素人製陶本窯を築くべからず ――製陶上についてかつて前山久吉さんを激怒せしめた私のあやまち――
北大路魯山人
(一) 私は日頃の心がけとして、後悔になるようなことは決してせんつもりでいるが、事実は、どうしてどうして大いに後悔することが次から次へ湧いて出て当惑することが少なくない。 例えば先年前山久吉さんを激怒せしめたなどはその例のゆゆしき一つである。それが場所もあろうに三越の四階、私の作陶展覧会場でである。従って多勢の人ごみの中でだ。相手は耳順、私は知天命に近からん
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北大路魯山人
(一) 私は日頃の心がけとして、後悔になるようなことは決してせんつもりでいるが、事実は、どうしてどうして大いに後悔することが次から次へ湧いて出て当惑することが少なくない。 例えば先年前山久吉さんを激怒せしめたなどはその例のゆゆしき一つである。それが場所もあろうに三越の四階、私の作陶展覧会場でである。従って多勢の人ごみの中でだ。相手は耳順、私は知天命に近からん
牧野信一
「マダムの御気嫌はどう? 今日は?」 山崎の顔を見るなり私は、部屋の入口に突立つたまゝ凝つと、訊ねた。――「君の顔色には何だか生気がない、病的といふほどのことではなしに……。眼つきが何となく悸々としてゐる、今日も!」 「さうだらう、俺は――」と山崎は、私がもつとさういふ風な彼に関する批評を続けるであらうことを、別段に何の不安を持つこともなく待ち構えるやうに、
正宗白鳥
私は發表する當てのないのに物を書いたことはない。また材料を得るために旅行をしたり讀書したりしたことはない。雜誌などに頼まれて何か書かうとして机に向つて筆を採つてから、さて材料はどれにしようかと考へるのである。 さうすると、いろ/\な材料が頭に浮んで來る。幾十となく思ひ浮ぶ。生きてゐる限り材料の缺乏に苦しむことはない譯なのだ。自分自身の生涯については云ふまでも
宮沢賢治
ひかりの素足 宮沢賢治 一、山小屋 鳥の声があんまりやかましいので一郎は眼をさましました。 もうすっかり夜があけてゐたのです。 小屋の隅から三本の青い日光の棒が斜めにまっすぐに兄弟の頭の上を越して向ふの萱の壁の山刀やはむばきを照らしてゐました。 土間のまん中では榾が赤く燃えてゐました。日光の棒もそのけむりのために青く見え、またそのけむりはいろいろなかたちにな
宮本百合子
これは自分が喋って速記をとったものです。自分で書く時間がなかった。話しかたが下手だから、大してうまく行っていないかもしれないが、一九一七年の革命以来、種々なデマゴーグによって歪め伝えられているソヴェト・ロシアの日常について、実際的な或る訂正としては役に立つと思う。 ロシアに入って真っ先に印象されたのは第一万事が珍しいということ。それに革命前及後のロシアという
豊島与志雄
紫の壜 豊島与志雄 検察当局は私を、殺人罪もしくは自殺幇助罪に問おうとしている。私は自白を強いられている。だが、身に覚えないことを告白するのは、嘘をつくことだ。この期に及んで嘘をつきたくはない。軍隊生活では平然と嘘をつくことを教えられてきた。それを清算したい意味もあるのだ。私は真実だけを語りたい。 それにしても、当事者の私にとって明瞭な真実は、如何に僅かな些
小酒井不木
読者諸君は、塚原俊夫君の取り扱った「紅色ダイヤ」事件というのを記憶していてくださるだろうと思います。その事件を紹介する際、私は俊夫君に金持ちの叔父さんのあることを話しておきましたが、最近俊夫君はこの「赤坂の叔父さん」に実験室の一部を建て増してもらい、そこへ水銀石英灯というものを買ってもらって据えつけたのであります。 どうして、俊夫君が水銀石英灯を買ってもらっ
