Vol. 2May 2026

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続 手紙 10 坂本乙女あてか(推定、慶応二年夏頃)

坂本竜馬

私事ハ初より少々論がことなり候故、相かハらず自身の見込所を致し候所、皆どふ致し候ても事ができぬゆへ、初に私しおわるくいゝ、私しお死なそふとばかり致し候ものも、此頃ハ皆何となく恋したいてそふだん致し候よふニ相成、実にうれ敷存候。 私ハ近日おふゝニ軍致し、将軍家を地下ニ致候事ができず候時ハ、もう外国ニ遊び候事を思ひ立候。二国三国ハそふだんニおふじ候得へども、何分

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続 手紙 11 坂本春猪あて(推定、慶応二年秋、二十四日)

坂本竜馬

此つば肥前より送りくれ候ものにて、余程品よろしくと段々申もの御座候。江戸などにてハ古道具やなどほしがり申候なり。何卒御養子のこしニ止り候よふ、希入候。 此頃、外国のおしろいと申もの御座候。 近々の内、さしあげ申候間、したゝか御ぬり被レ成たく存候。御まちなさるべく候。かしこ。 廿四日龍馬春猪御前 ●図書カード

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続 手紙 17 高松太郎あて(推定、慶応三年七月二十五日)

坂本竜馬

舌代一、大極丸の水夫、人を殺し候由。此事ハ西郷より申来リ候ニ付、小弟宜しく引合致し置候。此度毛利、望月が下坂致し候ニ付、諸事頼置候。何のわけも無事なるべしと奉レ存候。 一、昨日ハ御書拝見又別紙ニも大坂の町ぶれなど――より送りくれ候ニ付、其御地の御もよふ能わかり申候。 一、大極丸此頃荷物積込などもすみ候よし。然レバ彼西村源吉方へ頼置候フラフ御受取被レ成、御引替

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続 手紙 18 順助あて(推定、慶応三年十一月十日)

坂本竜馬

先日も愚書さし出申候。御返書いまだ達し不レ申、然に彼寺田屋のよくめの金於私でふつごふに候間、元と金百両が出来ねば先日さし出候書の如く、去年よりの利金十八両だけなりとも、此使へ御渡し奉レ願候。せめて利なりとも渡しことわり不レ置ては、何分ふつがふに候。御ゆづう可レ被レ下候。其為人さし出申候。但使の名大浜三郎平がさしつかへ居候所へ参り候間、此者へ金御渡可レ被レ下候

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続スウィス日記(千九百二十三年稿)

辻村伊助

蒼茫として暮れてゆくアルプスの群山を仰げば、あの氷の上を羚羊のごとく跳び廻った日が夢のように遠い。 日に露された蛍光石の闇に光を放つように、身に沁みた歓びを胸底に秘して、眼を閉じて回顧に耽った幾年が、今、こうして染み染みと山に対えば、あたかも果敢ない幻影であったかの如く思われる。僅かに放射する有るか無きかの光、それを以て如何にして太陽の光輝を想い得よう、日に

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「続スウィス日記」発掘の始末 附「スウィス日記」の由来

小島烏水

故辻村伊助の「スウィス日記」と「続スウィス日記」とを、一冊に合刊して、世に出すことになった。「スウィス日記」の方は、日本山岳会設立以来、第十周年に、雑誌『山岳』の記念号を出したとき(大正四年九月、第十年第一号)から掲載し始め、通計四号分に亙って分載されたのを、単行本に纏めて、大正十一年に、紅玉堂書店(横山光太郎氏)から出版したのであったが、此本は、ジュネーヴ

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続狗尾録

狩野直喜

自分は一昨年の秋から、昨年の十月に懸け、一年間餘歐洲諸國を遊歴し、其傍巴里・倫敦・伯林・聖彼得堡等の國都で、先般燉煌及支那の西陲から發見されて、一時斯學界を賑はした、漢代の木簡、及びに書いた漢人の尺牘、六朝及び唐代の舊抄卷子本やら、且つ古抄本の一部を筆録して歸つた。又同時に歐洲に名高き支那學者の門を叩きて、其緒論を聽き、支那學を一科目と立てある大學若しくは東

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続生活の組織

中谷宇吉郎

二世の日本人で、シカゴ大學を出て、今インランド・スチール會社につとめている男がいる。たいへん拔擢されて、入社後數年でもう課長になっている。 その男が今度家を新築したというので、お祝い旁々、昨日の土曜日に、家を見にいった。ミシガン湖畔の砂丘地帶で、環境のよい住宅區域にあった。家も全部デュラルミン・サッシュを使ったハイカラな近代住宅である。 まことに結構な話で、

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続癩院記録

北条民雄

十個の重病室があり、各室五名づつの附添夫が重病人の世話をしてゐることはさきに記したが、これらの附添夫も勿論病人であり、何時どのやうな病勢の変化があるか解らない。そこでこれらの附添夫――附添本官と呼ぶ――が神経痛をおこしたり肋膜炎にやられたりすると、健康舎から臨時附添に出なければならない。これは二三ある義務作業のうちの一つであるが、この場合も作業賃は十銭が支給

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続蘿洞先生

谷崎潤一郎

例の蘿洞先生が近頃奥さんを貰ったと云う噂がある。真偽は保證の限りでないが、しかし先生のことであるから、こっそり世間に知らせずに結婚し、何喰わぬ顔で澄ましていると云うようなこともないではなかろう。兎に角誰もほんとうの消息を知っている者はないのだが、今回も亦妙な因縁で、あの時のA雑誌記者がそれに関係しているのだと云う話。そして噂も右の記者から出たのである。 A雑

