて、メレンスと繻子
長谷川時雨
糸繰沼 長谷川時雨 湖、青森あたりだとききました、越中から出る薬売りが、蓴菜が一ぱい浮いて、まっ蒼に水銹の深い湖のほとりで午寐をしていると、急に水の中へ沈んでゆくような心地がしだしたので、変だと思っていると、何処でか幽かに糸車を廻す音がきこえたともうします。おやと気をつけると、暗いところがほんのり明るくなって、自分は沈みもしなければ浮上りもしないで、水の中に
寺田寅彦
糸車 寺田寅彦 祖母は文化十二年(一八一五)生まれで明治二十二年(一八八九)自分が十二歳の歳末に病没した。この祖母の「思い出の画像」の数々のうちで、いちばん自分に親しみとなつかしみを感じさせるのは、昔のわが家のすすけた茶の間で、糸車を回している袖なし羽織を着た老媼の姿である。紋付きを着て撮った写真や、それをモデルにしてかいた油絵などを見ても、なんだかほんとう
谷崎潤一郎
漆掻きと云ったって都会の人は御存知ないかも知れませんが、山の中へ這入って行って漆の樹からうるしの汁をしぼるんです。いいえ、なかなか、百姓の片手間ではありません。ちゃんとそれを専門にする者があったんで、近頃はめったに見かけませんけれども、外国の安い漆が輸入されるようになったそうですから、いまどきあんなことをしても手間ばかりかかって引き合わないんでしょうな。兎に
岸田国士
紀州人 岸田國士 子供のころ、故郷といふ課題で作文を作つたことを覚えてゐる。しかし、どんなことをどんな風に書いたかは一字一句も覚えてゐない。恐らく、「故郷とは懐しいものであり、その山も川も、野も林も、父母の笑顔の如く、われらにとつて忘れ難きものである」といふやうなことを書いたのであらう。 私は今でも、よく人から「お国は?」と訊かれ、訊かれるたびに、なにか妙に
岡本綺堂
ランス紀行 岡本綺堂 六月七日、午前六時頃にベッドを這い降りて寒暖計をみると八十度。きょうの暑さも思いやられたが、ぐずぐずしてはいられない。同宿のI君をよび起して、早々に顔を洗って、紅茶とパンとをのみ込んで、ブルヴァー・ド・クリシーの宿を飛び出したのは七時十五分前であった。 How to see the battlefields――抜目のないトウマス・クック