坂口安吾
紫大納言 坂口安吾 昔、花山院の御時、紫の大納言という人があった。贅肉がたまたま人の姿をかりたように、よくふとっていた。すでに五十の齢であったが、音にきこえた色好みには衰えもなく、夜毎におちこちの女に通った。白々明けの戻り道に、きぬぎぬの残り香をなつかしんでいるのであろうか、ねもやらず、縁にたたずみ、朝景色に見惚れている女の姿を垣間見たりなどすることがあると
長谷川時雨
八月九日、今日も雨。 紫式部をもととした随筆の催促が、昨日もあったことを思って、戸をあけてから、蚊帳のなかでそんなことを考える。 水色の蚊帳ばかりではない、暁闇ばかりではない。連日の雨に暮れて、雨に明ける日の、空が暗いのだ。それが、簀戸を透して、よけいに、ものの隈が濃い。 濡れた蝉の声、蛙も鳴いている。 今年は萩の花がおそく、芒はしげっているのに、雁来紅は色
宮沢賢治
盛岡の産物のなかに、紫紺染というものがあります。 これは、紫紺という桔梗によく似た草の根を、灰で煮出して染めるのです。 南部の紫紺染は、昔は大へん名高いものだったそうですが、明治になってからは、西洋からやすいアニリン色素がどんどんはいって来ましたので、一向はやらなくなってしまいました。それが、ごくちかごろ、またさわぎ出されました。けれどもなにぶん、しばらくす
萩原朔太郎
ああその燃えあがる熱を感じてゐる この熱の皮膚を しばしば貴女にささげる憂鬱の情熱を ただ可愛ゆきひとつの菫の花を 貴女の白く柔らかな肌に押しあてたまへ ここにはまた物言はぬ憂愁の浪 紫をもて染めぬいた夢の草原 ああ耐へがたい病熱の戀びとよ 戀びとよ 今日の日もはや暮れるとき 私は貴女の家を音づれその黒い扉の影に接吻しよう しほしほと泣く心の奧深く 貴女はそ
田中貢太郎
累物語 田中貢太郎 承応二巳年八月十一日の黄昏のことであった。与右衛門夫婦は畑から帰っていた。二人はその日朝から曳いていた豆を数多背負っていた。与右衛門の前を歩いていた女房の累が足を止めて、機嫌悪そうな声で云った。 「わたしの荷は、重くてしようがない、すこし別けて持ってくれてもいいじゃないか」 与右衛門はそれを聞くと、 「絹川の向うまで往ったら、皆、おれがい
佐藤垢石
細流の興趣 佐藤垢石 鮒釣りには季節によりいろいろの釣り方があるが、乗っ込み鮒ほど興趣が深いものはないのである。鮒党はこの本乗っ込みをどんなに首をのべて待っていたことであろう。白い玉浮木がフワフワと流れてスイと横に動く味は、どの釣りにも求め得られない。竿も仕掛けも極めて軽く、そして繊細に作れば一層この釣りの妙所を味わい得る。竿は七、八尺から二間くらいまで、釣
谷崎潤一郎
私が「細雪」の稿を起したのは太平洋戦争が勃発した翌年、即ち昭和十七年のことである。 これがはじめて中央公論に出たのは昭和十八年の新年号であつたが、それから四月号に載り、次いで七月号に掲載される筈の所がゲラ刷になつたまゝ遂に日の目を見るに至らなかつた。陸軍省報道部将校の忌諱に触れたためであつて、「時局にそはぬ」といふのが、その理由であつた。当時すでに太平洋の戦
永井荷風
小説の巧拙を論ずるには篇中の人物がよく躍如としているか否かを見て、これを言えば概して間違いはない。 人物の躍如としているものは必ず傑作である。人物が躍如としていれば、その作は読後長く読者の心に印象を留める力がある。作者はその人物を空想より得来ったか、或はモデルによろしきを得たか否かは、深くこれを追究するに及ばない。 谷崎君の長篇小説「細雪」は未完ではあるが、
牧野信一