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続重病室日誌

北条民雄

九月二十四日。 お天気は良いのだが、腹工合はどうも悪い。もう三ヶ月あまり続いてゐる下痢がどうしてもとまらぬのだ。 午後女医のN先生が来診。明日九号病室へ入室なさい、と。これで重病室へ這入るのは三度目である。前は七号で神経痛だつたが、今度は胃腸病だ。胃腸病なぞばかばかしいと思つていい加減にあしらつてゐたのがいけなかつたのだ。 何にしても今年はろくな事のない年だ

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続プルウスト雑記

堀辰雄

プルウストに關する三つの手紙を神西清に宛てて書いてから數ヶ月が過ぎた。 その間、私は心にもなく、プルウストの本を殆ど手離してゐた。 唯、ときたま、ガボリイのプルウスト論の中で見つけた「私の月日が砂のやうに私から落ちるのを感ずる悦び」と云ふクロオデルの言葉が思ひがけずに私の口をついて出てくるやうな瞬間があつた。そしてちよつとの間だけ、私はその文句そつくりの悦び

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続黄梁

田中貢太郎

続黄梁 田中貢太郎 福建の曾孝廉が、第一等の成績で礼部の試験に及第した時、やはりその試験に及第して新たに官吏になった二三の者と郊外に遊びに往ったが、毘廬禅院に一人の星者が泊っているということを聞いたので、いっしょに往ってその室へ入った。星者は曾の気位の高いのを見ておべっかをつかった。曾は扇を揺かしながら微笑して聞いた。 「宰相になる運命があるのかないのか」

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維新史の資料に就て

内藤湖南

いづれの世でも革命の際は必ず陰謀がこれに伴ふ。從つてこれに關する記録も多くは當時の陰謀から出た結果の記録であつて信用し難いものであることは、古來屡見る所である。然し或時期を經過すると其時の陰謀に與かつた人々の多くは亡くなり、自然に觀察が公平になるのと、從來の記録に反對の材料を發見して史實を一變することがある。どうかすると支那等の樣な國では朝代の替り目のみなら

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総理大臣が貰つた手紙の話

坂口安吾

総理大臣が貰つた手紙の話 坂口安吾 一 いつの頃だか知らないが、或る日総理大臣官邸へ書留の手紙がとどいた。大変分厚だ。危険と書いた道路の建札と同じぐらゐ大きな書体で、親展と朱肉で捺してあるのである。けれども、なんにも役に立たない。 かういふ手紙を読むために一役ありついた役人がゐて、つまらなさうな顔をしながら毎日手紙を読んでゐる。この役人が開いてみると、ザッと

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総説 西洋音楽史の時代

乙骨三郎

西洋音楽発達の経路を明らかにするにはそれを幾つかの時代に区分しなければならないが、それには主として音楽そのものの進歩の順序を考え、併せて一般史や他の芸術史(殊に文学史)との関係も参酌するのがよい。我々はそれらの点を考慮した上で音楽史を次の諸時代にわける。 (一)古代――キリスト教発生以前の諸国の音楽の栄えた時代で、音楽の様式からいえば単音の連続よりなる旋律の

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緑の星

岸田国士

ヨーロッパ通ひの船が印度洋をすぎて、例の紅海にさしかかると、そこではもう、太古以来の沙漠の風が吹き、日が沈む頃には、駱駝の背越しに、モーヴ色の空がはてしなくつづくのが見える。 その時、海の旅にあきた誰れかれの眼に、きまつて妖しく映るのは、地平線のうへに、次ぎから次ぎへと湧きでる、あの星ともいへぬ星、ひとつひとつが胸飾りのやうに鮮明な、エメラルドの星のまたたき

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緑の種子

北原白秋

種子はこれ感覚の粋、 緑は金の陰影にして、幽かに泣くはわが心。 種子を哀しめ、よきひとよ、 冷たく、小さき芥子のたね、その一粒に心せよ、 歔欷けかし、日の光。 種子はこれ霊魂の粋、 生ける宝石、「時」の秒、金と緑の夜の秘密、 淫慾の芽の潜伏所、 阿片の精。 種子を哀しめ、よきひとよ、 緑は色の粋にして、 智慧と不思議と生滅の見えざる悲劇、 万華鏡。 消え去り

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緑色の人

チェスタートンギルバート・キース

半ズボンの青年が、血色のいい熱心な横顔を見せながら、砂浜と海に平行したリンクで、独りゴルフを楽しんでいた。あたりは夕闇で灰色になりかけていた。青年はむぞうさにボールを打ちまくつているわけではなく、むしろ特殊のストロークを人目につかない激しさで練習しているのであつた……キチンと身ぎれいにした旋風という感じであつた。この青年はいろんなゲームを手早く習得していたが

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緑色の太陽

高村光太郎

緑色の太陽 高村光太郎 人は案外下らぬところで行き悩むものである。 いわゆる日本画家は日本画という名にあてられて行き悩んでいる。いわゆる西洋画家は油絵具を背負いこんで行き悩んでいる。飛車よりも歩を可愛がるような羽目に自然と立ち至る事もあるのである。その MOTIV(モチフ)を考えるとおかしくはあるが、行き悩んでいる当面の事局を眼鏡の焦点に置いて考えると、かな

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緑色の時計

小川未明

おじさんの髪は、いつもきれいでした。そして、花畑でも通ってきたように、着物は、いいにおいがしました。そわそわと、いそがしそうに、これから、汽車に乗って、旅へでもでかけるときか、あるいは、どこか遠くから、いま、汽車でついたばかりのように、その目はいきいきとしていました。 事実、おじさんは、方々へでかけたし、ぼくたちの知らない町で、めずらしいものを見たり、いろい

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