* 希ひである――。 アスフアルトの街上で。 * ロシナンテ(馬である、私達の――)を飛して森の奥深く駆け込んだ。剣を抜いて、邪悪の魔術師と渡り合ふた靴は破れ、花は千切れ、胸に血潮が流れた――勝敗は知らぬけれど、私は「王の大業を害ひたる、邪悪の魔術師」の剣に、ものゝ見事な巻き落しを喰はせた! と独り我点した。悪魔の剣は朝霧の虚空に銀の弧を描いて、森を超へて、
中原中也
トリスタン・コルビエールが、甞て我が国に於いて紹介されたことがあつたかどうか、私は知らない。コルビエールは、ヴ※ルレーヌの有名な批評集、『生得の詩人達(Potes maudits)』(五人の詩人が挙げられてゐる)にも出てゐて、仏蘭西では知れ渡つた詩人である。その『生得の詩人達』中の、コルビエールの篇は、四五年前、雑誌『社会及国家』に、私が訳載したのだが、文壇
宮本百合子
終刊に寄す 宮本百合子 用紙節約から廃刊になるということはさけがたいことながらやはりそれぞれにつながる編輯者のこれ迄の御骨折りや読者の好意について感想を新しくいたします。これ迄の足かけ八年間にこの雑誌のつくして来た文化の上での意義が読者の生活の裡で育ちつづけることを願います。 〔一九四一年十月〕
織田作之助
終戦前後 織田作之助 小は大道易者から大はイエスキリストに到るまで予言者の数はまことに多いが、稀代の予言狂乃至予言魔といえば、そうざらにいるわけではない。まず日本でいえば大本教の出口王仁三郎などは、少数の予言狂、予言魔のうちの一人であろう。 まことにこの出口王仁三郎という人の生涯と、そのおびただしい予言とは、切り離して考えられぬ位である。ところが、いかに稀代
田中貢太郎
怪談も生活様式の変化によって変化する。駕籠ができれば駕籠に怪しい者が乗り、人力車ができれば人力車に、鉄道馬車ができれば鉄道馬車に、汽車ができれば汽車に、電車ができれば電車に、自動車ができれば自動車に、飛行機ができれば飛行機に、怪しい者が乗るのである。大正十三年の春の比芝宇田川町を経て三田の方へ往く終電車があると、風呂敷を背負って、息をせかせかとさしている六十
永崎貢
組合旗を折る 永崎貢 職場の汚れた窓硝子越しに、その時、作業中の従業員達は見たのだ。組合旗を先頭に馘首された五十幾名が列を組んで古ぼけた工場の門をくぐって来るのを。 「おい、来たぜ来たぜ。」 従業員達は操作の手を止めて一斉に眼を窓の外に移した。五日前までは同じ職場で肩を並べて働いていた仲間が、今日は失業者になって解雇手当を受取りに来ている! 組立、熔接、仕上
今野大力
どこからか捲き起された風 渦になり、平になり、縦になり 吹きまくってゆく、突風! 疾風! 屋根柾が矢のように走ってゆく 塗炭板がぐうおうと引ぺがされて 空をうなりながら飛んでゆく ぐう、おう、ひゅう ひゅう、おう、ぐう 物凄い力となって 粉々と雪を掻っ飛ばして 平原を十数丈の高さで ぐんぐんと押よせる風陣! 街の中も、原っぱも、村の街道も 猛火のような怒りと
中井正一
一九三九年、アーチボルド・マックリーシュ氏がアメリカ国会図書館長に任命されたときは、全米図書館人は、彼がこの道のズブの素人であるという理由をもって反対したものであった。 彼は詩人であり、かの『化石の森』『リンカーン』の作者であるシャーッウドと親友でもあり、また、ルーズベルトの『炉辺閑話』等の文章のブラックチェンバーであったといわれている。 それが突如、国会図
折口信夫
組踊り以前 折口信夫 一 親友としての感情が、どうかすれば、先輩といふ敬意を凌ぎがちになつてゐる程睦しい、私の友伊波さんの「組み踊り」の研究に、口状役を勤めろ、勤めようと約束してから、やがて、足かけ三年になる。其間に、大分書き貯めた原稿すら、行き方知れずなる位、長い時の空費と、事の繁さが続いた。今日になつて、書きはじめる為のぷらんを立てゝ見ると、何もかも、他